二話
もう一度レガールに指を当て少女の回収を要請した。
「バイバイ、メロディア」
レガールの抑制機能が元に戻る前に、周囲の敵を一掃した。剣を抜くまでもなく、手を振るうだけで魔獣たちは散っていく。その様を見ながら、彼女はまた笑っていた。
第八支部に戻ったクオリアは、大我に言われるまま地下に連れていかれた。
地下の一室には巨大な装置があり、その装置の前には人間一人が入れるようなポッドが複数設置されていた。
「入れ」
「入るのは構わないのですが、これはなんですの?」
「異世界に行く装置だ。お前は元々第一世界の人間だから、擬似物質転送にも耐性がある」
「擬似物質転送?」
「知らなくてもいいことだ。ちなみにコイツらも連れていってもらう」
背後のドアから、二つの足音が聞こえた。クオリアが振り向くと、そこには見知った顔と初めて見る顔の二つが並んでいた。
「あら、貴方も来たのね」
そう言われた彼は、歯を見せてニカッと笑う。
「おう、刑期を縮めてくれるっていうからさ。また姉ちゃんと一緒に戦えるんだな」
パトリオットに倒されたエミリオ=ランゼルフだった。エミリオもまた、クオリアと同じ首輪を付けていた。
自分が殺人を犯し檻に入っていたとは思えないほどに明るく、反省の色もまったく見えない。大我の顔も優れず、不本意であるというのが誰の目にも明らかなほどだった。
「貴女はだあれ?」
エミリオの横に立つ女性の顔を見てそう言う。顔立ちはキツネのようで、目は開いているかもわからないほどに細い。長身でスマートな体つきでスーツを着こなし、スカートではなくスラックスを穿いていた。前髪が切りそろえられ、もみあげから後頭部に向かって切り上がっているショートボブといった感じである。
「大我様、彼女は?」
「俺の部下、元第一世界の住人だ」
「あらあら、大我様にはそんな子飼いがいらっしゃるのですね。確か第一世界からの召喚は禁忌のはずでは?」
「俺が召喚したわけじゃない。世の中にはな、それでも第一世界から召喚する奴は山ほどいる。その中でもナスハは優秀だったから引き取った。今は第三世界の住人だよ。戸籍も与えた」
「ナスハさんと言うのですね。クオリア=ランゼルフです、どうぞよろしく」
クオリアが出した手を、ナスハはそっと握る。
「ナスハ=キューリットです。ナスハと呼び捨てで構いません。白き厄災、貴女のことは存じております。まさかこのような形で同伴することになろうとは思ってもみませんでしたが、なにとぞよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ。私のことも呼び捨てで結構ですわ。まあ、ナスハは私のお目付け役として見ていてくれるだけでいいと思いますが」
挨拶としての握手が終わり、クオリアはまた大我へと向き直った。
「それで、これからどうするんですの?」
「お前たち三人には第二世界ダルカンシェルに行ってもらう。そこで世界を救って来い。ちなみに、十二領帝が三人いると思われる」
その言葉を聞き、彼女の口角が上がった。
「これはこれは、嬉しい限りですね。十二領帝の生死は私が決めてもよろしいんですのね?」
「構わんよ。一番大事なのはダルカンシェルを守ることだ」
「わかりました。その命、謹んでお受けいたしましょう」
スカートの両端を指先で持ち上げ、優雅に一礼した。
三人は大我に言われるまま、各々用意されたポッドに入った。
室内が暗くなるのと同時に大我に説明を受けた。
クオリアが目をとじると、徐々に身体の芯が熱を持ち始める。そして一気に意識が飛び、虹色の空間を抜け、強烈な光の中に飲まれていった。
次に目を開けた時、そこはどこかの宮殿だった。石造りの広い部屋、壊れかけた鎧や武器などが散乱する物置のような場所。身体を少し動かしただけで埃が舞い、頭上にある窓から差し込む光でキラキラと輝く。
「エミリオ、ナスハ」
クオリアがそう呼ぶと「ん?」という気だるげな声と「はい」という凛々しい声が返ってきた。
スカートを叩いて埃を払う。が、スカートは短くなっていた。
上半身はひらひらとしたキャミソール、下半身は膝よりも少し短いキュロットとタイツと、その全てが白で統一されていた。
いつもある位置に髪の毛がなく、クオリアは頭を触った。一度一つに束ね、それを二つ折りにして後頭部に配置された髪型。これも全て大我の趣味なのか、などと彼女は考えていた。
エミリオを見れば、パーカー姿から軽鎧姿に変わっていた。灰色のシャツの上から胸当てをし、くすんだ青色のズボンを穿いている。手や足にも金属製の防具をしているのだが武器は一切見られない
ナスハは上着を脱いだだけのようにしか見えず、ブラウスにスラックスという服装だった。
