#16 故に、”影”は芽吹く
楽しくなって、その勢いで書き上げました。
音さえ焦げるような業火の中。
僕は、瞳すら蒸発しそうな大気に視界を霞ませながら――“燃える”枯を見つめていた。
熱そうで、苦しそうで、それでもどこか、嬉しそうで。楽しそうで。
声すら発せられない灼熱の渦で、僕たちはただ、その終焉を見届けていた。
やがて、手の中で暴れ続けていた枯の力が次第に弱まり、身体の重みだけを預けては、火に沈んでいく。
それを確かに感じた直後、僕の意識もまた、静かに落ちていった。
薄ら意識の中でも、火照るように熱く、笑ってしまうほどに痛む身体。
それがふと、冷ややかな海に抱かれるように、静かに鎮まっていく。
その温もりは、火照りを溶かす潮風のようで――水卜さんの気配を、そっと感じた。
「……よかった。間に合ったようだ。……本当に、よくやったぞ、透。それに……君の“影”もな」
目を開けた先にいたのは、安堵の表情を浮かべた水卜さんと、どこかやり切った顔をした秋宮。
「……お疲れ様、トオルくん。君の頑張り、確かにこの目で見届けたよ」
「……水卜さん、本当にいろいろありがとうございました。秋宮……お前は。まあ、あれだ。あの炎、マジで死ぬかと思った」
「素直じゃないんだから。でも、間違いなく今回は――君と俺たちで掴んだ、紛れもない“勝利”だ」
珍しく秋宮がそんな臭いことを言うもんだから、妙に寒気がした。
……と思ったら、肌に馴染まない感触。
見ると、自分の制服は焼け焦げていて、その上に秋宮の上着がかけられていた。どうやら、気を利かせてくれたらしい。
「……焼け焦げた、か」
呟いては、思い出す。
心中も覚悟して離さなかった――枯の姿。
その身体はすでに大半が消炭と化し、特に胸元から下の火傷痕は見るに堪えなかった。
「……嫌な奴だったよ。強さも異常だったけど、それ以上に……誰かへの“執着”がさ。まるで、少し前の自分を見てるみたいだった」
「……少し前って、自分で言えてる時点で成長だよ。トオルくんは枯とは違う。その哀しみを、ちゃんと力に変えられた」
穏やかな雰囲気に包まれた訓練場。
――だが、このあと僕たちは知ることになる。
この戦いが、まだ“序章”に過ぎなかったということを。
戦闘を終え、水卜さんがスマートフォンを取り出して本部に連絡しようとする。しかし、その顔に影が差す。
「……おかしいな。ここに来る途中、システムの再起動を指示していたはずだが」
「……まだ繋がらないのかい? 澪ちゃん」
「ああ。復旧には時間がかかるとはいえ、さすがにこれは……」
二人が端末の状況を話している最中。
重傷で意識を失っているはずの枯の手が、人知れずわずかに動いた。
そして、焼け焦げたポケットから、小さな通信機を取り出す。
カチリ――と、小さな音と共に、起動音が響いた。
「……悪い……酩京……しくじった。回収を……頼む」
その異変に、僕だけが気づいた。
「っ……!」
声を上げようとした矢先――
「……もう、枯くんってば、最後までお荷物なんだから」
その“声”が、空間を裂くように響いた。
毒々しい紫の髪を編み込み、侍女服に身を包んだ少女が、まるで何事もなかったかのようにそこに現れる。
「――なッ!?」
二人が即座に警戒態勢をとるが、少女は気にも留めず枯に近づく。
「……はっ……そうでもないぜ、酩京……“データ”は……入手した」
「......まったく、そういうところだけはちゃんとしてるんだもんね……小賢しいっていうか。それ、”傷色様”に届けるんでしょ?」
僕たちには一瞥もくれず、まるで予定された手順のように会話を進めていく。
「――おいお前ら! 一体どこから――」
「それじゃあ今回は、オサラバってことで。とおるん……資料より、ずっと美味しそう。次は――私が、食べてあげるね?」
少女は枯の身体をひょいと抱え上げると、にっこりと微笑んで言った。
「罪生――<蛮患喰らい>」
そう告げると、空間に紅い裂け目が走り、彼女と枯の姿は、闇の中へと消えていった。
