ドエムル傭兵団参入 12話
次回は戦争回いけるかな
皆さんこんなアクセスして頂き、感無量です。
荒れた雨季、連日雨が降るスカライトをあとにして。
俺とパルスを乗せた馬車は、ゲートを経由し前線基地都市コブスへとひた走っていた。
この世界のオークは、浅黒い肌に獣のような目と牙を持つ。
身長は140センチほどで一般的な人間より低い。
だがゴブリンを一回り大きくした筋骨隆々の体躯を誇り、すさまじい怪力の持ち主だ。
山間や沼地に潜む食人亜人種であり、旺盛な生殖欲によって他種族の哺乳類系亜人からすらも子供をなすという。その繁殖力は恐ろしく、一月に四から六人ほどが生まれるというから厄介極まりない。
そんな脅威を前にして、俺たちが引き連れるはずの戦力は――現状、たったの二名だった。
「成程、元より二名で行かれるつもりでしたか。戦費や兵站の話は、信用を確かめ合う為……勉強になる」
エラッソが勝手に感心してくれたおかげで、こちらは「最初から少数精鋭で十分だった」という顔を作っておく。
まさか、スカライトで集めた手下達のほぼ全員が最低条件をクリアできず。
冒険者登録すらできなかったとは口が裂けても言えない。
この世界では、モンスター討伐の義勇軍に参加するためには「冒険者登録」が必須となる。
登録のない者が戦場に立てば、軍との情報共有すらでき無い。
そして責任はすべて個人に押し付けられる仕組みだ。
無駄な死人を増やさないための足切りなのだろうが、そのテストがまた面倒だった。
今回はトリン軍内に組み込まれる為、試験官はトリン軍から来ている。
エラッソの部下の審査官だ。
ガリガリで、身長170とこの世界では背が高く。
性格の悪そうな、でもだってが口癖そうな顔だ。
確実に厳しい審査員になる。
合格者減らして兵站を少なくする。
エラッソウゼーンを侮辱した、俺の兵を馬鹿にし溜飲も下げたいのだろう。
小物の中間管理職の考えそうな事だ。
試験会場は、珍しく晴れた日に開催された。
平和だが、飲み屋と釣りに馬くらいしか娯楽のない島。
そんな世界で、この催しはお祭りだ。
外の世界で正義の軍とモンスターと戦い、名誉も金も入る。
ここ連日の雨で、スカライト市民も金を手に入れたいだろう。
鬼のように強い市長もいる。
人気の腕試し祭りだ。
気の早い屋台が集まり。
魚の串焼きや鶏焼きにエールを売り始め。
家族連れや身内の応援で賑わっている。
会場には頑丈な柵が組まれ、中には闘牛用の雄牛が放たれている。
挑戦者は武器防具を身に纏い、一対一でその巨獣と戦わなければならない。
ただし相手はただの牛ではない。
角のない若い雄牛に対し、サークル3の支援魔法『精霊の息吹き(ブレス)』がかけられているのだ。
身体能力と筋力を高めるその魔法を受けた牛は、関節や急所以外の防御力が跳ね上がる。
皮膚の硬い力が溢れる雄牛は、突撃で馬車くらいひっくり返す。
引き締まった筋骨隆々の体だけ見ても、討伐対象のオークより確実に強いだろう。
なまくらな剣など、弾き返してしまうのだ。
「ブモオォォォオォォ!」
「おっしゃ、牛なんて盾でそらして剣でドンよ!」
数秒後、若牛に真正面から吹っ飛ばされた挑戦者の末路は。ボロ雑巾。
派手な音を立てて、引きづり回された挙句。柵に叩きつけられた。
思った以上に強化された牛は手強いらしい。
見かねた冒険者登録組合の吟遊詩人が象牙のハープを爪弾くと、牛はすぅっと沈静化していく。
「そろそろ僕の出番かな」
フェンシングで使うような細身の剣を片手に、気取った男が柵の中へ滑り込んだ。
羽付きの三角帽子に真っ赤なマント。まるで三銃士気取りだ。
