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死神、はじめました!  作者: Tale
season1 ”種”の出現
17/20

#15 その一撃は誰が為に

書き抜きました。

鼻をつくのは、微かな潮の香り。


それに混じるのは、鉄の匂い――鮮血。


僕は周囲を見渡し、戦況をなぞる。


「……ああもう、見た目からして面倒だな」


枯の右半身は、肉と骨が盛り上がって異様な形に変わっていた。


気を失う前までは、確かに人を模していたはずだ。


......あんな狂気の塊を、人と称して良いかは分からないが。


それでも今は――もう完全に、化物だ。


自らを人形へと錬成した......どこか理を外れてしまった、怪物と化していた。


そうして、並ぶ2人に目をやると。


秋宮は顔を歪め、口元の血を拭っている。


水卜さんの肩には、深く裂けた傷。


前線に立つのは、難しそうだ。


「秋宮、あの時見せた――〈烈火傷葬(れっかしょうそう)〉。もう一度、撃てるか?」


僕の問いに、秋宮は乾いた笑みを浮かべる。


「簡単に言うね、トオルくん。……右腕の代償、思ったより軽くはなさそうだ。もう一発放つには......最低でも5分ってとこかな。稼げるかい?」


「僕と水卜さんで、何とかします」


水卜さんは黙って頷き、剣を拾っては一度地に突くと、左手を僕に翳した。


「水の加護を――預ける。少しの間、身体が軽く感じるはずだ。痛みも、幾分かは和らぐだろう。……頼めるか、透」


僕も静かに、けれど強く頷き返す。


「……一緒に、明日を繋ぎましょう」


3人の意志も固まり、僕は水卜さんの手を取る。


それを合図に、水卜さんは、詠唱を始める。


「その身、流れる水の如く。心、蒼き海の如し。今ここに、死神の加護を授けん。死術〈水〉――〈游泳(ゆうえい)の陣〉」


詠唱が終わるのと同時に、どこからともなく爽やかな波音が耳をくすぐる。


心地よい......そう感じた瞬間、視界がすっと澄み渡った。


霞が晴れたように、周囲の動きが細かく見える。


先ほどまで鈍く疼いていた腹部の痛みも、鎮められるように落ち着いていく。


水に身を任せて浮かんでいるような、不思議な軽さが身体を包んでいた。


「......すごい。これならホントに、枯のことぶっ飛ばせそうだ」


「慢心するなよ、透。この効果は一時的だ。危険を冒せと我々は言っている訳ではないぞ」


「まぁ、無敵じゃないってのは、トオルくんが一番分かってるだろうけどね」


2人のアドバイスを胸に、僕は再度、枯を見つめる。


「......作戦会議は終わった?ったく、暇すぎて誰か殺してこようかと思ってたところだよ」


そんな煽りには乗らず、僕は気を引き締め、告げる。


「――枯。リベンジマッチといこうか」


「......はっ、笑わせるぜ。もう手加減、してやんねーからな?」


ほんの1呼吸。


そして、火蓋は切って落とされた。


先に仕掛けたのは枯。


異形化した右腕をしならせては、僕目掛けて一直線に振るう。


――けれど、その腕には大きな隙があることを、僕は見逃さない。


腕を伸ばしている最中、身体は支点になる。


つまり、身体はガラ空きという訳だ。


「......射抜け!<影縫(かげぬい)>!」


即座に、僕の影から影糸が射出される。


物理学の苦手な僕からすれば、これはあくまで体感に過ぎないが――


「......なッ!?」


そう、空気抵抗のある異形の右腕に比べれば、僕の影はより早く、対象に命中するのだ。


右腕を残し、残りの三肢を絡めたことを確認して、僕は即座に次の攻撃に移る。


今だ伸び続ける右腕を、真っ向から切断するイメージで。


更に憎悪はマシマシ......だって死術は、呪い殺すイメージなんだろ、秋宮!


