第92話『焼きそば』
「……迂闊に人の悪口は言えませんね。リディアも気をつけた方がいいですよ」
「エメリアが人の悪口を言っているの、私は見た記憶がないぞ……」
帝国が密偵っぽい人を潜めていると発覚し、エメリアさんが日頃の行いを改めている。しかし、エメリアさんもリディアさんも基本的に人のことは悪く言わないし、シロガネさんも言う時は真っ向から伝えるので、壁に耳があっても困らない人たちだ。そもそも、この世界の人たちは心の沸点が高くて、なかなか怒らないイメージではある。
「わがはいが腹八分目であるからして、次の料理で終了である」
ゲイトさんの気まぐれで店は営業しているから、彼女の夕食の終了と共に閉店するのはやむを得ない。最後の料理として麺をゆで始めたようだけど、その麺の色や具材には見覚えがある。やや席から腰を浮かせて料理風景をのぞきつつ、シロガネさんが料理名を当ててみせる。
「そちらは……ニョンではなくて?」
「お前、知っているのであるか」
「私とエメリアは今日、お昼に食べてきました」
やっぱり、スイカ食堂で作られていたニョンだ。シロガネさんはまかないのボロニョンだけで満足していたけど、リディアさんとエメリアさんはニョンも食べて来たんだったな。シロガネさんの発言も的外れではないようなのだが、ゲイトさんはゆでた麺をざるに取り出し、今から作るものの料理名を訂正した。
「今から作るのはニョンではない。ニャンだ」
「にゃん……だと?」
ゲイトさんはゆでた麺を鍋へと入れ、コンロの火力を強めて一気に炒め始めた。鍋の中へと具材も投下し、中華料理さながらに鍋をゆすっていく。食材に火が通ってきたところへ、ソースや粉を加えていく。色が緑色であることを除けば、俺の知っている焼きそばと似通った料理である。
「すごい。炒めたニョンだ」
ニョンを炒めるという発想が全くなかったのか、リディアさんが食い入るようにながめつつ感心している。早く食べてみたいとばかり、3人とも調理風景をしっかりと観察していた。ゲイトさんはニャンという料理を知った経緯について、やや自慢げに語ってくれる。
「以前、ニョンの輸入・運搬に立ち会った際、この料理法を業者が教えてくれたのだ。ソースが麺に焼きつき、非常に香ばしく仕上がるのだ」
「まさに発想の勝利だな」
「文化の違いが生み出した産物ですわね」
リディアさんとシロガネさんは2人とも、絶対に美味しいとばかりのほめちぎりようである。お味の方はいかがだろうか。ニャンをお皿に取り分けてカウンターへと並べてくれたので、リディアさん達は一皿ずつもらってフォークですくい、小さな口ですすって食べてみる。
「……美しい味だ。店長。材料のニョンは、どこで売っているんですか?」
「ニョンは入手ルートが限られるのだ。南部のクレース地区にのみ一般流通されている」
「なぜ、こちらには入ってこないのか」
「アレクシアでは馴染みの薄い食べ物である故、販売したところで家庭で使用する者は少ないのであろう」
リディアさんがメチャメチャ食いついている。飲食店では見かけるけど、あまり家では作らない料理か。俺もインドカレーの店に行ったら必ず、ターメリックライスかナンでカレーをいただいていたけど、家では普通のライスでカレーを食べていたからな。なんとなく、そういう感じなんじゃないだろうか。
「さらにご所望か?」
「……」
あっという間に全員のお皿がキレイになったのを受けて、ゲイトさんがおかわりを作る気概を見せてくれている。満場一致の頷きが帰ってきたので、再びお湯へと緑色の麺を投じる。
「では、味付けを変えようぞ」
さっきのニャンには肉と野菜が入っていたけど、今度は乾物や干物を水で戻したものが加えられる。海鮮やきそば、いいですね。ソースも色味の薄い物が使用されていて、塩やきそばを思わせるものができあがる。どんなに美味しいのかは解らないが、リディアさんが一番に食べ終わって感想を述べている。
「店長、この料理は……匠の仕事だ。素晴らしい」
「次、いつ開店するんです?」
リディアさんは焼きそばが大いに気に入ったのか、もうお酒を飲むのも忘れて食べる方に夢中であった。エメリアさんに至っては、次の営業日を尋ねるまでに至っている。しかし、それに関して、ゲイトさんも困り顔で返答した。
「ああ……わがはい、明日より出張なのである。里帰りもかねて、ドラゴンアゲートへ戻らねばならぬ」
「ドラゴンアゲートって、どこですか?」
「竜人だけが住むという場所だと聞くが、私も行ったことはないな」
エメリアさんは場所すら知らないみたいだし、リディアさんも行ったことはないと言っている。ゲイトさんのギルドは竜人のみで構成されているようだが、ドラゴンアゲートという場所についても、他の種族が気軽に足を踏み入れられるところではないのかもしれない。
「お前ら人間は、休暇は取らぬのか?」
「休暇……こんな私が休暇をとっていいのだろうか」
