#13 赫炎、燃え尽きるまで
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――枯は、それを喜々として床に放った。
<愛しの肉人形>、枯はそう呼んだ。
ならば、先程の猿頭のハトなど、余興に過ぎない。
目の前で腱を、筋を、骨を鳴らしながら肥大化を続ける異形――それこそが、枯の切り札にして罪生の本質。
「さぁ、お遊戯の時間だ、オーバードール。上手にお遊びできるかな?」
苛立ちを孕んだ声音とは一転、愉悦に満ちた態度で、枯は僕を指差す。
「ぎああああああ゛゛゛」
断末魔を模倣したような、野太くもぎこちない咆哮。
手足の使い方も覚束ないのか、砕けた骨を軋ませながら、四肢を回転し、這い寄るように迫ってきた。
「......ッ気持ち悪いったらありゃしないな」
図体は2メートルを超えているというのに、動きは妙に俊敏で不規則。
影縫で動きを止めようとするも、回転し続ける四肢を狙うのは容易ではない。
気付けば間合いは詰まっていて、避けるのに必要な距離は、既に残されていなかった。
そこで意識を”避ける”から”耐える”にスイッチ。そして即座に死念力を自己付与。
「ぐらがあああ゛!!!」
次の瞬間、隆起した前腕が、僕を襲う。
鈍い音が響き、その威力に思わず顔が歪む。
「――ッ!!痛ぇ、速い、気色悪い!!三拍子揃って最悪だなおい!」
咄嗟に腕を構え身を守ったが、それでも左腕は骨折、右腕から滴る血流も当分止まる気配はない。
「あはははっ!!!随分と大人しくなっちゃってさぁ!さっきまでの威勢はどーしちゃったの?ヤブサカくん?」
「......名前、どこで知った」
「”あの人”さ。普段は組織でも顔出さないのに、わざわざ出向いての命令だった。だからよっぽど強い死神なんだろうって楽しみにしてたんだよ?町でも沢山殺して、死体調達頑張ったのにさ。それなのに、たった一撃でこのザマでしょ?つまんなーい」
そう言い捨てると、再度枯は指示を出す。
オーバードールが吼え、突進してくる。
だけど、僕だって防戦一方じゃ面白くない。
すかさず僕は構えの体勢を取り、反撃へと移った。
「―ッ<影轢>!」
近付くオーバードールを引き裂き、その一撃を弾き返す。
「......なぁ枯。組織だ何だ、知らないけどさ。僕はシンプルに、お前が嫌いだ。命を玩具のように弄んで、その価値を知りもしない。オーバードールも、お前も。まとめて僕が、断罪する」
そう言うと共に、僕の足元に揺らぐ影が、一層濃く、深くなるのを自覚する。
「......トオルくん。それ、まずい兆候だ」
背後で秋宮が呟くが、今は関係ない。
僕は床を蹴り、自ら攻撃を仕掛ける。
垂れる血流には気も留めず、まずは影縫から。
けれど、先程のように転がり回られては、当たるものも当たらない。
影縫と影轢の中間が欲しいな......我儘にそう思うが、あの二つでさえ、奇跡的に発現したものだ。
ならば、あとは戦略で補完するしかない。
「穿て!<影轢>ッ!」
先制気味に仕掛け、オーバードールは当然のようにそれを反射的に避ける。
だがそれが狙いだった。
折れた左腕で無理矢理狙いを定めては。
「これでも喰らえ――<影縫>!」
空気が震える。
影から放たれる影糸は、先程よりもどこか邪気を帯びている。
そして、オーバードールの四肢を絡めては、離さない。
「ぎゅらおおお!!?」
動かなきゃ、その図体なんてただの的だ。
駆け寄り、構えては、唱える。
「死術<闇>......」
影が蠢き、右腕を蝕むような感覚を感じながら。
だが、その瞬間だった。
オーバードールは、動くはずも無い表情筋をびくんと動かし、笑う。
「......かはッ」
そして口を裂いては、禍々とした長い舌を、僕の腹へと突き刺した。
――完全に隙を突かれた。
舌は見事に腹部を貫通し、巻き戻した舌には臓物が絡まっている。
それを口へと含んでは、咀嚼し、食いちぎった。
それと同時に、辺りの影が霧散する。
「――今か」
秋宮の拘束が、ようやく解けたようだ。
「どうやら、トオルくんの意識に反応して影は動くようだね。......にしても、君にはもう、聞こえているか分からないけど」
腹部からの大量出血。
脳から血が引いていくのが分かり、思わず足から崩れ落ちる。
すかさず秋宮は駆け寄ると。
