II-IV 司書
釣り人が開いた扉の先には本の山が広がっていた。
僕が案内された村の中の建物。無機質な白壁と手入れもされていない庭。飾り気もない壁はコンクリート製の公共施設を思い出させる。釣り人はソリに乗せた荷物から蔵書類を取り出し、ノックも何もせずに建物へと入っていった。
彼を追いかけ建物に入った僕の鼻に古びた髪のにおいが入り込んできた。
図書館だ。それが僕の第一印象だった。
迷路のように並べられた木製の本棚とそこに入る大量の本。すべては入らず足下に無造作に置かれているものもある。
釣り人は荷物を持ったまま遠慮なく奥へと足を踏み入れていく。窓がないのかと思うくらい暗い部屋を歩くのは、かなり至難の業だった。現に、彼を追いかける僕は何度も積み上げられた本の山に躓いてしまった。釣り人は慣れたように本棚の迷路を進んでいく。僕は必死に彼を追いかける。
釣り人が立ち止まったのは部屋の一角。まるで雪崩でも起きたように積み上がっている本の山の前。
そしてその山の上に寝ころんでいる人物を見下ろしている。
暗くて醜いが、その人物が暗色の洋服を着ており、顔に本を乗せて眠っているのはわかった。
音もない図書館にただ一つ、規則正しい寝息が響いていた。
この人物が先約だろうか。そう思っていた僕の前で釣り人がしたことは、寝ている人物を文字通りたたき起こすことだった。
釣り人は持ってきた本――分厚くかなりの重さがあるだろう―――を寝ている人物の上に落とした。本はドサドサと音を立てて眠り姫の身体の上に降ってきた。
グゥとうめき声を立てた人物は、腹に直撃したであろう本を下に落とし、起き上がりその顔を見せた。
「何すんだテメェ、起こすにしても、もう少しましな起こし方があるだろう」
眠り姫は眠り王子だった。目覚めのキスではなくロマンの欠片もない起こし方をされた彼の文句など釣り人は気にしていない。
「うるさい。君は来るたびに寝ているだろ。そのたびに起こしているんだから感謝して欲しいくらいだ」
そう言って釣り人は自分がたった今、彼の上に降らせた本を指さした。
「今回の分だ。全部で七冊。確認しておいてくれ」
「おお、サンキュー」
とりあえず会話が終わったようなので僕は釣り人にこの青年のことを訊きたかった。しかしそんなことするまでもなく相手は僕に気付いた。
「そういや、そこにいるのは誰だ?」
僕の存在は本七冊よりも小さいらしい。
「先日ここに来たんだよ。しばらくここに滞在する予定らしい」
「新入りか?」
「いや、しばらくの間居るだけだ」
釣り人がした僕の紹介はそこで終わる。
僕はこの村の住人ではない。そう改めて言われた気がした。
「ふーん、まぁいいや」
彼は十文字にも満たない感想で僕への興味を失う。
自己紹介もする気がない彼に代わって、釣り人が言う。
「彼はこの図書館の司書だよ。と言っても、ただ本を読んで過ごしているだけだけど」
「図書館?」
「そう呼ばれてるだけ。この村の誰もここまで本を借りに来ることはないし、ここにあるのは僕が拾ってきたものだけだ。本の類はほとんどここに届けている。図書館と言うよりは本の置き場だよ」
言われてみて僕は改めて辺りを見回した。
入ってきてすぐには足場もほとんど見えなかったが、暗闇に目が慣れてきた今なら、すぐ近くの本棚くらい見えるようになっていた。
本棚に並ぶのはジャンルも作者もタイトルもサイズもバラバラの本。逆さまに差し込まれた本は、適当に並べられたという司書のずぼらさを物語っていた。
「読みたい本があれば読んで良いぜ。他に読む奴もいねぇしな」
「人に貸し出すのならもう少し手入れするんだな。ところで彼は?」
「ああ、じいさんならまだ寝てるぜ」
「じゃあ、また後で寄らせてもらう」
そう言って釣り人は別れの挨拶もせずに歩き去っていった。僕は慌てて彼の後を追う。
後ろで司書のあくびをする声が聞こえた。