細身の片手剣を、オーケストラの指揮者の如く振り回す。
彼の纏う雰囲気は、最初の挑戦者より数段格上だ。
「悪いな、君の命を踏み台に次のステージへ自分を超えてゆくよ。痛みも苦しみもなくこのレイピアで止めを刺すのが最低限の慈悲。どうかこの罪深き僕を恨まないでくれ」
数秒後、若牛に盛大に吹っ飛ばされた男は、柵を文字通り飛び越えて草むらに消えていった。
その後の挑戦者も、もう見事なまでに。
吹っ飛ばされるために順番待ちをしているようなものだった。
300近いギャラリーは声援を送り、失敗しハープが奏でられる。
挑戦者が惨めな結果を皆に見せる度。
ポロン、と軽い音を立ててハープが鳴り響き牛の敵意を消す。
大人気アトラクションの行列の如く、次々と挑戦者が牛の餌食になっていく。
奏でられる音色と同じくらい、吟遊詩人の顔も引きつっていた。
俺の顔も引きつった。
スカライトを牛耳るゲラス配下のチンピラも、自称一流の冒険者崩れも。
誰一人として若牛といい勝負すらしない。
大本命の酒場で「若い頃にドラゴンを倒した」と吹聴していた男。
開始即逃げ出し、尻に追突され柵の外へ放り投げられていた。
そもそも、最初から冒険者ですらなかったのだ。
空いた口が塞がらない。
すっかり計算を狂わされた自分が情けない。
そして、スカライトの若い連中も全員が見事に不合格となった。
気まずく下を向く吟遊詩人。
こいつはエラッソの部下にでもいい奴だな。だが……。
審査官は薄ら笑いを浮かべ、侮蔑の表情を隠しもしない。
ねっとりとした足取りで俺に近づいてきた。
鼻につく男だ。
笑を堪える演技が腹立たしい。
「狸さん、実に言いづらいのですが……参加者283名中、合格者はゼロです」
絶望したいのはこっちだが。
こいつは自分の手柄の如く、エラッソに意気揚々と報告するだろう。
この結果がそのまま上に伝われば面倒なことになる。
エラッソに大分偉そうに話したからな。
今更、狸軍の兵が弱すぎて兵が用意できません?
なんの罰ゲームだ。
「あー……悪い悪い、言ってなかったな。俺の手下どもは今頃、別のデカいダンジョンで荒稼ぎ中だ。これは俺がスカライトの市長になる前祝いのイベントみたいなもんでな。エラッソに兵站や軍費の話を持ちかけたのは、あいつの度量を試しただけだ。気にするな、はっはっは!」
口数だけが増えていく、イラつきと落胆通り越して焦ってしまう。
もちろんそんな子飼いの兵はいない。
俺の手持ちの精鋭兵なんて、いるなら今すぐここに呼びたい。
エラッソの下にいる雑魚が俺を舐めてるのが気に食わない。
俺の話聞きながら、俺を下に見たような笑い。
金主の査定係だろうが、反吐が出る。
「あ、あぁ……そういうことでしたか! 一般人向けの余興だったのですね。さすがに依頼者のエラッソ様に報告するにしても、あまりにも全滅すぎて冷や汗が出るところでした。その旨もしっかり伝えておきます。……一応、狸様も形式だけは挑戦していただきたいのですが」
「おぅ、牛が使い物にならなくなるから、催しが終わってからやるさ」
みっともないスカライトの連中のケツは俺が取ろう。
ギャラリーは300人は集まっている。
皆が勝てないこの牛を、俺が1撃で吹っ飛ばせば。
それはそれで俺の株が上がる。
「大丈夫です、回復魔法使いも数名控えておりますので。ふふ……今すぐお願いします。まさか、できない理由でもあるわけじゃないですよね? もし体調がすぐれないようなら、無理は言いませんがぁ?」
俺を値踏みするような吟遊詩人の濁った目。
こいつ、まさか俺まで負けると思ってるのか?
