1話 魔物に追われる狩人たち
――深夜、午前二時過ぎ。北方山岳地帯、黒樅の森。
曇天。月は厚い雲に遮られ、僅かな星明りすらも届かぬ闇夜。
冷たい北風が木々を揺らし、枝葉が不吉な音を立てて軋む。
気温は零下近く、吐息は白く凍える。
森の奥深く、獣道すら踏み外した闇の中を、一台の大型荷馬車が疾走していた。
馬車は幅三メートル、長さ五メートルはあろうかという頑強な作りで、車体は黒く塗られた鉄板と厚い木材で補強されている。
四頭の黒毛の軍馬が必死に駆け、その蹄が地面を蹴るたび泥と枯葉が跳ねた。
車輪は鉄製で、轍を刻みながら激しく揺れ、軋む音が森に響き渡る。
荷台には防水布が被せられているが、その下には武器と装備、そして何かを封じた檻らしき影が見えた。
御者台には手綱を握る者が一人、そして荷台の上には九人の人影が揺れていた。
彼らは夜獣討伐部隊”黒燭の牙”――闇を狩る者たちである。
だが今、狩るべき立場の彼らが、追われていた。
背後から迫るのは、夜獣の群れ。
その数、優に五十を超える。
二足歩行型の狼――夜狼は、人の背丈ほどもある巨体を持ち、黒灰色の体毛が逆立ち、赤く爛れた瞳が憎悪に燃えていた。
両腕には鋭い鉤爪が生え、口からは涎と共に腐臭が漏れる。
獣でありながら知性を持ち、集団で獲物を追い詰める狡猾さを備えた魔物。
そして四足歩行の狼――血餓狼は、より獰猛で、筋肉の塊のような巨躯が地を這い、牙は人の頭蓋を噛み砕くほどに鋭い。
その咆哮は耳を劈き、血肉に飢えた眼光が月光すらも飲み込むように禍々しく光る。
群れは馬車を囲むように迫り、木々の間を縫うように跳躍し、時折鉤爪を振るい車体に傷をつけた。
鉄板に爪が食い込む音が、絶え間なく響く。
御者台で手綱を握るのは、隊長のイグナーツ・ヴォルフガングである。
身長百八十センチの精悍な体躯を持つ彼は、黒曜石のような黒髪を肩上で緩く結わえ、切れ長の黒目がちな瞳で前方を睨みつけていた。
東方の血を引く容貌は涼しげでありながら、頬に走る古傷が戦士としての歴戦を物語る。
濃藍の羽織を纏い、内側には黒革の甲冑、背中には白い”封”の印が刻まれた布が垂れていた。
右耳には真鍮の耳飾りが揺れ、左手には黒紐で編まれた数珠のような腕輪――死んだ隊員たちの名を織り込んだもの――が巻かれている。
「くそ……数が多すぎる」
イグナーツは低く呟き、手綱を強く引いた。
馬が悲鳴を上げ、さらに速度を上げる。
だが後方から迫る夜獣たちの速度もまた、尋常ではなかった。
荷台の最前列、イグナーツの直ぐ後ろに立つのは、副隊長エリザベート・ヴァイスである。
身長百七十二センチ、白金の長髪が腰まで流れ、戦闘時には紅いリボンで低く一つに束ねられていた。
その髪が今は風に煽られ、月光を受けて銀色に輝いている。
透き通るような白い肌、氷を溶かすような蒼い瞳、艶めく赤い唇――絵画から抜け出たような美貌は、この極限状況においても揺るがない。
深紅のロングコートに銀糸の刺繍が施された戦闘服を纏い、コルセット型の革鎧が豊かな胸元と細い腰を引き締めている。
ドレスのように分かれたスカート状の裾が血に濡れながらも優雅に舞い、その下からは白いレースの下着が一瞬だけ覗く。
彼女は聖銀の槍を構え、冷徹な眼差しで後方を睨んでいた。
「イグナーツ、このままでは追いつかれる。どこか地形を利用できる場所はないのか」
エリザベートの声は落ち着いているが、その奥には焦燥が滲んでいる。
「ある。あと三キロ先に渓谷がある。そこまで持ちこたえろ」
イグナーツが答えた瞬間、荷台の右側から鞭の音が響いた。
ヴィオラ・アーベントロートである。
身長百七十二センチ、深い漆黒に紫を滲ませた長髪を三つ編みに束ね、前髪を斜めに流して片目を隠している。
紅い瞳が妖しく光り、白く冷たい陶器のような肌が、月明かりに照らされた。
深紅と墨黒の軽装甲を纏い、胸部と腰回りは強化革製の拘束ベルトで固定され、豊満な双丘が揺れるたび視線を惹きつける。
両腿には小型ボルトケースが固定され、背中には刃付き鞭が巻き取られていた。
今、彼女はその鞭を解き放ち、迫る夜獣の一体を捉える。
「アンタたち、もうちょっと頑張んなさいよ! あたしの鞭だけじゃ追いつかないわ!」
ヴィオラの声は苛立ちに満ちていたが、その手は迷いなく鞭を振るう。
刃が絡みつき、夜獣の首を引き裂く。
血飛沫が上がり、獣が悲鳴を上げて倒れる。
だが直ぐに別の獣が、その隙間を埋めるように迫った。
「うるせぇ! こっちだって必死なんだよ!」
荷台の左側、ルーカス・フォーンが叫んだ。
身長百八十五センチ、燃えたような焦げ茶の短髪が汗と血で張り付き、琥珀色の瞳が闘志に燃えている。
額と左頬には獣に引き裂かれた傷痕があり、その顔は”本能で生きる野良犬”を思わせた。
鉄打ちの重コートと金属のプレートアーマーを肩と胸に装着し、太腿まで守る革ズボンと鉄の脛当てを履いている。
彼は戦鎚を片手で振るい、迫る夜獣を叩き潰していた。
振り下ろされるたび、獣の骨が砕け、肉が潰れる音が響く。
「ルーカス、無駄な体力を使うな! まだ長い」
冷静な声で制したのは、ヴェルナー・クロイツである。
身長百八十二センチ、長めの金髪を後ろで一束に結び、横髪は整えられ前髪は額の中央で分かれている。
日光を浴びれば、聖遺物のように輝くであろう髪が、今は闇に沈んでいた。
切れ長の蒼い瞳は、冷たい水面のような静けさをたたえ、端正な顔立ちは女のように整いすぎている。
白と金を基調とした布鎧に銀縁のロングマントを羽織り、胸元には黄金の十字架を模したペンダントが揺れていた。
彼は黄金の大剣を構え、迫る夜獣を一閃で両断する。
血が飛び散り、獣の悲鳴が森に響く。
「ヴェルナー、お前が言うなよ。お前だって結構派手に斬ってるじゃねぇか」
薄く笑いながらガロット・ヘルムートが言った。
身長百八十八センチ、漆黒の髪をオールバックに撫で付け、襟足はやや長めに揺れている。
切れ長の金茶色の瞳が愉しげに細められ、傷だらけの頬と右眉を貫く十字の切り傷が特徴的だ。
深墨色のロングコートの中に、革鎧と機械仕掛けの戦術帯を装備し、背中から腰にかけて複数のホルスターが内蔵されている。
彼は黒蛇の鎖剣を展開し、鞭のように伸ばして夜獣を巻き取り、締め上げた。
骨が軋む音が響き、獣が絶命する。
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