六話〈ビューポイント:アラン=マーキット〉
二回戦以降のトーナメントは、その試合が始まる直前まで誰と誰が戦うのかがわからないようになっていた。それは今年から適応されたルールであり、不満を漏らす生徒たちもいた。
アランもまたルール変更に関して首を傾げた人間の一人だった。
国際防衛機関。それは各国が連携し設立した一つの軍事組織だった。周囲にある別世界と接触するにあたり設けられたものゲートを管理するのと共に、魔導術の使用制限や祠徒召喚についての案件も担当していた。レガールを統括するのもまた国際防衛機関だった。
そんな大きな組織から言伝であるから、学校側も断ることなどできない。もとより星架学園は軍人も多く輩出しているため、国際防衛機関の影響力は絶大と言えた。
縁はその後、一時間ほどで目を覚ました。しかし身体の傷は深く、内蔵も傷ついていた。誰の目にも明らかなほどに重症で、導術での治癒も時間がかかるであろうと思われた。
保健室は施錠され、中には八人の生徒がいた。ベッドに寝ている縁と、そのベッドを取り囲むようにして七人の生徒が立っていた。
エルアート、結、清、尽、善、汐里、そしてアランである。
エレメンタルセブンとの連戦は不可能であると判断された縁は、無理矢理ベッドから降りようとした。だが七人が無理矢理抑えこむ。。
白石光理は担架で運ばれ、そのまま国際軍事機関へと搬送された。が、残りの六人とは戦わなければいけなかった。
落ち込む縁を見て、アランは声をかけられずにいた。本気で落ち込んでいるのがわかったからだ。表情、雰囲気と、あらゆる状況からそれが読み取れる。そんな状況がまたイヤで、声をかけれない自分にもまた嫌気が差していた。
「お前の深淵礼装だが、私たちには使えないのか?」
そう口火を切ったのは清だった。
「できる。そうでなきゃ光理に負けてた」
顔を上げて、縁は弱々しく言った。
「それはどういうことだ?」
「負けそうになったんだ、あの結界の中で。でも事前に光理に触ってたらから、レガールの抑制機能を元に戻したんだ。彼女が元々持っていたレガールじゃなく、僕が持っていたレガールの抑制機能を一時的に割り当てたんだ。だからきっと、他人のレガールの抑制機能だって解除できるはずだ。制限時間は当然あるけどね。それによって祠導力が激減して、僕に祠導術が通らなくなった」
「それならば、深淵礼装を私たちに施せ」
「戦うつもりなのか?」
「それしか方法がない。一応、国際防衛機関の件なんかはここにいる全員が知っているし、お前がパットではなく縁であることも伝えてある。エレメンタルセブンや、今第五世界に起きていることなんかも含めてな」
「これは命のやりとりなんだぞ? 俺はキミたちを巻き込むなんてできない」
「じゃあ世界を終わらせるか? できることをすべてやろうと思ったから、お前は一人でやろうとしたんだろう? だったら私たちも一緒だ。お前のことも知っているんだし、今更だと諦めろ」
今にもイタズラをしそうな、子供っぽい笑みを浮かべて清は言った。
数秒、数分という時間が経ち、縁は諦めたようにため息を吐いた。
「僕のPDはある?」
彼の荷物一式を持ってきていたエルアートは、カバンごと手渡した。
縁はどこかに連絡し「スケジュールの変更を」や「トーナメントを作りなおして欲しい」と言った会話をしてPDを切る。
「一応だけど、相性がいい相手と当たるようにはしてもらった。あとはキミたちに任せる形になってしまうけど」
そう言って縁は顔を伏せた。
「少し早いがエレメンタルセブンと戦うことになった。知ってるヤツもいるだろうが、エレメンタルセブンの七人は皆、祠徒を一体しか持たない。属性を司る祠徒たちだ。が、全員が実技考査で上位に食い込んでくることを忘れるな」
叱咤するような清の声に、その場にいた全ての人間の顔をこわばらせた。が、その空気を変えたのはアランの言葉だった。
「心配すんなよ。俺はアラン=マーキット様だぜ? 今まで隠してきた本当の力を見せる時がきたってもんだ」
親指を自分の胸に突き立て、自信満々に言い放つ。
しかし、内心は不安が渦巻いていた。
クオリアにはまったく歯が立たなかったことを思い出し、今でも自分の不甲斐なさに懊悩する。それでも縁やパトリオットに助けられたというのも事実で、自身を鼓舞する要因になっていた。
「アラン、キミは――」
『次の試合のため、三年アラン=マーキットはすぐにグラウンドまで。繰り返します』
縁が言いかけると、校内放送がそれをかき消した。
「制限時間は?」
アランは躊躇うことなく縁に手を出した。
