三話
「君が、安瀬神縁か」
スカートを翻し、こちらを振り向いた。
コツコツとリズミカルに歩みを進め、手を伸ばせば届く距離まで近付いた。
鼻筋が通っており、吊り目だがとても美人だと思う。妙に大人っぽく見え、目元にある泣きぼくろがそれを増長させていた。しかし、それ以上に目を引くものがある。右目を眼帯で隠しているのだ。生まれた時からなのか、事故にでもあったのか。少しだけ考えてから、面倒になってやめた。考えても意味がないし、興味もない。
ただ、腰に携えた刀だけは気になった。
「ああ、俺が安瀬神縁だ」
「私は波佐間清。生徒会長をしている。よろしくな」
俺は差し出された手を握る。手自体も大きいとは言えず、指も細い。しかし手の平には凹凸がたくさんあり、決して綺麗な手とは言えない。それ故に短い時間の中であっても、この人のことを尊敬してしまった。
「長時間刀を握り、自身を研鑽し続けてきた手だな」
「ありがとう。称賛されるのは、やはり気恥ずかしくも嬉しいものだな」
そう言って清はニカっと笑った。尽とは正反対に、彼女の笑顔は剛毅で、釣り上がった眉からは気高さを感じる。
「君をここに呼んだのには理由がある」
「それなら早く済ませてくれ。保健室で一眠りしようかと思ってるんだ」
「そうかそうか、では早速本題に入ろう。最近この辺で起きている通り魔事件を知っているかな?」
サボる件についてはなにも言ってこない。案外生徒会というのもユルい組織なのだろうか、などと勘繰ってしまう。
「いやまったく。転校してきたばっかりだからな」
「ならば説明しよう。二週間くらい前に殺人事件が起きた。警察は通り魔の犯行であると結論づけたようだ。ここの生徒ばかりが狙われ、私たちは犯人の名を『ジャックザリッパー』と呼んでいる。死亡者は五人で、それ以外の軽傷者は十人以上だ。全員が同じような切り傷を付けられていた。恐らく風系の魔導術、真空波のようなものだと我々は推測する」
「そのジャックザリッパーがどうしたんだ? もしかして俺に捕まえろって言うんじゃないだろうな?」
「よくわかったな。ご褒美に生徒会に入れてあげよう」
「入らねーよ。それに犯人捜しなんて警察にやらせとけばいいだろうが」
「知ってるとは思うが、警察官で導術師という人は少ない。導術師は基本的に軍事管轄に入るから、警察官になる人間はごく一部だ。特にこの辺の警察は弱い。導術をほとんど使えない上、持っているのは下級の対導術兵装のみ。こんな警察に任せておけると思うか?」
「任せておけるとか任せておけないとかいう問題じゃない。奴らには権力があり、許可を有している。俺たちはそれを持っていないだろう」
「それがそうでもなくてね、全国的に見ても魔導学校に警備なんかを依頼している警察は多い。そしてこの学校では、生徒会と風紀委員がそれを行う。どちらかに属している人間は、レガールの力を五割まで緩和できる。危険に足を突っ込んでいるのだから、当然学校側の内申もよくなるし、ちゃんと給料も出る。美味しい話だと思うだろう?」
「バカ言うなよ。命を犠牲にして内申上げても意味なんてない」
俺が睨め付けてみせると、彼女の口端が釣り上がった。
「――君がこの学校に来たのは、前の学校で不和を生んだからだ。居づらくなったんだろう? 今回もそうなりたいのか?」
「脅すつもりか? 生徒会長が聞いて呆れるな」
「どうしても欲しい人材なんだよ」
表情はどうあれ清の真摯な瞳は、きっと嘘など吐いていない。それに自分のことくらいわかっている。どうせまた面倒事を自分から引っ張ってくるんだ。俺が行動することでどうなるかはわかっているはずなのに、身体が勝手に動くことも、昔から多かった。
「もしも俺が生徒会に入ったら、本当に内申がよくなるのか?」
「当然」
「デカイ騒動を起こしても、後ろ盾になってくれるのか」
「度合いによるが、大体はなんとかできる」
「なら、入る意味もあるな」
「そこまで確認するということは、さては殺人犯が怖いのか?」
「わけないだろ」
「そういうと思った。すぐに生徒会認定証を作らせる」