「貴女はなにも変わってないのね」
「いいえ、ブラウスもスラックスも素材が変わっていますね。肌触りが少々違います。おそらくですが、こちらの世界にある素材に変化しているのかと」
「なるほど。で、これからどうしたらいいのでしょう」
アゴに指を当て、上方に位置する窓に目を移した。その時、大我からの通信が入る。
『聞いているか』
「あら、大我様ではありませんか。どうなさいましたか?」
『これからの指示を伝えようと思ってな。そこはダルカンシェルにあるマスカード王国の王宮だ。マスカードの国王であるシャハール王には話をつけてある。その倉庫から出ると兵士が待っているはずだ』
「兵士の方に連れて行ってもらえばいいんですのね。わかりました」
エミリオとナスハに「行きましょうか」と言い、クオリアは倉庫を出た。
ドアの外では、甲冑を身にまとう兵士がいた。薄い鉄板で作られた、いかにも一般兵士用の鎧である。
その兵士に連れられて、左側に直進して大広間に出る。大広間にはいくつもの通路や階段が見える。中央にある二本の階段の片方をのぼり、二階正面のドアを抜けた。三人が謁見の間に入ると、正面壁際に王と思われる人物が座っていた。
部屋の中央までいき三人は跪く。
「お前たちがタイガの言っていた者たちだな」
そう言われ、三人は同時に顔をあげる。
「はい、クオリア=ランゼルフと申します。こちらが弟のエミリオ、こちらがお目付け役のナスハです」
「話は聞いている。ダルカンシェルを救う力を持つらしいな」
「やってみなければわかりませんが、間違いなく戦力にはなると思いますよ。ミュレストライアから来ている十二領帝くらいならば何人相手にしても問題ありませんし」
「それは心強い。すぐに兵を率いて進軍してもらいたいのだが引き受けてくれるか?」
「ええもちろん。ですが、まずはこの世界の状況をご説明願えますか?」
「うむ、それもそうだな。ダルカンシェルは三大陸ごとに一つの国がある。このマスカード王国、女王クルーナが統べるアンジェイル、サルバン王が統べるキュクリオの三国だ。三つ巴ではあるが、戦争は数百年前に終結している。今はそこそこに友好な関係を築いていたのだが数日前よりその関係が崩れ、アンジェイルがマスカードとキュクリオに攻め込んできているのが現状だ」
「たかだか一国なのですよね? それならばキュクリオと結託してて潰すことも可能では?」
「アンジェイルは第一世界ミュレストライアに侵されているのだ。実際、アンジェイルを統括しているのはクルーナではない。おそらくだが、アンジェイルの民を人質に取られ、そうせざるを得ない状況なのではないかと思っている」
「信じておられるのですね」
「これでも友好関係を継続していくことに、三国は協力的だったのだ。簡単に裏切るとは考えにくい」
「では、基本的にはシャハール王の意見を尊重するという形でいきましょう。それを基礎にしてアンジェイルに攻め込みます」
「攻め込むと言っても、こちらも守りで手一杯だ。すぐに兵を出すことなどできないぞ?」
「問題はありませんよ、私たちは三人で充分ですから。特に私の能力は兵を作り出すのに等しい。それに、私の主な目的は十二領帝を手に掛けることですので」
シャハールはイスに深く腰掛けた。床の一点を見つめ、思考を巡らせているようだった。
「本当にできるのか?」
「ええ、マスカードは防御に兵を使ってくれれば大丈夫ですよ。攻めるのは私たちの役目だと思いますし。確かにダルカンシェルは魔法力の濃度が高い。けれど、第一世界で慣らしたミュレストライア兵と対等に渡り合うのは厳しいでしょう。スーベリアットでは祠導術を行使できても、主がいないこの世界では祠徒としての能力を持ちませんし」
「クオリア殿がそう言うのであれば、攻撃面はそちらに任せよう。しかし、できるだけ被害は抑えて欲しい。アンジェイルにも民衆はいて、全てを滅ぼしてしまっては再建できなくなってしまう」
「わかっていますわ。十二領帝を屠り、計画を破綻させることが最大の目的です。キュクリオにもそういう伝令を出してもらえますか?」
「了解した」
近くの大臣を呼びつけたシャハールは、キュクリオへの伝令を出すようにと伝えた。
「今日はゆっくりと休んでくれ。部屋は案内させよう」
「それはそれは、お言葉に甘えさせていただきますわ」
兵士の「こちらへ」という言葉を聞いて立ち上がった。
「それではまた後程」
謁見の間をあとにし、クオリアたちは四階へと連れていかれた。クオリアとナスハが同室でエミリオだけが個室だった。
部屋を割り振られてすぐに、三人はクオリアの部屋へと集まる。ナスハがこの世界についての説明をすると言ったからだ。




