006 学生寮
「じゃあこれ、学園の制服ね。こっちが冬服、こっちが夏服。教材関係は初授業の日に配られると思うから・・・生徒証と制服、それからこの鞄は忘れずにね」
制服と鞄を渡された。
夏服は白のYシャツに、黒のネクタイ、黒ズボン。
冬服はその上に着るブレザーと、分厚い黒ズボンだった。
そして鞄は、群青色のスクールバッグ。
「何から何まで、ありがとうございました」
「いいえ、また来てね」
俺とアーシェは礼を言って踵を返す。
ロビーから四角い箱に向かう途中、アーシェは落ち込み気味に言ってきた。
「その、ユーヤってすごいんだね・・・主席が危ういよぉ」
ため息を吐くアーシェに、俺は笑って答える。
「心配ない。俺はこの学園を楽しむために来た。必死に主席を取ろうなんて思わないさ。それに・・・」
「それに?」
俺のほうを覗くアーシェ。俺は何かを達観したような遠い目をして、言った。
「STR1100って奴は多分・・・バカだ」
「・・・なんでそんなことが分かるのよ?」
「いや、経験上、そんな気がするんだ・・・力が無駄に強い奴ってのは、大概バカなんだ・・・」
「そう。・・・このあとはどうする?」
アーシェがそう問いかけてくると同時に、俺らはまた四角い箱に乗り込み、出口というボタンを押した。
「そうだな、一度寮に戻ろうかと思う。そういえばアーシェのカードもみたいんだけど、いいかな?」
「え!? ・・・ユーヤにみせる自信がないのよね」
「えぇ~? ・・・じゃあ入学の日は絶対、な?」
「う・・・」
出口の扉が開き、俺たちは太陽の下へと出る。
アーシェが気持ち良さそうに伸びをしているのが可愛らしい。
「ユーヤの寮って、どこの部屋? 近くだと嬉しいけど」
「・・・女子と男子は同じ寮なのか?」
俺とアーシェは並んで、寮へと戻っている。
「そうよ?12歳から15歳までは共同の寮で過ごして、16歳以上・・・つまり4年生になると男子寮、女子寮に別れるの。だから合計3つ」
なるほど、だから3つの寮があったわけか。でもそうすると?
6000人が6年ぶんあるらしいから、1学年1000人? それが3学年分同じ寮に入るから、3000人!?
多すぎないか・・・? 寮は確かにでかかったけれども、一部屋何人になるんだろう・・・?
「俺は確か・・・」
そう言って学園長からもらった鍵を見る。銀色の光沢を発するその鍵には、2053と書いてあった。
・・・ちょっと待て?20階以上あるのかこの寮は?そして一つの階に50部屋以上!?
「2053だけど・・・アーシェは?」
「2053!?やった、近くじゃん。私は2098よ」
心底嬉しそうに笑う彼女だが、20階建てに驚いたりはしないのだろうか?
そして53と98は近いと言えるのだろうか?
寮の前につく。なるほど、確かに他の二つより大きい気がした。さきほど見た正面の寮である。
聞いたところ、南側に女子寮、北側に男子寮、そして中央に低学年寮、と。
その寮の扉は、俺たちが前に着くと一人でに開いた。ちょっと感動。
アーシェに先導され、またもや例の四角い箱に入る俺たち。
20階のボタンを押していたが、どうやらこの建物、地下が存在するようだ。地下の寮には入りたくねえな。
地下は10階まであるみたいだ。そして地上20階建て・・・オイオイ最上階かよ。
「俺たち最上階なんだな」
「うん、私は入ったけど、見晴らしが良くてもう最高なの!」
浮遊感の中で、俺とアーシェは語り合う。
ふと横を見ると、寮部屋の階数案内が書いてあった。2階から20階まではひたすら寮寮寮寮寮寮寮寮寮寮寮寮・・・・。
一階には食堂が備えられているらしいが、これは夜と朝用らしい。・・・寮部屋にキッチンとかついてないかな?
まあ流石に無理か・・・。俺は自炊派なんだが。
鐘音が鳴り、扉が開く。20階、と正面の扉に表記されているため分かりやすかった。
アーシェとともに四角い箱を出ると、左右に廊下が続いている。ここは日が差し込まないのか、天井に明かりが点いていた。
正面の看板に表記されている通り、右に行くと2001から2050まで。どうやらコの字型に部屋が割り振られているらしく、2025の正面には2026の部屋があるらしい。
そして、左はそれを反対にしたように、2051から2100まで。21が上二桁のくせに、下二桁が00だと一個下の20階なんだな。
つまり1900は18階にある計算になる。
さて、そんなことはどうでもいい。俺の部屋は左側に行って割りと近くに存在した。
するとアーシェが声をかける。
「じゃあまた後で呼びに行くね~」
そして俺の部屋の正面にある部屋へと入っていった。・・・正面って。
「まぁいいや。俺も入るか」
俺は2053と銘打たれた扉に鍵を差込み、回転させる。
何かが外れた音とともに、ドアノブが回転可能になった。
「親父が暮らしていた部屋、か・・・」
そこを開くと、小さな玄関。靴を脱いで入り、いろいろ覗いていく。
リビング、トイレ、バスルーム、そして俺は、寝室を見て確信した。
マジで一人部屋だった、と。
ベッドが一つと、クローゼットが一つあるだけの質素な部屋。・・・そう、ベッドが一つ。
いやっほーい!
