1 湖上の塔
初投稿です。
「お待ちください、カミル様!」
僕は制止を振り切って石段を駆け上がった。
ずっと気になっていた塔が目の前にあるのだ。はやる気持ちを抑えきれず、塔の入り口に飛びついた。木の扉にはしっかりとした錠が付いていて、僕の力ではビクともしない。
僕はカミル、12歳。病気の母と共に気候の穏やかなこの地へ来て2週間経つ。王都と違って近くに山があり森があり湖があるこの地域は、僕の冒険心を掻き立てるもので溢れていた。
中でもこの塔は、湖の真ん中の小島に建っている。たどり着くには泳いで渡るか小舟を使うしかない。どうしてこんなところにあるのだろう? なんて考えていたら、気がつくと塔ばかり眺めていた。
眺めるばかりでは何もわからない。実際に見てみたい!
「イリヤ! 早く鍵を!」
イリヤは僕より5歳上の17歳。領主であるバロー伯爵の息子だ。癖っ毛の僕にとって、彼のダークブロンドの真っ直ぐな髪はとても羨ましい。社交シーズンに王都へ来る時はよく僕と遊んでくれた。最近は父親の後を継ぐ為に日々勉強中らしいけれど、今は僕の遊び相手兼護衛をしてくれている。
乗ってきた小舟を陸に引き上げているイリヤを急かす。イリヤは「はいはい」と苦笑いを浮かべながらも鍵束を握って歩いてきた。
計画を持ちかけた時は必死な顔で説得された。いつもの冗談好きな態度と違いすぎてうっかり頷いてしまったが、僕が諦めるはずがなかった。使用人の部屋から鍵をこっそり借りることに成功すると、忠告も忘れて意気揚々と湖に向かった。興奮しながら小舟を出す準備をしている所をイリヤに見つかって現在に至る。
「バレたら説教地獄ですからね。覚悟してください」
「そ、その時はイリヤも一緒だから大丈夫だ」
叱られるのはすごく怖いけれど、今は好奇心の方が優っている。大きく胸を張った。イリヤの呆れ顔が見える。
「全く……どの辺が大丈夫なんでしょうね。さぁ、開けますよ」
僕は少し横にずれてイリヤが入り口の正面に立つ。古びた木の扉だ。イリヤがいくつかの鍵を試すと、カチャリと音が鳴り錠が外れた。その冷たい響きに背筋が寒くなり、思わずイリヤの背中に隠れてしまう。
服を握り締められて、イリヤが僅かに強張ったが、僕をちらりと見下ろして息を吐いた。
「さあ、悪魔が出るか、蛇が出るか……」
そう言いながら、先にイリヤが足を踏み入れる。塔中で扉の開く音が反響する。僕は怖々とイリヤの背中から顔を出した。
そこには悪魔も蛇もいなかった。そしてほとんど物がなかった、目につくのは積み上げられた薪に掃除道具の箒や桶くらいのものだ。厨房も兼ねているようだが、長い間使われていない様子だ。
「何も……ないですね。ただの物置では? もう帰って甘い菓子でもこっそり食べませんか?」
「絶対何かいるよ! 毎日人が何度か行き来してるんだ。どうも食べ物を運んでいるみたいだった。僕、ずっとこの塔が気になっていて、観察していたんだ。間違いないよ!」
僕はムキになって反論した。
この塔は湖の中程にある小島の上に建てられている。物置にするには不便すぎる。それはイリヤもわかってはいるが、あれこれ言って僕の興味をそらそうとしてくる。
「今からでも戻る気はありませんか?」
「ない。ほら、階段があるよ。行くよ」
今度は僕が先頭を行く。後ろでイリヤの深いため息が聞こえた。
階段の先には頑丈そうな鉄の扉が一つ。この階には他に入り口がなく、外壁に沿った通路の奥は次の階へ続く階段しかないようだ。
猛獣か何か飼っているのかな? 熊が体当たりしても破れそうにない鉄扉には、これまた頑丈そうな錠が取りつけられている。少し揺さぶってもビクともしない。獣なら音がすれば吠えるかも。
ガンガンと扉を叩いてみた。耳を当ててみても中からは何も音がしない。
「イリヤ、ここも開けてみて」
僕の行動に、本当にマズイですよとうろたえるイリヤに対して「早く早く」とせがんだ。
「もうここまで来たんだから今から帰ってももう遅いよ。この部屋だけでいいから覗いてみようよ。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから! お願い!」
あくまで僕は鍵に触れない。塔の錠を外したのはイリヤだ。小舟を漕いだのもイリヤだ。鍵をこっそり借りてきたのは僕だけれども、これで万が一バレたとしても半分はイリヤが叱られることになる。
僕が叱られる分が半分減るのだ。素晴らしい。
かなり渋っていたイリヤが嫌々鍵を差し込む前に、中から声がした。
「そこにいるのは誰?」
凛とした若い女性の声だった。
彼女こそ、先の大戦で大いなる貢献をしながらも大罪人として幽閉された魔女であったのだが、この時の僕は何も知らなかった。
カミル君の恋は2話からです。




