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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ホープピーシーズ編】 クロスオーバー:パトリオット=エルド=アルメイシュ
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一話

 暗闇の中に身を沈められてからどれだけ経っただろう。このまま一生ここにいなければいけないのかなど考えたくはない。


 その時だった。


 静かに、けれど急速に。


 波立たぬ水面へと、吸い寄せられるように意識が浮き上がっていく。


 重い瞼を薄く開けば、差し込む光に目眩を覚えた。しかしその光を手で遮りたくても、腕が上手くあがってくれない。


 少しずつ目が慣れてくると、白い天井と大きなシャンデリアが見えた。右側には窓があり、きめ細かいレースのカーテンがなびいている。


「パ、パトリオット様……?」


 恐る恐るだが俺の名前を呼ぶ声がした。


 声がした方に顔を向けると、メイド服を着た女性が立っていた。口に手を当て、どうしてなのか身体を震わせている。


「ああ、そうだが」


 なんとか乾いた喉から絞り出した。口を開閉するたびに唇のカサつきが妙にきになる。それに、こんな一言だけでも疲れが溜まっていくようだ。


 俺がそう言うと、彼女は慌てた様子でドアから出ていってしまった。


 一つため息を吐き、今の状況を整理しようと思った。


 ミュレストライアからスーべリアットに召喚され、縁の人格として何年か生活してきた。そして、あの女に攻撃されたんだ。


 それからの記憶が曖昧で、気付いたらここにいた。水の上に浮いていたようでもあり、無重力空間に浮いていたようでもあった。


「パトリオット様! パトリオット様ー!」


 いくつもの足音と共に、巨漢の男が大声を上げながら部屋に入ってきた。初老で髪の毛は白く、巨漢というかただ太っているだけにも見える。顔が大きいせいでメガネが異様に小さく見える。身なりはしっかりとしていて身分の高さをうかがわせた。


 男の後ろには様々な身分の男女が、不安そうな顔をしてこちらを覗きこんでいた。


「大声を出すなよ。それよりここはどこだ」


 軋む身体を無理矢理起こそうとしたが、身体が震えるばっかりでまったくびくともしない。

「お手伝いします」と先ほどのメイドが手伝ってくれて、ようやく上半身を起こすことができた。


「覚えておられないのですか? ここは貴方様の自室でございます」

「俺の部屋だと? 明らかに貴族が住むような部屋じゃないか」

「なにを言っておいでですか。パトリオット様はこのミュレストライアの次期王位継承権を持った王子ではありませんか」

「俺が王子? 誰かと勘違いしてるんじゃないか? 俺は貧民街で生まれ、そして育った。食うためには人を殺し、盗みなんかもしてきた」


 額の奥の方がズキンと痛んだ。なにかが俺の中で訴えているような、そんな感覚。


「ふむ……もしかすると、記憶の癒着があるのかもしれませんね」

「どういうことか、一から説明してくれるか」


 俺がそう言うと、そいつは一つ咳払いをして近くのイスに腰掛けた。頑丈そうなイスが嫌な音を立て、少々心配になってしまう。


「私の名前はモゾリス=ハルナー。ミュレストライア王宮の大臣をしております。そしてこっちの侍女がエルファ=キューリット、貴方様のお付きでございます。本来ならばエルファの姉であるナスハの役目だったのですが、ナスハがゲートに呑まれてしまったため、妹のエルファを当てました」

「そのゲートに呑まれた奴も俺に関係してるんだな?」

「はい。ミュレストライアという名前が、世界であり国家であるというのはご存知だと思います。そして世界の頂点に立つのは一人の王で、その息子たちが王位を継ぐというもの。


 貴方様と、貴方様の三つ上の兄であるライオネル様は、何年も前から王位継承権を争うだろうと言われていました。ライオネル様は父上のガーナンド様によく似ていました。


 利己的で気性が荒く、また頭がいいために大人を言いくるめるだけの話術も持っている。逆にパトリオット様は、祖父のクラセイル様によく似ています。穏やかで平和主義、周囲の意見を噛み砕こうと努力する姿はそっくりです。


 しかし、ライオネル様はそんなパトリオット様をよく思っておらず、ある時貴方様をゲートに突き落としたのです」


 話を聞いている最中も、頭痛は幾度も襲ってくる。徐々に、幼かった頃の記憶がぼんやりと思い出されている。


 兄にイジメられたこと、父の蔑んだような目、祖父の優しい瞳、母の甘い匂い。


「この世界にあるゲートは、他の世界にある物とは違うんだったか」

「もしや、記憶が?」

「ほんの少しだ。物質を転送することもできるゲートだったと記憶してる」

「そうです。ですが、物質を転送するには条件があります。この世界にあるゲートは、いわば魔法力で形作られたブラックホールのような物です。

 強力な魔法力を持っているものならば、自分の身体を魔法力で包み、そのまま別の世界へといかれるでしょう。けれど貴方様は魔術が苦手でした。ゲートに落とされたりなんかしたらひとたまりもありません」

「じゃあなんで俺は生きてるんだ?」

「ライオネル様に突き落とされてすぐ、助けるためにナスハがゲートへと入っていきました。私は遠くから見ていたので止められなかったのですが、ナスハが扱える魔法力も強力とはいかない。私はすぐにある方に連絡をしました。貴方様が自分の記憶だと思っているのは、おそらくその方の記憶でしょう」

「つまり、俺はそいつに助けられたのか」

「はい。救い出された貴方様に意識はなく、ナスハも帰ってはこなかった。貴方様を助けた方も、結局は帰ってこなかった。ですが、おそらく別の形で生きているのでしょう。記憶の混濁と癒着がその証拠です」

「その男、もしかして――」

「思い出しましたか? 元三嶽神、黒の銘を受け継ぎし者。黒き衝動、シンドラ=ファルエン様です」


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