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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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九話

 今日もエルアと夜の見回りだ。転校から二週間が経過していたが、その間にジャックザリッパーとは遭遇していなかった。愉快犯の方は三回ほど現れたようだが、ほかの連中が取り逃がしている。


「またアナタと一緒。いつになったら終わるのかしらね」

「ならジャックザリッパーを捕まえればいいだろ。それにお前一人だからって、友達がいないんだから誰が隣でも変わらんだろ」


 少し距離を置き、俺たちは夜の街を闊歩していた。警邏というよりも、本当に歩いているだけのようにも見えるだろう。一応周囲への警戒は怠らないようにしているが、こんな話をしていては緊張感の欠片もない。


「うるさいわね! 別にボッチじゃないわよ!」


 ここで「ぼっチビか?」なんて言ったもんなら、また脇腹を集中攻撃されかねない。


「じゃあ友達連れて来いよ。そしたらもう言わない」


 こちらまで歯軋りの音が聞こえてきそうなほど、恨めしそうに見上げてくる。元々目付きが鋭いのだ、眉間に皺を寄せるのはやめた方がいいと思うが。


「どうどう、落ち着け」

「アナタが言うことじゃない!」


 こうやって小突かれるのにも慣れてしまった。痛くもないからいいんだが、変に慣れ合っているようで居心地が悪い。


「でもジャックザリッパーも早く出てきてくれないかしら。早期に解決したいし」

「そんなこと言ってると、いつか痛い目みるぞ」


 そう言った瞬間、周囲の空気が一変した。穏やかだったはずなのに、強めの風で木々が揺れる。葉や枝がわざわざと、少しだけ揺れ動く心模様に似ている。

それに強大な魔法力が空気を伝い、べったりと肌に張り付くようだ。


「そら見たことか」


 嫌な気配を感じ、前方を凝視する。この辺は灯りが少なく、遠くの街灯と街灯の間は、目をこらしてもよく見えない。


 目測五十メートルくらいだろうか、つま先だけが街灯に照らされた。


「さっきからなにしてるの? さっさと歩きなさいよ」

「止まれ、エルア」

「え?」


 エルアの肩を掴み、こちらに引き寄せた。先ほどまで彼女が立っていた地面に、大きな裂傷ができている。


「いきなり攻撃するのは、あんた流の挨拶なのか?」

「いきなりって言うほどでもないだろ? 俺がいること、気付いてたみたいだしな」


 真っ黒なパンツ、真っ黒なパーカーと、順々に人の形が見えてくる。この声、この感じ、先日西地区で暴れた男に間違いない。身体を纏う魔導力の大きさや魔導圧の強さもそれを証明している。


「でもな、攻撃を仕掛けるなら俺にしろ」

「弱い方を狙うのは普通じゃね?」


 なにが楽しいのか、ケラケラと一人で笑っている。フードを深く被っているため、口元しか見えなかった。


「今まで出てこなかったくせに、捕まる覚悟でも決まったのかよ」

「いやね、お前らのことが気になってたんだわ。一人は質のいい祠徒を四体持ってて、もう一人はめちゃくちゃたくさんの祠徒を持ってる。こりゃ食わなきゃ損だなと、思ったわけだ」

「つまり、お前の祠徒は他の祠徒を食うようなことができると」

「は? なに言ってんだお前? 食うのは俺だよ。俺は祠徒なんて持ってねぇからな」

「お前、もしかして……!」


 やつの身体から黒い靄のようなものが溢れてきた。


 俺は知っている。人型でありながら、祠導術を祠徒無しで使える存在を。


「第一世界『ミュレストライア』から召喚されたエミリオ=ランゼルフだ。よろしくな」


 エミリオがフードを取ると、軽薄そうな顔が露わになる。正確には軽薄そうな笑み、だ。


「第一世界にはもう生物は存在できないはずよ! なのに召喚されたっておかしいわ! 完全な実体があるのも納得できない!」

「黙ってろエルア。また詳しく教えてやる。今は、目の前のこいつをなんとかするのが先決だ。というか、下がって自分の身を守ってろ」

「なに言ってんのよ! 私だって戦うわよ!」

「下がれって言ってんだよ」


 俺が凄んで見せると、エルアは一歩下がった。怖がっているのか驚いているのか、目を丸くして眉根を下げている。ひと睨みしただけでこれとは、聞き分けがよくて助かる。


 重心を沈めて臨戦態勢に入った。それと同時に、どう戦うのかを考えた。


 祠徒を食らうということは、こちらは祠徒を召喚できない。体術と魔導術だけで、なんとかやるしかない。


 総合的には俺よりも格上だ。けれど、そこまでの差はないように感じた。魔法力は高そうだがそれ以外はからきし、といったところだ。


「俺の【捕食者の特権(サーベラスイーター)】は食らった祠徒の祠導術が使える。まあオリジナルよりは劣化するがな」


 祠徒を『捕食』したあと、それを『模写』する。能力の最終到達地点までに一度別の行動をしなければいけないツーテンポの段階伸暢発動能力(インスタンススキル)か。テンポが増えれば増えるほど、最終地点までは遠ざかり、代わりに能力の幅が広がる。ワンテンポずつに能力が変化するということだ。


