最終話〈リターン:安瀬神縁〉
疲労が溜まり、思わず両膝と両手を地面についてしまった。四つん這いになると汗がポタポタと地面に落ちていく。額から、頬から、鼻先から。これでもかといほど、体中の水分が抜けていくようだ。
「もう終わりか? 世界を救うのがお前の目標なんだろ? こんなところでへばってどうすんだよ」
こんな状態だというのに、イクサードは躊躇なく蹴りをいれてくる。両腕に力を込めて右へと飛ぶが、あの角度から蹴られたら、間違いなく鳩尾に直撃していただろう。
「捕虜に対しての容赦がないな」
「捕虜なんて奴隷と一緒だろうが」
数日前までは「予想外だ」なんて言っていた。が、予想外の場所、予想外の距離、予想外の攻撃法なんかにはもう慣れた。そりゃそうだ、一日何時間も殴られて蹴られて、当然身体だってボロボロになった。
擦り傷切り傷なんて当たり前。骨にヒビが入るどころか、腕がポッキリいくことだってあった。過度の運動と疲労により、胃がひっくり返りそうになったこともあった。当然吐いて、のたうち回った。でもその度に「弱すぎる」と言って更に追い打ちをかけてくるのだ。
最初は拷問だと思ったし、このまま十日を待たずに死ぬのだろうかとも思った。けれど、僕が傷を追う度に治癒力を強化する治療施設へと入れたりと、妙に親切な部分があった。弱った僕に対しての攻撃も、普通に組み手をしている時よりもずっと弱い。
そのうちに目が慣れて、身体が反応するようになり、思考が追いつくようになっていた。完全に対応できてないにしろ、僕は間違いなく強くなっている。
強くなることで彼を倒すことができない、というのがまた歯がゆい話ではあるが。
拳撃を手刀で撃ち落とそうとするが、力が足りずに肩部を殴られてしまった。身体を逸らしたが回避まではいかない。
地面を転がって膝立ちになった。先ほどの一撃で外れた肩を直す。こういう細かい芸もできるようになってしまった。
「わかってると思うが今日でタイムリミットだ」
「もう十日か。毎日毎日吐き出して、骨を折られて、時間を気にしている余裕はなかったからね」
「そういう割には余裕じゃないか。十日待ってくれと言ったのはお前だろ? その間に味方がなんとかしてくれると思ったんじゃないのか?」
「味方が来てくれるとは思ってないよ。十日っていうのも、できるだけ時間を伸ばしたかっただけだから」
「なにも考えてなかったのかよ、お前って意外にバカなんだな」
「考えてなかったわけじゃないけど、元々人間一人が世界を救うことなんて不可能なんだ。もしもなにかが起きたとしたら、それは奇跡に等しいなにかがあるんだと思う。でもきっと、奇跡に至るまでの軌跡は人が作ったんだ」
「面白いなお前は。最初に会った時から思ってたけど、大将が言ってた通りだわ」
「大将? 大将って――」
「また好き勝手やってるようじゃないか」
僕がイクサードに聞き返している最中だった。
聞き覚えのある声が訓練場を切り裂いた。
出入り口から一人の男性が入ってくる。軽やかというよりも少し重めの足取りは、様々な物事に対して面倒臭いと思っている。そんな足取り、態度、表情。
「お前、なんでここにいるんだ……」
靴音が場内に広がっていく。
近づいて来きたその人物は、目測五メートルのところで歩みを止めた。
「なんでと言われても困る。本来あった場所に戻り、本来やらなければいけない仕事をしているだけに過ぎないからな」
あの姿からは想像ができないほどに高貴で貫禄がある佇まい。鋭い眼光はなんだか心を見透かされているみたいだが、こうやって向き合ってみると悪い気はしなかった。
「ここに来た理由を、わかりやすく説明してくれよ」
僕がそう言うと、彼は鼻で笑って見せた。
「ミュレストライア第二皇子、パトリオット=エルド=アルメイシュ。ミュレストライアで最高王になるため、兄を出しぬいて世界を覆さなければいけない。そのためには、ミュレストライア以外の世界が必要なんだ」
間違いなかった。
今、僕の目の前にいるのは、スーべリアットからミュレストライアに強制送還させられたパットだ。
思い出話も罵倒も後回しだ。僕は彼に訊かなきゃならないことがたくさんあるのだから。
「話してくれるんだろう」
「そうだな、お前の態度次第だ」
口ではそう言っているが、パットはアゴで「行くぞ」と僕に指示を出す。
やれやれと思いながら、パットとイクサードと共に訓練場をあとにした。
どんな話が聞けるのかとワクワクする反面、敵に回したという気持ちで胸元がチクチクと痛んだ。
彼の背中を見て、自分がどうするべきなのかを改めて模索していた。