俺が張子の虎かどうかを確かめたいのだろう。
エラッソの腰巾着もやし野郎にここまで舐められるとは。
頭の血管が弾け飛びそうだ。
俺は深呼吸をする。
その深呼吸を、牛を前に俺が緊張したと捉える審査官。
緩んだ口元に、やれやれと言わんばかりの目の動き。
牛の前にハンマーをこいつにぶち込めたら、どれだけ気分爽快だろうか。
頭に中の俺は、何10通りの審査員殺害計画を考え出す。
「ははは、そりゃそうだな。じゃあ、ちょちょいと片付けてくるわ」
妄想の俺が、ジョシュヤのシーサペントが入れ食いポイント。
そんな海に生きたまま泳がせようと決意した辺りで、柵に前に着く。
俺が終わらぬ妄想に囚われ、重い足取りで柵に入ると。
先ほど見事に落第したチンピラどもが、まるで身内の事のように腕を上げて声援を送ってきた。
「うおおおおおおおおおおおぉぉお!」
「狸さんの番だ! 頑張ってくれ、市長!」
「しっちょう! しっちょう! しっちょう!」
調子いい奴らだ。
だがこいつらも、力に関してあんなヒョロガリに見下される筋合いはない。
お前らのメンツの仇は打ってやる。牛だけで、済むわけがない。
「では、開始!」
「ブモオオオオオオオオオオ!!」
薄白い光を纏った牛が、ものすごい勢いで突進してくる。
だが、直線的なだけで動きは単調だ。他の連中はこれで恐怖して弾き飛ばされていたらしい。
俺は素手のまま、仁王立ちで牛が突っ込んでくるのを待ち構えた。
鈍い音とともに、俺の腹に牛の頭部が激突する。
この星に来る前に、ナノ生体粒子で肉体強化された俺だ。
びくともしない。
「この程度で吹っ飛ばされてたのか、あいつら……まじかよ」
俺の腹を押し返そうと、牛は必死に四肢を踏ん張っている。
俺は牛に押されたまま、ある場所に狙いを定める。
柵の外で固まっている吟遊詩人に向け、にっこりと笑いかけてやった。
暴れる牛の胴体を両手で持ち上げ、そのまま吟遊詩人がいる側の柵へと投げ捨てる。
「ゴシャッ!」
柵に激突した牛は大量に血を流し動かない。木端微塵に砕けた瓦礫の山に沈んだ。
吟遊詩人や審査員だけではなく、その周囲で見物していた連中も。
完全に腰を抜かしてひっくり返っている。
辺りはそれはもう大歓声だ。
称賛の雨に打たれるように、俺は手を振り歩き進む。
俺はのっそりと審査員に歩み寄り、奴の髪を掴み顔を覗き込んだ。
「柵が使い物にならなくなっちまったな。おい、エラッソによく伝えておけ。お前の手下どもが俺たちを舐めてかかった分のケジメは、しっかり取らせてもらうとな」
「っひ!」
完全にかましただけで、大義名分も無いが。
審査員の男は、半泣き状態で青ざめながら必死に首を縦に振るしかなかった。
横の血まみれの牛の首が、腰を抜かした審査員を見ている。
俺は横で怯えながら座る吟遊詩人の方に向く。
吟遊詩人はハープを握りながら震えていた。
「吟遊詩人あんたはいい音楽だった、エラッソもいい部下を持ってて羨ましいぜ! 今日は祭りだその腕前で盛り上げてくれよ な!」
吟遊詩人は一瞬褒められたことが理解出来てなかった。
が、怯えながらも自信を取り戻した様に立ち上がり。
曲を流してくれた。
「さー! 今日は祭りだプピー! 偉大なる市長の誕生祭だピー!」
いつの間にか太った体で、ゲラスが会場のど真ん中で音頭を取っている。
あいつ、手下が牛に負けて俺がイライラしてるから隠れてやがったな。
市長のお披露目としては、ゲラスにやらせた方がいいな。
ゲラスの手下に案内された席。
俺にタダ酒タダ飯、どんどん運ばれてくる。
祭りで飲みながら聴いた話では、本来の冒険者登録の相手は牛ではなく山羊を使うらしい。
エラッソが軍費をケチるために合格者を減らすよう裏で圧力をかけていたのだろうか?
