#11 日陰者
特訓です。わくわくです。
研究所を後にし、歩く事数分。
「なぁ秋宮。さっきの、死術についてなんだけど」
「うん。どうしたの」
「僕の属性が、炎と闇って、円間さんは言ってたよな」
「そうだね」
「てことは、僕もお前の死術を使えるかもしれないのか?」
「......どうだろうね。ムキになってるって思われたくはないけど、簡単に使いこなされたら、俺はいい気分じゃないな」
そう、笑顔で呟く秋宮。
その瞬間に、背筋に嫌な寒気を感じた。
そうだ、こいつだってれっきとした死神で、きっと数々の死線を潜り抜けてきたのだろう。
「悪い。言葉足らずだった」
「いいさ。だから前置きをしたつもりだったんだけど。こうなった以上、君の練習には否応にも付き合うし、絶対に最強の断罪担当に仕立て上げてみせるよ。......それに、俺は一人だけ、見たことがあるしね」
何とも言えない、無機質な表情で言い捨てる秋宮。
「おもむろに含みがあるな。誰の話だよ」
「さぁね、また時が来たら話すさ」
そうして秋宮に白を切られ、少しばかり不満に思うことも束の間。
僕たちは、ようやく目当ての場所に着いたようだ。
「さ、ここがいわゆる、訓練場ってやつだ。完全防音、鉄壁要塞。たとえビッグバンが起こりさえしても、外への被害は一切ないよ」
そう案内され見渡してみると。
別段、稽古部屋のような堅苦しい雰囲気も無く、どちらかと言えば多目的ホールの方が近いような印象だ。
そして、部屋の隅々には、様々な機械が置かれている。
「あぁ、どっかで見たことがあると思ったら。これ、ジムみたいだな」
「そうだね。死神専用フィットネスクラブって感じかな」
そう茶化しながら、秋宮は上着を一枚脱いで、くすんだワイシャツの姿になる。
「さて、この世界では時間は有限だ。早速始めようか」
何が始まるかなんて、説明は要らないよねと目で語る秋宮。
僕も覚悟を決め、学ランをその場に脱ぎ捨てる。なんなら調子に乗って腕まくりまでしてしまった。
「よし、じゃあ最初は死念力の復習から。今から俺は、君に対して危害を加えるつもりで、全力で殴りに行くよ。少しでも俺のことを止めないと、怪我しちゃうかもね」
笑いながら言うが、目は笑っていない。
唾をのみ込み、一層身体に緊張感が走る。
「かかってこい。僕は弱いけど、生命力には自信があるんだ」
そう啖呵を切ると。
「はは」
僕を嘲笑するかの如くにやりと笑い、そして指を鳴らす。
それが始まりの合図なんてことは、言われなくても理解した。
秋宮は身体を前方に倒し、まるで倒れ込むかの様子で僕に近づく。
その瞬間、秋宮に対して、明確に怨みの感情を抱いた。
「痛かったぞ秋宮!お前の顔も一発殴らせろ!」
心臓を貫かれた、あの刹那を思い出し、瞬時に死念力を発動。
ほんの一瞬、秋宮の脚がもつれたかと思ったが、お構いなしに秋宮は足を進めた。
「はははっ。その調子だ!俺だって怒ってるよ、トオルくん!俺の右腕を、返したらどうだい!!!」
そうして、気付いた頃には遅い。
右頬に鈍痛が走り、僕は床に転げまわる。
口の中には鉄分の味がし、ぺっと吐き出すと歯が二本出てきた。
この瞬間、全身の血液が沸騰したかのように僕の身体は熱くなり、明確に今僕はキレているのだと自覚した。
これは訓練でもあり、喧嘩でもある。
死念力で秋宮を止めることなんて正直無理で、それはあいつも自覚している。
いうなれば、これは負けイベントのようなものだ。
だからこそ、僕は藻掻かなければならない。
何か、ここで一つ、花を咲かせるしかない。
「痛ってぇな、お前。普通、弟子のこと本気で殴るかよ。僕だってキレたぞ。お前に絶対一発、喰らわせてやる」
「言うのは簡単さ。今ここで、やってみせろ」
これが本来の、素の秋宮なのだろう。
素直で、そして戦いにおいて手が抜けない。
根っからの戦闘狂で、殺意を向け合うことなんか、微塵も怖くない。
しかし秋宮。
この状況を楽しんでいるのは案外、お前だけじゃないんだぜ。
僕は昨日のシミュレーションFPSを思い出し、この状況を少しでも有利に出来る何かはないか、そう考える。
よく見ろ。
相手は秋宮。
おそらくハンデとして、炎を使ってくることはなさそうだ。だとしたら攻撃は全て物理。
さっきは何をされて嫌だった?距離感が掴めず、急に接近されたのが失敗だったな。
死念力ではほんの一瞬、身体を強張らせることしか出来なかった。
だとしたら。
......きっと秋宮は、自分の力を疑わない。
「さぁさぁ、二発目行くよトオルくん!」
そう言って、再び体をよろめかせ、急接近を迫る秋宮。
その瞬間、僕は憎悪の対象を、自身へと変更した。
そして、自らの身体に死念力を掛け、身体を強張らせる。
正直これは賭けだ。
だけれど、これが最善の、自分を有利にするための死術。
秋宮はそんなことお構いなしに、二発目の拳を、眉間に放つ。
「ぐお゛っ!?」
そして、酷く激しい鈍痛が脳裏に響くが、僕は依然として立っている。
そう、立っている。
「......へぇ」
「......かかったな秋宮。今度は僕の番だ!」
目尻から血液が噴き出ていることも露知らず、僕は握り込んだ拳を、秋宮の顔面に叩きこむ。
格闘技経験なんてさらさらない僕だ。
威力なんて大したことはないだろう、それでも一つ言える。
これは、クリーンヒットってやつだ。
秋宮はほんの少し後ろによろめき、そうして少し笑う。
「死念力を自分に掛ける、か。俺にはない発想だったよ、トオルくん」
「僕の死念力では、秋宮の身体を制御するほどの力はない。でも、死神ビギナーの僕は違う。僕は、僕自身の身体を制御できる」
大したからくりもない。
ただただ、鎮痛剤を打ったようなものだ。痛みにのたうち回り、立つことを拒む身体を、さらに拒む。
身体を硬直させ、自分を言葉通り、奮い立たせていただけだ。
流石の秋宮も、まさか自身の殴打の後に、カウンターを喰らうとは思っていなかっただろう。
「はははっ、ははははははっ。やっぱりトオルくんは面白いなぁ。まさに、肉を切らせて骨を断つって感じ?」
ほんの一滴、額から血を流し、再度笑う秋宮。
そうして身体を起こし、これで終わりではないと言い表した。
先程のは所詮、小手先だけの策略だ。秋宮相手に二度は通じない。
そこで、円間さんの言葉を思い出した。
......適性は闇。
きっと、これから僕は色んな経験をして、その末にいつか、死術を会得するだろう。
だけど、そうやって後回しにして、開花の刻を待ち続けるなんて、あまりに愚策じゃないか?
流れ星だってそうだ。願い続けた奴だけが、夢を叶えるんだ。
「......死術、<闇>」
内側から溢れる成長への期待と、黒く渦巻く何か。
その狭間で、僕は思わず、そう呟いていた。
始まってます、始まってます。