「......これは秋宮と水卜さんの分だ!<影轢(かげひき)>ッ!」


迫る拳に影が走り、そこから面白いぐらいに、真っ二つに。


影はそのまま肩まで伝い、その流れで身体から断たれた腕の半分が、地に落ちる。


しかし、親指と人差し指しか残っていない裂けた拳を、枯は意地で伸ばし続ける。


「......”種”ごときが舐めんなッ!!!」


......また貫かれる。


本能でそう理解し、咄嗟に僕はひらりと避ける。


本来なら間に合わない距離であったが、流石は水の加護。


身体が脳と直結したかのように、瞬発的な反応を可能としていた。


腕を最大限伸ばしきった枯は苦い表情を浮かべ、今度はその腕をしならせ、追撃を試みるが。


「......任せろ。透は本体を狙え!」


背後からの水卜さんの声。次の瞬間、潮が巻き起こり、腕は弾かれる。


「サンキューです、水卜さん!」


僕は体勢を整え、拘束された本体に向かって突っ走る。


そして、拳を握り込んでは――


「悪いな、枯。これは死術じゃねぇ――シンプルな暴力だ!」


枯の仮面を、拳で貫く。


鼻頭に、拳が叩き込まれる。


「......案外、可愛い顔してるじゃねぇか」


露わになった枯の素顔。


トカゲのような目。けれど、顔立ちは驚くほど幼く――頬や口元には、いくつかの縫合痕。


それでも構わず、二発、三発と振り抜いた。


効いてるかどうかなんて正直分からない。


けれど、漢ってのは昔からそういうものだ。


ムカついたら――顔面をブン殴る。


限界を感じ、呼吸を整えるように拳を止めた、その時。


「......あ゛ぁ。この程度で終わりか?」


枯は笑った。


しかしその笑みはどこか引きつっていて、右頬が僅かに痙攣していた。


――そこに、ほんのわずか余裕を感じた僕が、愚かだった。


枯は、口の中で何かを咀嚼し、それを僕に向かって吐き出す。


赤黒く粘ついた、ヘドロのような、けれど蟲のようにも見えるそれが、僕の右目に突き刺さった。


「ぐ、あッ……!」


あまりの痛みに、僕は背中から地面に倒れ込む。


「......へへっ。俺ぁ死体専門の愛好家だがよ、やろうと思えば、自分の血だって、武器に出来るんだぜ......?」


その瞬間、枯の拘束が解かれる。


視界がぐらぐらと揺れ、右目が焼けるように痛む。


その朧げな視界の中で、枯が笑う。


「さぁさぁ、ここからがショータイムってやつかぁ!?」


次の瞬間、拳が飛ぶ。


枯は、さっきの僕がそうしたように、ただただ殴る。


見た目からして力が強そうには見えなかったが、そこは罪人(ギルト)


僕の拳より何倍も重く、身体を、そして顔を殴打する。


「......秋宮!<烈火傷葬(れっかしょうそう)>まであとどれくらいだ!」


「まずいね......丁度半分ってトコなのに」


焦る二人の声が、遠くに聞こえた。


その間も枯の拳は止まらない。一方的な暴力が、降り注ぐ。


「......テメェが嫌いだッ!恵まれてッ!誰かに愛されてッ!認められてッ!――俺は違ったぜ。昔から虐待、虐待......どこ行っても受けるのは暴力だッ!だから俺は似た目をしたッ!死体(あいつら)が好きだったッ!死体(あいつら)はこんな俺にもッ!変わらず接してくれたんだッ!!!」


どこか哀しく、けれど許されるはずもない。


初めて感情的な一面を見せながら、その行動には一切の慈悲なしで。


ただ、ひたすらに、僕を殴る。


段々と、意識が薄れる最中、僕はひとつの拳を、掌で受け止めた。


「......なぁ......枯。誰もお前が......お前だけが哀しんでいるなんて......言っちゃいねぇぜ?僕だって......きっと秋宮も......水卜さんだって。それぞれが、哀しみを背負ってる」


「ハァ......ハァ......。いいや、違うね。お前は特別さ。目を見りゃ分かるんだ......”あの人”のな。俺と話してる時と、お前の話をする時。あんな顔......俺に見せた事はなかった......!だからお前は嫌いだ......”傷色(きずいろ)様”に目を向けられているお前が――大ッ嫌いなんだよッ!!」


