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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【マクランディ編】
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七話

「ニヤニヤしてんじゃねーよ!」


 先ほどの繰り返し。放たれる剣撃を受け止め、流し、避けるだけ。


「なんで攻撃してこねーんだよ!」


 激高しているようには見えるが、攻撃はまったく乱れていなかった。


 彼は確かに速い。けれど、攻撃に転じられないかと言われればそういうわけではない。


「こうでもしないと時間を稼げないだろ?」

「んだと……!」


 そろそろかと、今度は僕が彼の剣を押し返す。


「ようやくこの身体に慣れてきたんだ。やられてるばっかりじゃ癪に障る」


 一気にギアを上げ、素早く下段から切り上げた。


 僕の剣撃を柄でさばき、無理矢理攻守を入れ替えようとするトラビス。しかし身体を捻って躱し、十手で脇腹を強打した。


 いくら強化していようとも関係ない。防御力が上か、攻撃力が上か、ただそれだけの話だ。


 彼は息が詰まったように「かっ」と漏らしてから後退した。


「悪いね。逃がすわけにはいかないんだよ」


 剣を頭上から振り下ろしつつ接近する。その攻撃は叩き落とされてしまうが、先ほどよりも彼の速度は落ちている。


 移動速度を更に上げて、太ももを十手で打ち付けた。トラビスの背後に回ってすぐに急停止、折り返して背中を切りつけた。


「この野郎!」


 振り向きざまに剣をなぎ払うトラビスだったが、そんな攻撃ではもう戦いにはならない。それでも彼は膝をつくことなく、震える足で立っていた。


「隠してやがったのか」

「そういうわけじゃない。こっちにもこっちの事情ってのがあるんだよ」


 トラビスは切っ先をこちらに向けるが、斬りつけるだけの気力は残っていないようだ。


「せめて戦士として負けてもらうよ」


 地面を踏みしめ、光速で移動する。その際に右手を振り抜き胴体を殴った。


 十数メートル先で停止しても彼に背を向けたままだが、背後から地面に崩れ落ちる音がした。祠導術を使われる前に倒せてよかった。


 彼に近付くと、白目を向いたままうつ伏せで気を失っている。一応ここを統率していた奴は倒した。けれど、それは一応という言葉で片付けられてしまうほどの瑣末な事柄。


「なあ、見てたんだろ」


 それはトラビスに対して言ったわけではない。今の戦闘を影から見ていた人間に言ったのだ。


「聞こえてるんだろ! こっちは全部わかってるんだ! なあ、大司祭ギュレンダ=ショーク!」


 炎の向こうから、のそりのそりと歩いてくる白い司祭服。微笑みを湛えたまま、パチパチと拍手をしながら、さも当然のように歩みを進める。


 当然であるはずがないのに。ここにいてはいけないはずなのに。


「いやあ、トラビスがこうも簡単に倒されるとは誤算だったな。いつから、気付いていたんだ?」


 ふてぶてしい。僕の中で黒い感情がグズグズと湧き上がってきた。


「最初からだよ」

「最初から、か。さすが大我のセガレ、頭の回転がいいのかな」

「頭は関係ないさ。第一世界から第五世界への移動はゲートを通じて行われた。そこまではいいとしても、進行速度が早過ぎるんだよ。一般兵は魔導術が得意なわけじゃなさそうだし、逆にそうでなければあの山岳地帯を簡単には超えられない」

「四日もあれば、不慣れな土地でもなんとかなると思うが?」

「それにしても準備が良すぎる。土地を把握していても一日以上かかるんだぞ? 瞬間移動のような祠導術を使ったりすることも考えたけど、それならば「いきなり現れた」という情報が必要になってくる。迷うことなくゲートを占領した準備が良すぎる敵、ちょうどその場にいなかった大司祭、異様な進行速度の早さ。確かにこれだけじゃ不安だったよ。アナタだけじゃなく、アナタの近くにいるリズリナのような人にも疑惑が出てくる。だからこちらもまた別の方法を取らせてもらった」

「別の、方法だと?」


 ズボンのポケットからPDを取り出した。


「直前だったけど、エピスコポスに使者を置いてきた。僕のヴォモス突入を確認したエルアが協力者に連絡をし、それからアナタがどう動くかで協力者やエルアたちの動きが変わるように作戦を作っておいたんだ。もしもアナタが消えた場合は協力者から、アナタがずっとエピスコポスに残るようなら協力者からエルアに連絡が行き、エルアを通して僕に連絡が来る」

「馬鹿な、もしも私が行動を起こさなければどうしたというんだ」

「別にそれはそれで構わないんじゃないか? その時は僕がこのヴォモスを取り返すだけだ。でもアナタは僕の力を目の当たりにして不安になった。違うか?」


 少しずつ笑顔が崩れ、眉間には僅かにシワが寄る。


「父さんから得ていた情報よりもずっと、アナタが思っていたよりもずっと強かったんだろ? 会議の時にしか顔を合わせず、第一世界の侵略者とやりとりをしていたんじゃないのか?」

