第九章 渡り終えて
東京に戻ったのは、今治を発った翌日の夜だった。
新幹線の窓から外を見ていると、景色が変わった。山が減り、建物が増え、空が狭くなった。車窓を流れる光の量が増えるにつれて、体の中の何かが少しずつ締まっていく感じがあった。島にいる間は、体がゆるんでいた。ゆるんでいることに気づいていなかったが、東京に近づくにつれて締まっていくのがわかった。
品川を過ぎると、東京の夜景が広がった。
光の海だった。
瀬戸内の海の光とは、まったく違う光だった。人工の光が、地面から空に向かって溢れ出していた。どこを見ても光があり、どこを見ても何かが動いていた。
慎也はその光を見ながら、しまなみの夜を思った。
大三島の完全な暗さ。伯方島の塩の匂いの夜。大島の嵐の中の防波堤の灯り。今治の窓から見た来島海峡大橋の白い光。それぞれの夜が、それぞれの顔を持っていた。
東京駅に着いた。
ホームに降りると、人が多かった。行き先の違う人間が同じ空間に流れ込み、それぞれの方向へ散っていった。誰も誰かを見ていなかった。慎也もその流れに混じり、改札を出た。
外の空気は冷たかった。
乾いていた。島の空気より、ずっと乾いていた。潮の匂いもなく、塩の匂いもなく、松の匂いもなかった。ただ排気と人の密度の匂いがした。
それでも、ここが自分の場所だった。
少なくとも、今は。
自宅は、会社を辞めてからほとんど使っていなかった。
荻窪の、一Kの部屋だった。家賃を払い続けながら、机の上に封筒を放置し、本が積まれたままになっていた。鍵を開けて入ると、空気が澱んでいた。換気されていない部屋の匂いがした。
窓を開けた。
夜の荻窪の空気が入ってきた。車の音、遠くの踏切の音、どこかの店のBGMが風に乗って届いた。東京の夜は、静かにならない。
荷物を床に下ろした。
旅の間に使ったもの、島で買ったもの、三枝のノート。バッグの中身を一つひとつ出していくと、旅の時間が手元に戻ってくる感じがした。伯方島で買ったレモンは、バッグの外ポケットの中で少しつぶれていたが、まだ匂いがした。
机の上に、三枝のノートを置いた。
百円で買った文庫本を、その隣に置いた。
この旅で持ち歩いたものが、机の上に並んだ。並べてみると、旅が終わったことが実感された。実感されると、次に何をするかが問題になった。
「書く」
と言った。今治で、澄花に電話で言った。
その言葉が、机の上のノートの隣にあった。
翌日から、慎也は部屋を片付けた。
会社を辞めてから三ヶ月、散らかったままにしていた部屋を、一日かけて整えた。積み上げた本を棚に戻し、机の上のものを整理し、読んでいない郵便物を開けた。ほとんどが不要なものだったが、一通だけ、旧知の編集者からの手紙があった。
かつての同僚、田辺という男からだった。
慎也が会社を辞めた後も、連絡を取り続けていた数少ない人間の一人だった。手紙には、元気かという言葉と、何か書くつもりがあれば読みたい、という一行があった。
日付を確認すると、二ヶ月前に届いていた。
慎也はその手紙をしばらく見た。
二ヶ月前の自分には、答えられなかった。何か書くつもりがあれば、という問いに、ある、と言える状態ではなかった。でも今は、ある、と言えた。言えるかどうかではなく、言うしかない状態に、自分はいた。
返事を書こうと思ったが、手紙より先に、書き始める方が先だと思った。
書いたものを持って、連絡する。それが順序だった。
島から戻って四日目の朝、慎也は机に向かった。
三枝のノートを開いた。
最後のページ。灯台守の物語の、途中で切れた一文。
それでも今夜の灯りを。
その続きから始めようとした。
手が止まった。
止まったまま、しばらくいた。
書けないのではなかった。書こうとすると、別のものが先に来た。灯台守の物語ではなく、自分の言葉が先に来た。島で感じたこと、会った人間のこと、聞いた言葉のことが、灯台守の物語より先に手元に来た。
慎也はノートを閉じた。
三枝の物語の続きを書く前に、自分が書かなければならないものがある。そう感じた。感じた根拠は説明できなかったが、確かにそう感じた。
別のノートを取り出した。
白紙のページに、ペンを当てた。