会話が一段落したと見ていいのだろう。清はPDでなにやら操作していた。PDのことをケータイ、携帯電話と呼ぶ人もいる。
「私は君のことを縁と呼ぶ。君は好きに呼んでもらってかまわない。それと、生徒会役員も風紀委員も二人一組で行動してもらう」
「その感じだと、俺のパートナーはもう決まってるみたいだな」
その時、生徒会室を誰かがノックした。尽が「どうぞ」とそれを迎え入れ、ドアが開いた。
「お呼びですか、会長」
生徒会室に入ってきたのは、さっき俺と戦ったエルアート=ファランドだった。傷の手当はしたようだが、包帯や絆創膏などが目につく。よく平気な顔で活動できるなと、素直に関心した。
「来たなエルアート。今日から君のパートナーになる縁だ。仲良くやってくれ」
歯を見せて笑う姿は、清の性格を象徴していた。
俺を見るエルアの瞳は、殺意と憎悪に染まって……いなかった。これは予想外だ。俺もいつまでも怒っているわけでもないし、少しだけ頭に血が登っただけだ。もしかすると、エルアもそうなのかもしれない。
「さっきは、ごめんなさい」
そして謝られた。
目を閉じた後で深々と腰を曲げる。仕方なく謝っている風でもない。コイツは律儀で、誠実なんだと思う。クソがつくほどに真面目なんだ。
「いや、こっちこそ。少し頭に血が上った」
そんな奴に礼儀を返さないほど、俺は子供ではない。それに、後で謝罪しづらくなるよりはいい。
「二人とも根は良い子だからね。これで仲良しだ」
尽が無理矢理、俺たちの手を握らせた。確かに関係は良くなったかもしれないが、さすがにやめて欲しい。
「君たちのクラスにいるアランと結もパートナー同士の風紀委員だ。わからないことがあったら訊くといい」
「はいこれ。僕と会長とエルア、それにアランと結のデバイスナンバーね」
尽に一枚のデジタルカードを渡された。他人のナンバーを勝手に貰ってもいいのかと疑問に思う部分もあるが、一応受け取った。デジタルカードをPDに差し込めば、カードは一瞬で空気に溶けた。その代わりに、俺のPDには五人のアドレスが登録される。
「早速だけど、明日から深夜の警邏を任せたい。午後七時から十二時まで、一時間ごとに西地区を見回ること」
「おいおい、学生なんだからもっと早く寝かせろよ」
「これも仕事だと思え。さっきも言ったと思うが、ちゃんと給料も出る」
無茶苦茶な学校に来てしまった。まあ、後悔したところでどうなるものでもない。ここは受け止めていくしかないだろう。
ここでチャイムが鳴った。早くもお昼になってしまったようだ。
「残念だったな、おサボりはおあずけのようだ。エルアートは縁のことを頼んだぞ」
「はい、会長」
清の言葉に対してため息を吐きつつ、俺たちは生徒会室を出た。なぜエルアまでため息を吐いているんだ。
俺が歩き出すと、足音がもう一つついてくる。そして、横に並んだ。
「お昼はどうするの?」
隣のエルアが、下から睨んでくる。
「購買でテキトーに買って食う。それよりも睨むなよ。さっきは悪かったと思ってる」
「元々目つきが悪いのよ。それともバカにしてるの?」
「なるほど。テレビに出ている時も威嚇してるわけじゃなかったんだな」
「なんでわざわざ威嚇しなきゃいけないよ、バカにしてる?」
「なんだ、無理矢理キャラ付けしようとしなくていいぞ? お前は見た目だけでも十分インパクトがある」
「い、いやわざとじゃないんだけど……」
「小声で言うな、ちょっと悲しくなるだろ」
目付きは悪いし、変な所でプライドが高い。そのくせ妙に自分の位置づけを気にしたがるなんて、どうも掴みどころがないな。
「それで、お昼はどうするの」
「食堂には行きたくないし、教室も弁当組が多そうだ。屋上にでも行くさ」
「場所はわかるの?」
「学校の構造は頭に入ってる」
なんで俺の昼飯なんかを詮索してくるんだ。と、考えていても仕方ない。
「じゃあ私もそうするわ」
俺は耳を疑った。
双方謝ったとは言え、あんなことの後だ。それに昼を一緒に食べるような仲になった覚えなんてない。
前の学校では、いつも一人で昼食を摂っていた。だからわかる。学校で一緒に昼飯を食べるというのは、仲がいい証拠なのだ。それが上っ面だけだとしても。
