八話
『ちなみに、今攻撃の隙をうかがってるもう一機。上空にいるのはわかってんだ、下りてきた方がいいぞ? バラバラにされたくなかったらな』
彼の声を聞き、エルアが高度を落としてきた。かなりナチュラルに移動したと思ったのだが、イクサードの動きが速かったせいか攻撃できなかったのかもしれない。
『このアーマードギアだと忌術……お前らが言うところの祠導術は使えない。それは俺もお前も一緒だが、俺にはちょっと違う能力がある。そのせいってのもあるか』
「その能力っていうのは教えてもらえるのかな?」
『いいぜ、教えてやるよ。どうせそのうちわかることだ。この能力の名前は【分析真眼】だ。ミュレストライアで言う魔術、スーべリアットで言う魔導術の動き、大きさ、流れを見ることができる。忌術なんかも当然見える』
聞いたことがある、なんてものではない。なぜなら【分析真眼】はパットが持つ祠導術だからだ。
「【分析真眼】は、祠導術じゃないのか……?」
『なにか知ってるようだが、この能力は忌術じゃない。元々は「最低限の戦力で、対応力による制圧」というのが目的で作られたものだ。身体に直接埋め込み、魔術でも忌術でもない、第三の能力といった感じだな』
「ミュレストライアではそれが普通なのか?」
『いや? 特定の被験者しか使えない。分析真眼創造の第一人者が死んでから、分析真眼を作り、埋め込める人間がいなくなった。ミュレストライアでも十人いるかいないかだろうな』
自分でもわかるくらい、手のひらにじっとりと汗をかいていた。
じゃあなんだ。俺が知っているパットは、一体なにものなんだ。彼の本当の祠導術は一体なんなんだ。僕に隠していたとでもいうのか。
そんな考えが脳内をめぐって、回って回って、元に戻る。そしてまた脳内をめぐる。本人がいなくなってしまった今、どうやったって結論を出せないというのに。
『まあ、それを知ったところでお前にはどうすることもできない。ただし、このまま殺しても面白くないな。そうだ、お前ら捕虜になれ』
最初、彼がなにを言っているのかがわからなかった。
今までミュレストライアとの戦闘は、死ぬか殺すかの二択でしかなかった。こんな選択肢を目の前につきつけられることなど一度もなかったのだ。
『俺がお前を鍛えてやるよ。どうだ、俺を楽しませるためだけに捕虜になるってのも悪くないだろ? もしかしたら、俺を倒すきっかけを掴めるかもしれないぜ?』
「そんなことをして、お前になんの得があるって言うんだ。ミュレストライアにとって、僕は危険因子でしかないはずだろう」
『言ったろ? 俺を楽しませるだけの捕虜だって。逆に言えば俺はお前を舐めてんだよ。悔しくないか? ムカつかないか? それをバネにして強くなれよ。んで、正面からぶつかってこい。このままアーマードギアで戦っても勝ち目はねーだろ?』
「この機体は最後の希望だ。渡すわけにはいかない」
『だったら置いてけばいい。別にその機体の技術なんぞ欲しいわけじゃないしな』
彼の発言すべてが違和感の塊だった。
戦闘狂、というわりにはやけに冷静だ。なにか重要なことを隠して、僕をミュレストライアの中へと招こうとしている。
しかし、その思惑によってミュレストライアにどのような利益があるのかがわからない。ここで僕を殺した方が、間違いなくメリットは大きいはずだ。
『どうする? 今ここで希望を捨てて、アーマードギアごと土に還るか。それとも、一縷の望みをかけてこちらに来るか』
「もしも僕がそちらに行った場合、彼女だけは見逃してくれるのか?」
『ああいいぜ、俺はお前に興味がある。お前だけが来れば、そっちの奴は開放してやるさ』
ふーっと、長めに息を吐いた。
「わかった。申し出を受け入れよう」
『……本気なのね』
今まで黙っていたエルアは、低いトーンでそう言った。
「ああ、機体はお前に任せる。シューベルさんには俺が捕虜になったと正直に話してくれ」
『わかったわ。また再会できることを期待してる』
「ああ、すまないな。イクサード、訊きたいことがあるんだけどいいかな」
『いいぜ』
「僕が捕虜になってから、十日間はバド大陸を攻撃しないで欲しい。そちらの戦力を考えればいつでも攻め込めるだろ?」
『なるほどな。くっせぇ取引だけど、まあいいだろ。本当に十日間でいいのか?』
「十日間でも長いと思ってる。けれど、お前が俺に執着しているとしたら、この条件を呑んでくれるんじゃないかと考えた」
『よーくわかってるじゃないの。俺も一応、今は軍人みたいなもんなんでな、これ以上の交渉権利はない。ただし、俺の権利を利用して十日間だけは攻撃の手を止めてやる』
「ありがとう」
機体の設定をオートパイロットにしてからコクピットのハッチを開けた。
デスベットが近づいてきて手を出す。僕は手のひらへと移り、横目でディオレットを見た。
まだ一度しか乗っていない僕専用のアーマードギア。寂しくはあるが、いつかまた乗ることもあるだろう。そうであって欲しい。
『おい、そこのピンクの。この機体とお前は自分で帰ることは許さない。このまま下降して救助を待つ形にしろ。そうでなければ切り刻む』
しばらくの間、クラレールは微動だにしなかった。が、やがて動き出し、ディオレットの手を取って高度を下げていった。
『できるだけ風は避けてやるが、振り落とされないように自分でも工夫しろ』
「ああ、善処するよ」
デスベットの手に掴まり、僕はこれからどうなるのだろうかと考えていた。
アーマードギアから発せられるスラスターの音や、高速で移動する際の風切音がうるさくて、その考えは吹き飛んでしまいそうになる。
鬼が出るか蛇が出るか、別の要因で殺されてしまう可能性だってある。また、別の可能性によってプラスに働くことだってあるかもしれない。
ここで負けるわけにはいかない。
例えば泥をすすることになっても、この可能性にかけるしかないのだ。
目を閉じれば、父さんと母さんの顔が瞼に浮かぶ。ちゃんと二人の顔を見たいと、そんな気持ちがこみ上げてきた。




