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死神、はじめました!  作者: Tale
season2 ”喰らい”尽くす者 vs ”昏い”尽きる者
19/20

#17 痛いの痛いのトんでいけ!

決してモチーフがいるわけではありません。ホントですよ。

嫉妬に蝕まれた、狂気の死肉使い――枯。


繰り出される<愛しの肉人形(オーバードール)>に翻弄されながらも、僕と秋宮、水卜さんはどうにかその執念を振り払った。


しかし、安息も束の間、新たなる刺客――酩京(めいきょう)が現れる。


枯を抱え、紅く次元を裂くようにして、どこかへと消えていった。


そして、彼らの奥深くで(うごめ)く、さらなる”何か”の気配。


――藪坂透の過去、そして命運を賭けた戦いの影は、静かに深まっていく。




局長の命令で、僕たちは医務室へと向かう。


一仕事終えたというのに、三人の足取りは、依然として重たかった。


「枯も......それにあの変な女、酩京(めいきょう)とやらも。”傷色(きずいろ)様”って言ってたよな」


「......恐らく、彼らの組織の頭首にあたる存在だ。今までにも、罪人(ギルト)が徒党を組んで断罪担当を襲ったことはあった。俺と澪ちゃんで町を歩いている時も、何度かは経験したよね」


「......あぁ。とは言っても、羽虫は群れたところで羽虫だ。そこまで制圧には苦労しない。......だが」


「――あのレベルの罪人(ギルト)で構成される組織が、仮にあったとしたら。考えたくないね」


「......そういえば」


二人と話す中で、ふと何かを思い出す。


傷色雪情(きずいろせつじょう)、それァ綺麗な女だったァ』


あの時、剣崎も同じ名前を呟いていた気がする。


「――そうだ、傷色雪情(きずいろせつじょう)。剣崎を脱獄させたのも、その傷色(きずいろ)の仕業だったんだ」


「......だとしても、一体何のために?あれほどの罪人(ギルト)を束ねる存在が、今さら刑務所暮らしの罪人(ギルト)なんて使うかなぁ」


「そうせざるを得ない”何か”が、あったのかもしれないな」


剣崎を脱獄させたのが、本当に傷色なのだとしたら。


――僕の死神の原点(オリジン)は、彼女によって作られたようなものだ。


「いつかこの手で、ちゃんとお礼してやらないとな。傷色とやらに」


「あははっ。トオルくんの成長が楽しみだね」


「秋宮が忙しい時には、私も鍛錬に付き合おう。透の死術には、私も何かを感じる」


......正直、期待されるのは好きじゃない。


勝手に期待され、勝手に幻滅される。評価されるのは結果だけで、過程には何の意味もない。


けれど、何故か。


二人から期待されることは、意外と嫌じゃない。


それは、重く締め付ける鎖ではなく、導き照らす光のような。


「......そうですね。僕も二人の期待に、応えたいです。たくさん練習、付き合って下さい」


思わず熱くなる胸に、そっと手を置いて。


期待される嬉しさを、等身大で噛み締めた。






それからさらに廊下を進み、僕たちはようやく、医務室へと辿り着いた。


扉の前に立つ秋宮は、どこか神妙な面持ちだ。


そして深く息を吸い込み、気だるげにコンコンとノックした。


「……っす。秋宮御一行です」


扉を開け、いつもの順で中へ入ると、視界にはベッドがいくつか並び、机と椅子、壁沿いに棚が少し。


鼻を刺す薬品の匂いがどこか懐かしく、思ったより普通な空間に少し安心した。


「こんにちは......って、誰もいないのか」


そのとき、奥から靴音が聞こえる。


カツン、カツンと硬い音を立てて、女医が現れた。


「……え、待って。もしかして――秋宮くん......!?」


その声とは裏腹に、秋宮の顔はどこか青ざめている。


「……はぁ。出来ればお前になんて、二度と会いたくなかったさ」