「なによその顔。言いたいことがあったら言えばいいじゃない」
「いや、いきなり昼飯はおかしいだろ」
「ええ、たしかにそうね」
「認めたな。じゃあもうこの話は終わりだ」
「あー! 違う違う! 認めてないわ!」
顔を真っ赤にして、キーキーとうるさいな。小柄なのも相俟ってか、本当に猿みたいだ。
どうでもいいと、エルアから顔を背けて歩き出そうとした。が、腕を引っ張られてそれができない。
「なんなんだよ」
「私はアナタを任されたの。それに不本意だけどパートナーだから、アナタのことを知る必要がある」
「所詮上辺だけの関係じゃないか」
「上辺だけじゃない。夜の警邏もそうだけど、凶悪犯と戦闘にでもなってみなさい。せっかくのツーマンセルでも、バラバラに動いてたら話にならないわ」
喚いていたかと思えば、今度は鋭い眼光を放つ。
「わかった。好きにしてくれ」
「ええ、そうするわ」
それから、俺たちは一緒に昼食を摂った。会話など一切なく、淡々と食事を胃に詰め込むという作業。それはエルアも同じだった。しかし気まずいといった表情は特に見せないあたりに芯の太さが見える。
何事も無く授業は進行したが、やはりアランを追い払う術を身につけなければと思わされる一日だった。
放課後になってもまた、あの銀髪が俺の元へとやってきた。
「お前、そんなに俺のことが好きなのか? 悪いが、俺はロリコンじゃないんだ。すまないな。いや、ホントすまない」
「誰が幼女か! これでもアナタと同い年よ!」
「てっきり飛び級組かと」
「アナタ、知ってて言ってるでしょ」
彼女は「はぁ」と一息。しかし俺は、ゆったりとした動作でエルアの前に拳を突き出した。
「ゆっくりと親指を突き立てないで」
まさにその通りだと理解してもらえたようだ。
「思った以上に饒舌なのね」
ふとそんなことを言われ、口元を押さえた。ここ数年間、人と長時間会話をすることなんてなかったからだ。それは両親も含む。
「別に、話をするのは嫌いじゃない」
「ホームルームであんなことを言っておいて? そのせいでみんな怖がってる」
「いいんだよ、あれで。一人や二人ならまだいい。だけど三人四人と人数が増えれば、問題に巻き込まれたりすることもあるだろう。俺のことは避けて欲しいし、俺は人を避けて生きたいんだ」
俺はなんでコイツにこんな話をしているんだ。
席を立ち、後ろ側の出入口へと向かった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
これで、いいんだ。
ドアを開け、廊下に一歩踏み出した時、エルアとは別の声が俺の名を呼んだ。
「エーニシ! 俺と遊ぼうぜ!」
アランだ。他のクラスメイトはあんなにもよそよそしくしてくれてるのに、なんでコイツはこうも気安いんだ。
そもそもよそよそしくしてくれてるってなんだ。
「タニシみたいな言い方するなよ」
「それはお前の名前そのものに文句を言えよ。俺は知らん」
なんでこんなに絡んで来ようとするのか。なにがしたいのか理解ができず、俺は思考停止しそうになる。
「なあアラン、俺は最初に言ったよな? 干渉されたくないんだよ。話す気もないし群れる気もない。遊ぶ気だって当然ない。朝の自己紹介で読み取れよ」
「確かにな、オマエは近寄りがたいし、なんかブラックなヒストリーくらいはあるんだろうと思う。しかし、オレがオマエと遊びたいんだから仕方ないんだよ」
「お前、新しいPDとか出るとすぐ機種変更したがるタイプだろ」
このポータブルデバイスというのは、たくさんの機種が季節ごとに出る。それこそキャリアごとに何台と出るので、全部合わせるとワンシーズンで数十台にも及ぶ。
「なんでわかったの? すげーなオマエ!」
「それは俺と遊びたいんじゃなく、ただの新しい物好きって言うんだ。そんなやつのために労力を使うなんてごめんだ」
これ以上付き合っていられない。
アランを無視し、彼の脇をすり抜けていく。
「じゃあ明日あそぼーなー!」
完全に人の話を聞いていない。