「どうしてそう言える」

「アナタは、僕の祠徒のことを父さんから聞いたか?」

「いや、祠徒のことに関しては聞いていない。せいぜい銀髪の少女のことくらいだ」

「だろうな、だからこそ初めて会った時にもエルアのことにしか触れなかった。つまり、僕の最後の祠徒であるシンドラについてはなにも知らない。僕はエピスコポスに違和感を感じてからずっとシンドラのことを伏せてきた。それは、シンドラを諜報役として使いたかったからだ。ヴォモスは上階に上がるのに電子機器などでの認証がない。七階に上がるのに苦労はしなかったみたいだよ」

「しかし七階にはリズリナもいるし、衛兵だって立たせていた」

「リズリナさんに内部を案内させたのはアナタだ。それに、誰かが衛兵を誘導して、その間にアナタの部屋に入ったとしたら? 衛兵だってずっとそこに立っているわけにはいかない。二、三人いたとしても死角は必ずできる」

「貴様……!」

「うちの銀髪美少女はね、二十二体の祠徒を使えるんだよ。姿は消せなくても、気配や自分が出す音を消したりする祠徒くらいはいるさ」


 僕がそう言うと、ギュレンダは顔を伏せた。


「クックックッ……アーッハッハッハッ!」


 しかし、次の瞬間にギュレンダは大口を開けて急に笑っていた。


「なにがおかしい」

「私がミュレストライアと繋がっていたところでなんだと言うのだ。もう遅いんだよ。ミュレストライア兵が外へ外へと兵力を拡大させている。この世界は私の物だ。キミはこの世界の住人全てが人質に取られても行動を続けるのか? なあ、正義のヒーロー」


 思わず笑いがこみ上げてきて、今度は僕が高笑いをする番だった。


「それは外側で待機しているエピスコポス兵が負けること前提なんだろ? そう簡単にいくかな?」

「それは、どういうことだ」

「アナタがそれを知るのは全てが終わった後だ。僕みたいな小童にやられて苦渋を舐めるといいさ。今まで圧力をかけられてきた、この世界の住民のためにもね」


 剣の切っ先をギュレンダに向ける。僕はこの世界にきてあまり時間は経っていない。町並みを見ることもなかったし、民衆がどういう生活をしているのもわからない。けれど、あの会議室で感じた違和感。兵士たちの気さくな態度からいろいろと推測した。


 会議室で誰もギュレンダに意見をしなかったのは、意見がなかったわけではないのだ。今まで意見することが許されなかった。ただそれだけなんだ。一般兵士が、司祭長や将軍のいないところでだけフランクなのは、そういう命令をされていたから。幹部連中が食事中などに話をしなかったのも、きっとギュレンダに言われたからだ。


「僕はアナタを許さない」

「許さなかったらなんだと言うのだ! 世界を相手に、お前一人でなにができる!」

「独りで戦場を駆ける者など存在しない。争いとは独りでするものじゃないからだ。目に見えなくても、そこに居なくても、僕の背中を後押ししてくれる人はいっぱいいる。裏で動いてくれて、それが本命だってこともあるんだよ」


 左腕を引き、身体の重心を下げた。


 が、そこで動けなくなった。


「わかっていない。お前はなにもわかっていないんだよ」


 炎が燃え盛る音と、廊下を進んでくる甲高い靴音がやけに大きく聞こえていた


「私がなんの策もなしに出てくると思ったか? 馬鹿者め、勝算があるから出てきたのだ。そこに気がつかないとは、やはりただの子供だな」


 侮蔑と卑下が混じった笑い顔。笑っているのに、僕には醜悪が張り付いているように見えた。


 重そうな身体を揺らしながら、彼はこちらへと歩いてくる。


「確か同じような祠導術を持った者が、第三世界にも送られていたな。あの男はザークと言ったか。まああの男の能力など比較にならんがな」


 確かエレメンタルセブンの白石光理が宿していた第一世界からの祠徒だ。

「奴の能力は、触れた者の電気信号を操るというものだったはず。脳からの信号を操作し自由を奪うという能力だ。しかし私は違う。と視線が合う者を完全に止める能力だ。しかも視線を合わせている間ではなく、ある程度なら時間を操作できる。複数人にはきかないが、お前という異分子を排除するには好都合な能力だ」


 ギュレンダは僕の横を通り過ぎ、トラビスへと向かっていく。


 見えないところでカランという音が聞こえた。そのままカラカラと、なにかを引きずる音がして、僕の背後で止まった。


「さらばだ、若き正義の味方よ」


 覚悟を決めたくても瞼を閉じられない。いや、まだ決めたくはないんだけど。


 額から頬を伝って流れる汗が落ちた。が、背中に怪我を負うよりも先に身体が自由になった。


 距離を取って振り返ると、そこにはエルアが立っていた。ギュレンダはと言えば、白目を剥いて地面に寝ていた。

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