「とりあえず、応急処置だけど」
あの日、僕にそうしたように、優しく頬に触れては、じんわりと寿命を流し込んだ。
意識が朦朧とする中、唯一聞き取れたのは。
「ここまで耐えてくれて、ありがとう」――その一言だった。
秋宮は立ち上がり、枯を見据える。
「さぁて、枯だったっけ?俺の弟子をここまでしてくれたんだ。――覚悟は出来てるよな?」
その瞳には、紅く揺れる炎が宿っていた。
言葉と共に掲げた掌からは、炎が零れ落ちる。
瞬く間に辺りは赫々に染まり、断罪の火花が静かに、咲き誇った。
「あーっひゃっひゃっ!!!睦まじい師弟愛だねぇ!いいよ、秋宮紅葉、要注意人物。こんだけの土産持って帰れば、また俺様は褒めてもらえる!」
そう言い、枯は袋からあるだけの死体を取り出すと。
鼠、犬、猫、そして――子供の亡骸。
それらを材料として、尊厳などなく、ただの捨て駒のように。
歪で、異質な歩兵を、次から次へと創り出した。
「さぁお前ら、お兄さんが遊んでくれるってさぁ!脳も髄も臓物も、ぜーんぶ食い尽くせ!」
枯の指示で、錬成した死骸歩兵、そしてオーバードールまでもが、一斉に襲い掛かる。
しかし、秋宮は一歩も引かない。
「揺蕩うは灼熱。舞うは焔――」
掌に炎が宿り、空間を紅に染めていく。
「死術<炎>......<焔還>」
秋宮の手を基にして、辺りを炎が渦巻く。
そして、生きているかのように空を舞っては、死骸歩兵を包み込んだ。
意志なき雑兵を浄化するように、炎は連鎖して燃え上がる。
あのオーバードールでさえ、身を焦がすような業火に苦悶の表情を滲ませていた。
「......どいつもこいつも俺の愛玩動物を次々と!!!」
「沢山創ってくれたみたいだけど、悪かったね」
嘲るような声色で、枯を煽る秋宮。
「......はぁ。もういいよオーバードール。壊しちゃえ」
しかし反応は思ったよりも淡白で、どこかすかされた印象。
命令を受け、全身の大火傷を爛れさせながら、再度秋宮へと突進をするオーバードール。
秋宮は見飽きたかのように、再び掌を突き出すが。
何を考えたのか、オーバードールは振るった前腕を、自らに叩き付ける。
そうして、先程の火傷痕から血が溢れ、肉が水音を立て崩れる。
そして、前腕の片方を肉にめり込ませては、力一杯に引き裂いた。
「......”壊しちゃえ”と”壊れちゃえ”でも聞き間違えたか?」
思わず枯の顔色を伺うが、仮面の奥は自信げだった。
力一杯に引き裂いて、ばたりとうずくまるオーバードール。
しかし、裂けたそれぞれが痙攣し出し、片腕と片脚を対として、二足歩行をし始めた。
「うわあああ気持ち悪い!!!」
思わず秋宮も、絶叫に近い悲鳴を上げる。
裂けた顔面を、人間でいう腰あたりで揺らしながら、分裂したオーバードールは迫ってくる。
流石の秋宮も焦り出し、大技を繰り出そうとするも、先程より身体が軽くなったからか動きが軽快になり、余計に目が離せないという状況。
正確に狙い撃つには標的の観測がマストだが、正直視界に入るだけで二日は寝込むレベルの醜悪さだ。
「<焔還>ッ!」
短期決戦を望み、少し粗雑に技を放つ。
するとオーバードールの片割れは、腕と脚の関節を、常識とは逆の方向に折り曲げ、高く跳躍しては回避する。
それに気を取られている隙にもう片方が急襲し、裂けた口を左右に動かしては、秋宮の右肩、ないし対剣崎で失った右腕の切断面に容赦なく嚙みついた。
「こんの蛆虫が!」
恐るべき咬合力で、一度噛みついたら離さない。
多対一をあまり得意としない秋宮が、二匹の死骸人形に苦闘する中。
噛みついていたオーバードールが、突如として水流に呑まれた。
「......待たせたな、秋宮」
水飛沫の向こうから現れたのは、純白の髪を揺らす一人の死神。
局内の異常を察知し、静かに現場に現れた、水卜澪だった。
「......澪ちゃん。ちょっと遅いんじゃない?」
意地らしく、水卜を責める秋宮。
「悪かったな。局内の警備システムが、全てダウンさせられていた」
「どおりで助けが来ない訳だ」
「助けは......来ただろう。私が」
照れた表情の裏腹に、紛れもない自信。
その存在が、どれだけこの状況で光を差すか。
「あははっ、何か安心した。......それじゃあ、澪ちゃん」
「あぁ、反撃開始だ」
ありがとうございました。まだ続きます!




