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後編


それは誓約によって私の心臓に埋め込まれた小さな楔だ。

私と、私の大切な家族に刻まれた隷属の楔。

私という存在と私に流れる血、戦力というわかりやすい力をこの国に繋ぎ留めるための楔。


二つあった、そして今は一つになったそれは私が誓約を違えると私と私の家族の心臓を止める。


普段はなんの違和感もない。

先程のように国王様に殺意でも抱かない限り。


にも関わらず胸がひどく軽くなった気がした私は、国王様に礼をしつつ、ほぅっ、と息を吐く。

これで楔はあと一つ。

そう思って顔を上げかけた私の耳に気が遠くなりそうな程馬鹿な台詞が聞こえてきて、ヒクリと喉が鳴る。

お花畑なのだとは思っていたし、頭が相当足りていないこともわかっていた。

けれどもこれ程とはーー。


ビッチ……彼女一応貴族の令嬢なのよね?

まさか平民の娘を王族の主催する夜会に連れてきたはずはあるまい。


「ハロルド様っ!破棄を認めて下さるんですって!!良かった!これで私たち正式に婚約できますわよね?」


…………何故この女はこんなに嬉しそうなのかしら?


確かに私とハロルドの婚約破棄は認められた。

認められたけれど、それとハロルドとビッチの婚約が進められるかどうかはまた別問題。

と、いうか………。


「まあ、そうですの?」


二人に向き直り、コテンと首を傾けてみせる。


「それにしてもビッチ様は本当にハロルド様をお慕いしておられるのですね。普通は王命による婚約を破棄されたような殿方と婚約なんて忌避されるものですのに。よろしかったわね?ハロルド様。きっとビッチ様ならお家を廃嫡のうえ勘当されようが不敬罪で投獄されようが強制労働で僻地に飛ばされようが愛を貫き地獄も共に歩んで下さいますわ」


にっこりして言うと、ビッチが「はあ?」と令嬢らしからぬ下品な声を上げた。


「誰がビッチよ!私はビビアンよっ!ビビアン!それに不敬罪とか地獄って何よそれっ!!」

「当然でしょう?」


ほんの少しだけ、本当にちょっぴり覇気を醸し出して言うと、ビッチは顔面蒼白になって震え出す。


「ハロルド様は王命を蔑ろにしたのですもの」


ねえ、と私は国王様の顔をねっとりと見つめ、唇を歪めた。


私とハロルドーーハロルド・グレンブルフ公爵令息との婚約は私が5歳、彼が8歳の時に結ばれたものだ。

それは国王様の欲のため。

私だけでなく、私が将来産む子供も確実に隷属させるため。私という個人だけではなく、私の中に流れる竜の血を先の未来までこの国に縛り付けるためのもの。


「ふふ、ねぇ、ビッチ様。良い事を教えて差し上げますわ」


ぽんと手を打った私に、国王様が何か口を開きかけたけれど、それを視線一つで抑える。

このぐらいなら誓約には抵触しない。

その程度の検証は行っていますのよ?国王様。


「この世界には3つの種族がそれぞれ国を作っています。さすがにそれくらいはご存知よね?」


地を治めるは人間と魔族。

空を治めるは神とも称される竜族。


「はるか昔は空と地を繋ぐ橋があったとされますが、それは愚かな人間の王の欲に激怒した時の竜皇によって壊されています」


人間でははるかに及ばない身体能力と魔力と美しさと竜の羽根を持つ一族。その竜姫を恋慕った人間の王が彼女を騙し拐かそうとしたことで、竜は地と袂を分かった。


「けれど地にはわずかに竜と縁を結んだ女性たちが残ったのです」


竜には番と呼ばれるたった一人がいる。

それは必ず竜の血を引く女性であるらしくて、その女性たちは見目麗しき竜に一夜の夢を求めた人間であったり一時の関係を楽しんだ者であったのだろう。が非常に迷惑なことにその中の幾人かは竜の子を生み、地にはわずかな竜の血筋が残った。