「わからない、十分くらいは保つだろうけど二十分は保たない。断続的に使えば二十分保つかもしれない、くらいに思って欲しい」
そんなアランの手を握り、彼は深淵礼装を施す。
「オーケーオーケー。まあ、保健室のモニターで見てろよ」
震えそうになる手を握り、アランは出口に向かう。
「アラン!」
縁に呼び止められ、視線だけをベッドに向ける。
「頼んだ」
熱くなってくる目頭。潤んだ瞳を見られたくないため、すぐに前を向いた。
「俺に任せろ」
それだけを残し、駆け足で保健室を出た。それは胸中を知られたくないからでもあり、決意が揺るがないうちに戦いに挑みたかったから。
命を助けられた。でもそれだけじゃない。こうして自分を頼ってくれることが純粋に嬉しかった。
パトリオットのことを友人だと思っているが、縁のことも友人だと思っている。確かに出会って間もないが、一緒にいた時間が全てではないとも考えていた。知らないのならばこれから知っていけばいい。頼って、頼られる関係になれば、相手が天才であろうがなかろうが関係ない。
「次は、俺の番だ」
グラウンドの中央へと走りこみ、アランは教師に頭を下げた。
「それでは五年、青桐水希と三年、アラン=マーキットの試合を始める」
目を閉じて夢想する。
水属性を得意とし、戦闘力で勝てるとは到底思えない。それでもやらねばならない理由があった。
「美人には手を上げたくないんだけどな」
「安瀬神くんの友人なのね。事情は知っているの?」
「当然ですよ。だからこそ負けられないし、俺は青桐先輩に勝ちます」
「それは、楽しみね」
性格が出ているのか、彼女がまとう空気はとても柔らかかった。常に微笑みを浮かべ、誰に対しても態度を崩さない。エレメンタルセブンという場所には似つかわしくなく、第一世界と結託しているともアランには思えなかった。
「それでは、始め!」
教師の声を聞き、すぐさまハミルトンを呼び出した。アクセルを逆側に捻り、全力で後退する。今まで自分がいた位置には、水で作られたと思われる剣が何本も突き立てられていた。
アランが祠徒を召喚するのと同時に、水希もまた本来持っていた祠徒を召喚していた。半透明の女性が傍らに立ち、アランに向かって手を伸ばしていた。
冷たいモノが背筋を伝い、アランは思わず身震いした。
魔導術とは様々な要因が重なって始めて発動するもの。
攻撃系、防御系、補助系など「どういった魔導術なのか」を示す魔導系統。
増減型、解析型、分解型など「どのような効果を持つか」という指向成型。
自然式、生物式、物質式など「どこに対して効果を発揮するのか」という命令術式。
最後に、火属性や水属性といった「どんな性質を持っているのか」という属性分類。
青桐水希という女生徒が得意としているのは解析や補助であり、攻撃などを苦手としているのは全校生徒にも知れている。にも関わらず、ここまで素早く攻撃を仕掛けてきた。それはつまり、苦手であろうがなかろうがアランにとっては脅威であり、純粋な魔導術のぶつかり合いでは勝てないことを意味していた。
反面、攻撃力が低いというのは間違いなく、アランにとっては好都合だった。火力が高い他のエレメンタルセブンでは、ハミルトンのバリアがまったく機能しない可能性が考えられるからだ。
距離を取ったまま視線だけがぶつかり合う。その間もアクセルを開け続け、自分の前に作ったバリアを厚くしていく。
長く戦えば戦う程に不利になる。意識外からの一撃で、動けなくなるまでにしなければいけない。
アランはクオリアとの戦闘で得たものが幾つかある。
生き返るという超常的な能力を持ちならが、命を奪われるという恐怖を味わった。
誰かに助けられなければ生きていかれないという屈辱を知った。
そして、長期戦がどれだけ苦しいのかを学んだ。戦いが長引けば長引くほどに追い詰められ、自分には合わないのだと悟った。
およそ一メートルまでに厚くなったバリアを見て、アランはアクセルを元に戻した。
「俺はさ、青桐先輩みたいに、エレメンタルセブンみたいに器用じゃないし強くもないんだ。短期戦でいかせてもらうぜ」
「勝っても負けても、という意味ね。いいわ、私もそれでいかせてもらう」
水希が腕を水平に上げると、身体から黒い靄が湧いてくる。それは腕の上に集まり、小児の形で固まった。
「行くわよ、メアリー」
メアリーと呼ばれた少女に鋭い眼光向けられた。目眩がして頭を押さえるも、それ以上なにかが変わることはない。どんな祠導術であるかもわからないという怖さが、アランの心を満たしていった。
小さく息を吐き、気持ちを落ち着ける。
「勝負!」
