戦闘(後編)
思ってたよりも長くなりました。
制限時間が無かったらもっと長くなってたかも。
それでは後編をお楽しみ下さい。
サラダは葉物にレタス、彩りにカットトマト、そしてポテトサラダが1球のシンプルな組み合わせ。
ドレッシングは、既にある程度の量がかかっている。見た目から判断すると、オリーブオイルに酢と塩といったところだろうか。
どれも良く冷えているため、普通の人であれば他の熱い食品の端休めとして重宝しそうだが、俺の場合は『野菜は先に処理する』ので、この心遣いは空振りに終りそうで少々申し訳ない。
葉物にレタスは非常にありがたい。
キャベツは普段から良く食べるが、それよりも割高で痛みが早いレタスは中々食卓に上げるのが難しいのだ。
トマトもあえて完熟を使わずに、青みの在る角の立ったスッキリとした味わいのものが添えられている。
ポテトサラダは、芋の形が残らない完全にマッシュした冷たい場合の理想系で、食感にほんの少しのアクセントを加えるための微量のニンジンが入った、オーソドックスなタイプだ。醤油を垂らせば『ご飯の友』としても使えるが、恐らく今回はその出番は無いだろう。
俺はいつも通り最初にこのサラダから切り崩す事を決めて、最期の主力の分析に取り掛かった。
槍の様に細長いモノ、頑強な盾の様な扇方のモノ、そして巌の如き球状のモノ。
そう。今日の主力は3種のミックスフライ。
形状から察するに、細長いのは海老フライ。扇状のは魚フライ。そして丸いのはコロッケであろうと推察できる。もちろん中を確認しない事には確実な事は言えないので、もう少し偵察を続ける事にした。
海老は俺の好物である。
しかし残念なことに俺には軽度の甲殻類アレルギーがある。
もちろん軽度なので食後にちょっと痒くなる程度なのだが、午後の戦場で痒みと戦いながら戦闘をするのは集中力を奪われて何らかのミスを誘発してしまうかもしれない。
だから俺は海老フライ定食を頼むことは無いのだが、ミックスフライの中の1品としての海老フライであれば然程問題ない。むしろアタリだと言って良い。
横にはタルタルソースが淑女の如く寄り添えられている。
刻まれたピクルスの大きさからして自家製だ。
量が然程多くないのが難点かもしれないが、実は俺にとってはさほど問題ない。
魚のフライは、この色と開き具合からして王道の『アジ』だろう。
かつて幾多の戦場で渡り合ってきた好敵手の登場に心が躍る。
そして雄雄しく鎮座するコロッケ。
こいつばかりは中身を割ってみないことには正体が判別できない。
形状からして基本のポテトコロッケである可能性はかなり高い。
ここはあえて割らずに、最期のビックリ箱として向き合うことに決めた。
戦闘プランは出来上がった。
ここから先は満腹感との戦いである。
勢い良く食べ進み、迫り来る満腹感に追いつかれる前に全てを堪能し、胃に流し込まねばならない。
一度満腹感が襲ってくれば、劇的に戦闘力が低下して戦意喪失してしまう。
戦闘プランに従って、目標のオカズをご飯に併せて口中へ含み、2・3度咀嚼したら飲み込む。
この時、噛み砕き足りずに咽が詰まった場合は慌てずお茶を飲む。
念のためにグラスは2つ用意してある。
緊急時に片方のグラスが飲み干されていても窒息しないように保険を掛けておくのが流派の奥義の一つだ。
最初にサラダを片付ける。
肉をお腹に入れる前にまず野菜を先に食べておくのが最近の健康学では持て囃されているそうだが、そんなことは関係ない。
邪魔な存在は先に排除しておく。ただそれだけのこと。
言っておくが別に嫌いなわけではない。好きなものを心ゆくまで楽しみたいだけだ。
サラダを片付けてしまえば後は主力に対して無双するのみ。
フライ→ご飯→味噌汁→フライ→ご飯→お茶→以後食事終了までループ
基本はこの繰り返しで、味噌汁が無くなったらそこがお茶に代わるだけだ。
この奥義のもう一つの利点は、毎回水分で舌を洗い流すので口福感を長時間持続できる事だ。
満腹感を遠避け口福感を維持する事によって、俺は常に最高の精神状態を保ちながら食事を楽しむことが出来るのだ。
ただし、含む水分の量を間違えると食後の茶漬けに影響を与えるので細心の注意が必要なことを忘れずにいてもらいたい。
フライに取り掛かる順番は海老→魚→コロッケだ。
激しく齧り付きフライから灼熱の油や肉汁が口の中を暴れ回る。
本来ならば口の中が爛れて、硬く揚がったパン粉が突き刺さり絶叫するところなのだが、この店のフライは前述の通り薄い絹のような優しい歯障りなので痛めつけられることは少なく、むしろささやかな触れ合いが心地良くすら感じる。
食物を食い残す事に抵抗感のある旧世代の俺は、海老フライは先ず尻尾から喰らう。尻尾こそが美味しいなどという妄言を吐くつもりは無い。ただ食感自体は割りと好みなので、タルタルソースを全て消費して蹴散らせば後にはプリプリの身が残るのみだ。
そして残った身の部分をソースで食す。
かつて同僚に邪道と揶揄された食い方であるが、俺にとって宝石の如く貴重な海老フライであるからこそ、より真剣に向き合いたいのだ。
2つの部位をより高い次元に導く食べ方だと俺は思っているが、これか先も余人に受け入れられることは無いのだろうと思うと少し寂しくなる。
多量に消費しそうになるご飯をなんとか抑えて、魚に移行する。
(安定のアジフライ!うまし!)
俺はアジフライの場合は気分で調味料を変える。
今日は『醤油』気分だ。
海老にソースは使ったし、この後のコロッケも基本的にはソースで行きたい。
魚と醤油の親和性はここで語る必要も無いだろう。
問題があるとすればソースで食べる以上にご飯が進み過ぎてしまう事だが、先ほどの海老フライとの戦いでご飯の消費を極力抑える事が出来たので問題ない。
ほろ苦いアジ独特の臭みに醤油の高貴な香りと酸味が混ざり合って戦闘力を高めあう。
それに対抗する為に、茶碗の半分に匹敵するご飯がこの一戦で消えてしまった。
だがその犠牲を悲しんでいる暇は無い。
俺は既に役目を終えた味噌汁の椀を中身の無い小鉢と重ねて脇に退け、お茶を含んで最期に鎮座した敵将へと対峙した。
噛み付く瞬間まで中身が分からないようにする為、最初はあえて何も浸けない。
中身が『カレー味』であった場合のことを考えてだ。
『カレー味』は美味いが、アレは『反射:調味料』の耐性を持っている。
醤油やソースを浸けようものなら今迄の幸福感が一転、絶望の海に叩き落されること必定だ。
慎重に歯を当て、衣をジワリと突き破る。
(Oh!クリーミー!!)
中から勢い良く噴出したのは、トロトロの白濁した粘りのあるホワイトソースだ。
味付けも濃い目で、何も浸けなかったのは正解だったが、おそらくソースでも醤油でも十分にお互いを高めあえたであろう。
そして何よりも驚くべきは、球状にクリームを閉じ込めた技術力である。
(これはまいった……俺の完敗だ)
心地良い敗北感に満たされながら、俺は『今日のサービスランチ』を反芻した。
最後のほうが駆け足になてしまって申し訳ありませんでした。
これにて蛇足之章はひとまず終了ですが、お楽しみいただけましたでしょうか?
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ここまで付き合っていただきまして本当にありがとうございました!!!