第93話『窯』
ぶらぶらと寄り道をしながらも、リディアさん達は家へと帰ってきた。とりあえず、3人ともキッチンで水を1杯ずつ飲んで、コップを洗ってから次の行動に移る。手を洗ったりエプロンなどをつけたりしつつ、リディアさんがコグの生地を観察している。
「……コグの生地も、かなりふくらんでいるな。もう焼いてもいいかもしれない」
「では、わたくしが窯を温めますわ」
「完成したら起こしてください」
「携帯食料だから、今日は食べないぞ……」
平べったかった生地は少しだけ盛り上がっており、それをリディアさんは手でちぎって丸め、クルミを潰して作った粉を練り込んでいく。その一つ一つは手のひらにおさまる程度の大きさで、最後に上から手のひらで押して、クッキーのような形に仕上げる。金属の板に油を塗った薄い紙を敷き、生地を等間隔で並べていく。
「それ、何時間くらいで焼けるんですか?」
「3時間、じっくりと焼く。朝まで冷ませば完成だ。これとは別に、お弁当も用意する」
「飲み物は、何を持って行きます?」
「柑橘水でいいだろう。帝国を出る前に購入していく」
エメリアさんとリディアさんが、明日のお弁当や飲み物のことについて話し合っている。そろそろオーブンが温まったようである。
「こちら、焼き始めますわ」
「頼む」
シロガネさんがコグの生地にハケで油を塗って、赤く光っている窯の中へと金属板ごと生地を入れる。焦げるようなジジジという音がわずかに聞こえ、ガラスでできているフタで窯は密閉された。リディアさんとシロガネさんはエプロンを外し、キッチンを出て2階へと向かった。
「お着替えのお手伝いをいたします」
「いや、自分でできるから大丈夫」
エメリアさんは1階に残り、2階へと上がったリディアさんは着替えをすべく自室へと入った。ゴスロリドレスの着方はシロガネさんから教わった為、リディアさんの着替えも非常にスムーズである。部屋着として用意してもらったドレスはダークファンタジー味があるから、この恰好で会ったら呪術師のルビィさんとは波長が合いそう。
「……」
服のボタンを閉じると、胸元がパツパツになってしまう。それを持ち上げたり寄せたりしておさまりをよくし、最後に肩掛けをはおって部屋を出た。戸の外で待っていたシロガネさんと一緒に1階へ戻ると、エメリアさんがじっと窯の中をのぞいているのが見えた。
「あんまり近づくと火傷するぞ……」
「これ、このままほっといていいんですか?」
「魔力式の窯だから、火事にはならない。3時間すれば勝手に火は消えるよう、シロガネさんが魔力を込めてくれている」
エメリアさんは料理を作るのは面倒なようだが、生地が焼けていくのを見るのが好きらしく、真っ赤に光る窯の中を見守り続けている。リディアさんはリビングにある本を取って、適当な席に腰掛けて読書を始めた。シロガネさんはお弁当の用意を始めるのか、野菜やボロニョンなどの食材を選定している。
特に会話もない。ゆったりとした時間が過ぎていく。窯に灯っている炎のような光が、ゆらゆらと室内を照らしている。この辺りは住んでいる人や人通りが少ないのか、家の外からも人の声は聞こえてこない。
「……」
……そうだ。リンちゃんの家の前に灯りをつけないと。俺は意識を転送し、リンちゃんの住む村に置いてある体へと視点を変更した。
『場所:ルッチルの村』
こちらも、もうかなり暗くなっているな。俺の近くに設置されている棚には、今日も様々な食べ物やお花が飾られている。いつかは村の人たちも、俺を奉るのに飽きてしまうのだろうけど、こうして居場所をもらえるだけでもありがたいもの。できる限りのお礼はしたいと思う。
発光のスキルをオンにし、擦りガラスを通したような、ぼやっとした光を体から発する。リンちゃんの家の前に立っていた怪獣はもういなくなっている……ように見えたけど、なにやら近くに光の屈折が見える為、体を透明化して、そこに隠れているのかと思われた。俺が光ったのに気づいた村のお爺ちゃんが、俺の近くまでやってきて頭をさすってくれた。
「石神様。今日も、ありがとうございました……」
「……」
今日、俺は本当に村に対して何もしていなかったので、なんだか申し訳ない気持ちである……とりあえず、何も問題がなかったならよかったです。
「……リンよ。光ってくれたぞ」
「……ほんと?」
おじいさんが家のドアをノックすると、待ちわびたとばかりにリンちゃんが中から顔を出した。俺が光っているのを見て、リンちゃんは布巾のようなものを持ってくる。光っていると汚れが見えやすいのか、熱心に俺の体をふいてくれている。
「今日はなかなか光らないから、どうしたのかと思った。お父さん、ヒカリちゃんが光ったよ」
「そうか。よかったな」
港町へ行っていたお父さんも、もう村に帰ってきているようだな。リンちゃんに引っ張られて家から出てきたお父さん。そのシャツには、なにやらシャレた文字と星のマークが描かれている。なんと書いてあるのかは読めないが……芸能人が書くサインにも見えるな。
「……」
なんとなくだけど、あのミュージシャンのお兄さんに書いてもらったサインなのではないかと思えてきた。歌のお兄さん、あこがれの海産物にはありつけたのだろうか。