「そんなこと言っちゃって! 本当は毎晩毎晩、私のこと考えて眠れないんでしょ?」


「……あはは」


「おい菩薩みたいな顔してるぞ。......何があったか知らないけど、私情ならよそでやってくれ」


軽くあしらうと、秋宮は軽く咳払いをする。


「......紹介するよ。彼女は局内で医務室を任されている、“自称”天才医師の死神――仁科(にしな)ちゃんだ」


「どうも!あなたのカラダとハートを癒しちゃうぞ!仁科馨(にしなかおり)です!」


仁科さんは僕より十センチほど背が高く、茶色い髪が大人びた印象を与える。


特に、水卜さんとは格の違う”何か”を胸に宿しているのがひと目で分かる。


「……なぁ透、なんだか腹が立つ。沈めていいか」


「駄目です、水卜さんのも素晴らしいです」


「……は?」


水卜さんが不思議と殺意を募らせる横で、僕は秋宮と仁科さんに視線を移す。


「初めまして。藪坂透です。最近、死神になりました。よろしくお願いします」


「透くんね、よろしく! それで、水卜さんも今日は一緒なんだ?」


「……その言い方、まるで私がいない方が都合がいいみたいだな」


「別に? 同期だか何だか知らないけど、私は私で好き勝手やらせてもらうからね。ねえ、秋宮くん!」


「……前にも言っただろ、澪ちゃん。こいつに構うなって」


「……そうだな。どこにも嫁げない哀れな行き遅れなんて、構ってられん」


「はー!? 別にあんただって相手がいるわけじゃないでしょ!」


「そうだな……まだ、いないな」


「何よその含みのある言い方! これだから胸のない女は! プライドばっかりで!」


「よし、仁科、外へ出ろ。私と真剣に殺し合いをしよう」


「そっちがその気なら受けて立つわよ! その後は秋宮くんと勝利の美酒を――おーっほっほっ!」


大人びた仁科さんと水卜さんだが、その様はまるで子供のようだ。


「なぁ、この二人って仲悪いのか」


「......さぁね。だから来たくなかったんだよ」


僕らが小声で話す間も、二人は睨みを利かせ合う。


いい加減頭に来たのか、秋宮はまたしても、咳払いをすると。


「あの、もういいかな。お兄さん、騒がしい女嫌いなんだけど」


笑顔でそう吐き捨て、椅子に腰を下ろす。


ひとときの静寂が流れ、僕もそっと腰を下ろした。


二人は顔を背け、それぞれの席に着く。


仁科さんはぶつぶつと小言を零しながら、面倒そうに机に向かった。




「それで?あなたたち三人は?なーにをしにここに来たんですか?」


「......仁科ちゃんさ、いい加減機嫌治してくれないかな」


「別に?私はこれでも平常運転ですけど?」


「あっ、そう。それでね、今回は罪人(ギルト)と戦った後でさ。結構三人とも怪我が酷いから、治療をお願いしたくて」


「......ふーん。どれどれっと」


そうして少しはやる気になったのか、こちらを一人ずつ、じっくりと眺める。


秋宮を愛おしそうに見つめては、次に蔑んだ目で水卜さんを睨む。


「なんだその目は。患者に向ける目か、それは」


「こっちは診察してんのよ!黙りなさい!」


そして僕を見て、そこで止まる。


「......なるほどね。透くんだったっけ?君――このままだと死ぬよ」


いきなりの余命宣告。


「というと、何故でしょうか」


「死神の身体っていうのは、人間ほど脆くはないの。一応不死身って言われてるくらいだし。それでも、治癒力にはちゃんと、限りがある。人間だって、ご飯を食べないと、死んじゃうでしょ?死神だって同じで、栄養を摂取しないと、やがて傷は、治らなくなる」


先ほどまでとは打って変わり、真剣な表情で話す仁科さん。


「栄養って、じゃあ僕は、家帰って母のご飯でもかきこめば大丈夫ですか?」


「んーん。死神にとって、現世の食事は娯楽みたいなものだよ。もしかしたら、それは人間も同じなのかもしれないけどね。それでも、死神はね......寿命を食べないと、いつか死んじゃうの」


