二話
ズキズキとした痛みが脳みそを締め付けてくるようだった。
「シンドラ様は貴方様と仲がよかった。それにシンドラ様ほどのお方が、ゲートに飛び込んで簡単に死ぬはずはない。おそらくですが、ナスハを助けて自分も生き延びているかと」
「いや、たぶんそれはない。ナスハは助かっているかもしれないが、シンドラはもういない。シンドラと俺は、ある人物の別人格としてスーべリアットで生きてきた。当時もういい年だったシンドラが、俺の目の前で若い姿だったのがその証拠だ。きっと、あいつの身体はもうない」
「そうですか、シンドラ様が……」
「シンドラは貧困街の出身だったな、そう言えば。あいつの記憶と俺の記憶が変なまじり方をした結果こうなったか」
俺がクオリアを知らなかったのも、シンドラが幼少の頃の記憶が混じったからだ。老人であるシンドラが若い時、まだクオリアは生まれてもいないのだから。
「ゲートに満ちる魔法力と貴方様の【目】が干渉したのでしょう。その目が記憶を深く読み取り、結果として錯覚させたのだと思われます。それと貴方様の忌術も関係しているとも私は思います」
「【目】と忌術、か」
俺はじいさんからこの【目】をもらった。
【分析真眼】は魔法力の流れ、大きさ、強度などを見ることができる。【分析真眼】は不必要な戦闘を避け、戦力同士の衝突を必要最低限に抑えるという名目で作られた人工忌術だ。
身体の内部に紋章を刻み、人為的に忌術、もとい祠導術を使えるようにするというもの。じいさん自らが研究者として関わり、何人かの被験体にその力を与えた。
しかし、じいさんは殺された。
タカ派である父の策謀だとすぐにわかったが、当時の俺には発言権などなく、貧困街上がりのチンピラのしわざということで流されてしまったのだ。
じいさん以外に【分析真眼】を人に与えられる者は存在せず、じいさんが望んだような結果は得られなかった。
兄はこの【分析真眼】を持たず、俺をずっと敵視していた。きっとそれがキッカケになったんだろう。
「貴方様は何年も寝たきりで、今は筋力もだいぶ衰えています。無理に動かない方がよいでしょう。ですが、私たちは貴方様に王になって欲しいと思っています」
「無茶を言うな。ずっと寝たきりだった奴がいきなり政に顔を出せって? そりゃかなり難題だな。きっと評議会が許さない」
政府、評議会、審問会。様々な言い方はあれど、この世界を牛耳っている組織であることに変わりはない。
絶対王政であるミュレストライアだが、王がいなければ評議会が幅を利かせるのも当然と言えた。
父上は俺がスーべリアットに召喚される直前に亡くなっていた。それが兄のせいなのかどうなのかは俺にはわからない。
「それでも私たちにはもう貴方様しかいないのです。ミュレストライアは絶対王政、しかも王が第一に考えられる世界。王の一言が絶対なのです。ライオネル様が王になっては、ガーナンド様の時よりもずっと酷い世界が待っています。弱者は虐げられ、意見を言う者はその場で斬り殺されます」
モゾリスは音を立てて立ち上がり、そして頭を垂れて片膝をついた。周囲の者もまた、同じように目を伏せ頭を垂れた。
「民を、国を、世界を救ってください。貴族や軍人に足蹴にされる民衆、貧困街から出られない者、力が全てという考え方。貴方様は、我々の希望なのです」
「どうか、どうか」という周囲の言葉が胸を締め付ける。
俺にそんなことができるのか。いや、できるはずがない。
人を束ねる力も、求心力も、カリスマ性も、それ以外の部分だって兄には負けてるはずだ。こいつらが俺に協力をしたとしてもこの世界では異物に過ぎない。淘汰されることがわかっていて流れに逆らうなど、なにも考えていないバカのやること。賢く生きるのであれば、どう流れに乗るかを考えるべきだ。
「悪いが、俺は世界がどうとか、正義がどうとかなんて興味はない」
全員が顔を上げた。無表情で、なにを考えているのかわからない。
「だいたいお前が言ったんじゃないか。こういう世界なんだよ、そういう世の中なんだよ。俺は王の息子。だったら兄貴の言うことを聞いてれば勝ち組だ。もうこの時点で民衆の気持ちなんかわからんのだ。生まれてからすぐに勝ち組になったんだから当然だな」
右手の平を顔に当て、思わず笑ってしまった。
「パトリオット様……!」
上がったはずの顔が、また下がった。中には泣き始める者もいて、その嗚咽が耳に障る。
そう、俺は泣き声は嫌いなんだ。
「だからやる」
山も谷もない人生なんてまっぴらだ。
「勝ち組だ? なにもしないで勝ち負けなんてねーんだよ。勝つのは戦ったやつだけだ。なにもしてねーやつが上の方にいるのなんて癪だろ? 俺だって嫌だわそんなの。それに俺は兄貴が嫌いだ。あんな奴の下で三回まわって鳴いてなんてやらねーよ。正義なんてどうだっていいが、ムカつく奴はぶっ飛ばす。それが勝ち目のない戦いだって関係ない。そっちの方がやり甲斐がありそうだ。なあ、お前らだってそう思わねーか?」
「貴方という人は……」
涙を流しながらモゾリスはそう言った。
「泣くな。泣いてる奴は嫌いだ。もしも民衆が泣いてるつーならそいつらまとめて嫌ってやる。それ以上に、泣かせた奴をぶっ潰す。そうすりゃ、俺の嫌いなもん全部消えるんだろうが。手を貸せ。権力もなにもかも利用して、俺がやりたいような世界を作ってやる」
まずはこの筋力をなんとかしなきゃならないな。それにこの世界の政治や法律を見ておかなければいけない。
袖をめくれば、そこには自分のものとは思えない細腕があった。肌は白く、薄っすらと血管が透けて見えた。
思わず頭を抱えてしまいそうになる。
だが不利な戦いは嫌いじゃない。
こいつらだどれだけ使えるかは未知数だが、やる気があるのならば言うことも聞くはずだ。
それに、きっとあいつだって同じことをしたはずだ。
気づかないうちに感化されていたのか、これが元々の性格なのかはわからない。それでもやると言い出した以上は身を粉にしてでもやってやるさ。
震える指に力を込め、拳をゆっくりと握った。