澄み切った青空に、突如として立ち込める暗雲。
僕ら三人は、まだ見ぬ罪人の存在に、顔を曇らせていた。
「......終ってない」
そんな一言が、思わず口から漏れる。
「......やれやれ、どうしてこうも後味を悪くしてくれるかね。まぁそれでも......ねぇ、澪ちゃん」
「......あぁ。あれほどの罪人に撤退を選ばせたんだ。ひとまずは局長へ――報告しよう」
二人はそう口々に語り、身体からどこか力を抜いては。
それぞれ、傷口を衣服で止血するなどして、その足で局長室へと向かった。
道中では......もう。
警備室では怒号が飛び交い、端末を抱えて駆け出す局員たちの姿もちらほらと。
すれ違う死神たちは、皆、一様に険しい表情をしていた。
とんでもないことになってるな......心の中でそう思いつつ、とりあえずは見えないフリをして。
僕ら三人は、重たく扉をノックした。
「......誰だ」
局長の声音も、前に話した時とは別人のようで、それが事態の深刻さを物語っていた。
「俺らだ......局長」
秋宮が反応をし、暫しの静寂を挟んで。
「話がある、入って」
先ほどより少しばかり明るい声色で、局長は返す。
秋宮を先頭に、水卜さん、僕と前と同じ構図で、部屋へと足を踏み入れる。
やはりそこに広がるのは、静謐な教室。
教室の端では、壁に背を掛けながら暗い顔を浮かべる、局長の姿。
「......局長もかなり、お疲れさまだね」
「君らに比べれば大したことはないさ。それよりまずは――この度の事件、誠に申し訳ない」
局長が、身体を起こしては、僕らに頭を下げる。
「......いえ」
そんな、どっちつかずの一言が零れる。
局長が頭を下げる、その事実が僕には何より......怖かったからだ。
「......起こってしまったことは、仕方ありません。これからは傾向と対策、あるのみです。局長」
「......相変わらず澪ちゃんは冷たいなぁ。まぁ今は、それぐらいが助かるんだけどね」
「まぁでも局長、何も全部が全部、マイナスなイベントって訳でもないさ。トオルくんがね――」
「――聞いたよ。とは言っても、全てを知っている訳でもないけど。それでも藪坂くん、君の功績は......目を見張るほどだ」
「......ありがとうございます。それこそ、二人のフォローがあってこそです。結局、二回も意識......失っちゃってますから」
「二回で済むなら良い方だよ。二回......どころか二度と目を覚まさなくたって、おかしくない状況だった。それでも君たちは、今回の状況における”満点解答”を......叩き出したんだ」
局長の激励に、思わず胸が熱くなる。
「侵入を許したのは全て――局長である僕の責任だ。謝って済む事でもないと分かっているけど、それでも――」
「いいんです。お陰で、懐かしい影に、会えましたから」
被せるように、僕はそっと呟く。
今回の問題は、許すとか、許さないとか、そんな感情論でどうにかなる話じゃない。
ならば、とりあえずはこの”勝利”を噛み締めろと、2人が教えてくれた言葉だった。
「......分かった。今後のことは必ず、追って話すよ。とりあえずは三人とも、速攻医務室だ」
「......局長、そりゃないって」
秋宮が嫌そうに愚痴を吐くが。
「絶対に、速攻に、医務室行きだ」
童子の背に鬼を見た僕らは、大人しく医務室へと搬送される運びとなったのだった。
そんな中、夕日が沈む、――町のどこかで。
「......さぁ透。お前はこれから――どう生きる?」
黒く長い髪をたなびかせ、妖しく笑みを浮かべる、少女。
透の病床を遥か遠くで眺めながら、そう呟く――傷色の姿があった。
ありがとうございました。これにてseason1、幕引きとなります。
次回からはseason2へと続きます。
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