そういえば、そんなこと聞いたことあったような。


人間と死神は、寿命という対価によって契約を交わしているとか、なんとか。


「でも、人間として生きている頃は、寿命なんて死神に払った記憶、ないですけど」


「そうね、生きている人間から寿命を頂くってのは、やっぱり人間にとっても抵抗があるから。だから私たち死神は、病気とか、事故とか。そうやって天命を全うせずに亡くなった人間の、本来なら生きるはずだった残りの年月を、対価として頂いているの。それが、私たちの言う”寿命”よ」


「......そうだったんですね。なんとなくは理解しました。それにしても、どうして僕がすぐ死ぬって分かったんですか」


「......ふふん。私の眼はね、”相手の寿命が視える”のよ。人間ならあとどれくらい生きられるのか、死神ならどれくらい寿命を保有しているのか、とかね。私は秋宮くんみたいに強くはないけど、こういう死術の使い方もあるの」


”寿命が視える眼”。


てっきり、死術といえば攻撃性のあるものだとばかり思っていたが、日常生活に応用できる死術もあるのか。


思わぬところで、一つ学びを得た。


「なるほど、ただのピンクなお姉さんかと思ってました。流石、天才医師と自称するだけのことはありますね」


「なっ、失礼ね!これでもちゃんと業務中なんですけど。......えぇと、それでね。透くんの寿命も視てみたんだけど、どうやら君には、今回の怪我を治すだけの寿命は、もう残ってないみたい」


「......じゃあやっぱり僕は、このまま朽ちるのを待つしか」


「――そうならないために私がいるんでしょ。大丈夫、私が治してあげるから」


仁科さんはポンと胸を叩く。柔らかそうな音がしたのは、多分気のせいだ。


「とりあえず今回は、緊急用の寿命含有剤を投与してあげる。とはいっても、これは本当に緊急用。今回打つのはざっと300年分って所かな。これでその傷なら、ある程度は治せると思う」


