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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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四話

 教師に言われた部屋の前に到着。ネームプレートにも俺の名前が入っていた。祠徒の三人も空気を読んだのか、いつの間にかいなくなっていた。


 一応ノックを四回すると、中から「どうぞ」と言われた。俺の部屋だが、最初くらいはちゃんとやっておくべきだろう。


 それにしても今の声、どこかで聞き覚えがあるような気がする。


 部屋に入ると、長髪の男子がお茶を飲んでいた。顔立ちは中性的で――。


「ってアンタかよ」

「やあ、縁君。奇遇だね」

「仕組んだのか?」

「グウゼンさ」

「はいはい、そういうことにしとくよ」


 部屋の右側半分に段ボールが一つ。右が俺の領域、左側が彼の領域ってことなんだろう。


「ちゃんとした自己紹介がまだだったね。僕は四年生の綾部尽(あやべじん)。一応この学校の副生徒会長だ。呼び捨てでいいよ」


 一応、差し出された手を握った。


 挨拶は済ませたし、早々に荷ほどきを始めよう。


 洋服や身の回りの小物など、その程度しか持ってきていない。

当然のことながら荷ほどきはすぐに終わった。荷ほどきというほどのことはなく、ダンボールを開けて中の物を出すだけだ。


「湯浴みはまだなんだろう? 僕が案内しようか?」

「いらん。学校も寮も、必要な場所は頭に入れてきた」


 学校の説明を受けた時に地図をもらっていた。詳細も聞かされていたし、タオルやソープの類も貸してくれるらしい。


「それは残念だ。一緒に入ろうと思っていたのに」

「もう風呂には入ったんだろ?」


 窓際に干してあるバスタオルがその証拠だ。


「目ざといね」

「性格だ」


 俺はそう言ってから部屋を出た。


 自分のことを面白い人間だとは思っていない。肩書も捨てたし、才能だってない。それなにのなぜ話しかけてくるんだ。


 俺はお前らに、なにもしてやれないんだぞ。


 首を左右に振り、そんな考えを払拭した。妙な自己憐憫(じこれんびん)とともにやってくる憤怒(ふんぬ)。誰に対しての気持ちかと言われれば、こんなことを考えてしまう自分に対してだろう。


 そのむしゃくしゃした気持ちは、風呂に入っても上がっても、消えることはなかった。


 部屋に戻れば、尽はベッドの中にいた。


「こいつ……」


 穏やかな寝顔がだことで。


「エニシとは噛み合わないね」


 尽の寝顔を覗き見て、ルキナスがそう言った。


「勝手に出てくるなとあれほど言っただろう」

「エニシ、寝る?」


 パンドラが俺の肩に乗ってきた。肩車のような形になる。目端に映る白い脚の感触はシルクのようになめらかだ。肌触りが気持ちいい。


「まあ寝るが」

「出てこなきゃ、エニシと一緒に眠れないだろ?」


 俺の腕を胸元に引き寄せたのは、一番スタイルがいいと思われるリュノアだった。


「アタシたちは三人とも、エニシと一緒に寝たいんだよ!」


 歯を見せながら、爽やかに笑うルキナス。パンドラは「ふわっ」とあくびをし、リュノアは俺の頬を撫でてくる。


 俺の祠徒たちは、本当に勝手すぎる。


 一度パンドラを振り落とし、リュノアの腕も振りほどく。


 仕方ないと諦めてベッドに潜り込むと、三人も無理矢理入ってきた。セミダブルベッドに三人はさすがにキツイぞ。


「今日はパンドラの番なの」

「左側はアタシね」


 右腕をパンドラに、左腕をルキナスに、俺の腕は彼女たちの胸に抱かれた。パンドラは発展途上だが、ルキナスの胸は結構大きい。俺だって年頃だ、少しくらいは気になる。一人余ったリュノアは、パンドラをぬいぐるみのように抱きしめていた。


「ほれほれ」


 ルキナスは胸を押し付けてくるが、これもいつも通りだ。


「やめんか、寝ろ」


 頬を膨らませるルキナスを放って、俺は目を閉じた。


 今日はあんなことをしてしまった。明日学校でなにを言われるかわかったもんじゃない。できれば余計な面倒は起こしたくなかったというのに……。


 いや、今は考えないようにしよう。


 そうして、心地の良い微睡みに身を任せた。






 俺は一人、教室で昼飯を食べていた。しかしここは――。


「なあ知ってるか? あのエルアートってやつ、マジで魔導師としてはへなちょこらしいぜ?」


「えー? それなのに、テレビであんなにふんぞり返ってるの? 確かに祠徒をたくさん持ってるっていうのはすごいけど、目付きといい言葉遣いといい、あんまりいい感じじゃないよね」


