表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ダルカンシェル編】 クロスオーバー:白き厄災 
PR
45/162

七話〈クロスオーバー:エミリオ=ランゼルフ〉

 エミリオが兵を連れて森の中を駆けてゆく。将になるほどの統率力はないが、アイリスの周辺にいる一般兵の相手をしてもらう必要があった。


 白き厄災の弟でありながら才能に恵まれず、それでも姉を尊敬し続けた。脳天気であり、周囲の影響からやさぐれた部分もある。それでも、彼は姉のことが好きだった。


 彼は知っている。


 姉がなぜ自分勝手に振るまい、内乱解決にも積極的でない理由を。


【世界は理不尽ね。貴方をこんな風に変えてしまった】


 泣きそうな顔でそう言ったことを、いまだに覚えていた。


 一般兵士の波をくぐり抜け、アイリスの前で立ち止まる。


 身長は高く、体つきも艶かしい。ウェーブが強くかかった黄色く長い髪の毛と、前髪から覗く切れ長の隻眼。口元には笑みを浮かべる。


「ははっ、まさか弟が来るとは思わなかった」


 鞭を地面に叩きつけたあとで彼女はそう言った。


「俺じゃ役不足だと思うかい、アイリスの姉御」


 十二領帝と三嶽神は、交流がある間柄だった。


 前者は軍部の中でトップクラスの戦闘力を持つ武将で、後者は世界を見つめる観測者である。公式な場で顔を合わせることもあり、一部の者たちはその垣根を超えて交流することも少なくない。


 クオリアは社交辞令など気にしなかったために交流は少なかった。が、エミリオが代わりに社交場に出て、十二領帝と知り合うきっかけになる。


 アイリスとは性格が似ていた部分もあり、姉御と言って慕うようにもなった。


「クオリアだと絶対勝てないけど、アンタじゃあちょっとな」

「最後に姉御と手合わせしたのはいつだったっけな。けど、そんときよりは強くなってると思うぜ?」

「一応弟分なんだ、ガッカリさせんなよ?」

「おうよ!」


 そうは言うが相手は自分よりも格上。突進するのではなく後退するところから始まった。


 地面の一部を軟化させてから手でちぎる。アイリスに向かって投げる歳には祠導術で魔法力を強化した。


 高速で投げられた土塊は簡単に避けられ、逆にいくつもの鞭で四肢を絡め取られてしまう。


 その鞭はアイリスが持つものではない。空中に突如現れた空気の鞭だった。


「【空を漂う触手(ハイダーハンダー)】を忘れてたとは言わせない!」


 一歩で接近され、腹部に強烈な蹴りをもらってしまった。このまま追撃されたら、短期間で勝負が決したことだろう。


「戻って、来い」


 なにかの気配を感じたのか、すぐさまエミリオから離れていく。今までアイリスがいた場所に向かい、どこからか土塊が飛んできた。


 二人の距離はまた遠くなる。


 投げた土塊を引き寄せて、アイリスに場を支配させないようにするというのが目的だった。


 彼女の能力特性を把握していたからこそ、自分が有利に立ちまわるためにどうしたらいいか。それを考え続けた結果だった。


 物質に触れてから一時間以内ならば、その物質を自分へと引き寄せることができる。しばらくの間ならば効果は続く。しかし、経験上二十個以上の物質は操作できない。祠導術を使役する対照を見分けなければ、自分の首を締めてしまうことも理解していた。