今回はむかつく審査員の独断ということにしておいてもらおう。
その話の裏をとり、さりげなく審査員の宿屋で本人に伝える。
最初は間違えたとか面白いことを言ってたので
「不細工な事して、エラッソは結局口だけで俺を舐めてんだよな? なー?」
部下の不手際は、全てエラッソ巻き込んで大きくしよう。
それが審査員の一番嫌がる事だろう。
エラッソの名前を出した瞬間、土下座し自分がやったと白状。
揺さぶりを掛けても自分の責任だと言い張る。
「ほー、エラッソ庇うとは糞だが仁義はあるな。これから一生俺の事と吟遊詩人褒めとけ、それとお前の忠義に免じて無かったことにしてやる。割と骨あるじゃゃねーか」
元々契約中の金主と揉める気なんて、1ミリもない。
恐怖で相手の芯まで折るか、認めて仲間にするか。
中途半端に恨みを買うのが一番良く無い。
エラッソへの報告は良いものになるだろう。
翌朝。
戦場へと向かう馬車のなかで、パルスは真っ白いローブにすっぽりと包まっている。
俺の向かい側の席に縮こまっていた。
昨日の今日だが、パルスはあの後。
別の強化牡牛との戦いにちゃっかり合格していた。
ちなみに、俺の投げた牛はその日の晩御飯になった。
もっとも、野生の馬を六頭テイムして牛にけしかけるという。
テイマーの反則すれすれの戦法だったが。
もちろんパルスの圧勝、その後牛を買い取り治療したとか。
相変わらずパルスの脳はお花畑だ。
戦場では役に立たないだろう。
いや、戦場でパルスがいてくれれば移動用の馬には困らない。
パルスは落ち着かない様子で、馬車の窓をあけたり閉めたりを繰り返している。
スカライト島から出た事無いパルスには、景色全てが新鮮なのだろう。
「た、狸……! なんか緊張してきたよ。僕、戦争なんて初めてだし……」
「はぁ……」
「狸!? どうしたの? 怒った? 僕、変なこと言ったかな……ごめん」
「お前に対してじゃねぇよ。はぁ、ちょっと静かにしてくれ」
「分かったよ狸! あ、あそこ見て、煙が見える! すごいよ、あれ」
初陣の恐怖に耐えかねているのか、落ち着きのない中性的な顔立ちの少年パルス。
女物の服でも着せたら、それだけで男を勘違いさせるような整った顔。
旅の相棒が頼もしい戦士ではなく、こんな女顔のひ弱な男だと思うと。
思わず遠い目をせざるを得ない。
鼻をつく、香ばしいまでに焦げ臭い煙の匂い。
その不吉な臭気に、俺は自然と顔をしかめ。
足元に置いていたハンマーの柄を強く握りしめた。
「火薬と硝煙の匂いか……戦地はもうすぐだな」
横を見ると、パルスはいつの間にか靴を脱ぎ捨て。
素足をパタパタさせながら窓の外を覗き込んでいた。
分厚いローブの裾から覗く生足は、戦闘用の皮鎧すら身につけていない無防備さだ。
「おい、遊びに来たんじゃねぇんだぞ。そろそろ気を引き締めろ」
「き、気持ち悪いよぉ……」
どうやら馬車酔いをおこしたらしい。
俺は思わず右手を額にあて、前途多難な現実に頭を抱えた。
使えないにもほどがある。
「さっさと着替えろ」
ローブの中でごそごそと音を立てながら。
水着でも着替えるかのように不器用に皮鎧を装着し始めるパルス。
煮え切らない野郎だ。
遠くの空で、鈍い大砲の音が地響きのように轟く。
「ひゃっ!」
その音が響くたびに、パルスは猫のように跳び上がる。
気合も期待も一切ない相方のせいで、この先の展望が全く見えなくなってきた。
何度目になるか分からない溜息を飲み込みながら、俺たちはようやく駐屯地にたどり着いた。
馬車の隊列が止まり、荷台から降りた行商や兵士たちの喧騒が耳に届く。
「地獄へよーこそ! お姫様方!」