 弁当の中身を胃に押し込みながら、そんな会話が耳に飛び込んできた。


 仲の良い男子と女子混合グループの会話だった。


「天才ってさ、みんなあんなんなのかな」


 数人の視線を感じて、そちらに顔を向けた。


「お高く止まって、人を見下して。そうやって生きてる人種なんでしょ?」

「そういやいたよな、うちのクラスにも。元天才の変人くんが」


 クスクスという嘲笑は、クラス全体に広がる。見て見ぬふり、聞いて聞かぬふりをすればいいのに、思わず反応してしまう。そして、一人の男子と目があった。


「なんだよ。なんか文句あんのかよ安瀬神」


 この学校で、俺を縁と呼ぶ人間はいない。ファーストネームで俺を呼ぶほど親しい者はいないのだ。それどころか、この学校の生徒は皆、俺に対して敵意しか向けてこない。理由は各々によって違うだろうか、俺が自分で蒔いた種でもある。他人を寄せ付けず、一人で生きていこうと決めたのだから。


「なんとか言ってみろよ! このペテン師野郎!」


 その男子が俺の胸ぐらを掴み、その後も罵詈雑言を浴びせてきた。教室にいる人間全てが、その意見に同調しているかのような、そんな空気が漂っていた。


 なんでそうなったのかわからない。だが、大衆の心理とはとても簡単なものだ。大きな煽りは弱者を食らう。丸呑みにして、どんどんと膨らんでいくのだ。際限ない食欲を持った魔物のようだ。


 人の心は弱く脆く、簡単に腐食してしまうものだ。腐ってしまうからこそ、早めに飲み込まれてしまう。


 教室中が俺を追いだそうとしているのを、肌で感じてしまった。


「――好きでこうなったわけじゃない」

「なんだって? 大声で言ってみろよ!」

「うるせーんだよ、ちょっと黙ってろ」


 まず腹を殴ってやった。くぐもった声で痛がってたみたいだが、俺には関係ない。


 前のめりになった身体を、思い切り蹴っ飛ばしてやる。


「こういうことがしたかったんだろ? なにも知らないクソガキのくせに、他人の中傷だけは一丁前かよ」


 倒れたそいつの腹をもう一回蹴る。それを見ていた教室中の男子が跳びかかってきた。それも一人じゃない、何人もだ。


 そっとしといてくれれば、それでよかったんだ。


「やってやるよ……」


 片っ端から、立ってるやつは殴り倒した。寝てるやつには蹴りをくれてやった。


 そうやって、教室中に赤い斑点が増えた頃、ようやく我に帰った。教師数名に取り押さえられるが、抵抗するつもりもない。


 息も切れてないし、疲れもない。


 ただ残ったのは「やってしまった」という気持ちだけだった。






「嫌な夢を見たな……」


 最初から最後まで、夢の中でリプレイしてしまった。目が覚めた後も、気持ちの整理が上手くできない。起き上がっても、朝食を摂っても、その気持は晴れなかった。


 ただでさえ虫の居所が悪いっていうのに、こういう時は悪いことが重なるものだ。


 昨日寝る前に想像した通り、登校時から注目を集めてしまう。自分の部屋を出てから教室に着くまで、周りの人間は俺を見る度に小声で話す。俺はひそひそと話されるのが嫌いなんだよ。天才でなくなってから、俺はああいうのが煩わしくて仕方がない。


 天才でなくなってから、他人のひそひそ話は俺への誹謗中傷しかない。


 ホームルーム中も、腹の虫は収まらない。しかしここで爆発させるわけにもいかず、カチカチとシャーペンの芯に怒りをぶつけ続けた。


 イライラはしているが、一応教師の話は聞いておく。


 アランをあしらい、エルアに付きまとわれながらも午前中の授業が終わった。お昼休みになって、また授業が始まって。そうして放課後になった。近付こうとするヤツを睨んでおいたから、きっとこの先も大丈夫だろう。


 俺は帰宅しようとカバンを持ち上げた。


「待て待て」


 肩を掴まれた。しかもこの角度は下から。俺の肩を掴んだそれは小さく、そこまで力は強くないらしい。


「座敷わらしか……!」

「んなわけないでしょ!」


 振り向くと、銀髪の座敷わらし、もといエルアが仁王立ちしていた。


「なにか用か?」

「今日はこれから生徒会があるの。それから夜の見回りよ」

「見回りはいいが生徒会はゴメンだな。どうせたくさんの人が来るんだろう?」

「それでも生徒会に入った以上はやるの。さあ行くわよ」


 手を取られ、身体を引っ張られた。思い切り引っ張ったのか、俺の身体がつんのめってしまう。


 それにしても、本当に小さな手だな。冷たくて、指だってやたらと細い。ちゃんと食べているのかと、そう問い詰めたくなるほどに。俺の身体を引っ張ったのだって、勢いあってのことだ。本来ならば腕力だってそんなにないと思われる。


