十話〈クロスオーバー:尽&清〉
綾部尽は夜間の戦闘は苦手だった。
戦闘を有利に進めるための祠徒を持ってはいるが、ガーウェルの【穢れ無き太陽】は、太陽の下でなければまともに機能しない。昼間の戦闘以外では、少し強力な魔法力の塊でしかないのだ。太陽さえ出ていれば、その力は数倍に跳ね上がる。それでも魔法力の集合体でしかない。
一応ランシルトの【泉に誓う月光】ならば、夜に力を発揮する。範囲内を浄化し、呪いや毒に対しての抵抗を上げる。しかしこれは戦闘能力とは言えない。
最後にトリステルの【恋しき真の盟約】は、自分と会話した人間に対しての攻撃を絶対命中させる。
彼が持つ高い戦闘能力は状況が限定されてしまう。
「なあ尽よ。なぜ私の後ろばかりを歩くんだ?」
「そりゃもう、会長のお尻が魅力的だからですよ」
清に話しかけられ、いつも通りに返した。本気半分冗談半分だが、清が冗談十割だと思っていることを尽は知っていた。
決して女の尻を追いかけているわけではない。尽が女性の後ろを歩くのは、死角となる背後を守るためである。前方は相手が前を向いているため、後ろを警戒しての行動だ。それは清もわかっていた。尽本人が口に出したわけではないので、知っているというよりは感付いているというのが正解だった。
「今日は現れますかね、ジャックさん」
「どうだろうな。傷害事件の方も、見事にすれ違ってるしな」
警邏はしているものの、尽たちの見回りが終わった後で事件が起きていた。監視されているのかと思うほどにちぐはぐだった。
ジャックザリッパーと行動が噛み合わないことに対し、生徒会は間違いなく歯噛みしていた。
「できれば早く片付けて、会長の気持ちを晴らして差し上げたいのですがね」
「また調子の良いことを」
夜道を歩きながら、たわいない話を続ける。
尽と清は二人きりだとこのような軽口をたたき合う。そう、二人が出会ったあの時から。
二人の家は非常に近く、幼なじみと言ってもいい。二人の性格は昔からさほど変わらず、立ち位置や行動理念も近いものがあった。
彼女の後ろ姿を見て「昔はもう少し女の子らしかったな」と、尽は思った。
清は安瀬神縁という天才を知ってから、自分の道を明確にした。それからというもの、魔導術をひたすらに磨き続けて今に至る。血の滲むような努力を傍らで見続けた尽だからこそ、彼女の変化を受け止め、そして認めることができた。
元々姉御肌ではあったが、今ほどではなかった。他人に弱みを見せないスタンスも健在だが、尽にだけは少しばかり弱い部分を見せる。
「強く、なったね」
「ん? なんか言ったか?」
僅かな光でも反射する髪の毛を揺らしながら清が振り返った。
「なんでもないですよ、会長」
「おかしな奴だ」と言いたげな顔で、彼女はまた前方を向く。
今はいい。今は、会長と副会長でいいのだと、尽は自分を戒めた。
そうして歩き続けた二人は、目的の場所へと到着する。
そこは南地区の端にある廃工場だった。
「さてどうしようかね」
彼らは警邏のために南地区を選択したのではなく、最初からここに来るのが目的だったのだ。
半年くらい前から、この辺一帯で謎のグループが悪さをしているという噂が立っていた。
組織の名はマグノリア。星架学園や栄豊学院、アザリア女学院、気仙峰共同学校など、この地域にある学校の学生だけで構成され、最近までは知る人ぞ知る組織であった。組織というには粗末なもので、学生の集まりでしかない。それが、夜な夜な出歩いて悪さをしている、という話が清や尽の耳に入った。
尽と清がすぐに動かなかったのはこの集団を追い詰めるため。マグノリアこそが傷害事件の犯人なのではと推測した。
最初はただ群れるだけだった彼らは、次第に軽犯罪を犯すようになり、最終的には通り魔を模倣するまでに至った。と二人は考えたのだ。最初に話を持ちかけたのは清だが、結局のところ相談役が務まるのは尽しかいなかった。
隠れて情報を収集し続け、ようやくマグノリアのアジトを見つけ出した。
清も尽も、決着は自分たちの手で付けなければと、そう思っていた。
「こちらは二人、向こうは複数。ここは会長の腕の見せ所ですね」
「なに言ってるんだ。お前もちゃんと仕事をしろ」
清は工場の入り口に指を掛け、大きな鉄の扉を思い切り開けた。
錆びついたドアがスライドすると、重苦しい音が周囲に響く。
