#17 痛いの痛いのトんでいけ!
決してモチーフがいるわけではありません。ホントですよ。
嫉妬に蝕まれた、狂気の死肉使い――枯。
繰り出される<愛しの肉人形>に翻弄されながらも、僕と秋宮、水卜さんはどうにかその執念を振り払った。
しかし、安息も束の間、新たなる刺客――酩京が現れる。
枯を抱え、紅く次元を裂くようにして、どこかへと消えていった。
そして、彼らの奥深くで蠢く、さらなる”何か”の気配。
――藪坂透の過去、そして命運を賭けた戦いの影は、静かに深まっていく。
局長の命令で、僕たちは医務室へと向かう。
一仕事終えたというのに、三人の足取りは、依然として重たかった。
「枯も......それにあの変な女、酩京とやらも。”傷色様”って言ってたよな」
「......恐らく、彼らの組織の頭首にあたる存在だ。今までにも、罪人が徒党を組んで断罪担当を襲ったことはあった。俺と澪ちゃんで町を歩いている時も、何度かは経験したよね」
「......あぁ。とは言っても、羽虫は群れたところで羽虫だ。そこまで制圧には苦労しない。......だが」
「――あのレベルの罪人で構成される組織が、仮にあったとしたら。考えたくないね」
「......そういえば」
二人と話す中で、ふと何かを思い出す。
『傷色雪情、それァ綺麗な女だったァ』
あの時、剣崎も同じ名前を呟いていた気がする。
「――そうだ、傷色雪情。剣崎を脱獄させたのも、その傷色の仕業だったんだ」
「......だとしても、一体何のために?あれほどの罪人を束ねる存在が、今さら刑務所暮らしの罪人なんて使うかなぁ」
「そうせざるを得ない”何か”が、あったのかもしれないな」
剣崎を脱獄させたのが、本当に傷色なのだとしたら。
――僕の死神の原点は、彼女によって作られたようなものだ。
「いつかこの手で、ちゃんとお礼してやらないとな。傷色とやらに」
「あははっ。トオルくんの成長が楽しみだね」
「秋宮が忙しい時には、私も鍛錬に付き合おう。透の死術には、私も何かを感じる」
......正直、期待されるのは好きじゃない。
勝手に期待され、勝手に幻滅される。評価されるのは結果だけで、過程には何の意味もない。
けれど、何故か。
二人から期待されることは、意外と嫌じゃない。
それは、重く締め付ける鎖ではなく、導き照らす光のような。
「......そうですね。僕も二人の期待に、応えたいです。たくさん練習、付き合って下さい」
思わず熱くなる胸に、そっと手を置いて。
期待される嬉しさを、等身大で噛み締めた。
それからさらに廊下を進み、僕たちはようやく、医務室へと辿り着いた。
扉の前に立つ秋宮は、どこか神妙な面持ちだ。
そして深く息を吸い込み、気だるげにコンコンとノックした。
「……っす。秋宮御一行です」
扉を開け、いつもの順で中へ入ると、視界にはベッドがいくつか並び、机と椅子、壁沿いに棚が少し。
鼻を刺す薬品の匂いがどこか懐かしく、思ったより普通な空間に少し安心した。
「こんにちは......って、誰もいないのか」
そのとき、奥から靴音が聞こえる。
カツン、カツンと硬い音を立てて、女医が現れた。
「……え、待って。もしかして――秋宮くん......!?」
その声とは裏腹に、秋宮の顔はどこか青ざめている。
「……はぁ。出来ればお前になんて、二度と会いたくなかったさ」
「そんなこと言っちゃって! 本当は毎晩毎晩、私のこと考えて眠れないんでしょ?」
「……あはは」
「おい菩薩みたいな顔してるぞ。......何があったか知らないけど、私情ならよそでやってくれ」
軽くあしらうと、秋宮は軽く咳払いをする。
「......紹介するよ。彼女は局内で医務室を任されている、“自称”天才医師の死神――仁科ちゃんだ」
「どうも!あなたのカラダとハートを癒しちゃうぞ!仁科馨です!」
仁科さんは僕より十センチほど背が高く、茶色い髪が大人びた印象を与える。
特に、水卜さんとは格の違う”何か”を胸に宿しているのがひと目で分かる。
「……なぁ透、なんだか腹が立つ。沈めていいか」
「駄目です、水卜さんのも素晴らしいです」
「……は?」
水卜さんが不思議と殺意を募らせる横で、僕は秋宮と仁科さんに視線を移す。
「初めまして。藪坂透です。最近、死神になりました。よろしくお願いします」
「透くんね、よろしく! それで、水卜さんも今日は一緒なんだ?」
「……その言い方、まるで私がいない方が都合がいいみたいだな」
「別に? 同期だか何だか知らないけど、私は私で好き勝手やらせてもらうからね。ねえ、秋宮くん!」
「……前にも言っただろ、澪ちゃん。こいつに構うなって」
「……そうだな。どこにも嫁げない哀れな行き遅れなんて、構ってられん」
「はー!? 別にあんただって相手がいるわけじゃないでしょ!」