「よっしゃ! 俺たちも行くぜ!」

「私もいるぞーっと」


 アランと結も後ろからついてくる。俺はやれやれと、左手で額を押さえた。きっとこの先、俺たちは四人で行動することが多くなる。こんなテンションでうろつかれるなんて考えたら、本当に頭が痛くなってしまう。


 生徒会室に入ると、既に大勢の生徒が集まっていた。昨日はなかった円形のテーブル、それに座るのは腕章をした生徒たち。テーブルを避けるように、生徒会室にはパイプ椅子が並べられている。腕章をしてない者は、整列されたパイプ椅子に座っていた。『生徒会』や『風紀委員』と書かれた腕章をしているのは役員たち、ということなんだろうな。


「それでは会議を始める。今日はジャックザリッパー事件の続きだが――」


 尽の挨拶から始まり、会議はつつがなく進行していく。回されてきた資料を一枚手に取り、残りをエルアに渡す。俺が話を聞いていなくても、どうせ真面目なエルアあたりが後で説明してくれるだろう。けれど、特にやることもないので聞いておくか。


 件の『ジャックザリッパー事件』の被害は総数で見た場合、北地区は五件、南地区は六件、西地区は四件、東地区は八件。殺人まで発展した事件は北地区が一件、南地区が二件、西地区が一件、東地区が一件。傷害として見た場合は東地区が、殺人として見た場合は北地区が多い。


 殺害された生徒たちは、大きな切り傷によって心臓を切り裂かれて絶命したと、資料には書かれていた。肩から太ももにかけての大きな裂傷。それ以外には外傷はないようだ。

気になったのは、死亡者は導印がないという点だった。


 導印は導術を使うため、身体のどこかに印が浮かび上がっている。先天的なものであり、後天的に発生ことはない。導印を消すような導術もあり、それを商売にしている者もいる。しかし、一度失ってしまえば、元に戻すことは不可能である。


 この世界と異世界とを繋ぐ門であり、導術師が生まれながらにして持つもの。逆に言えば、生まれた際に導印がなければ導術師にはなれないということ。この導印を通して術を使用する。魔導術も祠導術も、それは一緒だ。

会議が終わりへと向かい始めた時、一人の役員が手を上げた。赤い髪の毛は耳を隠し、青い瞳は人形のようだった。


「どうしたランディ」


 凛とした清の声が生徒会室に響いた。


「ジャックザリッパー事件はいいとして、生徒会は新しく人を入れたそうだな」


 ああ、これは俺のことだろうな。口ぶりからして、なにか気に食わないことがあるんだろうな。


「それがなにか? 君は風紀委員で、生徒会の人事については関係ないだろう?」

「生徒会の人事は年度末で終わっているはずだ」

「そんなことが気にならないほどに、私が欲したんだ。急な人事異動だって教師から任されている。生徒会長の重要な仕事だよ」

「力を振るうだけの野蛮人、の間違いだろう?」


 ランディと呼ばれた男子生徒は、口元だけを動かしてニヤリと笑った。そしてそれを見た清は、眉間にシワを寄せた。


「あー、悪いんだがその辺にしてもらえるか」


 ここで、口を挟まずにはいられなかった。


 昨日の感じだと、清ならば上手くやるだろう。しかし俺のことならば、俺が解決するのが筋というものだ。


 面倒事はゴメンだと言ってはいるが、自分の気持ちには嘘はつけない。だから俺は自分のことが嫌いなんだよ。


「お前か、昨日入った転校生とやらは」

「ああそうだよ。文句があるなら、直接俺に言えばいい。会長を困らせる前にな」


 ランディのこの目、なにを考えてるのか読み取れないな。先ほどもそうだが、口は笑っているのに目は一切笑っていない。


「どこの馬の骨ともわからん輩、この生徒会にはふさわしくないと思った。だから発言したまでだ」

「そうかい? 俺はアンタみたいな『気に入らなかったら噛み付いてやる』ってスタンスの奴が風紀委員って方が問題だと思うがね」

「貴様……」


 表情が変わったな。コイツは挑発のしがいがある。


「やめなさい縁。それにランディ先輩も、ここは収めてください」


 仲裁に入ってきたのは清……ではなく尽だった。生徒会長様は今にも「いいぞもっとやれ!」と言わんばかりに目を輝かせている。体育会系だな、間違いなく。


「わかった。一応副生徒会長だしな、従うよ」


 騒ぎを大きくしてもいいことはないだろう。俺とランディはほぼ同時に着席するも、彼の視線をまだ感じていた。


 それは、会議が終わってからもずっとだった。

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