十一話〈クロスオーバー:アラン&結〉
西地区は今日も人で溢れかえっていた。しかも四つの地区の中では範囲が一番広い。急いで回らないと見きれないのが現状だった。
二人が警察官に出会っても、事情を知っているのため職務質問もされない。気軽に深夜徘徊できるなんて、風紀委員はいいものだななどとアランは考えていた。露出度の高い女性も多く、通り魔のことよりもそちらに目がいってしまう。
「アラン、女の子の胸ばっかり見ないの」
「やっぱり街はいいよな、女の子が多くてさ。南地区とか東地区なんて、そもそも出歩いてる人がいないし」
「でも、女性の価値は胸だけじゃないのよ?」
「わかってるわかってる。魅力の一つくらいにしか思ってないからさ」
徐々に大人たちの時間になりつつあった。街灯や店から溢れる光の中、多くのサラリーマンが歩いている。会社の帰りであったり、飲み屋を渡り歩いたりしてるのだろう。二人にはまだ早い世界で、理解も及ばないだろう。
「ちゃんと風紀委員の仕事を果たすわよ」
「了解、任せろって」
とは言うものの、今のところ騒ぎは起きていない。そう簡単に事件が起きてもらっても困る場所で、現状で平和なのはいいことと言えた。
しかし、その平和を切り裂くように異変が訪れる。
「た、助けてくれー!」
人混みの中から、スーツ姿の中年男性が走ってきた。酷く慌てた様子で、その青い顔には脂汗が浮かんでいた。
「どうしました?」
すぐに結が駆けつけ、男性の身体を支える。足をもたつかせ、今にも倒れてしまいそうだった。
男性を追うようにして女性が歩いて来る。追ってきたのとは少し違う。アランの目には急いでいるようには見えず、むしろゆっくりなくらいの歩調だった。
雪のように白い肌に白いドレス、綺麗な白い髪の毛をなびかせた女性。顔立ちは大人びていて美しい。微笑みを浮かべ、こちらに向かって優雅に歩いていた。腰に帯びた剣には装飾が施されているが、それもまた純白だった。
しかし、その装飾の細部などを気にしている場合ではなかった。
「結、あれはマズイぞ」
「知ってる」
純真そうな見た目とは裏腹に、彼女が身に纏う魔法力は異常なほどに黒かった。色が見えるわけではないが、彼女の身体からはオーラのようなものが禍々しく滲み出ていた。
白い死神。そう呼ぶのが相応しいのではないかと、アランは心のどこかで考えていた。
殺意という名の明確な敵意。それなのにこちらに対しての拒絶感は微塵もなく、二人の目にはむしろ友好的に見える。きっとこの友好的というのは、仲良くしようという意味ではない。自分と戦えという、そういう意味合いが強い。
「こんにちは」
白い女性が声をかけてきた。
「こんにちは、綺麗なお姉さん。一体どうしたんですか? アナタのような人がこんなことろを出歩いては、その美しさが損なわれてしまいますよ?」
「あら、お上手ね。それでも私、やらなきゃいけないことがあるの。元の世界に戻る方法を探さないといけないから」
「元の世界? それってどういう意味です?」
「私、これでも第一世界から来た祠徒なの。と言っても、普通の祠徒とは少し違うけどね。普通の祠徒は魂の一部を借りてくるだけ。でも私は本体をそのまま召喚されてしまった。だから帰りたいのよ」
第一世界からの召喚が禁忌だというのは導術師の基礎知識である。誰が儀式を行ったのかなど今はどうでもよかった。
気配から察するに、白い女性は今にも攻撃してきそうだ。立ち振舞は優雅なのに、その殺意はアランと結の肌を突き刺すように攻撃的で、つい身構えてしまうほどに暴力的だった。
「そうそう、まだ挨拶がまだだったわね。私の名前はクオリア=ランゼルフよ」
自身の前に手をかざしたクオリアが衝撃波を放つ。
アランは防御系の魔導術を目一杯展開した。
展開した防御壁は一瞬で壊れ、地面を数メートル転がる。
防ぐことはできたが、自分の身を守るので精一杯だった。
アランが後方に視線を送ると、結がキチンと障壁を作っている。
彼が頷けば、呼応するように彼女も頷く。こちらは大丈夫だと、そう言っているように。
「周囲の人を避難させてくるわ。少しだけお願い」
「まかせなさいって!」
そう言ってから、アランは腕を捲くる。その仕草に、結は笑って頷いた。
「うし、男を見せますかね!」
