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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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二話

 一歩踏み込み、牽制の意味を込めて正拳を見舞う。が、サイドステップで躱された。力はないが身のこなしだけはやたらと軽い。


 俺の攻撃を避けたエルアは攻撃に転じた。左ジャブを俺が避けると、それを知っていたかのように身を沈めて右ストレート。そして右ハイキック。上体を反らして避けたのだが、それはただのハイキックではなかった。足を切り返し、今度はアゴを狙ってきた。


「くそっ」


 あまりにも唐突すぎて、完全には避けられなかった。少しカスった程度だが、さすがに侮りすぎたか。


 彼女の攻撃はその身体に違わず軽かった。筋力を付けるべきだと心配になるくらい、俺にダメージはない。アゴへの攻撃ならば、多少でも脳を揺さぶられておかしくないが。


 そうとわかればこっちのものだ。いくら攻撃を受けても、前進し続けられる。


 あれよあれよという間に乱打戦に突入した。前進する俺を、エルアが手数で押し返そうとしたためである。


 俺が一発撃ち込むと、エルアはそれを避けて三発撃ち込んでくる。俺の攻撃は当たらないのに彼女の攻撃は当たる。ダメージゼロと、ゼロに等しいダメージ。避けようと思えば全部避けられるが、その必要ないと思った。


「体術やめっ! 次に移れ!」


 教師のかけ声で、俺たちは一旦距離を離した。


「結構やるな」

「貴方こそ」


 彼女の胸元が光り、導印が透けて見えた。腕を横に薙ぐと、エルアの背後にはたくさんの祠徒が現れた。


「二十二体全部か」

「そうよ、私の祠徒(バーレット)全員」


 確か彼女の祠導の中には戦闘には使えない者もいたはず。これは威嚇と取っていいだろう。


「祠導の魔女と戦えるなんて光栄だな。まあ今は二割程度の力しか出せないだろうが」

「その呼び方は嫌いなの。二度としないでもらえる?」

「すまなかった。次は気をつけよう」


 少しおちょくってやろうかと思ったが、怒らせてもいいことはなさそうだなと思いとどまった。


 エルアは祠徒を使役するのと同時に魔導術を行使した。強烈な閃光の後で放たれた強風に、俺の身体は吹き飛ばされた。一応だが、背中から着地してしまうなどという無様な姿は晒さなかった。


「いてぇなおい。いきなりとか卑怯だろ」


 脚のバネを利用して着地、ゆっくりと体勢を整える。


「もう始まっているわ」

「ああそうかい。それじゃ、勝たせてもらいますかね」

「やらせないわ。私はね、実技訓練では無敗なの。貴方もその肥しにしてあげる」

「自信満々だな。俺はな、そういうやつの鼻っ柱をへし折るのが好きなんだ」

「やれるもんならやってみなさいよ!」


 実は先ほどの閃光で目が眩んでしまっていた。あまりやりたくはなかったが、ここは祠徒の力を使うとしよう。


 祠徒。それは別の世界から召喚される、この世界にとっての異物だ。と言っても、別の世界のままを召喚できるわけではない。異世界の人物や魔獣の魂の一部を借り、概念体として存在する。まあ主人の祠導力が異常なほどに高ければ、具現化させることも可能だとのこと。それ以外で具現化できるとしたら、それは異端以外のなにものでもない。祠徒は特殊な能力である『祠導術』を主人に与える。政府が定める規定により、祠徒の強さがランク付けされ、Sが最強でFが最弱になる。が、ランクSであっても祠導力が弱ければ、格上の相手には通用しない。


 強さは別として、祠徒自身にもちゃんと人格があるので少々面倒だ。


 それにしてもエルアに主導権を取られたままでは少々癪だな。


「来い、ルキナス」


 パレオ付き水着のような服装の女が姿を現した。艶やかな深紅の髪にはパーマが緩くかかっている。


「いやっほーぅ!」

「久しぶりで申し訳ないが、魔力を供給してくれ。五感を活性化するぞ」

「了解エニシ! アタシに任せといてよ!」


 ルキナスと口づけを交わし、俺は膨大な魔導力を得た。身体を強化し、無理矢理視覚を元に戻す。


 そう、俺はなぜか祠徒を具現化できる異端であった。正直なところ理由はよくわからない。


 ルキナスから、自分が持てる最大の魔法力を供給された。身体の内側が熱くなり、その熱を体外へ。熱風が肌の上を撫でるような感覚が、俺の五感を鋭敏にしていく。


「リュノア」


 次に召喚するのは、水色のセミロングヘア、Tシャツにショートパンツという快活そうな女性。


「ボクに用事かな」


 一人称はボクであるが、はちきれんばかりの胸元が異様なギャップを生んでいた。


「悪いが待機だ。その代わり、ここぞの一発は頼むぞ」

「オーケー、仕事は果たすよ」


 準備が整ったところで、エルアが猛スピードで駆けてきた。


「祠徒を召喚したところで、この戦力差は覆らない!」


 強風を受けた際、二十メートルは飛んだ。だが、エルアはその距離を一瞬で詰めてくる。


 体術戦のときと同様の素早い攻撃。しかし、攻撃を手で払った際の重みがまったく違う。


 エルアの祠徒は、膂力の強化であったり相手の性格を理解したりと、ランク的には低く、わかりやすいものが多い。しかし、ランクなどはあまり関係ないだろう。このたくさんの祠徒の力を合成することに意味があるのだから。ちなみにこの情報は、本人がテレビで言っていた。なんとも律儀なやつだ。


