三話
ナスハはPDを取り出し、それを操作しながら話し始めた。
「ここからアンジェイル王国までは四百キロほど離れています。アンジェイルの王宮まではそこから二百キロ。ダルカンシェルの人々であれば時間もかかるでしょうが、ミュレストライアの住人である私たちであればそう時間はかからないでしょう」
「王宮に行けば十二領帝と戦えますの?」
「いえ、魔法力の反応を見る限り十二領帝は二人ですね。もう一人はキュクリオにて攻撃側に回っているようです」
「そうなの、ならばキュクリオから攻めましょうか。エミリオとナスハは見ていてもらって結構ですよ」
「そんな勝手な。アンジェイルはどうするんですか」
「大丈夫よ、十二領帝一人なら数分で片付けられますし。その後でも充分間に合います」
微笑むクオリアを見て、ナスハは大きなため息をついた。
「シャハール王にはなんと言うつもりですか?」
「なんとでもなりますわ。それに、しっかりと仕事をこなせばいいだけの話でしょう? ちゃーんと、ミュレストライアからの進撃は止めてみせるわ」
「もう、なにを言っても無理そうですね」
「心配しないでナスハ。白き厄災はスーベリアットの味方よ」
もうなにも言えないと、ナスハは手のひらを額に押し当てた。
三人で行動することにはなったが、基本的な戦闘はクオリア一人で行う。【先導者の威厳】で召喚した魔獣を敵の雑兵に割り当て、十二領帝のみ相手をするという話になった。その間残りの二人は手があくので、当然魔獣たちと一緒にミュレストライア兵と戦うことになる。
ダルカンシェルの地形は三つの大陸からなる。下部に位置するマスカード、その右上にキュクリオ。マスカードの左上、キュクリオの真左にアンジェイルが存在している。地図上で見れば逆三角形を形成し、各国はほぼ同じくらいの距離がある。
まず海を渡り、キュクリオを襲撃している軍隊を消滅させる。ミュレストライア兵を率いているであろう十二領帝第二位ターナー=ケイネスを倒して、すぐさまアンジェイルへと向かう。
作戦などという崇高なものでないことくらいクオリアにもわかっていた。
しかし、作戦とは相手に勝つために必要であるから行うもの。クオリアはただの力押しでも関係なく、立ちふさがる者を問答無用で屠れるのだ。
白いドレスを身にまとい、いかなる阻害も許さない。
周囲の物質を消し去り、その行動は不可測で移り気。
人々からは自然現象、通り魔などと畏怖されていた。
彼女の名はクオリア=ランゼルフ。第一世界最強に位置する三嶽神の一人であり、厄災と呼ばれた女性である。
ナスハはシャハールに呼ばれてもう一度謁見の間に向かい、姉弟二人が部屋に残された。
ベッドに座ったクオリアは、木造のイスを指さした。
「エミリオ、貴方に少し訊きたいことがあるの」
頭を掻きながら渋々といった様子で座るエミリオ。力関係は歴然で、現にエミリオは一度もクオリアに逆らったことはない。
「訊きたいことってなに?」
「貴方が【捕食者の特権】で得た能力を教えて欲しいの。ナスハは大我様の部下だから知っているかもしれないけど、私はまだ知らないのよ」
「いいけど、大した能力じゃねーぞ?」
「構わないわ。いざという時に知らなかったじゃ手遅れになる」
「そうだなあ、持ってる祠徒は十三体。戦闘で使えるのは五体くらいなもんだよ。音をその場に固定させるもの、魔導術を発する時に出力を上げるもの、両手で相手に触ると心が読めるもの、物質の硬度を柔らかくするもの、触った物質を時間制限付きで引き寄せるものなんかかな」
「音を固定ってどういうことかしら?」
「例えば手を叩いた音を魔導術で強化、それを地雷として空中に置いておくんだ。音は相手まで届かず、固定した場所に来て初めてその音が聞こえる。でも魔導術で音を増幅させているから、物凄い大音量で急に手を叩いた音がするってな感じ」
「詳しい説明ありがとう。他の能力はなんとなくわかるからいいけど、戦闘に使えなさそうな能力はどんなものがあるの?」
「嗅覚を強くしたり、服用した薬の成分を増やしたり、一時的に電子部品の代替をしたり、色素をちょっと調整したり」
「色素を調整するって、例えば私の髪の毛を黒くしたりもできるの?」
「俺や姉ちゃんの髪の毛は真っ白だから無理だな。まったく黒い要素がない場所に黒を出現させることは不可能なんだよ。できなくはないだろうけど、真っ黒にするには長時間能力を行使しなきゃいけないと思う」
「一応非戦闘用の祠導術も全部教わっておこうかしら」
「わかった。けど、俺が食った能力なんて大したことねーぞ?」
そこで、クオリアの視線が冷たくなる。視線を合わせたエミリオは静かに息を飲む。
「私はね、貴方のことは弟だと思ってる。けど、無用な殺人をはたらいた罪に関しては赦していない。貴方が殺し、祠徒を奪った者達には未来があった。なにも知らずに死んでいった。その力を貴方は使っているの。それを理解しなさい」
「あ、ああ。わかったよ。もう言わない」
「そう、それならいいのよ」
途端に雰囲気が柔らかくなる。クオリアの激昂がどれだけ怖いかを知っているのか、エミリオがついたため息は大きかった。
久しぶりにした姉弟の会話だが、その全てが戦闘についてのものだった。
元々二人共血の気が多いため、昔からこのようなやりとりが多かったのは事実。まんざらでもないという表情のエミリオを見て、クオリアは思わず微笑んでいた。