一撃受けただけでわかってしまった。実力差はかけ離れ、まともに相手をしていたら瞬殺もいいところ。自分の身体が震え上がるのを実感し、このまま生きて帰れるのかさえ不安に思う。
しかしアラン=マーキットという少年は根っからの楽天家。本来ならば軽率な行動であっても、今だけは非常に勇ましい。恐怖はあるが、やってやれないことはないという気持ちの方が優先された。
「ハミルトン、オクタード」
二体の祠徒を召喚する。
ハミルトンは超大型の自動二輪。祠導術はランクBの【機工戦車の重圧】で、前方に強固なバリアを展開する。アクセルを開けていた時間に比例してバリアが厚くなり、バックするとその場にバリアを設置する。クールタイムは一日。
オクタードは一応人型だが、八本の足を持っている。祠導術はランクAの【逆上する八本足】である。死ぬような傷を負ったり心肺停止に追い込まれると、その瞬間から八秒前に遡って息を吹き返す。八日間のクールタイムの後、八回分死ねる。八秒前にしか遡れないため、病気等には効果が無い。しかも、相手の攻撃が強大でなくてはただ苦しむだけだ。命を守る能力ではあるが、かなり限定されてしまっている。
ハミルトンに乗り、アクセルを目一杯開けた。後輪が空回りし、少しずつ右へと横滑りしていく。その間に厚いバリアが形成されるのを目視し、一気にバックした。
クオリアの攻撃を避けつつ、バリアを何個か作り出す。こうやって置いておくと、咄嗟の時にも障害物として機能する。それだけではなく、周囲への被害も抑えてくれるであろう。
「そんな玩具で私の術が防げるとでも?」
軽減してくれることを見越していたのに、バリアは一撃で壊されてしまった。
「あれでも足りねぇってのか……」
これ以上バリアを厚くしようと思えば、一個一個に時間をかけなければいけない。しかしそんな時間はなかった。幸いと言っていいのか、バリアが破壊されても、貫通してくるわけではない。
だがこんな消耗戦を続けるしか、今のアランに道がないのも事実だった。
「これで三十個目だ。端っこから壊しやがって……」
その時、一筋の光がアランの胸を貫いた。衝撃でハミルトンから落とされそうになる。視界が揺らぎ、目の前はぼやける。息をするのも苦しく、左手で胸を押さえた。ただ走るだけなら、ハミルトンは勝手に動いてくれる。アクセルにさえ手がかかっていれば十分だ。
一瞬で八秒前に戻る。つまり、クオリアは心臓を的確に狙い撃ちできるということ。
「衝撃波を目眩ましに使うか、厄介だねぇ……」
「そう言われるのも嫌いじゃないわよ?」
「ちょ、急に目の前とか卑怯じゃないっすか?」
バックに入れて急後退。普通のバイクや車と違って予備動作もなく、切り替えてからの方向転換や逆走もスムーズに行える。
「逃げても無駄よ?」
「どっちのセリフだよ!」
後退したため、クオリアの後ろにはバリアがあった。このまま挟み撃ちしてやると、新しいバリアを展開しながら、ただただ前進した。
「勇ましいわね。そういうの嫌いじゃないわ」
今までとは比較にならない衝撃波で、ハミルトンごと吹き飛ばされた。吹き飛ばされる時にもまた心臓を打ち抜かれる。死んで、戻って、死んで、戻って。それを五回繰り返し、ようやく地面に戻ってきた。死ぬ時は決まって景色が歪む。その後で視界がぼやけて、時間が飛ぶ。時間が飛んだということは、息を吹き返した証拠だった。
意識がなくなっている間に衝撃波を何度も打ち込まれ、アランの身体が宙を舞った。そしてまた、気絶している間に地面に落ちる。頭から落下しなかっただけでも幸運だと言えた。
「貴方、名前は?」
「――アランだ。それにしてもアンタ、いい脚してるな」
脚を見てるのではない。脚しか見えないのだ。顔も身体も、これ以上あがらない。腕にも脚にも力が入らないのだからどうしようもない。四肢や背中には激痛が走り、身動ぎをするのも億劫になるほどだった。
そこでハミルトンから落ちたのだと、アランはようやく理解する。
「ありがとう、色男さん」
クオリアがどんな攻撃をしてくるのか、それさえもわからない。
「ああ、ここで終わりなのかな」「結にはもっと優しくしとけばよかったな」など、いろんな思いが頭をよぎっていた。
「そして、さようなら」
「アラあああああああああン!」
冷たいクオリアの言葉のあとで、結の叫び声が周囲に木霊した。
今のうちに早く逃げてくれ。それが最後の願いだと、アランは強く強く拳を握った。




