八話〈クロスオーバー:ナスハ=キューリット〉
クオリアとエミリオを見送り、ナスハは兵たちの指揮をとる。
そうは言っても、キュクリオやマスカードにも将はいるため、基本的にはその将に対して陣形の指示を出すだけだった。
城での爆発を遠目に見ながら、やれやれと額に手を当てた。
突如、強大な魔法力が周囲を包んだ。
彼女はこの魔法力が誰のものかを知っている。ミュレストライアにいた頃、おそらく一番近くで感じていたのだから。
隕石のように、上空から衝撃が降ってきた。
土煙が舞い、風によってすぐに空気に流れていく。晴れた視界の先、抉れた地面の中央に一人の男性が立っていた。
黒いシャツに黒いズボン。上には黒いコートを羽織った黒髪の男だった。髪の毛は少し耳にかかる程度でそこまで長くない。
「久しいな、ナスハ」
「ええ、お久しゅうございます、ライオネル王子」
ナスハは両手を腹の前で重ね、浅くお辞儀をした。そしてすぐに身体を戻す。
「第一世界はどうだ、楽しんでるか?」
「それなりに、といったところでしょうか。そちらはどうですか? 今でも勝手気ままにやっている様子ですが」
「第一世界最高位、ライオネル=フィン=アルメイシュだぞ。出来損ないの弟とは違うんだよ」
「『あの方』の悪口はそこまでにしてくださいませ。『あの方』は優しく、貴方とは似ても似つかない。貴方よりも王に相応しく、貴方に葬られた不幸なお方です故」
「俺が葬ったわけではない。結局は父上の意向なのだから仕方なかろう? それより、もう一度こちら側に戻ってくるつもりはないか? あの日、お前が自分からゲートに飛び込んでから不自由で仕方ない」
「申し訳ありませんが、貴方に仕えることは二度とありません。スーベリアットでは良き主に良き待遇で迎えてもらいましたので」
「そうかそうか、それならばいい。お前のようないい女、簡単に戻ってきては面白くない。俺がこの手で迎えに行ってやろう。ただ、今は別の目的があるからな」
「世界統一、ですか」
「第一世界はもう俺の物だ。次は異世界を制圧する。十二領帝だけじゃかなり不安だがな」
「三嶽神は一人も参加していないようですね。それでなんとかできるとは思いません」
「一人だけ参加させてやったぞ? まあ、現存する他の二人やクオリアには到底敵わないが」
「なぜその方を三嶽神に?」
「野心があったからだよ。その野心は強力な武器になる。本人も周りも気付いていない、俺だけが知っている強力な武器にな」
「その武器を得るためにクオリアをゲートに押し込んだ、と」
「おいおい、なんでそういう話になるんだ? クオリアが死んだ話は関与してないぞ?」
「いいえ、貴方はカーティスを傀儡として使ったんです。クオリアを抹殺できれば三嶽神にしてやるぞと。評価し、第一世界での待遇を良くしてやるぞと」
「そんなバカな話を俺がするわけないだろう。なによりもお前は五年前に『アイツ』と一緒にゲートに飛び込んだ。この五年間の出来事など知るはずがない」
「そんなはずがない、そんなわけがないというのは勝手な思い込みなのですよ。貴方の祖父グレアルが行った【世界観測計画】の被験体である私や『あの方』ならば、その能力を使って見ることが可能なのです」
「あのクソジジイ、そんなモン作ってやがったのか。しかも俺には施さずに」
「グレアル様はあの世界を憂いておられた。実の息子や孫の狂気も、少なからず感づいていたようです。しかし自分には発言権はなく、戦闘面でも十二領帝にすら劣る。それならば別の方向からアプローチをしようと、年をとりながらも自身を研鑽なされた」
「そのなんとか計画ってのには興味があるな。帰って調べてみるか。ジジイももう死んじまったしな」
「さすがにもう高齢でしたからね」
「なに言ってんだ? 殺しちまえば年齢なんて関係ねーだろ」
ナスハはなにを言われているのかがわからなかった。その言葉を噛み砕くことも飲み込むこともできないでいた。
グレアルと共に過ごした日々を思い出す。捨て子だった自分を広い、侍女として、戦士として育ててくれた恩人。父や祖父のようでもあり、教師や教官のようでもあった。撫でてくれた手の感触や、本を読んでくれた優しい声などが脳裏をよぎれば、自然と涙が溢れてるく。
ライオネルは狂気の瞳で笑った。ナスハに背を向け、コートをはためかせる。
「悔しけりゃ、第一世界まで追って来いよ。それができるんなら、だけどな」
「ま、待ちなさい!」
制止なの意味はなく、彼はまた上空へと消えていった。城に向かうでもなく、戦闘を行うでもない。そんなライオネルの思考や行動理念を理解できず、下唇を強く噛んだ。
だが、ここで立ち止まるわけにもいかなかった。
自分にはやらねばならないことがあるのだと自分を叱咤する。
一度大きく深呼吸をした時、エミリオから通信が入った。アイリスを倒したが、エミリオ自身も行動不能だということだ。
通信を終えて兵に指示を出す。エミリオとアイリスを回収するのは自分の役目だと、全身を強化して走りだす。
クオリアに通信を入れ、ライオネルの存在を知らせる。気をつけるように、無理に戦わないようにと釘を差した。クオリアは「わかったわ」と、残念そうに小さく言った。
草原を超えて森の中に入った。倒れている兵の横を疾駆しながら、もう一度グレアルのことを思い出す。
「グレアル様、どうか、安らかに」
そう一言つぶやいて、流れてくる涙を拭った。




