008 入学準備
用語集をちょろっと
LV・・・学園在学経験のある者にのみ与えられる、冒険者用経験習得システム。これがあるとないとでは、一時期における成長度合いがまるで違う。
目が覚めると、天井があった。
天井があるところで寝るのなんて、3ヶ月ぶりくらいではないだろうか?
ずっと、東のフィールドばかりを旅していたからな・・・。
俺が備え付けの時計・・・壁時計に目をやると、08:20。学校があったら間違いなく遅刻だな。
ちなみに明日からは7:30には起きないと遅刻になる。朝飯を作ったりしていると、8:30の登校時刻に間に合わないのだ。
まぁその知識も、アーシェの受け売りなのだが。
とりあえず寝ぼけ眼をこすり、伸びを一つ。
朝風呂をしようと寝巻き代わりのスウェットを脱ぎ捨て、風呂場へと直行する。
脱衣所を抜け、部屋付きのユニットバスに入った。
サー、というシャワーの音が心地よく、それを肌に感じて寝汗を流す。
「あ~、いいわぁ~・・・」
ピンポーン
おい誰だ、俺のシャワータイムを。
シャワーの栓を止め、適当に体を拭き、そのタオルを腰に巻いて玄関に応対しに出る。
点々と廊下にしずくが落ちるが、気にしない。そのまま扉を開く。
「は~い宣伝お断り~・・・あん?」
目の前に、顔を真っ赤にした可愛らしい制服姿のアーシェが立っていた。
その口が段々と開いていき・・・
「な・・・・」
「な?」
「なんて格好してんのよバカあああああああ!!!」
「いやいや朝風呂してたらアーシェが来たんだろうが」
いきなり怒鳴ると他の寮生に迷惑だろうが全く。
なぜかアーシェは俺を必死に視界に入れないようにしながら、俺の部屋の奥・・・リビングへと進んでいく。おい。
「早く服着てよ! 早くご飯作ってよ!」
「どー考えても後者が本音だろ!!」
ため息を吐きつつ、俺は服を着替えることにする・・・といってもそんなに服装にバリエーションがあるわけでもないので、
「試しに制服着てみるか」
アーシェも制服着ていたし、なんとなく俺も着てみたくなった。
ちなみにこの学園の制服はブレザー。
アーシェが着ている女子の制服は、茶色チェックのミニスカートに白い角襟ブラウス。赤いリボンが見事にマッチし、その上から灰色とも銀色ともつかない色のブレザー。
俺が手に取った男子の制服は黒ズボンに、白いYシャツ、女子と同色のブレザー、ネクタイ。
ネクタイとか。めんどくさいし堅苦しいからしないでいいか。
ついでにブレザーもめんどい。そんな寒くないし、Yシャツで充分。
俺は結局黒ズボンに半そでYシャツという格好で、キッチンへ向かった。
“着崩す”なんて言葉を知ったのは、かなりあと。
昨日の残りであるグラタンを温め、またも残りのミックスジュース。
あとは適当に野菜を集め、調味料を適当に合わせたドレッシングをかけてサラダ。
朝食の準備は整った。
「ほいよ~」
「あ、出来た?」
まだ正直顔が赤いアーシェは、俺と眼を合わせない。
「あれは事故だろ・・・」
「っ! ほとんど裸で女の子の応対に出るってどうなのよ!?」
「いや・・・アーシェだと思わなかったし」
「だからって普通何か着てくるでしょ・・・」
戻りかけていた顔色が、また真っ赤になる。
その後もまだブツブツ言っていたが、俺が朝食に手をつけると黙った。
っつーか黙々と食べ始めた。・・・そういや食材持ってくるって話はどーなった?
