五話
朝の日差しが瞼を刺激し、僕は目を覚ます。右腕に重圧を感じて視線を向けると、そこには制服姿の女子が寝ていた。
彼女は気持ちよさそうに「むにゃむにゃ」と、口を動かしながらこちらに寝返りをうった。
整った顔立ちの銀髪少女エルアートだった。
そっと腕を抜き、あぐらをかいて考えた。
どうして自分が彼女と一緒に寝ていたのか。どうしてこうなったと言わざるをえないこの状況だ、それも当然だろう。
彼女の顔をもう一度見る。若干締りのないその寝顔は非常に幸せそうで、それでいて彼女の美しさは損なわれていない。口端から垂れるよだれもまた魅力なのでは。
「な、なにを考えてるんだ僕は」
頬をパシンと叩き、思考を入れ替える。一応今日も実技考査があるため学校には行かなければいけない。
「おい、エルアート起きてくれ。エルアート」
エルアートの肩を揺らしながら、そう声をかけてみる。二度、三度目は身じろぎをするだけだったが、揺らした回数が二桁を超えたところでようやく目を覚ました。
「あれ? なんで縁が……?」
上半身を起こし、エルアートは目元を拭った。
「ほら、昨日僕を慰めてくれて、そのまま寝ちゃったんだよ」
「あー、なるほど」
寝ぼけ眼で返事をする彼女だが、この状況にはあまり驚いてはいなかった。覚えているせいか「うんうん」と確認するように頷いていた。
「け、結構冷静だね」
「まあ全部覚えてるからね。アナタが寝ている間に会長には伝えておいたけど、詳しい話は学校についてから自分でしなさいよ?」
「うん、ありがとう」
時刻は六時を過ぎたところなので、エルアは一度自室へと戻った。僕も風呂に入り、新しい制服に腕を通す。思ったよりも外傷は少なく、少量の治癒系魔導術だけでなんとかなりそうだ。
左肩と脇腹と右太ももが強く痛む。折れてはいないだろうけど検査は必要なくらい。
しかし今は魔導術でごまかしながら動くしかない。
学校に行くと、変形した校舎が目に入った。立入禁止という看板と、警察が作ったであろう障壁が張られていた。
僕は教室ではなく、屋上に向かった。
屋上のドアを開けると、黒く長い髪の毛をはためかせた清がいた。学校に来る前、僕がここに来て欲しいと連絡を入れたのだ。
「こんなところに呼び出して、もしかして告白のつもりか?」
「わかってるんだろ? 僕は正真正銘の安瀬神縁で、パットは第一世界に帰った。あの変形した校舎や、第一世界、第五世界の現状もさわりだけでも理解してるはずだ」
「まあ、ね」
「結論から言えばエレメンタルセブンは敵だ。今すぐにでも捕まえるべきだと思う。けど証拠なんてないだろうし、データはいろいろと捏造されてる」
「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「エレメンタルセブンを倒す。彼らの中に、人間をキューブ状にしたヤツを従えてる生徒がいる。おそらくだけど、エレメンタルセブンが勝負を挑んできたのは、この第三世界スーベリアットを強襲する狼煙にするつもりだと思う」
「だから? その前にエレメンタルセブンを殺すか?」
「一対一で、彼らを一人ずつ倒す。弱ったところで国際防衛機関に連行して調べてもらう」
「もし一対一で戦ったとしても、お前もエレメンタルセブンも第一世界からの召喚がバレれば大問題だぞ」
「その点は問題ない。協力者が学校側に根回ししてくれてるから。まあ、その人に全部指示されてるんだ。防衛機関もこの街には来てるから、万が一の時は守ってくれるはずだ」
「協力者、だって?」
「ああ。根回しをしてくれたのは、国際防衛機関だから、技術的にも信用してくれていい。観客と選手を隔てる障壁には別の映像、改ざんした映像を流すように細工してもらえることになった」
「そんなコネを持っていたとは、お前ってつくづくすごいヤツだな」
「まあ、ね」