「そうだな……まだ、いないな」
「何よその含みのある言い方! これだから胸のない女は! プライドばっかりで!」
「よし、仁科、外へ出ろ。私と真剣に殺し合いをしよう」
「そっちがその気なら受けて立つわよ! その後は秋宮くんと勝利の美酒を――おーっほっほっ!」
大人びた仁科さんと水卜さんだが、その様はまるで子供のようだ。
「なぁ、この二人って仲悪いのか」
「......さぁね。だから来たくなかったんだよ」
僕らが小声で話す間も、二人は睨みを利かせ合う。
いい加減頭に来たのか、秋宮はまたしても、咳払いをすると。
「あの、もういいかな。お兄さん、騒がしい女嫌いなんだけど」
笑顔でそう吐き捨て、椅子に腰を下ろす。
ひとときの静寂が流れ、僕もそっと腰を下ろした。
二人は顔を背け、それぞれの席に着く。
仁科さんはぶつぶつと小言を零しながら、面倒そうに机に向かった。
「それで?あなたたち三人は?なーにをしにここに来たんですか?」
「......仁科ちゃんさ、いい加減機嫌治してくれないかな」
「別に?私はこれでも平常運転ですけど?」
「あっ、そう。それでね、今回は罪人と戦った後でさ。結構三人とも怪我が酷いから、治療をお願いしたくて」
「......ふーん。どれどれっと」
そうして少しはやる気になったのか、こちらを一人ずつ、じっくりと眺める。
秋宮を愛おしそうに見つめては、次に蔑んだ目で水卜さんを睨む。
「なんだその目は。患者に向ける目か、それは」
「こっちは診察してんのよ!黙りなさい!」
そして僕を見て、そこで止まる。
「......なるほどね。透くんだったっけ?君――このままだと死ぬよ」
いきなりの余命宣告。
「というと、何故でしょうか」
「死神の身体っていうのは、人間ほど脆くはないの。一応不死身って言われてるくらいだし。それでも、治癒力にはちゃんと、限りがある。人間だって、ご飯を食べないと、死んじゃうでしょ?死神だって同じで、栄養を摂取しないと、やがて傷は、治らなくなる」
先ほどまでとは打って変わり、真剣な表情で話す仁科さん。
「栄養って、じゃあ僕は、家帰って母のご飯でもかきこめば大丈夫ですか?」
「んーん。死神にとって、現世の食事は娯楽みたいなものだよ。もしかしたら、それは人間も同じなのかもしれないけどね。それでも、死神はね......寿命を食べないと、いつか死んじゃうの」
そういえば、そんなこと聞いたことあったような。
人間と死神は、寿命という対価によって契約を交わしているとか、なんとか。
「でも、人間として生きている頃は、寿命なんて死神に払った記憶、ないですけど」
「そうね、生きている人間から寿命を頂くってのは、やっぱり人間にとっても抵抗があるから。だから私たち死神は、病気とか、事故とか。そうやって天命を全うせずに亡くなった人間の、本来なら生きるはずだった残りの年月を、対価として頂いているの。それが、私たちの言う”寿命”よ」
「......そうだったんですね。なんとなくは理解しました。それにしても、どうして僕がすぐ死ぬって分かったんですか」
「......ふふん。私の眼はね、”相手の寿命が視える”のよ。人間ならあとどれくらい生きられるのか、死神ならどれくらい寿命を保有しているのか、とかね。私は秋宮くんみたいに強くはないけど、こういう死術の使い方もあるの」
”寿命が視える眼”。
てっきり、死術といえば攻撃性のあるものだとばかり思っていたが、日常生活に応用できる死術もあるのか。
思わぬところで、一つ学びを得た。
「なるほど、ただのピンクなお姉さんかと思ってました。流石、天才医師と自称するだけのことはありますね」
「なっ、失礼ね!これでもちゃんと業務中なんですけど。......えぇと、それでね。透くんの寿命も視てみたんだけど、どうやら君には、今回の怪我を治すだけの寿命は、もう残ってないみたい」
「......じゃあやっぱり僕は、このまま朽ちるのを待つしか」
「――そうならないために私がいるんでしょ。大丈夫、私が治してあげるから」
仁科さんはポンと胸を叩く。柔らかそうな音がしたのは、多分気のせいだ。
「とりあえず今回は、緊急用の寿命含有剤を投与してあげる。とはいっても、これは本当に緊急用。今回打つのはざっと300年分って所かな。これでその傷なら、ある程度は治せると思う」
「ありがとうございます......って、え?打つ?死術で治すとかではなく?」
「寿命を注入するだけなら、これが一番手っ取り早いのよ。さぁ、腕出しなさい」
すると、それはもう見たことないくらいの大きさの注射器を、どこからともなく取り出して。
「トオルくん。南無阿弥陀仏とだけ、言っておくよ」
「待て秋宮、そんな優しい瞳で僕を見るな」
恐る恐る左腕を捲っていると、仁科さんはそれを鷲掴みにする。
「じゃあチクッとするよー、えいっ!」