「ふぅ、まあいいや。とりあえずこの後どうする?」
あらかた食べ終わり、俺はアーシェに聞いた。するとアーシェは金髪を髪ゴムでサイドテールに纏めながら、
「ん~そうね、とりあえず北門を出て、街に行きましょう」
「了解」
北門も東門と変わらず、重く錆びたような音を立てながら開いた。
今回は試しに俺のカードを使ったのだが、正常に働いてくれてよかった。
その門の向こう側には、確かに大きな街のメインストリートが広がっていた。
道は広く、商人達の寄せ声もよく耳に通る。
大きな道も、人人人で溢れ返っており騒がしいことこの上ない。
「なかなか、面白そうだな」
「ここは学園の生徒もかなり利用するから、学生割引とかもあったり、寮生活に必要な物資もそろえてあるわ」
それは・・・至れり尽くせりだな。
アーシェと一緒に街道を歩く途中も、何度も露店の商人に絡まれたり。
彼女は断り方が上手く、なんだか俺はそういう時まかせっきりで申し訳なかった。
「ユーヤ、とりあえずどうするの?」
「うん・・・生活用品かな。備品だけじゃ物足りないし、買いたいものも結構ある」
「ふ~ん。お金は大丈夫なの?」
「伊達に冒険の数こなしてねぇよ」
そう言って俺はにっこり微笑んだ。
するとアーシェも
「サスガ。お昼代くらいはおごってね」
・・・一杯食わされたな。でもアーシェはかなり上機嫌だし、そっとしておこうか。
歩くたびにピョコピョコゆれるサイドテールが可愛らしい。昨日と違い耳が出ているので、あぁエルフなんだなあと思う。
「ここがおあつらえ向きなんじゃない?」
そう彼女が立ち止まったのは、なにやら日用品の専門店だった。
なるほど確かにここなら。
そう考えた俺は、アーシェを連れ立って入ることにした。
「いらっしゃい」
元気の良さそうなドワーフのおばちゃんが応対に出てきた。
ひとまず、寮に来たばかりで何も揃っていないと告げると、そういう人用のセットがあるらしく持ってきてくれた。
学生向きの街か・・・本当にそうだな。
「このくらいになるね」
そうおばちゃんが持ってきた品を挙げると、
バケツやら照明はもちろん、作業に必要な包丁一式に魔力石なんてものまで揃っている。
「これは・・・いいな。いくらなんスか?」
「全部で10000ルクかね。でもこれだけありゃ当分平気だろう?」
10000ルク・・・妥当か。魔力石なんかも揃ってそれならお手ごろだろう。
「私じゃちょっと手が出せないわね・・・」
まぁ12歳の子どものお小遣いなんて、500ルクから3000ルクぐらいだろうからな。
でも俺には、親父との旅で手に入れた金が腐るほどある。
「俺、買うわ。」
皮袋からごそごそと紙幣一枚を取り出す。10000ルク紙幣。貨幣の中では一番大きい金額である。
おばちゃんはそれを懐に入れると、俺の皮袋を取り、丁寧に一つ一つの品を入れ始めた。
「お客さん、どっかの貴族かい? こんな大金平気で持つなんて・・・」
「貴族なんかじゃないです!!」
おばちゃんの声に反応したのは、俺ではなくアーシェだった。しかもかなり焦った声で。
「アーシェ?」
「あ、ううんなんでもないの、ごめんなさい・・・」
俺は落ち込むアーシェを背中に隠すようにして、フォローを入れる。
「俺は貴族じゃないっスよ。たまたま、長い旅で手に入れた金があるだけっス」
おばちゃんも少々驚いたようだったが、俺が話すと
「そ、そうかい。じゃあまた来てくれ」
と返してくれた。
その後しばらく店の場所などを覚え、お昼時を少し過ぎたころ。
俺とアーシェは通り沿いのオープンカフェへと来ていた。
俺がマームのカツサンド、アーシェもサラダサンドを注文し、円形テーブルに二人で腰掛ける。
ちなみに俺のおごりだ。
「にしてもさっきはどうしたんだ? あんなに取り乱して」
「へ? ああいや・・・気にしないで」
目を背けるアーシェ。昨日のソレと違い、表情に陰りが見える。
ふむ・・・貴族ってワードは何かあるな、こりゃ。
少しの間沈黙が周りを支配していると、注文した品々が来る。
俺はカツサンドにパクつきながら、アーシェに別の話題を振ることにした。
「明日入学式だけど・・・形態とか全然分からないんだよね」
すると彼女は少し躊躇いながらも、話に乗ってきてくれた。
「そうね。まずクラス決めがあるわ。実力とか職業とか関係なく、25クラスに割り振られるの」
・・・多!?