「自分を強化するために宿主も殺したのか。祠徒を食ったことを、少しでも隠すために」

「そういうこと。お前ならわかるだろ? 第一世界の惨状を知ってれば、強いことこそが全てってことがよ」

「俺はこの第三世界『スーベリアット』の住人だ。ここで生まれ、ここで育った」

「この捕食者の特権のおかげで、少し他のヤツよりも鼻が利くんだ。どいつがどれくらい祠徒を持ってるかもなんとなくわかる。それに元々第一世界の出身だからか、臭いにも敏感なんだよ。お前からはその臭いがする。お前が第一世界の人間だってのは間違いねぇんだ」


 祠徒に対しての感度を上げるというのも、一応能力のうちか。いくつかの力を一度に持つ二種複合型(セカンダリータイプ)とは、なかなか強力な祠導術を持ってるじゃないか。


 段階伸暢発動能力は前テンポを発動させなければ次テンポへは移行できない。しかし、二重複合型はその二つのテンポとは関係なく、他の能力の裏で発動される常時能力のことだ。


「俺はこの世界で生まれて育った。二度も言わせるな」


 アスファルトを目一杯踏みしめ、身体を強化して疾駆する。


「おっと、そう簡単にはいかないぜ?」


 一撃で沈める。それくらいの気持ちで出した右ストレートだが、ひらりと躱されてしまった。


 次は自分の番だと言わんばかりに、エミリオは真空波を繰り出す。


 殺されたヤツはこれにやられたんだろうが、こんな物で俺が殺せると思っているなら勘違いも甚だしい。


 俺は魔導術が苦手だ。ただし使えないわけじゃなく、単に上手く調整できないだけ。風を使えばそよ風か大嵐。雷を使えば静電気か落雷。範囲も威力もコントロールできない上、敵も味方も見境無くなってしまう。


 でももし、相手の魔導術の範囲や威力、性質が見抜けたらどうだろうか。俺はそれに合わせればいい。全てを相手の魔導術と一緒にしてかき消せばいいだけ。


 真空波に真空波をぶつけ捌き、一度着地した。一気に距離を詰めて左アッパー。エミリオは素早く反応し、アッパーを避けつつ左ミドルキックを打ってきた。俺はこれを右腕でガードし、そのまま右拳を突き出す。しかしこれも効果はない。


「身軽だな」

「そりゃお前も一緒だろ? でもな、祠徒を召喚しないのは正解だ。逆に祠徒を召喚しなきゃ戦えないのなら、俺にとっては好都合」


 再度打ち合いなった。衝突する直前、エルアが周囲に障壁を張った。あんな顔をしていたからなにもしないと思ったが、結構肝が据わっている。


 エミリオの背後には十三体の祠徒。殺された五人分の祠徒だろうか、どんな能力を持っているのかもまだわからない。それにこいつは魔導術だって使えるんだ。厄介な相手だと、心底思ってしまう。


「じっくりいたぶってやるぜ」

「できるもんならやってみろよ」


 速度重視の身体強化を施し、エミリオに向かっていく。やつが顔を歪めるのを確認し、これが最善なのだと知った。速度を上げることが最善なのではない。相手に合わせず、自分のペースを維持することが大事なのだ。体術にさえ持ち込めば、導術を使う暇もない。人の祠徒を奪うことはできても、それを上手く使うまでには時間が必要。コイツはまだ、食らった使徒に順応できていない。


 防御に回避と、エミリオは乱打を上手く捌いていた。それを察知し、今度は攻撃力を上げた一撃を見舞う。これはガードされて当然。次の一撃は、今までで最速だ。


「ぐっ……!」


 チェンジ・オブ・ペースに見事引っかかってくれた。

最速の攻撃にも、ある程度の攻撃力は持たせてある。これがヒットしたということは、当然距離も離れる。


 俺はパンドラを召喚。エルアが作った障壁を這わせるように祠導術を展開した。


 こういう手合いと戦う場合、こちらが祠徒を召喚するのにはいくつか方法がある。その一つはとても簡単で、相手が攻撃できない状況で距離を離すこと。これさえちゃんと踏襲していれば、相手の能力を怖がることもない。