最初の一行を書いた。
「坂が、足を嫌っていた」
書いた後で、止まった。
その一行が、自分の言葉だと感じた。三枝の言葉ではなく、吉野の言葉でもなく、矢野の言葉でもなく、慎也自身が書いた言葉だった。尾道の坂を押して登った朝の感触が、その一行の中にあった。
次の行を書いた。
また次の行を書いた。
手が止まらなかった。
書き始めると、時間の感覚が消えた。
昼になったことに気づかなかった。空腹を感じたのは、午後の三時を過ぎた頃だった。それまでの時間、慎也は書き続けていた。
書いていたのは、この旅の話だった。
そのままの旅ではなかった。尾道から今治まで自転車で走った自分の話ではなく、何かが変わっていた。登場人物が変わっていた。自分が書いているのに、自分ではない人間がそこにいた。でもその人間の感じる景色は、慎也が感じた景色だった。
坂道。渡し船。古本屋の老人。向島の民宿の女将。造船所の音。青年の手書きの原稿。レモン畑の光。喫茶店の窓から見える海。神社の杉の静けさ。鯛めしの出汁の香り。塩の島の夜。嵐。防波堤の灯り。橋の上から見た、来た道。
それらが、別の人間の物語として、ページの上に積み重なっていった。
これが書くことか、と思いながら書いた。
編集者として七年間、他人の書いたものを読んできた。書く側に何があるかを、頭では知っていた。でも自分が書くとは、こういうことだったのか、と思った。自分の外にあったものが、書くことで自分の内側を通り、別のものとして出てくる。通り抜けるときに、何かが変わる。変わったものが、言葉になる。
三枝は、そうやって書いていたのか。
その思いが、書きながら浮かんだ。
浮かんで、また書いた。
三日間、書き続けた。
まとまったものにはなっていなかった。断片が積み重なっていた。場面と場面の間に隙間があり、人物の輪郭がまだ定まっていなかった。でも何かがあった。書けないことより書けることの方が多かった。書いていると、次に書くべきことが見えた。見えた方向に書くと、また次が見えた。
三日目の夜、慎也は書いたものを読み返した。
上手くはなかった。
当然だ、と思った。七年間、他人の文章を読んできたが、書いたことがなかった。読む技術と書く技術は別のものだ。読んできたことで、自分の書いたものの粗さが見えた。見えることは良いことだったが、粗さの多さに溜息も出た。
でも何かがあった。
吉野賢二の原稿を読んだときに感じた、あの何かが、自分の書いたものにもあった気がした。気がした、という曖昧さは正直なところで、確信はなかった。でも気がした。
それで十分だと思った。
今夜は。
一週間後、澄花に連絡した。
電話ではなく、手紙を書いた。今治での電話の後、最初に書いた手紙だった。
書いた内容は、短かった。
東京に戻り、書き始めたこと。三枝のノートの続きを書く前に、自分が書かなければならないものに気づいたこと。それを書き終えた後で、灯台守の物語に向かうつもりでいること。時間がかかるかもしれないが、書くことをやめるつもりはないこと。
それだけを書いた。
書き終えて、封筒に入れた。宛名を書いた。三枝澄花、と書いた。その名前を書くことが、今は怖くなかった。今治の前だったら、怖かっただろう。でも今は、書けた。
ポストに投函した。
戻ってくる道に、本屋があった。
足が自然に向いていた。
棚の前に立ち、背表紙を眺めた。編集者だったときは、本棚を仕事として見ていた。売れているもの、売れていないもの、置き場所、面陳か棚差しか。でも今は、別の目で見た。
一冊の本を手に取った。
知らない作家の、知らない本だった。背表紙に惹かれて手に取った。尾道の古本屋の老人が言っていた通りだ、と思った。売れていないかどうかは知らなかったが、誰かに勧められたわけではなく、背表紙に惹かれて手に取った。
買った。
家に帰りながら、その本を鞄に入れて歩いた。
読むべき本が、自分の手にあった。
二週間が経った。
書いたものは、四十枚を超えた。原稿用紙に換算すれば、まだ短編にもならない量だった。でも続いていた。途切れる日もあったが、また書いた。途切れても、書けなくなったわけではなかった。