昨日の電話を思い出し、僕の気持ちは落ち込んでいく。
殺人は阻止できるし、第一世界からの侵攻も遅くできるだろう。けれど、デメリットがないわけじゃなかった。
それを今言うのも躊躇われるため、僕はそこで口をつぐんだ。
清は小さくため息を吐き、やれやれと頭を掻いた。
「私たちでは駄目なんだな」
「彼らはレガールを無効化するからね。同じことができる僕じゃないと、多分勝負にならないと思う」
「二回戦からエレメンタルセブンと当たるのか?」
「ああ」
「そうか」
清が歩き出し、僕の横を通り過ぎる。
「がんばれよ」
と一言残し、彼女は屋上から出て行く。
僕は自分の手のひらを見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
誰と当たっても地獄であることは目に見えている。連戦だから、一人ひとりと全力で戦うわけにもいかない。祠徒の使用も、魔導術の行使も考えながらでないと後が続かないだろう。
空を見上げれば、雲ひとつない空が広がっていた。
この心もこれくらい晴れてくれればよかったのにと、そんなことを考えてしまった。
二回戦を前にして、昨日かかってきた電話の内容を思い出していた。
第一世界ミュレストライアからの侵攻を一般人には知られたくない。そのため秘密裏に処理したいとのこと。そうでなければ軍隊でも押しかけて七人を拿捕すればいいのだから。
僕は便利屋ではないとは、さすがに言えなかった。それだけ信用たる人物と認められている証拠だと自分に言い聞かせた。
教師が作った結界の中に入ると、そこにはすでに対戦相手の女生徒が待っていた。
「二年、白石光理」
「はい」
「三年、安瀬神縁」
「――はい」
対戦相手の光理は、あの光速で攻撃してきた少女。鼻が高く、目が大きい。美人ではあるが、そのすました表情からは感情がまったく読み取れなかった。
「それでは、始め!」
今日から僕の試合だけは特定の教師がレフェリーを務めることになっている。国際防衛機関の息がかかった教師であることは明白だった。
僕と彼女の試合は機関が作った特殊な魔導術によって、結界を通した場合映像が差し替えられる。僕らの体型や筋力を算出し、内容を勝手に作り上げてくれるというスグレモノ。らしい。
「昨日はどうも。世話になったね」
「いえ、逆に仕留められなくて残念に思っていましたよ」
「顔に似合わずエグいね。でも、もうやらせるつもりはないから」
シンドラを呼び出し【深淵礼装】を発動させた。その後で【魔導の錫杖】を使う。深淵礼装はレガールの抑制能力を逆転させるため、他の祠導術のクールタイムさえも短縮する効果がある。彼には感謝して感謝しきれないくらいだ。
目の前から光理が消えた。
でも、攻撃をもらことはない。
直線的な拳を受け止め、思いきり捻り上げた。
「ああああああああああああああああああああ!」
バキバキという骨が砕けるイヤな音が響く。捻り上げるというよりも、腕が一周するほどに回したのだ。
彼女は腕を抑えてうずくまるが、僕は躊躇なくその身体を蹴りあげた。
魔導術なしならば、これが人体かと疑いたくなるほどの速度で光理が飛んでいく。
結界に身体を打ち付けた彼女が地面に落ちた。健気にもまた立ち上がろうとするが、身体の痛みが邪魔をするのだろう。足が震えて直立することさえもできないでいた。
「キミが僕に勝っているのは光を扱うことだけだ。それも、こちらが無理をすれば解決する。キミが動くのと同じ速度で動けばいいだけなんだから」
魔導の錫杖を使うことで魔導は勝手に供給される。いつもより頑丈に強化できるので、光速で動くことも不可能ではない。不可能ではないが、長時間使えるわけでも、複数回使えるわけでもなかった。
言ってしまえば、数ある彼女の攻撃に一回でも合わせられれば僕の勝ち。そういう簡単な試合だった。