アクセルを全開にして水希へと突撃した。
結界内は決して広くないため、彼女に到達するまで数秒も必要ない。通常のバイクとは違うのでギアを上げる必要もなければ、加速も一瞬で終わる。
しかし、シールドが水希に当たるかというところでアランの視界は黒に染まった。
急いでブレーキをかけて車体をスライドさせるも、動揺によって自分が今どこにいるのかさえもわからなくなる。
距離感がつかめなくなり結界に衝突してしまうが、視界はまだ黒いまま。転ばなかったことだけが幸いだった。
「これが、ソイツの能力ってわけだ」
土煙で咳き込みながらアランはそう言った。
「わかったところで対処法はないと思うわ。それに、ただ目の前が暗くなったわけではない。私はアナタの視界を奪ったの。自分の視点とアナタの視点、二つの視点から状況を把握できる。それが【略奪する複眼】よ」
アランはブレーキを握りながらアクセルを開け、もう一度バリアを作り始める。
「つまり、ソイツ自身は攻撃できないわけだ」
窮地に陥った時に使おうと思っていた。それが今だと、縁に施された【深淵礼装】を発動させる。つま先から頭のてっぺんまで、今まで感じたことがないような魔導力が駆け抜けていった。
そして、アランは暗闇の中で手を伸ばす。
「【束縛する空位】」
開いていた手を強く握った。
祠徒の名はアリアス。それは一ヶ月に一度しか使用できない、アランが持つ三つ目の祠導術だった。クオリア戦の時は使用できなかったが、深淵礼装によって時間を短縮されたことによって使えるようになった。
特定範囲内の全ての物質を空中に固定することができる能力であり、唯一Sランク判定をされた祠導術だった。
アランの身体を、複数の何かが貫いていった。それが水希による攻撃であるというのはわかっている。叫び声を上げそうな程に痛むのも一瞬で、一度意識が飛ぶ。しかし【逆上する八本足】により再度生き返った。
「行くぜハミルトン! オーバロード!」
水希の居場所は当然わからなかった。武道の達人ならば、目を閉じていても気配などで相手の位置を補足できるかもしれない。でもアランにはそんなことはできず、まともな攻撃は不可能に近い。
そんなことは関係ないと言わんばかりにハミルトンは動き出す。銀色だったカラーリングは真っ赤に染まり、その動きは今までとは少し違っていた。
耳が痛むほどのエンジン音は、アランの祠導力を吸い取り、吐き出す音だった。
アランが身を屈めると、アクセルを開けていないのにハミルトンが急加速した。
普段ならば結界にぶつかるのだが、この時ばかりは衝突は起きず、ハミルトンは壁を登り始めた。壁を走り、角に到達してもお構いなしに走り続ける。また床に戻ってきては地面を駆け抜けていく。
走りながら、何度もなんども水の矢に穿たれる。次は心臓を捉えてくれず、ただただ痛いだけだった。
二の腕や太ももが裂る度に叫び声をあげる。その声は、エンジン音にかき消された。
アランがオーバーロードと呼称するこの状態は、いわば暴走状態のようなものだった。ただの暴走状態でなく、障害物などを避けたり飛び越したり、自律走行の意味合いもある。長距離の直線を走る場合以外に使い道はないと思われたが、このような閉鎖空間での使い道を見出した。
「場所がわからないだったら、逃げ場もないくらい走り抜けてやるよ!」
戦略などは微塵もない。ただの力押しでしかなかった。
カッコよくなくてもいい、スマートでなくていい。相手が慢心しているうちに、自分ができることを全てぶつける。
縦横無尽に結界内を走り回っているうちに、ゴリッという音がアランの耳に届いた。水気を含んだ物体を轢いたような、そんな音にも聞こえる。
徐々に視界が晴れてきたのを確認し、ハミルトンのオーバーロードを解除した。
地面には虫の息で、仰向けで寝転がる水希の姿があった。目は閉じられているが、上下する胸部を見てアランは安堵した。
ハミルトンから降りて彼女の元へと歩いていく。
彼女がゆっくりと瞼を開ける。呼吸音は弱々しく、ヒューヒューとどこかに空気が漏れているような音がした。
意識が朦朧としているのか、口を開いて閉じてを何度か繰り返した。
やがて、静かに微笑んで目を閉じた。
あの時、もしも水希がアランの心臓を狙わなければ負けていた。
「救われた、な」
そう言った後で、アランは大きく息を吐いた。
しかしなぜ自分が彼女に勝てたのかはわからなかった。水希とアランの実力差は大きく、もしも攻撃され続けていたら負けていただろう。
首を左右に振り思考を切り替える。勝ったという事実に変わらないと、グッと拳を握りしめた。