ある夜、書きながら、慎也は三枝のことを考えた。
三枝は十年以上書き続けた。デビューする前から書いていたはずで、中学から書いていたとすれば、二十年近く書いていた。慎也が書き始めたのは、三十二歳になってからだ。遅かった。
でも遅いことは、止まることではなかった。
吉野賢二は三回落選しても書いていた。矢野は二十年、祈らずに神社に通っていた。岡本幸恵は十年以上、嘘と本当を混ぜながら宿を続けていた。藤井は父の店を継ぎ、一人で喫茶店を開けていた。山本フミコは夫を失って一人で食堂をやっていた。
続けることを、この旅で何度も見た。
続けることは、強いことではなかった。強くなくても続けている人間たちを、見てきた。続けることの形が、人によって違うことも。
慎也には、書くことが続けることの形だった。
それが今はわかっていた。
ある朝、慎也は三枝のノートを開いた。
最後のページ。
それでも今夜の灯りを。
ペンを持った。
灯台守は翌朝、いつものように灯台に上った。昨夜の光のない海を思いながら、それでも今夜の灯りを
その続きを書いた。
灯した、と書いた。
灯台守は昨夜の罪を抱えたまま、それでも灯りを灯した。赦されることを求めてではなく、灯すことが自分の仕事だからではなく、灯さなければ今夜も海が暗いから。ただそれだけの理由で、灯台守は灯りを灯した。
書いていると、灯台守が慎也から離れていった。
最初は自分の言葉として書いていたが、書き進めると、灯台守が自分の意志を持ち始めた。慎也が考えたことではなく、灯台守が選んだことが、ページの上に現れた。三枝が書こうとしていた続きではないかもしれなかった。慎也の灯台守は、三枝の灯台守とは違う人間かもしれなかった。
でも、灯台守はそこにいた。
灯りを灯した灯台守が、ページの上にいた。
書き終えると、ペンを置いた。
ノートを閉じた。
三枝のノートと、自分のノートが、机の上に並んだ。二冊のノートが、隣に並んでいた。片方は三枝が書いたもの。片方は慎也が書いたもの。どちらも未完成だった。でもどちらも、書こうとした人間の時間が、そこにあった。
窓の外に、荻窪の朝があった。
車の音、自転車のベルの音、どこかの子供の声。東京の朝は音から始まる。島の朝とは違う音の立ち方だったが、それが今の自分の場所だった。
慎也は立ち上がり、コーヒーを淹れた。
湯を沸かしながら、今日書くことを考えた。旅の物語はまだ途中だった。人物の輪郭を整える必要があった。ある場面を書き直す必要があった。書くべきことは、まだたくさん残っていた。
残っているから、今日も書く。
それだけのことが、今の慎也にとって、確かなことだった。
澄花から返事が来たのは、手紙を出してから十日後だった。
封筒を手に取ったとき、差出人の名前を見て、今度は落とさなかった。
開けると、便箋が一枚入っていた。
短い手紙だった。
杉本さんが書いていると聞いて、よかったと思いました。急がなくていいです。書き終えたら、読ませてください。それだけでいいです。
最後に一行だけ、追記があった。
兄が書いていた島を、私もいつか渡ってみたいと思っています。
慎也はその手紙を、三枝のノートの間に挟んだ。
兄が書いた紙と、妹が書いた紙が、同じノートの中に収まった。
机の前に座り、自分のノートを開いた。
今日の最初の一行を書いた。
書き終えた一行が、次の一行を呼んだ。
東京の朝が、窓の外で続いていた。
慎也は書いた。
三枝拓海の書こうとしていたものを、知りながら。知ったことで、自分が何を書くかを、すこしだけわかりながら。わかったことのすべてが正しいとは限らないことを、知りながら。
それでも書いた。
書くことは、赦されるためではなかった。
書くことは、灯りを灯すことだった。
灯した光が誰かに届くかどうかは、書いた後のことだった。届かないかもしれなかった。でも灯さなければ、届かないことは確かだった。
ペンが動いた。
言葉が、ページの上に積まれた。
窓から光が入ってきた。
東京の朝の光は、瀬戸内の光とは違った。でも光は光だった。どこで灯っても、光は光だった。
慎也は書き続けた。
物語は、まだ途中だった。