「……」
太陽が山の向こうに消えかかっている。そろそろ、港町へ侵入して見てもバレないかも。リンちゃんたちが家へと戻っていったタイミングで、俺は港町の入り口に隠してある石へと意識を転送した。
『場所:港町』
「……?」
あれ……ここ、どこだ?俺の体は確かに、港町の門のそばにある草むらに置いていたはずだ。なのに、知らない内に別の場所へと移動している。周囲は赤く光っていて、俺の他にもたくさんの石が積み重なっている。まるで、窯の中だな。周囲には石の他にも、茶色くて丸いものが何個かまぎれている。
「おじさん。1つくれ」
「はいよ」
どこかから人の声が聞こえ、パッと壁が開いた。分厚いミトンをつけた手が差し込まれ、茶色くて丸いものを掴み取る。今の会話からするに、あの茶色くて丸いものを外で売っているようだな。
「楽しんできてください」
「おう」
パチパチという石の焼ける音の他にも、外からは人の足音や話し声が聞こえている。ひとまず、俺は自分の置かれている状況について考え始めた。多分、俺や他の石に混じっている茶色いものは、イモような食べ物だろう。そして、俺は火で熱されている。これは……。
「……」
間違いない……今の俺は、石焼き芋の石にされているのだ。まあ、だからって暑苦しいわけでもないし、体が割れたり壊れたりする気配もないからいいんだけど、閉じ込められているから自分が町のどこにいるのかすら定かにならない。マップを開いてみる。
「……」
海から、そう遠くないな。ということは、町の中には入っていると見ていい。そうして俺が状況確認をしている内、再び外から会話が聞こえてきた。
「セキル。次のタリロいもを入れておくれ」
「うん」
ガチャンと音がして、俺を閉じ込めている場所のフタが開かれた。男の子が顔をのぞかせ、茶色いいもを石群の中へと入れていく。この子が、セキル君なのかな。タリロいもと呼ばれたものを3個ほど追加したあと、ちょっと石の配置を整えてから再びフタは閉じられた。
「父さん。今日の分は、これで終わりだ」
「おお。仕入れた分が、全てなくなるとは。コクサから来た音楽家の人、様様だな」
コクサから来た音楽家というと……俺を蹴りながら町までやってきたお兄さんのことかな。あの人が、町でライブをしているのだろうか。イモを完売させるほど影響力があるとなると、やはりかなりの大物だったに違いない。きっとイモはホットスナック的な位置づけで、それを食べながら町の人たちは音楽を聞いていると思われる。
「タリロいもを4個くれ」
「もう焼けてるかな……ちょっと見てくれ」
「うん」
5分ほどして、またお客さんからオーダーが入った。おじさんに頼まれ、セキル君が窯のフタを開く。彼の年恰好はリンちゃんと大差なく、見た目は小学生くらいに見える。だが、イモの焦げ目を見極める目、それは職人の眼光である。しっかりと焼けていることを確認し、窯の中にあるイモを取り出していく。
「全部、焼けてる」
「ありがとう。では、1個3ジュエルだよ」
窯に残っているのはあと1個だけ。大分、さびしくなったものである。ただ、これだけ売れるのは珍しいことのようで、セキル君はハツラツとした声でオジサンと会話を始めた。
「今日は、たくさん売れてる!もっと店から持ってこようか?」
「いや、もう演奏も終わるだろう。あと何個、中に入ってる?」
「1個だけ」
「今日は冷えるからな。お疲れ様。最後の1個は食べてもいいよ」
「やった!」
もう店じまいするようで、セキル君が窯の中に残されたイモを取り出した。焼くイモがなくなった為、熱を逃がすために窯のフタは開きっぱなしにされている。イモ屋さんの前にはレンガで作られたキレイな通路があり、見えている足の多さからするに、それなりに行き交う人々は多いと判断できた。
「父さん。はい」
「ああ……ありがとう」
最後の1個の焼きイモは、お父さんと半分こにしたらしい。セキル君とお父さんの様子は見えないけど、それは声のやり取りから察することができた。
「甘いなぁ。父さん、どこで作っているタリロいもなんだっけ」
「ルッチルという山村から運ばれてきたという。あの辺りは、魔人がいたと聞くが、解決してよかったな」
ルッチルの村というと……リンちゃんの住んでいる村で収穫されたイモなのか。そういや、村で似たような野菜を見かけたな。あれが、タリロいもだったのか。そうした会話の中で、急にセキル君のくしゃみが聞こえた。
「くっしゅ!」
「……そろそろ冷えてきた。石を懐に入れておくといい」
「そうだね」
寒さを和らげるため、イモを焼くのに使っていた石を服に入れるという。窯のフタを開き、セキル君が石の品定めを始める。これで選ばれれば、外に出してもらえるかもしれない。よし!俺!俺を選んで!
「……」
体を転がして、セキル君の目にとまるようアピールしてみる。俺だよ。俺俺俺。俺がいいよ。いい石だよ。俺は。
「……」
頼む。俺俺俺俺俺……。
「……これでいいか」
ちょっと悩んでいたようだが、迷った末に彼は俺をつかみとってくれた。案外、声が出ないにせよ、願ってみれば叶うものだな。ありがとう。セキル君。
第94話へ続く