「1年25組ミナモト君ってか?」
語呂悪すぎだろ。
「まあ、そうなるわね。そのクラスで、一年間過ごすのよ。いろんな行事もあるから楽しみにね」
ふ~ん・・・やっぱり詳しいな、アーシェ。
「んで、入学式ってのは?」
「エントランスホールにクラス分け表があると思うから、まずそのクラスに移動。そこから屋内集会場を利用して式典ね。まぁすることは無いからおとなしく寝ていればいいと思うわ」
俺はその説明の間にカツサンドを食べ終えてしまう。アーシェも一通りの説明を終えて、サラダサンドに手をつけた。
なるほどね。でもそうするとアーシェと同じクラスになれる可能性は限りなく低いな。
んむぅ、どないしよ。これから助けてくれる人が居ないかも知れないよな・・・。
「あ、そうだ」
ふいにアーシェが言う。
「どうした?」
すると何か顔を赤くしながら、モジモジし始めた。うわぁ、めちゃくちゃ可愛い・・・。
「クラスは確かに同じ授業を受けるメンバーなんだけどさ。それとは別に、校外学習っていうのがあってね?」
「何すんの? ソレ」
「PTを組んで、定められた場所にそのメンバーで行かなきゃいけないの」
「ふむ。面白そうだな」
「それでね、それでね?」
ますます顔を赤くして、急に席を立ち上がる。
「私と一緒にPT組んでください!!」
・・・全然いいけど。
「え? そんなこと?」
そう言うと、なぜか目に涙を浮かべてアーシェは言う。
「あ・・・やっぱりダメっかな?」
いやいやいやいやなんでそうなる。初めての友達で、それもかなりの実力者。なんの問題が?
でも、なんか目に涙溜めてるアーシェも凄く・・・。
・・・殺気!?
「い! いや、全然いいけど。むしろよろしく」
「ふぇ?」
なんだか居た堪れなくなったので、了承の意を示す。だってさ、周りの目が尋常じゃない殺気持ってんだもん。こりゃきっと、いや絶対「なに可愛い子泣かしてんだ」って意思が詰まってる・・・。
「かなりハイスペックのソーサラー。なんの問題もないでしょ。それよかPTのルールとかのが知りたいな」
人差し指で自分の涙を拭いて、彼女は良かったぁ、と微笑んでいた。
「PTの説明?」
「そう。上限はあるのか、とか臨時PT可なのか、とか」
「あぁ。上限は6人。それで、臨時PTは規定として認められていないわ。ただ、解約は問題ないみたいね・・・解約なんて、しないでね?」
「しないから! 最初っから6人選ぶのは愚策なのかな? って思っただけ」
また泣きそうになるアーシェが怖い。っつーか視線をぶつけてくる客(特にオッサンども)が怖い。
「そう・・・だね。確かに愚策かも知れない。私としてはキチンと見定めたヒトだけを入れたいわ」
「なるほど了解。じゃあ最初は俺とアーシェだけで良いか。それでも充分こなせる気がするし」
リラ森林に居た連中を考えると、ね。
「分かった。楽しみだね!」
「ああ」
さも嬉しそうに元気よく答えるアーシェを見ると、なんだか全てがどうでも良くなるような錯覚を覚えた。
俺とアーシェはその後、食材の買い物を済まして帰途についた。
学園へと入ると、昨日よりずっと人が多い気がする。
「なんだか、人が多くないか?」
「あ~、確か今日は上級生の始業式ね。これから新たな学期が始まりますよ~っていう儀式?」
「・・・要るのソレ?」
「さぁ?」
そんなことを呟きつつ、寮のほうへと戻る。
先輩であろう騎士やら魔法使いやらといった人々とすれ違うが、あまり実力は感じない。
俺は親父との旅の経験で、誰がどんな実力を持っているのか大体は把握できる。
だから初めてアーシェと出会ったときも、INT(知力)が高いと判断できたのだ。
「明日は入学式ね~」
「楽しみ、かな俺は。親父があれだけ推したってことは、よっぽど楽しかったんだろうな」
俺とアーシェは寮のエントランスに着き、四角い箱に乗り込む。
20階のボタンを押し、浮遊感に襲われる。
「その親父って人、よく話に出てくるよね?」
「ん? そうだな。なんせ6年間、一緒に旅したからな・・・」
「ふ~ん・・・強いんだ?」
「俺の10倍は強いな」
「そんなに!?」
驚いた顔をしているが、正直俺なんてシャバに出れば大したことはない。
親父以外に、あの人もかなり強かったしな・・・・。
鐘音がして、扉が開く。
「今日は夕飯の作り方、教えてくれるんだったよね?」
「あ~、そうだったな」
「何作るの?」
俺は自分の部屋の鍵を開ける。
「さぁ、あとで決めるさ」