 パンドラの能力により、この空間で導術を使えるのは俺だけになった。


「やるじゃねぇか!」


 吹き飛んだエミリオだがすぐに立ち上がってくる。そして、身体を強化しようとした。しようとして、硬直した。


「驚いたような顔すんなよ。お前は確かに、相手の祠徒の強さや数がわかるみたいだ。でも、その祠徒がどんな能力を持ってるのかまではわからない」

「お前、なにしやがった……!」

「さてな、自分で考えろよ!」


 一足飛びで接近し、右足で跳び蹴りを放つ。しかし運がよかったのか、エミリオは紙一重で避けてみせた。


「飛びな」


 俺は空中で右足を振り抜き、勢いを殺さずに左足のかかとで胸部を捉えた。一応はガードしていたみたいだが、生身で防御するのは無茶というもの。こちらは身体を強化しているのだから。


 結界の縁にぶつかったエミリオがゆっくりと落ちる。そして尻をつきうなだれた。


「やったの?」


 駆け寄ってきたエルアは心配そうに言った。


「死んではいない。ただ、しばらくは一人じゃ起き上がれないだろう」


 パンドラに向かって俺が手を挙げると、パンドラは「またね、エニシ」とだけ言って、障壁と一緒に消えた。ルキナスと違い、聞き分けが言い子で助かっている。


「エルアは警察を呼べ。それまでの間は俺が拘束しておく」

「もう呼んだわよ」

「なんだ、やればできるじゃないか。いい子いい子した方がいいか?」

「いらない! 子供扱いしないで! それに自分の身を守れと言ったのは貴方でしょう? 警察くらい呼ぶわよ」


 またふてくされてしまった。コイツの扱いにはまだ慣れそうにない。


 俺がエミリオを拘束するまでもなく、すぐに警察が到着した。「お疲れ様です」と挨拶された時は、どう答えていいのかわからず「はあ」としか返答できなかった。


 警察官はエミリオの手首にグレイプニルをはめて連行していく。グレイプニルは大きな手錠のような形の導術師用の拘束具で、触れるだけで導術を使えなくする。レガールの強化版とも言えよう。


「お前、名前くらい教えろよ」

「安瀬神縁だ。もう二度と会うこともないだろうがな」

「エニシか、覚えたぜ。一応俺のことも覚えておけよ? この、エミリオ=ランゼルフ様をよぉ」


 連行されながらも大声で笑っていた。最後のあがきと思って聞き流したが、パトカーに乗り込むまで、その高笑いは聞こえていた。


「これでジャックザリッパー事件も終わりね。今日からは安心して眠れるわ」

「まだ模倣犯の方が捕まっていないだろ」

「殺人が頻発するよりはいいでしょう?」


 エルアがそう言った瞬間、二人のPDが鳴った。


「結から着信か」

「発信先は四人。私、縁、会長に副会長だわ」


 PDに触れ、俺たちは着信を取った。


『どうしたんだ? なんか進展でもあったのか?』


 間の抜けた声の清が、いち早く応答した。


『みんなお願い、アランを助けて』

『どうした。なにがあった』


 尽は応答はしているものの、黙って聞いている。俺とエルアも口を挟まない。


『第一世界から来たとかいう女の人に襲われて、アランがなんとか食い止めてる。でもこのままじゃ、アランの身体が保ちそうにないの』

『そっちに行ったか。これはかなりまずいな』


 一瞬の沈黙。清が「実は……」と話を始めた瞬間、俺はそれをぶった切る。


「なにがまずいのかよくわからんが、俺が行こう」


 このままだと話が長くなりそうな気がしたから、口を挟むべきだと考えた。逼迫した結の声色からするに、会話をしている余裕はない。


『おい縁! なにを勝手に――』


 強制的に通話を終わらせ、すぐさま繁華街の方へと走り出す。


「ちょ、ちょっと!」

「お前はまず清たちと合流しろ」

「また勝手に……!」


 しかしなんだかんだと言いながら、彼女は忠告を無視して付いてくる。こうなれば、なにが起きても自業自得だと思ってもらう他ない。勝手なのはお前だ、とは言わなかった。エルアが言う通り、勝手なのは俺なのだから。


 俺は先ほど【隔絶された希望(ラストウィッシュ)】を使ってしまったので、次に使えるのは六時間後。これでもクールタイムは短い方だ。【完成された瞬き(パーフェクトブリング)】なんて十二時間かかる。

しかし六時間と言えど、アランと戦っているやつには使えそうにないな。


 まだルキナスとリュノアがいる。なにがともあれ、どれほど相手が強かろうとも、二人いればなんとかできるはずだ。


 しかし、胸中は妙なざわつきで満ちていた。この胸騒ぎがなんなのか、今の俺にはまだわからなかった。

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