彼女は昨日の戦闘によって、僕の魔導力を見誤った。付け入る隙は絶対にあると確信していたからこそ踏み切れた戦法だった。
「これで終わりだと思わないでください……!」
彼女の身体から黒い靄が湧いてきた。
時間が経つにつれて人の形をとり、その靄が地面に降り立つ。僕よりも明らかに年上で、あごひげを生やした中年男性だった。肩幅は広く胸板も厚い。おまけに身長も高いものだから、対峙しただけで威圧されているような気分になった。
「こんにちわ、異端の少年。俺の名前はザークだ、よろしく頼む」
「悪いけど、よろしくして欲しいとは微塵も思ってないんだ」
彼の能力がわかるまでは迂闊に手は出せない。けれど戦わなければ前に進めない。試合ごとの制限時間は二十分と決められているため、長引かせるわけにはいかないのだ。
左足に力を込め、一気に解き放つ。一撃で仕留めるつもりで殴りかかった。
「おっと」
そんな余裕を見せながら、僕に手のひらを向けた。
勢いが完全に消され、僕の身体は突撃体勢のまま固まった。まるで宙に浮いているような、それでいていくら力を込めても前に進めない。身体を動かすという行為そのものが不可能だった。
導術を発動することもできず、彼を見ていることしかできなかった。
「俺の能力は【収縮する信号】と言ってな、動きを止めることができるんだ」
大きな体躯に似つかわしくない、静かな動きで僕に近づいてくる。そして、目測一メートルのところで足を止めた。
「俺たちがなぜ、スーベリアットに主人を設けなければいけないのか。それは単体火力が低いからなんだよ。だから主人と共に戦うことを想定している」
「言ってもいいのか、そんな大事なこと」
「いずれわかることさ。わかったところで意味はないがね」
ザークが指を鳴らすと、空中には光の針が出現した。針というほど小さいわけではなく、長めの杭という方が正しいだろう。その先は僕を狙い、今すぐにでも飛んできそうだった。
「死にはしないから安心したまえ」
彼が手首を返し、手を振り下ろした。
何本もの光の針が僕の身体を貫く。音もなく物凄い速度で放たれ、為す術なく受け入れるしかなかった。
体中に走る痛み。光が点滅するように、目の前がチカチカする。気を失わないようにするだけで手一杯だった。
「君は俺たちと一緒に来るんだ」
腕を掴まれて身体が宙に浮く。
「天才と呼ばれた少年が、いい姿になったじゃないか」
「これからアナタもそうなる運命だ」
ニヤリと、ザークに笑顔を向けてやった。
急いで僕の腕を離すザーク。僕に向けて手をかざすが、そんなことをしてももう遅い。
身体は若干鈍いけれど、これくらいならばなんとかなる。
光速で接近し、彼の前で身体を沈めた。
「なぜ俺の能力がきかない!」
「さあね」
全ての魔導力を右手に集中。僕の拳は、ただ彼の身体をめがけて飛んで行く。
亜光速で放たれるその一撃がザークの身体を貫通する。
「がはっ……」
「もう少し隠しておきたかったんだけどね」
腕を引き抜くと、彼の身体がゆっくりと倒れこむ。地面に倒れる時の重苦しい音が空気を揺らした。
今の一撃で、僕の右腕も使い物にならなくなった。数々の裂傷に複雑骨折、指はおかしな方向にネジ曲がっていた。
腕の芯からくるズキズキという痛みが僕の思考を支配する。
「ああああああああああああ!」
痛い。この先本当に使い物にならなくなるんじゃないかと思ってしまうほどだ。
奥歯を噛んで痛みに耐えながら、ザークへと視線を向けた。
次第に消えていく彼の身体。それを見下ろしながら自分の甘さを悔いた。
光理は気を失っているのか、結界に寄りかかったまま身じろぎ一つしていない。一応勝った、と言ってもいいのだろう。
「そこまで!」
という教師の声が遠くに聞こえて、僕の膝が崩れ落ちる。
すぐさま誰かに支えられるが、それが誰かすらも認識できなかった。
重くなっていく瞼に抗えずに、僕の意識は途絶した。