薄汚れた工場の中には、魔法で作られた光の球体がいくつも浮いていた。その光に照らされて、十数人の人間がいた。立っている者、座っている者とバラバラだが、それらは皆黒一色の服装で統一されている。
そして誰も彼もが二人へと視線を向けた。
中心には、清と尽が知っている人物がいた。
「もう悪あがきはさせないぞ、ランディ」
そう、風紀委員会会長、ランディ=バートルだった。煤けたH鋼に座り、片膝を抱えている。
「羽佐間に綾部か。よく突き止めたと、賞賛するよ」
「賞賛なんていらない。欲しいのはお前たちの身柄だからな。尽!」
「了解、会長」
尽が天井へと手の平をかかげると、天井に向かって魔導術が発動、周囲には結界が張られる。尽の魔導力は高いため、生半可な攻撃では突破できないであろう。工場は強固な檻と化した。
「さて、それでは少し話をしようか」
と、結界の生成を確認した清が言った。
「話すことなんて特にないぞ」
「あるだろう? なぜこんなことをしたのか、説明をして欲しい。お前は一年の頃から風紀委員としてやってきた。真面目で努力家なのは知ってる。そんなお前がなぜ――」
「黙れ」
語調を強くしたランディは、憎しみのこもった瞳で清を睨みつけた。
「元はと言えば羽佐間清、貴様のせいだろう」
「私の?」
「真面目? 努力家? じゃあ何故だ! 何故俺を副会長にしなかった! 何故年下の綾部を副会長にしたんだ!」
真面目で努力家で冷静で冷徹で、そんな周りの評価を覆すほど、ランディは今までに見せたことがない程に激高する。ずっと腹の中で抱えてきた鬱憤が爆発したようだった。
「それは、お前よりも尽の方が優秀だからだ。幼なじみ、というのもあるがね」
「俺だって頑張ってきた!」
「お前の頑張りは認めてるよ。戦闘力の低い祠徒を従え、魔導術中心でやってきた。私と同じようなスタイルで精進してきた。それでも尚、尽の方が上なんだよ」
何が上なのか、とは口には出さなかった。
ランディは、徐々に微震し始めた。そして、その動きは高笑いへと変わっていく。
「わかってた、わかってたさ。でも認めたくないんだよ。羽佐間を困らせて、綾部を出し抜いて、俺の方が優秀なんだと見せつけてやろうと思った」
「それなら、直接ボクにぶつけてくればいい」
尽が一歩前に踏み出すのと同時に、ランディの高笑いも止まる。
両者共、その真剣な表情の裏では別の思いを抱えているのだろう。お互いにそれをわかっているからこそ、今は引くにひけない状況でもあった。
「綾部尽、この期に及んで真剣勝負でも挑もうというのか。こんな俺に」
「それが筋というものですよ。先輩が納得がいかないというのなら、実力で見せつけるまでですから」
「優しそうな顔して凄いこと言うな。嫌味な奴だ」
「こんな顔だからって、気持ちまで決めつけられても困りますね。ボクはあくまで人間です。観賞用の人形じゃない」
腰に携えた弓を清に預ける。もう一度ランディに向き直ると、開いた右手を前へ、左拳を胸元へ引きつけた。
清にやらせてはいけない。自分のことは、自分でケリをつけてやる。そんな気持ちで自身を奮い立たせ、静かなる獅子は動き出す。
「弓兵なのに接近戦? ははっ、本当に大丈夫なのか?」
「ハンデとは思ってません。ランディ先輩は普通に武器を使ってもらって構いませんよ」
「素手でいい。威厳を見せてやる」
右拳を前へ、左拳を胴に引き寄せる。
空中から、二人の間に小さなガラス片が落ちてくる。尽にはそれがスローモーションのように感じられた。
気付いたら清とはずっと一緒だった。姉であり友達であり、しかし恋人になることはないだろう。自分にとって、清はそこにいて当然の存在だけれど、ソレ以上の感情は持ちあわせていない。
この短い時間で、尽はそんなことを考えていた。清が怒った顔、怒った顔、楽しそうな顔が数多く思い出される。しかし、泣いた顔は一度だけ。清が自分を見失いかけた、あの時だけだった。
ガラス片は何度も光を反射して、クルクルと回りながら地面に落ちた。
突如巻き起こる衝撃波。それは二人の拳がぶつかった証拠であり、意地や覚悟の証明でもあった。強化系の魔導術しか使っていないが、二人の気迫が顕現しているようだった。
打突に手刀、回し蹴りに足刀と、ランディは非常に身軽だった。流れるような攻撃の数々は尽を防戦一方にさせる。
キレのある繊細な攻撃をしたかと思えば、今度はがむしゃらな乱打をぶつけてくる。完全にペースを握られて、尽も苦い顔しかできないでいた。