 確かに攻撃力が強化されていた。それだけじゃない。消費される運動量や魔導量を軽減したり、肌の硬化も見受けられる。このまま捌き続けるのはキツイかもしれない。


「まあでも、この程度だわな」

「戯れ言!」

「口でならなんとでも言えるぜ?」

「じゃあそう思っておけ! 来いガロウズ!」


 祠徒の名前を呼べば、彼女は青い球体に包まれた。あれは魔導だけじゃなく、物理も通さない、障壁型の祠導術だな。


 そのまま高速で接近し、俺に攻撃を仕掛けてきた。


 今のエルアは五体の祠徒を使っている。では次の攻撃が終わったら、どの祠徒をどれくらい使って攻撃をしてくるのだろう。そうやって考えていると、少し楽しくなってくる。


 だが、この楽しみはすぐに終わった。


 幾度となく攻撃を打ち落とした時、彼女が使う祠徒は十体になった。というかそこから動かない。二十二体の祠徒を持っている祠導の魔女も、一度に使える数は決まってるってことか。戦闘向けでない祠徒や、条件を満たさなければ使役不可能な祠徒もいる。


 中には、一瞬だけ相手の足を止めたりする祠徒もいた。精神攻撃もされたが、俺には効かない。


 青い球体も長くは続かないのか、溶けて消えてしまった。好機とみた俺は、エルアの左ミドルキックを右手で掴み、思い切りぶん投げた。少し距離が欲しかったからだ。


「強いな。けど、今の攻撃で倒せるのは学生までだぞ」


 着地し、四つん這いになるエルア。そんな彼女に対し、少しだけ声を張ってそう言った。


「貴方だって学生でしょう? ここまで攻撃を凌いだのは貴方が初めてだけど」

「じゃあ敗北っつー初めてもくれてやるよ」

「黙りなさい」


 その辺の学生よりは強いかと、所詮はその程度という感想だった。


 エルアの瞬歩、からの一撃が俺に向けられる。あの小さい拳だ、当たるというよりも刺さるという表現の方が正しいかもしれないな。


 この一撃だけ、受けてやろう。


 少しだけ、その衝撃で身体が揺れた。


「アナタ……!」

「やっぱり軽いな」


 腹にもらった一発。補助系の魔導術で身体を強化した上で、防御系の魔導術も作動させてある。俺に効かないのも当然だった。本来の俺ならば防御系の魔導術は、あるのかないのかわからない程度。しかし今はルキナスによって強化されている。


 驚愕の表情で俺を見つめるエルア。そんな彼女の攻撃よりも速く、そして強く、拳を前に突き出すだけ。


 拳がエルアの腹へと向かって打擲。その瞬間、空気の淀みが生まれた。一瞬だけ時間が止まったような感覚と、突如訪れる衝撃波。彼女だって魔導術で身体能力を強化している。そんなものは関係なく、俺の拳は小さな身体を突き飛ばした。


 小さな身体は数十メートル先の魔導障壁に衝突した。このグラウンドを覆う広範囲の魔導障壁。導術で身体強化していたので、そこまでの怪我にはならないだろう。今頃は土煙のような魔法粒子の中で気を失っているはず。


「一撃かよ、情けないな」


 周りを見渡せば、他の生徒は皆手を止めていた。俺たちの戦闘をずっと見ていたのだろうか、開いた口がふさがらない様子だ。


 ルキナスはあんな格好しているが、一応第二世界のお姫さまだ。祠導術は『魔導の錫杖エクストラトランスレート』という。第二世界に漂う豊富な魔導法力を吸収し、俺専用に変換してくれる。


 リュノアは第四世界『ファーランガル』の住人だ。『完成された瞬き(パーフェクトブリング)(』は、一瞬だけ相手の全てを上回る。どれだけ強固な武装も、どれだけ厚い魔導壁も貫通する。