「……?」
「あの。お嬢様は昔から、疲れたら疲れた分だけ頑張ったと考える悪い癖がございまして……」
「たまには体を休めよ……ふとしたところで限界がくるのだぞ」
シロガネさんいわく、リディアさんは誰かが止めないと際限なく働き続けてしまう人のようである。そういう点でいえば、必要以上に頑張らないエメリアさんが横にいるのはバランスがいいのかも解らない。休暇をとるなら何がしたいかと、エメリアさんは真っ先に挙手している。
「一日、お休みにできたら……お酒を持って、帝国中をぶらぶらしたいです。そろそろお花見もできますし」
「それはいいな。足腰のトレーニングにもなる」
「お前は、休めといっておろうが……」
勤め先が会社であれば休日を決めてくれるのだろうが、リディアさんたちは冒険者だから働こうと思えばずっと働けてしまうのである。休日を無気力に過ごすことに関してならば、俺は誰にも負けない自信があるのだけど……それはそれで人に自慢できるものでもないな。
「これにて本日、閉店である」
「ごちそうさまでした」
肉野菜炒めに海藻の和え物、焼きそばまでいただいた為、これでもう夕食も晩酌もまとめて済んでしまったようだな。ゲイトさんはリディアさん達と一緒に店を出て、お店の前に出していた掛け札をを片付けている。よく見ると、この店の名前もドラゴンアゲートだ。これも、故郷の名からとったのかな。
「んふふ~。帰ったら、チカラの種を食べましょう」
「まだ食べるのか……よく太らないよな」
ゲイトさんと別れた帰り道も、エメリアさんの食欲が留まることを知らない。商店街を家へと向かって歩く途中も、美味しそうなパンを買ったりしている。ふと、一行は騎士団の支部の前を通りかかり、そこに在中しているクリスさんと顔をあわせた。エメリアさんが深々と頭を下げながら、騎士団のお勤めにねぎらいをかけている。
「あ……どうもです~。お勤めご苦労様です~」
「酔いどれ気分で来やがって……あんたは、手錠のあとは消えたか?」
「おかげさまですわ……」
シロガネさんがクリスさんに腕を見せている。もらった塗り薬が効いたのか、もう手錠のあとはキレイに消え去っている。人通りの多い時間帯にも関わらず、騎士団支部にはクリスさんの他に人はいない。パトロールに出ているのだろうか。
「……クリスさん。あの子たち、どうなりましたか?」
「ん?ああ。今日は城の地下にいる。やつらを利用した闇組織もとっつかまったし、素行に問題がなけりゃ、すぐに孤児院で暮らせるだろ」
盗みを働いた子どもたちの処遇について、リディアさんがクリスさんへと質問している。すると、思いがけずも地下組織がらみの事件が解決したとの情報が入ってきた。騎士団は実力派ぞろいとゲイトさんも言っていたが、想像以上の早期解決である。
「え……もう解決したのですか?」
「ああ……つい数時間前、騎士団長が単独で潜入して、壊滅させてきたらしいぜ」
「そ……そうですか」
騎士団が解決した……のではなくて、まさかの騎士団長が解決したという。しかし、私服だったのはなぜなのか……それもあわせて、クリスさんが説明してくれた。
「敵に怪しまれねぇように、防具なしの私服で隠れ家に近づいたって聞いたがよ……あの人、大丈夫だったのか?」
「先程、会いましたけど……兄は無事でした」
「ほんと、規格外だよな……あの人。騎士団長さえいりゃあ、帝国は平和だぜ」
あれは、仕事の帰りだったのか。体や服には傷の1つもなかったし、圧倒的な力で事件をねじふせてきたのだと思われる。そんな会話を受けて、なにやらシロガネさんがリディアさんに耳打ちを始めた。
「地図屋でお聞きした、密入国ルートについてはお伝えいたしますか?」
「あれは……いいんじゃないかな。多分、騎士団で解決できそうだし」
「ああ?どうした?」
「いえ、なんでもございませんわ」
地図を描いてくれた人たちが教えてくれた密入国ルートを教えるか、どうしようかという話をしているらしい。変に口をすべらせると闇組織と繋がっていると思われかねないし、そこは黙っておくことにしたようだ。でも、事件が解決してよかったな。これで、街や国の周辺も安心して歩けそうである。
「では、失礼いたします。これからも、兄をよろしくお願いいたします」
「ああ。気をつけて帰るんだぜ……」
騎士団支部をあとにし、再び帰路を辿っていく。その道中にて、エメリアさんが独り言のようにつぶやいた。
「ん~……なんか。あれですね」
「……?」
「事件の話が聞こえてきた流れからして、なんやかんやでリディアがバーンって活躍して、ドーンって事件を解決すると思ってましたのに。残念ですね~」
「そんなわけがないだろう……私は一般人だぞ」
これがテレビアニメか何かだったら、そんな展開もあったかもしれないけど……まあ、そんなうまくはいかないよな。それぞれ、自分にできる仕事をすればいいんだと、俺は思うよ。
第93話へ続く