そうして枯は、思い......想いを乗せて――(いた)く、重い一撃を。


叫びと共に振り上げられた拳が、僕の眉間に突き刺さる。


意識が地に縫い止められたような感覚。もう、立てそうになかった。


「......はぁ......はぁ。テメェらもだ。同期だか何だ知らねぇけどよ、俺は信頼って言葉が大ッ嫌いだ。......ははっ......良いこと考えたぜ。ここで殺すのは、どっちか一人にしてやるよ。......さぁ、どっちが朽ちる!?」


怒りと愉悦。二つの感情が絡み合い、枯は狂気の笑みで宣言する。


「はははっ。面白いなぁ、お前。殺すなんて言っちゃってさ......ほんとに殺せんの?」


変わらず秋宮は軽口を叩くが、それがハッタリだということは僕でも分かった。


そんな秋宮を横目に、水卜さんは複雑な表情を浮かべ、一歩前に出た。


「――罪人(ギルト)よ。殺すなら、まずは私からだ」


裂けた肩を押さえ、掌を枯に向ける。


「......澪ちゃん、面白くない冗談だね。どこで学んできたのさ」


「悪いな、秋宮。でも、私が”面白くない女”だというのは――お前が一番、知っているだろう?」


微かな水の波動が、彼女の身に宿る。


「......あっははっ!!!男が女に守られてやんの!......いいぜ、今日の幕引きは――お前に決めたァ!!!」


枯は満足げに笑い、右腕を構える。


右腕は即座に修復を始め、先程とは違う――斧のように形を変える。


「安心しろ秋宮紅葉......!テメェの強さに免じて、この女の首だけは返してやるよ......!!!」


そう言い、枯は水卜さんへと突撃する。


水卜さんもそれに反応して死術を放とうとするが、間に合わない。


秋宮も、準備完了まであと少しのところだった。


彼女自身もそれを分かっていたのか、どこか悟った表情で。


「――秋宮。透を紡ぐのは......間違いなくお前だ」


「ダメだよ澪ちゃん。それなら俺が......!!!」


「紅くて、どこか幼いが――それでも、私には......」


目を閉じ、静かに呟く。


「――暁だった」


その蛮斧の影が、水卜さんの首に走る。


――しかし。


その刹那、鋭い金属音が、部屋に響いた。


何が起きたのか。全員が、音の先を見た。


すると――。


「......何だ......こいつ?」


枯の困惑と共に、水卜さんの影から――”手”のようなものが、浮かび上がる。


大きくはなく、しかし確かな意志を持った......掌。


それは、僕の影から、まるで線を引いて繋がったかのように。


「葉月ッ!!」


――叫ぶ全身を心で黙らせ、震える膝を押さえながら、もう一度、立ち上がる。


そして、”彼女”が作ったチャンスを、絶対に無駄にしまいと、僕は叫ぶ。


「――枯!!!こっちだぁぁぁぁぁぁ!!!」


足取りも覚束ないまま、ただがむしゃらに。


手に影を纏っては――そう吐き捨てる。


「......<影轢(かげひき)>ッ!!」


背中に走る影の一撃が、枯の体勢を崩す。


「――秋宮ァ!!今だ!!」


そのまま枯を後ろから羽交い絞めにし、合図を出す。


「......トオルくん”たち”の意志、確かに受け取ったよ。ようやくこっちも、”準備完了”だ」


覚悟を宿した眼差しが、燃え上がる。


「――灯すは罪。燃ゆるは傷。......死術<炎>!!!」


「”種”ごときがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「――<烈火傷葬(れっかしょうそう)>」


爆炎が、咆哮と共に二人を包む。


当然、傍にいる僕も、燃え上がる。


けれど、絶対に離さない。


「なぁ枯......!!!このまま地獄まで――相乗りしようぜ!!!」


「あああ゛ぁぁぁ゛!!!!!!」


余りの灼熱に、思わず僕も、ニヒルに笑う。


存在さえ焼き尽くす炎が——そのまま、二人と哀しみを抱きしめた。

僕の魂も、この作品の中に。

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