 魔法粒子が落ち着き始めた頃、エルアがよろよろと立ち上がってきた。見上げた根性だと、気概だけは認めてやらなくもない。


「アイツはまだやる気みたいだけど、先生的には俺の勝ちでいいんだよな?」

「あ、ああ。安瀬神の勝ちでいい。ファランドは休め」


 近寄ってくるエルアに、教師はそう言う。しかし、彼女はまた祠徒を召喚する。


「おいエルアート! もうやめとけって!」


 そこへ、アランが割って入った。立ち上がるので精一杯なエルアを制止していた。


「今だって吹き飛ばされて、もういいじゃねーか!」

「うるさい弱者!」


 アランの身体を突き飛ばし、なおも進み続けるエルア。俺はその姿が、無性に気にくわなかった。


「パンドラ」


 パンドラは第二世界『ダルカンシェル』から召喚した。背が低く、髪の毛が異常に長い。目が半分隠れていて、いつも無表情だ。


「……うん」


 パンドラを召喚し、口づけを交わす。その後で、エルアの前に立った。


「おい天才」

「なん……!」


 首を鷲づかみ、俺はエルアを持ち上げた。


「離し、なさい!」


 足をばたつかせてもがく少女。手を解こうと俺の腕を掴み、目一杯に力を込める少女。苦しそうにして目を細める少女。祠徒を行使しようとしたのを見て、俺はパンドラの『隔絶された希望(ラストウィッシュ)』を発動した。


 パンドラは第五世界『マクランディ』から呼び出した祠徒だ。能力は箱状の檻を範囲内に形成する力。箱の中では、魔導術も使えなければ祠徒も召喚できない。当然、箱は障壁としても機能する。この箱の中で道術を使えるのは俺だけだ。



「お前は何様なんだよ」


 エルアは「ぐぅっ」と、なんとも言えない悲鳴を上げた。


「天才と呼ばれているからいいのか? 祠導の魔女と呼ばれているからいいのか? だから、他人を弱者呼ばわりしていいのか? 今俺に負けた弱者のくせに?」


 こいつにもいつか来る。心が折られて、前に進めなくなって、誰も信じられなくなる瞬間が。経験をしてきたからこそわかる。


 自分の姿と重なったのが、無性に(ゆる)せなかった。こんなことをしてもなにも変わらないというのに。


「俺は、そういうやつが嫌いなんだよ」


 腕に力を込めると、彼女はより一層強くもがいた。


「やめろエニシ! もういい! エルアートが死んじまう!」


「死なない程度にやってるよ、アホか」


 心配そうな顔のアランがうろたえていた。


 俺の身長よりも高い位置に、エルアの身体を上げた。汗で張り付いた前髪の隙間から、大きな切り傷を発見した。額の右端から真ん中まで、斜めに斬られたその傷。すでにふさがっているのだが、古傷となって残っている。


 その傷を見て、俺は思わず手を離してしまった。地面に落ちたエルアは相当苦しかったのか、上品に座って咳き込んでいる。


「先生。俺具合悪いから保健室行ってきます」


「お、おう。気を付けてな……」


 サボりだと知っていながら許容したみたいだ。いいのかよと思いつつ、簡単に休めるなら是非もないとも思った。


 エルアもアランも、遠くで見ていた結も残して、俺は校舎に戻った。


「おや、いけないな。学生は学業が本分だろう?」


 校舎に入ると、一人の男子生徒が壁に寄りかかっていた。顔立ちは整っており、肩まである長い髪を指先で遊んでいた。一瞬女性かと思うほどである。

二の腕には「生徒会」と書かれた腕章をつけていた。


 この男がしているタイの色は青い。一年生は黄色、二年生は緑、三年生は赤、四年生は青、五年生は黒だ。俺のタイは赤いので、コイツが上級生であるということがわかる。


「アンタ誰だ? 俺になにか用事でも?」


 ソイツは楽しそうに、柔和に微笑んだ。なんというか、背後にバラでも咲きそうな、高貴で爽やかな笑みだ。


「僕の名前は綾部尽(あやべじん)、この学校の副生徒会長だ。一緒に生徒会室に来て欲しくてね」


 なにを言うのかと思えば。今の戦闘を見ていて、なにか注意でもしようって言うのか。どちらにせよ、強制力はない。


「断ると言ったら?」

「それは、困るな。でもね、きっといい話が聞けると思うんだ」

「アンタの感性と俺の感性は違うだろう?」

「僕個人としては君にとって有益だと、自信を持って言えるよ」


 その瞳は異常なほど自信に溢れているように見えた。一直線に見つめられて「もしかしたら本当に有益なのかもしれない」と、そんなふうにも考えてしまう。


 ふぅと、一つため息をついた。


「どうせあとは帰るだけだ。付き合ってやるよ」

「それはありがたいね」


 彼は目配せをしてから歩き出す。ついて来いと、そういう目だ。


 途中で教室に寄ってもらい、着替えを済ませた。


 それから尽の後ろをついて歩き、三階の突き当たりの前に立つ。ドアの上には『生徒会室』というプレートが掛けられていた。


「会長、連れてきました」


 ノックをし、ドアにの向こう側に話しかける尽。


「よし、入れ」


 応えるように、中から聞こえてきたのは女性の声だった。少し低めだが、凛としていて良く通る声質だ。俺を呼んだのは生徒会長ということだな。


 ドアを開けると、こちらに背を向けて、窓の外を見る女生徒の姿があった。黒く長い髪の毛は肩甲骨辺りまで伸びており、鮮やかに光を弾いていた。

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