5 バロー伯爵
引き続きイリヤ視点。
あれは誰も近づいてはいけない禁忌の場所だ。こっそり入り口まで行ったことがあるが、鍵が掛かっていて開かなかった。そしてバレて父にこってり絞られてしまった。あの時の父の顔は忘れられない。普段から鋭い目つきをしているのに、さらに獲物を狙う鷹のような強い眼差しで怒鳴られた。その顔色は血の気が引いていた。あの屈強な父親が何かを恐れていた。
城の裏手にある湖と塔を思い出す度に、俺は薄ら寒い気持ちになる。
カミルが塔の存在を知ってしまったのは完全に俺の不注意だった。好奇心の塊が興味を示さないわけがないのだ。「行きたい」とせがむ彼をどうにかこうにか説得した。
表面上は諦めてくれたけれど、城の探検と称しては使用人しか使わないような通路に行きたがった。そこからは湖と塔が見えることを知っている。しかし俺からは何も言わなかった。また「行きたい」と言われたら、今度は強く叱りつけなければならない。
そんな事はカミルにはお見通しだったのだろう。俺の監視をかいくぐり、塔の観察を続け、鍵まで手に入れてしまったのだ。興味のあることに関しては妥協がない。本当に困った、可愛い従弟だ。
俺はつくづくカミルに甘い。実の妹よりも大切な弟だと思っている。同性の兄弟は絆が強いのだ。
妹のジーナもカミルを支えたいと勉強に勤しんでいる。妻となってカミルを支えるつもりなら、お姉さんぶって上から目線で話すのは不利だと思うが……
とにかく兄妹揃ってカミルが好きなのだ。
そんなカミルを危険な目に遭わせてしまった。後悔で胸が潰れそうだ。今は自室で休ませている。医師からは身体の異常はみられないと言われたが、あの時のカミルの状態は尋常ではなかった。
呪いでも受けたのだろうか――なんて馬鹿なことを考える。呪いは先の大戦で魔女達が滅ぶと共に失われた技術だ。
とは言え、原因はあのリザという女性しか考えられない。彼女が何者か調べる必要がある。いつからいるのか、何をして捕らえられたのか、知りたいことがたくさんある。カミルのためと言えば聞こえは良いが、半分は自分の好奇心を満足させるためだ。禁忌の塔の秘密を暴く。なんてぞくぞくするんだ! 結局は俺もカミルと同じ、好奇心の塊なのだ。
手っ取り早く父に聞くことにした。今は執務室にいるだろう。扉をノックする。
「入れ」
実の父親ながら、声を聞くだけで緊張する。悪戯がバレる度に怒鳴られていた身体が反応してしまうのだ。意を決してノブを回す。
「失礼します。イリヤです」
「カミル殿下が倒れたそうだな。お前が付いていながら、なんというザマだ。護衛の仕事も満足に出来んのか」
「も、申し訳ありません……」
父は書類に目を通しながら俺を非難した。だが、塔に入ったことまでは知られていないようだ。震える手を握り締めて覚悟を決める。
「父上、お願いがあります。湖の塔について教えて下さい」
『塔』と聞いて父は書類を置き、刺すような視線を俺に向けた。思わず一歩退いてしまった。
「何故だ?」
俺の真意を見定めようとしている。
「私は、伯爵家を継ぐ者として、禁忌とされてきたあの塔を知りたいのです。遅かれ早かれ私が管理することになるのですから」
「先にやるべきことが山ほどあるのではないか?」
「私は、はっきりと覚えています。塔に行ったことがバレて怒られた時……あの時の父上は顔が真っ青でした。何かを恐れているような。あそこには何があるのですか? 私にはもう知る資格があるはずです」
父はしばらく考え込んだ。眉間の皺が深く刻まれている。急に立ち上がった父は、奥の本棚へ向かい、数冊の本と書類の山を持って俺に渡した。
「これを読め。そして考えろ。人に教えられるより、自分で導き出した結論の方が信じられるだろう」
拍子抜けした。余りにあっさりしているせいで、カミルと一緒に塔に行ったことを見透かされている気さえしてきた。特にお咎めがないので俺からは何も言及しない。礼を言って自室に帰る。
受け取った資料を見ていくと、とんでもない事が浮かび上がった。
「まさか……そんな馬鹿な……ありえない」
もっと詳しく調べようとした時にカミルの侍女が報告に来た。もしカミルが部屋から出ようとしたら呼びに来て欲しいと伝えていたからだ。
カミルを止めなければ――
近づいてはいけない。あれは恐ろしい化け物なのだから。
次からカミル視点に戻ります。