 二人の実力差は明白で、それは二人の顔にも表れている。顔をしかめるエミリオと、楽しそうに笑うアイリスではそもそもの格が違うのだ。


 彼が彼女に勝つためになにをする必要があるのか。


 彼女の慢心を突くだけでは勝てない。それだけでは、実力差を覆すほどの火力を生み出すことができない。


 ただ強大な魔導術を叩き込むだけでも勝てない。実力差があるということは、回避と防御にも優れているということ。


 大事なのは【第一世界にいたころにはなかった力を使い、彼女の想定を上回ること】に集約されていた。


「使えるモノは全て使う!」


 ナイフを取り出し、全力で自身の身体を強化。空中に現れる鞭を器用に避けながらアイリスへと接近する。


 彼女が持つ鞭に振り払われ、それでも尚肉薄することを諦めなかった。


 上体を低く保ったまま、地面を這うように向かっていく。何度はたき落とされても、何度宙を飛んでも気にすることなく身体を動かし続けた。


 そして、鞭の動きを予測するまでに至る。


 たった一度。


 鞭という武器は、腕の動きを先端に伝えるまでに時間がある。アイリスがどう動けば鞭がそうしなるのか。それずっと見続けてきた。


 攻撃の嵐をかいくぐり、ついに一メートルまで近づいた。


「甘い」


 アゴの先端を蹴り上げられ、一際大きくのけぞった。結局、エミリオは彼女の服に触ることしかできなかった。


「グッ……」


 蹴り飛ばされ、しかし地面に背中をつけることはない。【空を漂う触手】によって空中に貼り付けさせられた。


 立ち位置は最初と真逆。エミリオがアンジェイル城に背を向ける形になる。


「よくやったと褒めてやりたいくらいだよ。一瞬で終わるだろうって最初は思ってたもの」

「でも勝てなきゃ意味がない。それは姉御が俺に教えてくれたことじゃん」

「そうだったな。まあ、勝てない戦いなんてありふれてるんだよ」


 一歩二歩と歩み寄る。


 エミリオは目を閉じ、その歩数を数えていた。


 五歩、六歩。


 九歩、十歩。


 それが十五歩に到達した時、エミリオは大きく瞼を開けた。


「来いよ」


 エミリオがそう言った瞬間、トスッと乾いた音が聞こえた。


「は?」


 胸に広がっていく赤い染みに、アイリスは恐る恐る手を当てた。


 そこには、背後から突き刺さる銀閃が輝いていた。彼女の手は赤く染まり、軍服も湿り始める。


「もう、いっちょ」


 アイリスの身体がエミリオに引き寄せられる。それだけでなく【空を漂う触手】を振りきって、行動が可能になっていた。


 近づく彼女の腹部に、握った拳をねじ込んだ。


「ぶっとべえええええええええええええ!」


 自身の拳が砕けても、体内の魔法力が枯渇しても、この攻撃だけは手を抜けなかった。


 肘を伸ばし、全ての魔法力を注ぎ込んだ。


 地面から数センチの高さを保ったまま、彼女の身体は飛んで行く。


 虚ろな瞳でそれを見ながら、エミリオは膝をついた。大きく息を吐いてから、壁を乗り越えたのだという実感を飲み込んだ。


 何かが何かにぶつかるような大きな物音を聞いて、木にでもぶつかったのだろうとエミリオは思った。


「おいナスハ、聞こえるか?」

『ええ、こちらは至って平穏です。進捗はどうなっていますか?』

「アイリスは倒した、と思う。けど俺はもう動けないから、彼女を回収して欲しいんだ」

『なるほど、わかりました。すぐに行きますので待っていてください』

「おう、頼むぜ」


 そこまで言い終わると、身体の重さに耐え切れずに胸から倒れ込む。地面に接触した瞬間「ぐふっ」という声が漏れるが、今はそれを気にしている余裕はない。


 戦闘前に用意していたのは、一本のナイフを木の枝に括りつけたこと。プランなど、最初から一つしか用意されていなかった。


 位置取りを逆にし、その間にアイリスに触れることが条件になる。が、自分にそれができるのかはわからなかった。


 思考の外からナイフを高速で引き寄せてアイリスに当てる。今度はアイリスを引き寄せて最大火力で攻撃する。


 そこまではよかった。


 問題なのは、戦闘に使えないだろうと思われた能力の使いドコロだった。


 非戦闘系能力の一つに「空気中の成分をほんの少し変える」というのもがある。ただし、酸素の割合を極端に増やして毒として使ったりということはできなかった。割合の変化は数万分の一程度しか操作できないからだった。


 この戦いにおいて鍵を握っていたのは、エミリオがアイリスの能力を把握していたこと。【空を漂う触手】を使いこなすのに練習が必要だった、という彼女の言葉を覚えていた。その理由は、空気が含む物質の割合で使い勝手が異なるというものだった。


 ほんの少し。魔法力を含む全ての含有物の割合をズラすことで【空を漂う触手】の能力を弱めたのだ。


 こうやって、また姉に近づいた。まだまだ遠く、おそらくは人生の全てを賭しても追いつけないであろう姉の背中。それでも彼は彼女を追いかける。


 夢の中で、その背中が小さく見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