バンドガールの恋心1
「愛に対する治療法は、より愛する以外にない。」
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
健太、みより、ゆかりが三人で将来を誓い合った次の週の土曜日。
いつもと同じように、三人は朝早くから道の駅へ向かう準備をしていた。
今日の納品は野菜や米を中心に、午前の早い時間から始まる。
トラックの荷台に荷物を積み込む作業中、ゆかりがはちみつの入った瓶の箱を丁寧に積み上げながら言った。
「健太! はちみつは積み込み終わったよ!」
健太は荷台から顔を出し、
「ありがとう! 小松菜にインゲン、トマト、にんじん、大根、白菜、レタス、キャベツ、きゅうり、ジャガイモ……あれ? パプリカと唐辛子は?」
するとみよりが「あ!」と声を上げ、
「積み忘れたかも、待ってて!」
と言って倉庫に戻っていった。
しばらくして、みよりがパプリカと唐辛子が入った箱を抱えて戻ってきた。
「もう一箱あったけど、そっちも持って行く感じ?」
健太は荷台を見ながら答えた。
「もう一個の方は明日かな。無理に全部売らなくて良いし」
みよりは笑顔で頷いた。
「了解〜!」
三人は荷物を積み終え、軽トラックに乗り込んだ。
ゆかりが助手席、みよりが後部座席に座り、健太が運転席に着く。
エンジンをかけ、山道を下り始めた。
トラックでいつものように未舗装路を下って行く車内では、会話が自然と弾んでいた。
ゆかりが窓の外を見ながら、ふと思い出したように言った。
「でもびっくりした。まさかミツバチまで育ててるなんて思わなかった。防護服着た健太を見た時は宇宙人が来たかと思ったわ」
みよりがニヤニヤしながらからかった。
「あの時のゆかり面白かったよね。大きな声で『宇宙人‼️』って叫ぶんだもん!」
健太は苦笑いしながらハンドルを握った。
「あの防護服高かったんだぞ。最近熱いから空調ファンが付いているやつ買ったからな」
ゆかりは顔を赤くして頰を膨らませた。
「もう、その話はいいの!」
みよりがふと思い出したように言った。
「そういえば、今日って道の駅のイベントだよね?」
ゆかりが膝の上に置いたチラシを見ながら、
「山の向こうの白百合女子高校の吹奏楽部と軽音部がくるらしいわね。私、学生の頃吹奏楽部だったから、演奏楽しみね」
みよりが興味津々に聞いた。
「ゆかりって楽器なに使ってたの?」
ゆかりは少し懐かしそうに答えた。
「ヴィオラだったわね。地味だけど、演奏に奥行きと深みを与える為に必要な楽器よ」
みよりはスマホを取り出して調べ始め、
「ヴィオラ? どんなのかな? 調べてみよう……」
健太が後ろの席に声をかけた。
「何歳位からやってたの?」
ゆかりは少し寂しげに微笑んだ。
「4歳位からね。母さんにバイオリン買ってって言ったら、ヴィオラを買ってきたの。あの人はすぐ調べもしないで買ってくるんだから……」
みよりがスマホの画面を見ながら驚いた。
「本当だ、見た目はバイオリンにそっくり‼️」
ゆかりは優しく頷いた。
「でもヴィオラの楽しさを知ったら抜け出せなくなったわ。縁の下の力持ち的な存在に惚れたの」
健太は穏やかに言った。
「なんだか、ゆかりちゃんにピッタリの楽器だね。影から皆を支えて、色々な事を考えてる感じがすごく合ってる」
ゆかりは顔を赤くして、
「ありがとう……」
と小さく呟いた。
するとみよりが頰を膨らませて、
「ブーブー! ゆかりちゃんばっかり褒めてずるいぞー!」
と可愛く抗議した。
車内は笑い声に包まれ、道の駅に向かう道中も三人にとって心地よい時間となった。
道の駅に到着した三人は、トラックを降りて荷台を開けた。
朝の陽光が山間に差し込む頃、道の駅はいつもより賑やかだった。
既に白百合女子高等学校の生徒たちは演奏の為に準備をしている。
軽音部と吹奏楽部が演奏をする為に、広い駐車場は車と生徒たちや先生でごった返していた。
健太はいつものように野菜を納品した後、ステージの設営を手伝っていた。
店員の中沢が近づいてきた。
「あら、健太さんじゃないですか? 今日は楽しんでくださいね? この前連れてきたお二人はどちらに?」
健太は楽しそうな声で答えた。
「今設営を手伝っていますよ。二人今日のことを楽しみにして張り切ってます」
中沢はニコッと笑い、
「それは良かったです。じゃあ私はこれで」