竜の血を引いていてもそのほとんどはただの人間だった。


「時折、生まれてしまうのです。竜の血筋から、私のような先祖返りが」


先祖返りの証である赤い瞳と人外の身体能力、魔力を持った子供が。


「私たちは、瞳の色がわかると同時に親から引き離され飼育小屋で育てられます。そこでそれぞれ国の役に立つように訓練されるのですわ」


赤い瞳の、子供たち。

私の家族。


「そこで頭角を表した子供が私のように勇者となり、戦争の兵器にされたり、他国への抑圧に使われるのですが、裏切られたり他国に奪われては大変ですよね?そこで誓約が成されるのです。国の、王の奴隷となるように。自身と同じ小屋で育った者も諸共に、誓約を破れば心臓が止まるように」


ふふ、と私は自分の胸を指し示す。


「けれど我が賢き国王様はそれだけでは満足なさらなかったのですよね?私の中の血を確実に国に残すように、5歳の時に新たな誓約が成されました。それがハロルド様との婚約です。おわかりになりますか?ハロルド様以外とはけして結ばれない。そう誓約をさせることによって私の血を管理するための誓約です。おかげで貴族の家に嫁ぐことになった私は、小屋では得られない知識と小屋の外を見ることができたのですが。それに破棄の条件をつけられたのも幸運でしたわ。もっとも本来ならハロルド様だけのためのものだったのでしょうけれども」


私のようなものを押し付けられるハロルド様を納得させるためだけのもの。

ハロルド様は知らなかったのだろう。

私はただ得体の知れない平民の小娘で、ただ勇者と呼ばれるほどの身体能力と魔力を持つから、その血に価値を見いだされたのだとでも思っていたはず。


突然国の、おそらくは王族と一部のわずかな側近だけが知る密事をペラペラとしゃべり出した私に、周囲からは驚愕と、そして畏れの入り混じった視線がこびりつく。


チラと見ると、国王様の顔色は蒼白を通り越して真っ赤だった。私に向けられた視線に込められているのは紛れもない怒り。不思議でしょう?国王様。

私は誓約に縛られていて国王様には逆らえないし、害も与えられない。

できるのはせいぜい軽く威圧するくらい。

なのに出鼻を挫かれたばかりでなくその後も声が出ないのだから。


「その誓約を台無しにしたのです。当然罰は下されるのではないかしら?」


国王様は場の空気に流されただけで、すぐに別の者を宛てがえばいいと思ったのでしょうけど、だからといってお咎めなしとはいかないでしょうよ。


私はクスクスと笑う。

楽しげに、声を上げて笑う。


「ねぇ、そうですよね?国王様?」


ひとしきり笑ってから、真っ赤な顔で立ち尽くす国王様の頬に手で触れる。


「ふふ、不思議ですか?何故自身の声が出ないのか、何故動けないのか。とっても奇妙なことですわねぇ、国王様」


私は何もしてませんのよ?

私は、ね。



「そういえばねぇ国王様。私、報告し忘れていたことがありましたの」


ねっとりと、頬を撫でる。


「忘れていただけですよ?ですから、誓約を破ったことにはなりませんの。だって国王様は私に魔王を倒して魔族の鉱山を手に入れて来いとは命令されましたけど、その後は浮かれて放蕩三昧、宝石に心を奪われてましたものね?」


時とともにいくつもの国に分かれた人間と違い、一人の王のもとに一つの国を作る魔族。

竜よりも少なく、人間よりも多い魔力を持つかわりに生殖能力が低く、数が少ない彼ら。

彼らの治める土地にはたくさんの鉱山がある。

一年ほど前のある日。

国王様は私に人間の敵である魔王を倒して来いと命令した。人間の敵などと言うが、だいたいいつも鉱山ほしさに争いを仕掛けるのは人間だ。

とはいえ私は命令されたことを行うだけ。

ただ面倒だったので国王様たちが兵を用意している間に一人でさっさと乗り込んだ。

魔族は一個の動物の群れのようなもの。

頭さえ倒してしまえば後はなんとでもなろうと。

別に殺されるのならそれはそれで良い。

このくだらない下僕な人生に終止符が打てるというだけ。


有り体にいえばやけになっていたし、自殺願望の表れというものだったのだろうが。

結果、一人で乗り込んだ私は王に戦いを挑みたければ我らを倒せという四天王をまとめて氷漬けにし、案外あっさりと魔王も下してしまった。


「私は魔王を倒して、魔族から従属の証として国王様に鉱山を二つほど差し出させましたけれど。魔族は人間と違い強い者をボスとして崇める種族なもので、まあなんと言いますか、私がボスーーつまり魔王になりましたの」