けれどどうしてだろうか。どうしてこんなにも笑いがこみ上げてしまうのか。バレてはいないだろうけど、間違いなく俺は笑っている。
「さ、寮まで一緒に帰りましょうか」
「小さいから気付かなかった」
いつの間にか、エルアが隣にいた。テレビにも出て、しかも美少女。どこにいてもわかるほどに輝かしい銀髪を持っている。なのにどうしてこう、存在感に欠けるきらいがあるな。背が小さいとかそういうことじゃないと思う。
「キャラが地味なんだな」
「なにか言った?」
「気のせいだ」
ちょうどいいところに頭があるせいか、自然と手を伸ばしそうになった。
眉をひそめて訝る彼女から視線を外し、俺はその手を引っ込める。
帰り際、なんだが妙に騒がしかった。それに突き刺さる視線が痛い。おそらくは合同訓練の件が広まったのと、隣にいる銀髪のせいだろう。
俺たちは特に会話もなく、ただただ足を進め、学生寮に向かった。時折エルアがこちらを見て、口を開き、閉じてはまた前を見る、という動作を繰り返していた。
まあ、なにを言うにせよとどまっているというのはその程度ということだ。
ここの学生寮は校内にある。が、そもそも校内が広く、そこまで歩くのが一苦労だ。
男子寮と女子寮は隣り合っているため、俺たちは入り口まで行かずに別れた。しかも「じゃあ」「ええ」というやりとりのみ。初日にしては一番長く一緒にいたというのに、特に進展は……あると言えばあったか。
「ねえ、これでいいの?」
寮の入り口には誰もいなかった。それを見計らってか、ルキナスが話しかけてきた。
「おい、勝手に出てくるなよ」
こいつらはいつもそうだ。勝手に出てきてしまう。祠徒というのは本来ならば、主人の命令なしには出てはこられない。が、俺は祠徒がこちらに出てくる入り口が緩いらしい。まさにガバガバである。
「エニシはぶっきらぼうというか、人と上手く接することができないんだよ」
ルキナスの次はリュノア。
「エニシ、子供みたい」
それにパンドラも出てきてしまった。ルキナスも合わせて、この三人は大体セットで出てくる。一応もう一人いるんだが、あいつはこういうやりとには加わった試しがなかった。
導術師が使役できる祠徒は、導術師全体を平均して四体程度。つまり俺は平均ど真ん中だ。中には十体以上師徒を扱えるらしいが、それは才能と言わざるを得ない。
そう、あのエルアート=ファランドがその一人だ。
祠徒を使役するのには法的に正規の手続きがいる。それに契約時の召喚をするには、キチンとした魔法円陣が書ける者が必要だ。召喚に成功したあとも、正規の手順を踏んで国に申請し、ランク付けをする。つまり個人の祠徒であっても、国にデータとして提供し管理されている。国に認められなければ、不法召喚として罰せられてしまう。最良でも十年の禁固刑だったか。最悪の場合は死刑というのだから、申請しないというのが相当のリスクだとわかる。
俺が持つ祠徒最後の一人、その名をクラリットと言う。八歳の頃にクラリットと契約したが、十三歳になるまで、他の祠徒を召喚できなかった。その人間がどれだけの祠徒と契約できるのかは、そういう能力を持つ者に見てもらえばわかる。だが、いつどんな祠徒を召喚できるようになるのかは未知数なのだ。
クラリットは第五世界『マクランディ』から召喚した。金髪に縦ロール、目鼻立ちがハッキリしていてとても美人だ。口調も相俟って、上品なお嬢様といっても差し支えない。しかしその姿を見る機会はあまりなかった。
「学生寮は二人で一部屋なんだ。これからは勝手に出てくるなよ」
男子寮に行くのは初めてだ。昨日実家を離れ、こっちに着いてすぐに授業を受けた。荷物は届いているだろうが、荷ほどきをしなければ。
「ダイジョーブダイジョーブ! すぐ慣れるって!」
「ルキナスの脳天気な性格、俺はたまに羨ましく思う」
「ルキはおバカなので仕方ないのです」
「おいパンドラ! 今アタシのことバカにしたでしょ!」
「本当のことなのですよ」
ルキナスとパンドラはちぐはぐだが仲が良い。まあ全員仲はいいんだが。パンドラがルキナスをちゃかし、リュノアがそれを止める。それはいつものことだし、俺は一切口を出さないようにしていた。




