第7話 女神降臨
カレンが丁寧に配膳した焼き菓子と紅茶の香りが、執務室の重苦しい空気を辛うじて繋ぎ止めていた。
エリスは静かに、しかし澱みのない動作で紅茶を口に含んだ。カップがソーサーに戻る微かな音が、作戦開始を告げる無言の合図となる。
エリスは正面に座るミモラ、そして左右を固めるテティア、メアリー、シルビアの瞳を、意志を込めて射貫くように見つめ返した。
四人は即座にその意図を察した。テティアが流麗な手つきで遮音結界を三重に展開すると、ミモラ伯爵が重々しく、氷のように冷徹な口を開いた。
「──皆、ご苦労さまでした。だが、祝宴の余韻に浸る暇はないわ。今夜、我が家と領民すべてを標的にした大規模な襲撃が企てられていることが判明したの」
語られたのは、聖教国の異端審問官による『エリスとカレン』の拉致誘拐、そして口封じのための全領民の抹殺。
さらには帝国のハイエナたちが、この混乱に乗じて『サリウス一家』の暗殺を企てているという、救いようのない悪意の連鎖だった。
淡々と語られる凄惨な計画に、ミツルギとカレンは驚愕に目を見開いた。
だが、それ以上に二人を震え上がらせたのは、自分たちの主君たちが、この絶望的な状況を前に眉一つ動かさず、すでに獲物を追い詰める『狩人』の瞳をしていることだった。
「まずは、邸内に紛れ込んだネズミの処理からね。シルビア、メアリー」
ミモラの言葉に、エリスが苦渋を滲ませた表情で言葉を継いだ。
「……案ずるな。邸内のネズミ三匹は、既に妾が眠らせて捕縛しておる。だが……遅かったのじゃ。妾としたことが、不覚であった……」
エリスの小さな拳が、悔しさに震える。
「メイド一人は衰弱しておったが回復済みじゃ、侍従二人が既に手にかけられ……ベッドの下に遺棄されておる」
「「ッ!!」」
シルビアとメアリーが、弾かれたように部屋を飛び出した。
エリスの指示通り、二人は隠蔽されていた凄惨な現場へと急行する。
縛れ猿轡されたメイドを即座に保護し、変わり果てた姿となった仲間たちの亡骸を回収した。
執務室に戻った二人の唇からは血が滲んでいた。
共に邸を支えてきた仲間を守れなかった悔恨。それは瞬く間に、敵のすべてを灰にするまで消えない苛烈な怒りへと昇華されていった。
~~~~~~
邸内の初動対応を終え、沈痛な静寂が執務室を支配していた。
「おばあちゃま、お母様……。悪意に気づくのが遅れて、ごめんなさいなのじゃ」
深く俯くエリスの小さな頭を、テティアが包み込むように優しく撫でた。
「いいえ、私たちが平和に浮かれすぎていたのよ。エリスちゃんが知らせてくれたおかげで、これ以上の犠牲を防げる。……心から感謝しているわ、私たちの小さな救世主さん」
ミモラもまた、エリスの小さな手を温かな体温で握りしめると、覚悟を決めたようにミツルギとカレンに向き直った。
「ミツルギ、カレン。今から見せるもの、そして話すことは、魂に刻み、命を賭けて墓場まで持っていけるかしら?」
「「……はい。この命、とうにサリウス家に捧げております」」
テティアの『空間断絶術式』が発動し、世界からこの部屋が切り離される。
二人の手の甲に、裏切りを許さぬ『誓約術式』が刻み込まれたその瞬間、エリスが静かに、そして重厚なプレッシャーを伴って立ち上がった。
「ならば、この窮屈な偽りの姿も不要じゃな」
ふわり、とエリスを包んでいた陽だまりのような変装術式が霧散する。
レッドブロンドの髪は瞬く間に、光を吸い込む深淵のような漆黒へと染まり、琥珀色の瞳は銀河の終焉を映す黒点へと変わった。
そして――。
彼女の背から、二対四枚の漆黒の翼が、空間を裂くように爆発的に広がった。
漆黒の燐光を纏い、威風堂々と降臨したその姿。三歳の幼子の面影を残しながらも、放たれるのは万物の理を司る『女神』そのものの神威。
「「ッ……あ、ああ……」」
ミツルギとカレンは、そのあまりの美しさと圧倒的な力に、もはや立っていることができなかった。
二人は吸い寄せられるように膝を突き、震える手を胸の前で組み、ただ眼前の真実を見つめていた。
「驚くのは後にせよ。今宵、妾の庭を汚し、愛しき民を傷つけた不届き者を、一匹残らずこの世から排除する。……カレン、ミツルギ、ついて来られるか?」
エリスの声は、蜜のように甘く、そして死神の鎌のように冷酷だった。
二人は、畏怖の中に究極の歓喜を抱きながら、深く、深く頭を垂れた。
「「御心のままに。我が神、エリスディーテ様」」
サリウス領を包む闇が、一段と深くなる。
それは、聖教国の者たちが夢にも思わなかった「真なる女神の断罪」が始まる合図だった。
いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!
それと応援してくれて感謝じゃ!
嬉しくて!妾は、張り切って
頑張るからのう!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