「「「は?」」」


あら皆様仲のよろしいこと。


「うふふ。でですね、魔王就任の報告を空に行うというので竜皇様に会いに行ったのですが、あ、魔族は人間と違って転移魔法が使えますから、まだ少しは空と交流があるのですわ!そうしたら竜皇様が私を自分の番だと言い出しまして。もう本当に面倒です。婚約者がいると言っているのに聞いて下さらないし、私の誓約を知って激怒するし、元魔王は魔王でなんだかおかしな扉を開いてしまったみたいで下僕化しててやっぱり激怒してますし、宥めるのが大変でしたのよ?ですが怒りに任せて二人が国王様やハロルド様をプチッとしてしまったら私はこの先も一生誓約に囚われたまま誰とも結ばれないですから、なので、先に婚約を破棄させて頂くことにしました。これで私の誓約はあと一つ」

「ああ、これで誓約を気にせずそなたを口説くことができるな」


ふわりと背後から肩を抱かれて、前に回された手をぽんと叩いた。


「私、そういうのはあまり慣れていないと言っているでしょう?お手柔らかに、ね?」


そうは言っても、このぬくもりは存外心地よくて悪くはない。そう思いながら私は身体から力を抜き、寄りかかる。

私の背後に転移してきた彼ーーその背の竜の羽根に、会場の貴族たちが我先にと逃げ出そうとして、床に縫い付けられた。

私が贈呈した指輪とブレスレット。それから這い出た黒い糸によって。


「……何故?」


目を見張る国王様。


「あらだって私は宙に浮かべただけですもの。皆様がご自分で手に取られたのでしょう?自業自得というもので私が直接害を与えたわけではないですから、誓約には触れないですよね」


髪を撫でる指に目を細めながら、親切な私は少しだけ声が出るようになった国王様の疑問に答えてあげる。

無理矢理嵌めさせていたら今頃私の心臓は止まっていたでしょうけど。

あくまでも私は束縛の魔法をかけた装飾品を目の前に浮かべてみせただけ。


どこまでが誓約に触れてどこまでが触れないか、私は何度も痛みに耐えて検証してきた。


「ええ、ボ……主、あなたは何もする必要はありません。命令も必要ない。私たちが勝手にするだけですから」


ゾロリとハロルドの足下から這い出てきた元魔王で現私の下僕な男がハロルドの首に指を回す。

というか、今ボスと言いかけたわね。

恥ずかしいからやめろと言ってるのに。


「……ぁ?」


コロンとハロルドの首から上がもげて床に落ちた。

コロコロと転がったそれはビッチの爪先で止まり、ビッチと見つめ合う。


「……っ!ニナ・ニルベール!命令だ!!やめさ……」


やめさせろ、と命令したかったのでしょうが、その前に鼻から下がぱっくりイッてしまいましたわね。

残念でした。


「私、ずっと自分だけならいつ死んでもいいと思っていましたの。私だけならとっくに国王様を殺して自分も死んでいましたのに、あなたは私の大切な家族も巻き込んでくれましたわね?」


誓約は私だけでなく家族にも繋がっていた。


「私はあなたを許さない。だけど私は何もしない。ええ、何もしませんわ。私は、ね?」


だって死ぬのはもう少し後でもいいかと思わせてくれる人が、人たちができたから。


そっと私は私を背後から抱きしめる私の番と、私の足下に来て跪く私の下僕の手をそれぞれ手に取ってゆるく握る。


「心配なさらないで国王様。すぐには殺しはしません。あなたが死んだ場合に私の誓約がどうなるか、しっかり調べて可能なら解いてから、殺すそうですから」


すぐに死んでおいた方が楽だったかも知れませんけど?


甲高い悲鳴があちこちで上がる。

視界の隅に赤いものが見えた。

チリチリと会場を焼く赤い炎。


「では皆様、長らくお付き合い頂いてありがとうございました」


私は失礼しますわね?と声をかけたけれど、うん。

誰も聞いていない。


と思えば私を睨むビッチと目が合った。

すごいわね?いまだに私を睨む気力があるなんて。


感心する私の身体が、抱きしめる腕ごとふわりと宙に浮いた。見上げた赤い瞳に「行くぞ」と促されて、私は小さく頷く。


消え去る間際、ピンクブロンドの髪が炎の赤い舌に舐められるのが見えた。



誤字報告ありがとうございます!


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