「ありがとうございます......って、え?打つ?死術で治すとかではなく?」


「寿命を注入するだけなら、これが一番手っ取り早いのよ。さぁ、腕出しなさい」


すると、それはもう見たことないくらいの大きさの注射器を、どこからともなく取り出して。


「トオルくん。南無阿弥陀仏とだけ、言っておくよ」


「待て秋宮、そんな優しい瞳で僕を見るな」


恐る恐る左腕を捲っていると、仁科さんはそれを鷲掴みにする。


「じゃあチクッとするよー、えいっ!」


「あ、ちょっと仁科さん!?」


思ったよりも力任せに刺し込まれ、思わず声が出る。


「ちょっと待って下さいめっちゃ痛いんですけど!?」


「まだまだここからが本番よ!我慢しなさい!」


そう言って、注射器の薬剤を腕に流し込む仁科さん。


瞬間、腕がパンパンに膨れ上がり、血管が浮かび上がっては、はち切れそうになる。


「うわあああ゛!!?やばい待って!?これ以上はッ!これ以上は無理ッ!」


「ほらほら、まだまだ出るよ!覚悟しなさーい!」


そうして、男児の情けない声が部屋中に響く。


涙と鼻水で顔を濡らしながら、僕は椅子から崩れ落ちた。


「秋宮......駄目だ、多分この人、罪人(ギルト)だ。だって僕を、僕を殺そうとした」


「あははっ。法で裁けない分、罪人(ギルト)より悪質だよこの人は」


そう言ってケラケラと笑っていると。


「なーに他人事ぶってんのよっ!秋宮くんだって重症なんだから!私の愛情、注いであ・げ・る!」


ぬらりと現れ、秋宮へと注射器を向ける。


「あ、俺は別に自分で治せるからいいよ。って......おい聞いてんのか、このアマ!」


「いっくわよー!愛のお注射特急、発車しまーす!」


暴走機関車は、もう止まらない。


「あああ゛ぁぁぁ゛!!?」


無論、秋宮も、僕と同じように崩れ落ちる。


いい歳した男二人が、こうも無残に。


「あとはアンタね。うんと太い針でブッ刺してやるわ!」


「......おい、待て、早まるな!というかその発言、医者としてどうなんだッ!?」


「喰らいなさい泥棒猫!恨みのお注射新幹線、間もなく発車いたしますわ!」


「な゛ッ!?貴様ッ!?うわぁぁぁッ!!?」


襲い掛かるかのように突き刺した針は、そのまま薬剤を流し込んで。


「お嬢様、ここが気持ちいいんですかぁ!?ほら!ほぉら!」


「駄目だッ!それ以上はッ......!?こ、壊れるッ......!」


どこかセンシティブで、しかし色っぽさのない絶叫が、部屋を突き抜ける。


こうして、死神三人の”治療”が終わった。


嗚呼、無惨。




それからしばらくして、三人とも目が覚めた。


気付けば三人とも失神していたようで、気を利かせ、僕ら三人をベッドへと運んでくれたらしい。


「まったく、運ぶの大変だったんだからね?特に女!水卜とかいう女!超重かったわ!」


「なっ、貴様の方が重いに決まってるだろ!ブクブクと要らぬ所に贅肉ばかり蓄えて!」


「......まったく、ホント二人、仲良しだね」


「どこがよっ!?」「どこがだッ!?」


「......ほら」


「水卜さんでも、感情的になることあるんだな」


たったこの数時間で、水卜さんの新たな一面を知れた気がする。


「っていうか、そんなことより!秋宮くん、腕どうしたの?ただの怪我じゃないみたいだけど?まだ足りない?もう一回する?」


「......あぁ、悪い、これは気にしないでくれ。きっと、別の持ち主を見つけただけだから。......それと、もう二度と、俺に、触るな」


そう警告し、ベッドから身体を起こす。


僕と水卜さんも続いて起き上がり、少しばかり身体を動かしては、確かめるように。


「すごい......完全に治ってる」


そういえば片目で少しばかり霞んでいた視界も、今ではくっきりと。


潰れた右目は、綺麗に再生していた。


水卜さんの肩も、どうやらすっかり元通りで。


肩の辺りが破け、鎖骨がうっすら見えるのが何だかなと、素面(シラフ)の今では思ったりもして。


「とりあえず......お世話になりました。二度とここに来ることがないように、もっと強くなりたいと思います」


「あら、いつでも来ていいのよ?暇つぶしになら、遊んであげるから」


......貴様は遊ばれる側だ。


そんな感じの言葉が、水卜さんの顔に浮かんでいる気がする。


言葉に出さなくなっただけ、水卜さんの方が少し大人のレディだ。


「じゃ、ありがとね仁科ちゃん。もう二度と来ないから」


「もー!秋宮くんまでそんな事言って。......やっぱ秋宮くん、好きだなぁ」


「......?とにかく、ほら、行くよトオルくん。澪ちゃんも」


「......下らん女だ。世話になった、もう来ない」


「アンタなんか出禁よ出禁!さっさと荷物まとめて帰りなさい!」


顔をしかめ、追い払う素振りをする、仁科さん。


そうして、身支度を整え、部屋を出る。


いつもの通り――ではなく、水卜さん、そして僕。


そして最後に秋宮が扉を閉める。


最後まで手を振る仁科さんの笑顔を、不覚にも可愛いと思う自分がいた。




そしてその日の夜。


ある部屋の風呂場から怒号が響く。


「あんのアマ!!!ふざけた真似しやがって!!!」


胸元には、紅い唇の痕。


こういう所がモテないんだよと、心から思う秋宮だった。


読んで頂き、ありがとうございました。

season2、開幕です。初っ端からこれはどうなんだろう。長すぎた。

引き続き頑張ります。

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