三話
それからは筋トレと勉強を交互に繰り返す毎日だった。
俺がいた場所は母が俺のためにと作ってくれた別荘だった。城だから別城、と言うのが正しいのだろうか。
ライオネルはこの場所を知っているらしいが、俺の存在は見て見ぬふりをしてきたらしい。
歩行練習から数日でジョギングへと移行し、今は寝そべってベンチプレスを上げ下げしていた。
そろそろ休憩かとベンチプレスを起き、近くにあったタオルで汗を拭く。
「お疲れ様です」
座り込んだ俺に、エルファはすかさずドリンクを差し出してくる。
俺の行動には、常にエルファがついていた。俺が無理をしないように、なにかあればすぐに対処できるようにとのことだ。
「いつもいつもすまないな」
ドリンクを受け取ると、彼女は弾けるような笑顔を見せてくれる。
「いえいえ、パトリオット様が頑張っているのに、私がなにもしないわけにもいかないじゃないですか。誠心誠意仕えさせてもらいますよ!」
ふわりと揺れる、緩くパーマがかかった長髪。花の甘い香りがして、少しばかり緊張が弛緩したような気がする。
少々ツリ目で鼻が高い顔立ちは、間違いなく美人の部類に入る。けれどそのキツそうな目元からは想像できないほどに健気で、とても柔らかい性格をしている。家庭的で献身的で、今のところかなり好評価だ。
俺は一息つき、先日聞かされた話を思い出していた。
父が死に、兄が王になるのだと思っていた。しかし兄は王にならず、いまだに王子といして城にいるらしい。政治に顔を出し、王としての仕事もこなしている。それなのに王になっていないのだ。
その原因は評議会にある。
国の法律でも定められているのだが、王子が何人いようとも、姫が何人いようとも、その全ての人間に王位継承権はある。つまり長男であろうが次男であろうが関係なく、王になるための権利を平等に持っている。意識がないにしろ俺が生きていたため、ライオネルは今でも王になれないのだ。
それではなぜ俺は今生きているのか。
おそらくだが、俺はあの男に生かされているのだ。
なぜ俺を生かしているのかはわからないが、奴には奴なりの思惑があるのだろう。まあ、起き上がったところを鈍器で殴って嘲るような行為がしたいのだろうが。
「なあエルファ。俺が目覚めたことで、民衆からのレジスタンスに対する興味はどんな感じだ?」
一応であるが、現在の絶対王政に対するレジスタンスの存在は知られていた。評議会にも、民衆にも。
「そうですね、かなりの注目を集めていますよ。特に極悪非道と言っても良いライオネル様と対立するのですから当然ともいえます。しかし、注目度に反してレジスタンスへの加入や協力は渋いです」
「わかってたことだ。レジスタンス、つまりこっち側に来るってことはライオネルと戦うということ。勝ち目もない、どの道困窮するだろうという組織に付こうなんてリスク、誰も負いたくはないだろうな。負ければどうなるかわからない」
「レジスタンスに身をおいていて言うのもなんですが、こちらに来た以上は勝つか負けるかの二択しかありませんからね。今の日常よりも酷い目にあう可能性が高いのならば、誰も手を貸したりはしないでしょう」
「そう考えるとお前らは相当好きものなんだな」
ドリンクを置いて上着を羽織る。そして食事を摂るために歩き出した。食堂へと向かおうと部屋を出ると、後ろからエルファもついてくる。
「私たちが好きなのはパトリオット様ですよ。貴方を尊敬しているんです」
「なにをバカな。当時の俺はまだクソガキだっただろうが。今でもそんなに変わらないと思うがな」
「そんなことはございません。貧困街に出向いては、自分のお小遣いなどで買った食料を運んでいたこと。捨てられていた動物を、この別荘に運び入れて育てていたこと。失敗をした侍女や執事を陰で励ましていたこと。我々は全て知っています。だからこそ、王には貴方こそ相応しいと思っているんです」
「はっ、純粋だった昔の話だ。人は変わるもんなんだよ」
「今でも貴方は素敵な方ですよ。面倒だとか、その気がないとか、そんなことを言っていても本心ではいろんな人のことを気にかけている。隠してもダメですよ?」
エルファは俺の横に並んだ。横目で見やると、目を細めて嬉しそうに笑っている。
正直、後ろにいられるよりも横に並ばれた方が楽だ。
人の上に立つというのは、想像以上に荷が重い。他人の思想や意志を、否が応でも引き受けなければいけない。肩にのしかかる重圧はきっと、身体が地表に引かれる重力よりも重いのだ。
その後、エルファと一緒に食事を摂り、俺がいない間に起きた出来事などを勉強した。評議会や王宮の人事などもここ数年で変わった部分がある。当然、勉強を教えてくれるのは彼女だった。
勤勉で博学、それでいて教えるのが非常に上手い。歴史や時事ネタだけではなくその他の勉強も教えてもらっいるのだが、全てにおいて教師としての才能が垣間見える。特に政に関しては知識が深いようだ。評議会で案件が上がった場合、どのような役職がどのようにしてそれを決めるのか。誰がタカ派で誰がハト派なのか。評議会と話をするにはなにをすればいいのかなどだ。
彼女によれば「いつ貴方が帰って来てもいいように」とのことだった。
少しだけ熱くなった気がする顔を背けることも、最近は多くなったように思える。このメイド、なかなかに手強いかもしれない。その度に満面の笑みを見せるのだから、コイツと付き合う男は大変だな、などと考えてしまう。
ナスハのことはそこそこに覚えている。俺よりも少し年齢は高かったが、その少しを払拭するくらいに優秀だった。メイドとしても、教育者としても、戦士としても、俺は間違いなく憧れていた。気丈であるのに妙に温かく、本当の姉とさえ思っていた。
そしてエルファもまた、性格や振る舞いは違ってもナスハに似ている部分が多い。基本的にはぽわぽわしているくせに、時に厳しいが時に優しく、人の精神状況を見透かすような鋭い発言をすることもある。戦士としても、おそらく現状は俺よりも強いだろう。
今はコイツを負かすことに集中した方が良さそうだ。