「怖いオークから僕が守ってあげますー!」
馬車の向かう広場には、すでに小汚い傭兵たちがうろついていた。
正規軍の連中は重要な任務があるのか、こんな出迎えには顔を出していないらしい。
そこにいるのは、ボロボロの皮鎧や継ぎ接ぎの金属鎧をまとった荒くれ者ばかりだ。
武器も、敵を突ければそれでいいと言わばかりに刃こぼれしたソードが目立つ。
見た目通りの荒い連中はだ。
商売敵の援兵を見るや否や、品のない野声を飛ばしてきた。
「どいつこいつもしょぼい面してんなぁ、ヒャッハッハ!」
「かかしに剣持たせた方がまだ役に立つんじゃねぇの? 次の獲物はあいつら二人組かよ!」
「スカライトより、かの有名な『鬼狸』とパルスの一行ご到着です――!」
俺たちの乗る馬車の扉が開く。重々しい赤いカーテンの隙間から登場だ。
黒光りする金属の塊と不気味な赤い血管のような装飾が、刻まれた禍々しいハンマーが姿を現す。
そして、身の丈オーガを思わせる筋骨隆々の巨漢が地面に降り立った。
ボサボサの黒髪に無精髭、すべてを威圧するような冷え切った三白眼。
「ここが戦場か、ご機嫌なお迎えだなおぃ」
俺は野次を飛ばしていた傭兵達を1睨みする。
傭兵たちは強者に対する本能的なセンサーを持っているらしい。
さっきまで口に挟んでいたタバコを落とし、ぽかんと口を開けたまま硬直する男。
手にしていた酒瓶を音を立てて取り落とす者もいた。
俺が周囲を威圧するように睨みつけていると、その背後からもう一人の人物が降りてきた。
赤と黒の縦縞コルセットに黒い革の帽子、そして網タイツ。
それはまさにSMの女王様そのものの格好だった。
もともとの女顔が災いしてか、一見すると完全に妖艶な美女にしか見えない。
出て来るの遅いと思ったら化粧してやがる。
戦場にハイヒールの女が現れたとあって、周囲の山賊連中から下品な歓声が上がる。
流石の俺もこれには肝を潰した。
「っな……! おまっ、パルス!」
せっかく俺が作り上げた冷徹な威圧感が、一瞬で緩みきった空気へと変わってしまう。
俺のうちなる怒りが沸々と燃え上がる。
「可愛いじゃねぇか、姉ちゃんこの後どうだい?」
と、戦場暮らしの傭兵から想定通りの野次が飛ぶ。
俺自身、驚きのあまり表情を取り繕うのがやっとだった。
不意打ちの急展開すぎる。
「ヒュンッ!」
乾いた荒野に、鋭い鞭の音が鳴り響く。
地面に深々と刻まれた亀裂の横で、パルスは冷たい氷のような目で傭兵たちを一瞥した。
その瞬間、先ほどまでの頼りなさは綺麗さっぱり消え去っていた。
「神より、私を崇めなさい」
周囲の山賊たちは気圧されたように言葉を失い、完全にパルスの異様な雰囲気に魅入られている。
パルスはつかつかと足音を響かせ、先ほど下品な野次を飛ばしていた傭兵の頭領の前に歩み寄った。
男の無精髭の生えた顎を片手の指先で掴み、唇が触れ合いそうなほどの至近距離まで顔を寄せた。
「誰が、休んでいいと言ったのかしら」
「お、あぁ……んっ」
突然の良い女急接近の展開に、傭兵の頭領は完全に気圧されている。
正直、俺ですでに頭の整理が追いついていないのだから、当事者である男が混乱するのも無理はない。
「椅子」
「お、おう……いいぜ、座りな」
慌てて自分の座っていた粗末な椅子を差し出そうと立ち上がる傭兵頭。
だがパルスはそれを冷たく突き飛ばし、男のあぐらのに強引に腰を下ろした。
踏み台にされた山賊は、もうタイミングを逃して身動きが取れない。
ただ、その鼻先にはパルスの青い髪から漂ういい女の匂いがかすかに届いているらしい。
ここは殺伐とした戦場であり、相手はオークだ。
男たちの理性が狂うのも、分からなくはない。
