chapter58
こちらも大変お待たせいたしました。
「――ふぅん」
診察室で、ゼットの対面に座ったファングがわざとらしく、意味深に声を出した。
「何だよ」
「随分と慕われているんだと思いまして」
そう言って、ゼット手ずから淹れた茶を飲んだ。
「良いハーブティーですわね」
「そうだろ。コーシェが見繕って、作ってくれた奴だ」
「なるほど」
短く応答し、またカップに口を付けた。
「気に入ったなら、土産に持っていくか?」
「それは私の役目ではなく、貴方の役目です。ただ、滞在する間は飲ませてもらいましょう」
「おいおい……」
「ゼット」
カップを机の上に置いたファングの目は、先ほどのような強烈さはないが、鋭く細められていた。
「先ほども言いましたが……皆が心配していました」
「だから……?」
「暇だった私が代表して、貴方の様子を伺いに参った次第です」
「暇って……」
「あら、休暇をどう使おうが、私の自由では?」
澄ました声音と態度のファングに、ゼットはそれ以上は言い返さず、「そうだな」と頷いた。
気を取り直した様子で、ゼットは苦笑いすると、椅子に深く腰掛けた。
「よろしい」
「おう。さて、何から話そうか」
「貴方がこの地に来てからのこと、全部です」
「全部か」
そうだな、と前置きして、ゼットは口を開いた。
「娘と一緒に山で騎士見習いの女の子に助けられて麓のレセ村ってところでしばらくその見習いたちと過ごした後でこの街に移り住んで十年ほど医者をしている」
一息に早口で説明したゼットに、ファングは片眉を上げて訝しんだ。
「娘……?」
「おう、俺の一人娘だ」
「娘? ……貴方、結婚していましたか?」
ファングの疑り深い視線と台詞に、首を横に振った。
ファングは何も言わず、ゼットを見て、何かを悟ったように目を伏せた。
「わかりました。それで納得しましょう」
「助かる。んじゃ、こっちからも聞かせてもらいたいことがある」
「私でお答えできることであれば」
「お前、どうして“ここ”にいるんだ?」
「どうしてって……?」
牙を通り越し、剣の如き鋭さになった目つきで睨むファングに、ゼットがまた冷や汗を流し始めた。
ファングは椅子から立ち上がると、ゼットに詰め寄り、その鼻先に指を突き付けた。
「様子を見に来たと言っているでしょう!」
「すまん、聞き方が悪かった! お前、どうしてわざわざアスカスに来たんだよ。様子を見るだけなら、別の場所でもよかっただろう! しかもあんな目立つようなことして」
「まぁ、心配させたことへの仕返しという面もありますが」
「おいおい」
「こうでもすれば、お会いできると思いまして」
ファングが振り返ると、いつの間にか、二人の女性が立っていた。
一人は、太陽を思わせる暖かな笑みを浮かべるフィナだ。
その隣に立つのは、十代半ばから後半に見える少女だ。フィナと似た顔立ちをしているが、その表情は凍てつく冬を思わせる厳しさを浮かべている。
「誰が凍てつく冬ですって?」
少女が天上を見上げながら凄む。
二階にいる、私に向かって。
「まぁまぁ、シューちゃん、落ち着いて」
フィナに宥められると、シューと呼ばれた少女は天上を見上げるのをやめて、正面にいるファングとゼットへ顔を向けた。
ゼットとファングは立ち上がると、片膝を深く曲げて一礼した。
シューは顔をしかめたままだが、フィナが手を軽く挙げたことで、ゼットは立ち上がり、二人分の椅子を用意した。
二人が着席したところで、ファングがフィナたちに対してもう一度、お辞儀をした。
「お初目にかかります。ファング・ディメンションと申します」
「あらあら、これはご丁寧に」
「お姉様」
朗らかに応対するフィナへ、シューは苛立った声を漏らすと、少し前のめり気味になってファングを見据えた。
「……シューよ。そう呼びなさい」
「では、シュー様とお呼びいたします」
「好きになさい。で、単刀直入に聞くわ」
「何なりと」
「どうして、二人目がこの星に……いえ、世界にいるの?」
目力が強くなったシューに、しかしファングは表情筋一つ動かすことなく、「はい」と答えた。
「我が師、ゼット・ワンダーの帰還が遅かったため、様子を確認に参った次第です」
「遅かったって……たかだか十年でしょう。そっちじゃ、もっと短いんじゃないの?」
「何分、心配性な者もいまして。連絡が一切なかったものですから」
言われ、シューは口元を引き締めた。まるで、バツが悪そうに。
黙ったシューの代わりに、フィナが目尻と頭を下げた。
「ごめんなさいね。私たちの指示なの」
「お姉様!」
「……そうでしたか」
ファングは頷くと、フィナ達に頭を下げた。
「お騒がせいたしました」
「いいえ。こちらも、ゼットを長い間留まらせてしまって、ごめんなさいね」
フィナがそう言うと、部屋に張りつめていた緊張が消える。シューは少し不満気だったが、口は挟まなかった。
四人がそれぞれカップに口を着けると、再びファングが口を開いた。
「我が師ゼットが連絡を寄越さなかった理由はわかりましたが、どうしてこちらに十年もいるのでしょうか」
「ファング、貴女も感じたでしょう。いいえ、もう“見た”はずです。あの子の事を」
フィナの指摘にファングは「えぇ」と返した。
「とても、澄んだ心根の、優しい子のようです」
「あら、嬉しい評価ね」
「真実を言ったまでです」
ファングの評価に、ゼットは頬を緩ませ、シューもちらっと彼女へ視線を向けた。
「ですが」
ファングの声音が、少し厳しくなる。
「あの子と我が師が親子関係であったとしても、ゼットがここに留まり続ける必要はありません。
何よりも……まだ依頼は完遂されておりません」
鋭い牙を連想させる目の光が、フィナとシューに向けられた。
霧散していた緊張感が再び部屋に満ち溢れ、ゼットがファングに声をかけようとしたが、一睨みされて黙り込んでしまった。
「何故、邪神の残党、その本拠地が叩かれていないのか……その訳を知りたいのです」
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