「あ、ちょっと仁科さん!?」
思ったよりも力任せに刺し込まれ、思わず声が出る。
「ちょっと待って下さいめっちゃ痛いんですけど!?」
「まだまだここからが本番よ!我慢しなさい!」
そう言って、注射器の薬剤を腕に流し込む仁科さん。
瞬間、腕がパンパンに膨れ上がり、血管が浮かび上がっては、はち切れそうになる。
「うわあああ゛!!?やばい待って!?これ以上はッ!これ以上は無理ッ!」
「ほらほら、まだまだ出るよ!覚悟しなさーい!」
そうして、男児の情けない声が部屋中に響く。
涙と鼻水で顔を濡らしながら、僕は椅子から崩れ落ちた。
「秋宮......駄目だ、多分この人、罪人だ。だって僕を、僕を殺そうとした」
「あははっ。法で裁けない分、罪人より悪質だよこの人は」
そう言ってケラケラと笑っていると。
「なーに他人事ぶってんのよっ!秋宮くんだって重症なんだから!私の愛情、注いであ・げ・る!」
ぬらりと現れ、秋宮へと注射器を向ける。
「あ、俺は別に自分で治せるからいいよ。って......おい聞いてんのか、このアマ!」
「いっくわよー!愛のお注射特急、発車しまーす!」
暴走機関車は、もう止まらない。
「あああ゛ぁぁぁ゛!!?」
無論、秋宮も、僕と同じように崩れ落ちる。
いい歳した男二人が、こうも無残に。
「あとはアンタね。うんと太い針でブッ刺してやるわ!」
「......おい、待て、早まるな!というかその発言、医者としてどうなんだッ!?」
「喰らいなさい泥棒猫!恨みのお注射新幹線、間もなく発車いたしますわ!」
「な゛ッ!?貴様ッ!?うわぁぁぁッ!!?」
襲い掛かるかのように突き刺した針は、そのまま薬剤を流し込んで。
「お嬢様、ここが気持ちいいんですかぁ!?ほら!ほぉら!」
「駄目だッ!それ以上はッ......!?こ、壊れるッ......!」
どこかセンシティブで、しかし色っぽさのない絶叫が、部屋を突き抜ける。
こうして、死神三人の”治療”が終わった。
嗚呼、無惨。
それからしばらくして、三人とも目が覚めた。
気付けば三人とも失神していたようで、気を利かせ、僕ら三人をベッドへと運んでくれたらしい。
「まったく、運ぶの大変だったんだからね?特に女!水卜とかいう女!超重かったわ!」
「なっ、貴様の方が重いに決まってるだろ!ブクブクと要らぬ所に贅肉ばかり蓄えて!」
「......まったく、ホント二人、仲良しだね」
「どこがよっ!?」「どこがだッ!?」
「......ほら」
「水卜さんでも、感情的になることあるんだな」
たったこの数時間で、水卜さんの新たな一面を知れた気がする。
「っていうか、そんなことより!秋宮くん、腕どうしたの?ただの怪我じゃないみたいだけど?まだ足りない?もう一回する?」
「......あぁ、悪い、これは気にしないでくれ。きっと、別の持ち主を見つけただけだから。......それと、もう二度と、俺に、触るな」
そう警告し、ベッドから身体を起こす。
僕と水卜さんも続いて起き上がり、少しばかり身体を動かしては、確かめるように。
「すごい......完全に治ってる」
そういえば片目で少しばかり霞んでいた視界も、今ではくっきりと。
潰れた右目は、綺麗に再生していた。
水卜さんの肩も、どうやらすっかり元通りで。
肩の辺りが破け、鎖骨がうっすら見えるのが何だかなと、素面の今では思ったりもして。
「とりあえず......お世話になりました。二度とここに来ることがないように、もっと強くなりたいと思います」
「あら、いつでも来ていいのよ?暇つぶしになら、遊んであげるから」
......貴様は遊ばれる側だ。
そんな感じの言葉が、水卜さんの顔に浮かんでいる気がする。
言葉に出さなくなっただけ、水卜さんの方が少し大人のレディだ。
「じゃ、ありがとね仁科ちゃん。もう二度と来ないから」
「もー!秋宮くんまでそんな事言って。......やっぱ秋宮くん、好きだなぁ」
「......?とにかく、ほら、行くよトオルくん。澪ちゃんも」
「......下らん女だ。世話になった、もう来ない」
「アンタなんか出禁よ出禁!さっさと荷物まとめて帰りなさい!」
顔をしかめ、追い払う素振りをする、仁科さん。
そうして、身支度を整え、部屋を出る。
いつもの通り――ではなく、水卜さん、そして僕。
そして最後に秋宮が扉を閉める。
最後まで手を振る仁科さんの笑顔を、不覚にも可愛いと思う自分がいた。
そしてその日の夜。
ある部屋の風呂場から怒号が響く。
「あんのアマ!!!ふざけた真似しやがって!!!」
胸元には、紅い唇の痕。
こういう所がモテないんだよと、心から思う秋宮だった。
読んで頂き、ありがとうございました。
season2、開幕です。初っ端からこれはどうなんだろう。長すぎた。
引き続き頑張ります。