攻撃は見えている。だからこそ防御できるし、いなすこともできている。それでもなお攻撃に転じられていないのには理由があった。
「これで終わりか! 綾部尽!」
今までで最速の一撃が、ついに尽の腹を捉えた。
しかし尽はなにも言わない。攻撃も返さない。
二人の間には大きな隔たりはない。実力的にはランディの側に分があるものの、そこまでの差はないに等しい。
尽は待っていた。耐えて耐えて、自分ができる最高の一撃がどの場面でならば高価を発揮するのか。
ランディの攻撃は、片手で払うには重すぎる。かといって両手を使っては次の攻撃に対応できない。極力半身を意識し力を後ろへと流す。
仕方なく防御することもあったが、正面からは受け止めないように心がけた。
腕にも脚にも痛みが走る。しかし「まだだ」と、自分を戒め続けた。
「耐えてるだけで勝てると思うな!」
「そうだね」
ランディは大股で一歩踏み込んだ。腕を上げ、肩辺りから放たれる拳撃。脇は締まっておらず、力だけで振るわれる攻撃だった。
大ぶりの攻撃に合わせ、尽はようやく牙を剥く。
「なっ!」
今まで溜めていた、左手を思い切り握りしめる。腕の筋力よりも背筋を意識して、左拳を一気に加速させた。準備をしていたわけではないだろうが、ランディはその攻撃を左腕で受け止めた。しかし体勢が悪いせいか、尽の拳はそれを弾く。
左拳がランディの胸元に打擲すると、彼の身体は大きくのけぞった。無理矢理体勢を立て直そうとしたせいで、上半身と下半身の動きがバラバラになったのだ。
そんなランディを気にも止めず、肩を懐に入れ、右でアッパーを見舞う。
さらに体勢を崩したところを、全力の足刀で蹴り飛ばした。
十メートル以上吹き飛び、ランディは壁に衝突した。壁にバウンドし、うつ伏せで地面に落ちた。
力量差があるのを尽も知っている。勝つのには、一瞬の隙を上手く使うしかない。そう思った尽は、大振りの攻撃を待つことにした。冷静さを失うと攻撃が荒くなるのがランディの悪いクセだと知っていた。真面目で努力家なのは納得できるが、少し怒りやすく、冷静とはあまり言えない。
ランディ=バートルという男を理解している、尽ならではの戦い方と言えよう。
清ならばもっと上手くやるのだろうけれど、自分はこれが精一杯だ。と、心の隅で悲観した。
その悲観と共に来る安堵を吐き出すように、一つ大きく深呼吸した。熱い息が空気に溶けていく。
倒れたランディの元へと歩き、彼を見下ろす。
「僕の勝ちですね、先輩」
「やって、くれるな」
ランディは苦しそうに、けれど笑顔でそう言う。
「これで傷害事件の方は終わったな」
後ろから清も近付いてきた。
弓を受け取り、腰に携える。心も身体も少々重いが、今はまだやることがあった。
「傷害事件の方は、でしょ。ランディ先輩は殺人事件の方にも関係があるはずだ。そうでしょう、先輩」
「察しがいいな、綾部」
地面に手をつき、あぐらをかいて座った。重そうな身体を壁に預け、また口を開く。
「お前の言う通りだ。今殺人事件を起こしてるのは、俺たちが呼んだ祠徒だ」
「随分すんなり話すんだな。もっとゴネるかと思ったのに」
「見損なうなよ羽佐間。負けた以上は全部吐くさ」
「そうかい、だからアンタのこと、嫌いになれないんだよ」
清が言うように、尽もそうだった。潔く、気前がいい。だからこそマグノリアでも人を集められた。
「正義感が強く、皆から信頼される綾部が憎かった。だから困らせてやろうと、そう思っただけなんだよ。最初はな。そしてマグノリア全員で第一世界から祠徒を召喚した」
「わかってるのか、第一世界からの祠徒召喚は禁忌だぞ」
「わかってるさ。今になってはバカなことをしたなと思ってるよ。俺たちが召喚した奴は白髪の男でな、綺麗な顔をしていたよ。すぐに外にでちまって、こっちも追いかけたんだが、追いついた頃にはそいつは人を殺してた。まあ、俺たちは便乗して傷害事件を起こしたんだがな。しかしそれだけじゃない。俺たちが召喚したそいつは、また別の奴を第一世界から召喚しやがった。それが、ついさっきの話さ」
「新しく召喚された祠徒も殺人を犯したのか?」
「それはまだわからない。けれど、危険な匂いはしてたな。あの、全身真っ白の白髪女」
その時、二人のPDが鳴った。
「嫌な予感がするね」
「アンタもそう思う?」
尽もわかっている。こんな軽口を叩く清も、内心ではとても気にしているということを。
そして、ゆっくりとPDの受話ボタンを押した。