ルームメイトとめんどくさくなったりしたら・・・などと不安を抱えていたのだが、これなら万事OK無問題!
そしてリビングの奥を見てみると、憧れのキッチンまでも付いていた。
親父もここで一人暮らししてたのか・・・。
・・・ちょうどお昼を過ぎたころだし、自炊するか。
皮袋の中から、適当に食料品を取り出す。
いつか料理をしたときに、とポイポイ食料品を突っ込んでいたのが役に立った。
この皮袋の中は鮮度が保つ。よってどんなものでも余裕で入れていられるのだ。
「ネギとタマゴ、炊いたご飯・・・天が俺に、チャーハンを作れと言っている」
バカなことを呟き、調理にかかった。
一通りの作業が終わり、盛り付けようかと思う頃。
ピンポーン
インターホンの音がして、ノックが数回。
とりあえずフライパンをコンロに置き、玄関へと移動した。
「ほいほ~い」
俺がドアを開くと、アーシェが居た。
「来ちゃった。・・・あれ?いい匂い」
「あぁ、昼飯作ってたからな・・・」
「お昼?一緒に食堂行こうと思ってたんだけど・・・」
アーシェは悩み顔で唸るし腹も減ったので、とりあえず。
「上がれよ」
「へ?いいの?」
「作りすぎたし、部屋で一緒にってことでどうかな?」
「ホントに!? お腹空いてたんだぁ。ご相伴に預かります」
「はいよ」
俺はそう言ってドアを押さえていた右腕をあげ、アーシェにその下をくぐらせる。
「お邪魔しま~す」
リビングへ歩いていくアーシェの後ろを、ドアに鍵を掛けてからついていく。
「じゃあそこ座ってて」
一人用の部屋なのに何故か4人座れるテーブルにアーシェを座らせ、キッチンに行く。
新たに皿を一つ出し、2つの皿にチャーハンを盛り付けていった。
「ほいよ、俺製チャーハン」
「美味しそうね。いただきます!」
アーシェの前にチャーハンとスプーンを置き、自分も彼女の対面に座る。
「はいよ。んじゃ俺も」
カツカツと、スプーンが皿に触れる音だけが聞こえる。
「何よこれ・・・」
一口食べたアーシェがふいに呟いた。
「? どした?」
「食堂のなんかよりずっと美味しい」
目を輝かせて見つめられ、少し気圧された。
「お、お褒めに預かり恐縮至極」
簡単にネギと玉子と塩胡椒のチャーハンだったのだが、まぁそれで喜んでくれるならいいか。
その後、美味しそうにチャーハンを頬張るアーシェを眺めながら昼飯を楽しんだ。
洗い物くらいは手伝うというので、俺が洗い終わった皿やスプーンを拭いてもらう。
「ユーヤはさ、自炊派なの?」
「あん?あぁ、その方が慣れてるし、好きだ」
「そっかぁ」
何かを決意したような目で、皿を拭くアーシェ。
なんだ?
「どうした?」
全てを洗い終わり、水魔方陣に触れて止水する。
「え? ぁ、いや何でもない。それよりこのあとどうする?」
「そうだな・・・じゃあこの学園の案内頼めるかな?」
「わかった。といっても私もそんなに詳しくないけど」
アーシェも皿拭きを終え、一旦部屋を出ることにした。
念のため皮袋は持っていくことにし、制服と鞄の類はリビングにあるソファに置く。
「よし、こっちの準備はできたよ」
「じゃ、行こっか」
部屋の鍵を締め、四角い箱に乗り込む。
浮遊感を感じるこの場所で、俺は口を開いた。
「んで、まずはどこに?」
「ん~、この学園ってさ、東に寮エリア、南に校庭エリア、西に普通教室棟、北に特別教室棟、中央に職員棟なんだよね。今は春休みだから多分普通教室棟には入れないから・・・特別教室棟に行こうと思うけど」
「ん、任せる」
鐘音が鳴り、1階へとたどり着く。まぁ20階だけあってそのタイムラグは長い。
俺たちはホテルの中のような場所を歩き、エントランスホールを出た。
「・・・この学園どれだけ金使ってんだよ」
俺が言うと、アーシェが金髪を払いつつ答えてくれた。
「ここは国でも有数の超名門学園だからね・・・国も資金を惜しまないのよ」
「詳しいな、アーシェ」
「・・・まぁ、ね」
お茶を濁したように尻すぼみな声を出したアーシェをあえて気にせず、俺は続けた。
「そか。・・・さて、特別教室棟とやらに行こうか」
「ん、分かった! こっちだよ」