気がつけば、俺はすっかり蚊帳の外だった。
すっかり「パルス劇場」の付き人のような立ち位置になってしまっている。
パルスは人間椅子に腰かけたまま、手にした鞭を軽く鳴らし、周囲を威圧する。
「カサカサカサ、カチカチカチ……」
乾いた上顎の擦れる音と、何本もの硬質な足音が背後の馬車から響いてきた。
荷台の暗がりから這い出てきたのは、禍々しい巨体の虫だった。
それを見た者たちの顔色が一斉に青ざめ、周囲に繋がれていた馬たちが恐怖で狂ったように暴れ出す。
それは『ジャイアントスコーピオン』
体長三メートルを誇る、猛毒を持った巨大サソリのモンスターだった。
四畳半の空間を悠々と埋め尽くす巨体と低い体高。
日光を鈍く反射する硬い外殻を持つ化け物が、次から次へと馬車から降りてくる。
「役者はそろったわね。椅子、お前の名前は?」
「ど、ドエムルと申します!」
「あ、あぁ……貴女様のお名前は!?」
「下僕の分際で、私の名前が欲しいの?」
「あ、あぁ……はいっ!」
「私の名前はパルス……私のためだけに生きなさい」
「はいっ! パルス様!」
傭兵とパルスの間に、完璧なまでの主従関係が構築されていた。
口を挟む隙もないし、結果的にうまく場を制圧できているのだから文句はない。
何か根本的に間違っている気がしないでもないが、今のベストな選択だったと思いたい。
馬車のなかに再び静寂が戻る。
窓の外をじっと見つめるパルスの横顔を、俺は思わず二度見した。
本人は相変わらず女王様のような格好のまま、真剣な顔で外の景色を眺めている。
「その服、どうしたんだよ」
俺の声に、パルスはビクッと肩を揺らし。
ものすごい勢いでこちらを振り返った。
その色白の頬は、熟れたリンゴのように真っ赤に染まっている。
本人にとって相当恥ずかしいのだろう。俺ならその場で自決しているレベルの羞恥心だ。
「狸ぁっ! 恥ずかしかったよぉ……! 服? これ、ヴァルキリさんの若い頃のやつで、その……」
「そうか、ヴァルキリのか。確かに、あいつなら……納得だな」
「狸の力になりたいって言ったら、ヴァルキリさんに相談したの!」
「それが、そうなるのか」
「そうなのぉお! 恥ずかしかったんだから!」
自分の膝に顔をうずめ、耳まで真っ赤にして全力で悶絶する自称女王様。
絵面としての違和感は凄まじいことになっているが、本気で穴があったら入りたいのだろう。
結果を出した人間に、これ以上余計な説教を垂れるつもりはない。
ただ、どうリアクションしていいか分からないのも事実だった。
「……よくやったな」
パルスはわずかに体を震わせたが、恥ずかしさからか顔を上げようとはしない。
「も、もういっかい褒めて!」
「調子に乗るな」
軽く蒼いその頭をはたいておく。
さて、そろそろ戦闘の始まりだ。
あの調子で手懐けた傭兵たちを、そのまま我が軍の兵士として組み込んでやるとしよう。
気付けば女王様風の装いで圧倒的なカリスマ(?)を発揮していたパルスと、相変わらずマイペースな狸親分。
そんな彼らが駐屯地で出会い、強制的に配下に組み込まれたのが
――「ドエムル傭兵団」総勢50名である。
荒くれ者たちが集まり、血と泥にまみれた様々な戦場を寝床にして渡り歩いてきた。
百戦錬磨の戦闘集団。
……なのだが、その実態は全員もれなくドMの集まりであった。
パルスの圧倒的な女王様オーラと鞭の一撃に、魂の深くまでシビれてしまった荒くれ者どもは、恐怖どころか歓喜の涙を流しながら忠誠を誓うのであった。
一筋縄ではいかない変態(?)ならず者たちを従え、いよいよ牙をむく戦場へと足を踏み入れた二人の運命は――?