と言いながら自分の作業に戻った。
「この楽器はここで良いのかな?」
近くにいた女子生徒が慌てて答えた。
「あ、そこで大丈夫です。そっち終わったらこっちの設営手伝ってもらえますか?」
健太は笑顔で頷いた。
「助かります。男手は先生だけなので、貴重です」
そう言ってニコッと笑う女子生徒に、健太は気さくに返した。
「気にしないで。農作業をやってるから力仕事は得意だし」
女子生徒は顔を赤くしながら、そっぽを向いた。
その姿を見たみよりは、心の中で思った。
(あぁ〜あ、健太君って即堕ち製造機なのか〜。そりゃ私もゆかりも勝てないわけだ。ここは妻としてしっかり見せつけないと……)
そう思いながら、健太に近づき、腕にぎゅっと抱きついた。
「健太君、そっち終わったらこっち手伝って〜」
女子生徒は一瞬目を見開き、ガクッと肩を落として項垂れた。
その様子を見ていた別の生徒たちが集まってきた。
「あれ? どうしたの? そんな生気なくして……」
女子生徒は力なく笑いながら、
「気にしないで……私の初恋はたった数分の出来事だったってだけだから……」
周りの生徒たちは互いに顔を見合わせて首を傾げた。
みよりがジュースのペットボトルを二本持って駆け寄ってきた。
「健太君〜! 休憩しよ〜!」
ゆかりも少し後ろから微笑みながらついてくる。
「この熱気と興奮……懐かしいわね」
三人が軽く談笑していると、ステージの音響テストが始まった。
ギターの軽快な音色が響き渡り、続いて可愛らしい声がマイクを通って流れてくる。
「えー、皆さんこんにちは! 軽音部バンドチェリーキッスのボーカル、高橋涼子です!」
ステージに立っていたのは、明るい茶髪をポニーテールにした元気な少女だった。
清楚な制服姿ながら、ステージに立つと一気に華やかになる。
彼女の声は透明感があり、聴衆を自然と引きつけた。
涼子はギターを軽く弾きながら、笑顔で挨拶を続けた。
「今日は白百合女子高の皆と一緒に、今日来ていただいた人達に元気をお届けします! よろしくお願いします!」
演奏が始まると、道の駅は一気に活気づいた。
健太はステージを眺めながら、
「へぇ、なかなか上手いな……」
と感心した様子で呟いた。
みよりが目を輝かせて、
「可愛い子だね〜! 軽音部って楽しそう!」
ゆかりも静かに頷いた。
「ええ、上手ね!」
イベントの盛り上がりとともに、新たな出会いの予感が、静かに漂い始めていた。
演奏を終えた高橋涼子は、ステージを降りてバックヤードに戻ってきた。
軽音部「チェリーキッス」のメンバーたちが、汗を拭きながら彼女を迎えた。
ドラムの佐藤美咲がタオルを投げながら笑った。
「涼子、今日も最高だったよ! 最後のサビの伸び、めっちゃ気持ちよかった!」
ベースの鈴木あかりは、いつも通り涼子に水のペットボトルを渡しながら、穏やかに微笑んだ。
(……今日も、最高に輝いてた……。
ステージに立つ涼子の笑顔を見てるだけで、胸が苦しくなる……。
でも、こんな気持ち、涼子にも他のバンドメンバーにも気づかれちゃ駄目。気持ちは押し殺さないと……)
あかりは心の中で深く息を吐き、表面上は明るく言った。
「うん、今日の『Summer Kiss』は観客のノリがすごかったよね。
文化祭でもあの曲絶対ウケると思う!」
キーボードの田中美月がスマホで撮影した動画を見せながら、
「ほら見て見て! お客さんみんな笑顔じゃん。
涼子の笑顔パワー、今日も炸裂してたよ〜」
涼子はタオルで汗を拭きながら、照れくさそうに笑った。
「みんなありがとう! でも今日の演奏、ちょっとミスしちゃったところあったよね……。
特にサビの入りでタイミングずれた気がして……」
美咲が肩を叩いて励ました。
「そんなの全然気付かなかったよ!
お客さんも大喜びだったし、完璧だったって!」
あかりは内心で苦しく思いながらも、優しく微笑んだ。
(涼子が頑張ってる姿……本当に大好き……。
でも私はただのバンドメンバー。
この気持ち、絶対に表に出しちゃいけない……。
涼子が幸せなら、それでいい……)
あかりは心の中で自分に言い聞かせながら、表面上はいつもの明るい声で言った。
「涼子、今日も本当に素敵だったよ」
涼子は顔を赤くして慌てた。
「もう、からかわないでよ……!」
バックヤードは、演奏の余韻とメンバーたちの明るい笑い声で満ちていた。
感想も出来ればでいいのでください。




