第20話『水泳』
「そーだ!これ、あげる!」
アネットさんがバッグから何か取り出し、俺の胴に巻きつけて結んだ。俺は硬い体を曲げて、その正体を探ってみる。ピンク色のリボンだ。俺は男だから、こんなラブリーチャーミングなアクセサリーをつける機会は今までなかったし、なんだかはずかしいな……。
「じゃあねー」
アネットさんは手をブンブン振りながら、騎士団の皆さんと一緒に森の中へと去っていった。お別れをしたとはいっても、俺だって村へ帰らないといけないので、向かう先は結局のところ同じである。騎士団の人たちに見つからないよう、腰を屈めて後ろをついていく。
「……」
危険は近づいていないだろうか。俺はマップを開いてみた。えっと……周囲に魔物はいない。でも、やっぱり湖の中には巨大な何かがいて、動きもせずにじっと身をひそめている。騎士団の一行は湖を避けて帰るようだから問題ないと思うけど、この湖の生き物がなんなのかについては個人的に気になる。
もし騎士団長の一隊を追い抜いて帰ると、橋の辺りで調査している騎士団の目をかいくぐる必要が出てくる。村の周辺ではリンちゃんたちが採集に出ているようだし、そちらと遭遇して怪しいモンスターだと怖がらせるのも苦だ。別のルートはないのかな……。
「……」
村へ続く別ルートがないかマップから探してみると、あるにはあった。でも、そちらを行くと山をグルッと回り込むことになり、さらに崖下を延々と歩かねばならない。しかも、道に高低差があって迷いそうである。土地勘のある場所でもなし、来た道を無難に戻る方が安心できる。
「……?」
その時、ふと何かが、俺の体の下でキラキラしているのに気がついた。これは……小さな宝石だ。アネットさんがつけてくれたリボンにぶらさがっている装飾なのだろうが、それなりに派手なので騎士団の人たちが見たら気づくかもしれない。少し時間を開けてから帰ろうと考え直し、俺は来る途中に見つけた湖を見て帰ることにした。
現在時刻はお昼前。救出隊が村へ帰還するのは、午後の2時くらいだろうか。ところで……村の方にある俺の体は、ご迷惑などおかけしていないだろうか。なんだか心配になった為、意識を村の石へと戻してみようと思う。
「……!」
意識を転送して目を開いたところ、視界いっぱいにおじいさんの顔が映し出されてビックリした。俺の体はリンちゃんの家の前に依然としてあるが、いまだに博士たち研究員は俺を気にしているらしい。博士らしきおじいさんはポシェットをごそごそと探り……おもむろに金属製の小さなヤリのようなものを取り出す。凶器だ……。
「奥さん……この石、ちょっとカケラをもらっていいですか?」
「え……いえ、娘が壊さないでと言っていたので」
「そうかぁ……」
おじいさんは家のドアをノックし、リンちゃんのお母さんに割っていいかと確認している。幸いの事、その提案は却下されたようだ。俺の体を削って持って行きたかったようなのだけど、あの金属のヤリでつついたくらいで砕ける体なのかは俺自身も解らない。とはいえ……鋭利な金属を持った人が目の前にいるというのは、なかなかヒヤヒヤするものである。
「では、奥さん。壊さないように実験してもよろしいですか?」
「それは……いいと思いますけど」
そんなに俺の事が気になるのか、博士はリンちゃんのお母さんに頼んで実験を始めた。杖を取り出して、その先から光線を発する。杖のピカピカは攻撃ではないらしく、ただ照り返しを観察するようにして博士は目を輝かせている。めちゃめちゃまぶしい……とりあえず、乱暴にされる心配はないと見て、俺は湖の近くにある体へと意識を戻した。
「……?」
なんか、視点の高さが少し違うな。そんな違和感の正体を探っている内、俺は下に見えていた前足がなくなっていることに気づいた。そうか。意識を他の体へ移すと、ラーニングスキルで変形させていた体は丸い石に戻るのか。それじゃあ……アネットさんの巻いてくれたリボンは……。
「……」
視線を動かしてみる。体の形が変わったから、結ばれていたリボンもすっぽりと抜けてしまった。参ったな……捨てていくのも気が引けるし、オオカミやカブトムシに変形しても、その手では自分でリボンを結びなおせない。
「……」
スキル習得画面を見ても、アイテムボックスのような便利機能は見当たらないな。仕方ない。俺はオオカミの姿に戻り、落ちているリボンや付属の宝石をくわえて口を閉じる。全部は口に入らないけど、これなら持ち歩くことはできる。俺は口からはみ出たリボンをブラブラさせながら、のんびりとした足取りで湖の周辺を散策する。
湖に近づいてみた。湖の水面は青いのに、その奥は透明感のある緑色だ。おかしな例えだけど、メロン味のゼリーを湖いっぱいにつめたような風だ。ぱちゃぱちゃと前足で水をかいてみる。俺の体は石だから温度は解らないし、ぬれた感触も伝わってこないのだけど、なんとなく気持ちがいい。
「……?」
湖の中に魚が泳いでいるのを見つけた。マップ上には赤く表示されていないから、魔物ではない普通の魚なのかな。もっと近くに行きたいけど……そうだ。
『重量軽減 レベル3』
重量軽減。これは、すでに習得しているスキルだ。少しずつスキルのレベルを上げつつ、風に飛ばない程度に体を軽くして、そのまま水の中へと体を浮かべる。うっ……。
「……」
頭の方が重いからか、死んだ魚みたいに引っ繰り返ってしまった。でも、ちゃんと水には浮いている。いっか。このまま行こう。背泳ぎ背泳ぎ。不格好ながらも、視線を水の中へと向けたまま、ばしゃばしゃと水をかいて移動していく。俺より上手に、魚が水中をスイスイと泳いでいる。
魚が俺の周りに集まってきて、つんつんと背中をつついてくる。ただ、食べ物じゃないことが解って、すぐに水の底へと戻っていった。コイみたいな魚や、大きな金魚らしきものもいる。地球じゃ水族館でも見かけないような、へんてこな魚もちらほら。河豚と漢字で書けば読みはフグだが、本当にブタのような姿をした魚もいた。
「……?」
魚を追って、水の奥へ奥へとピントをあわせていく。すると、緑色の水の奥底に、角ばった人工物の面影が透けて見えた。太陽の光すら簡単には届かない深い場所だ。うっすらとしか見えないけど……家や道路を思わせる形が、謎の太い管の向こうに隠されている。街か?でも、なんで水の中に街があるんだ?
「ぼおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ」
「……!」
水面が波うつほどの大きな音が鳴り響いた。俺は流されないよう手足でバランスをとる。その必死の最中、水の中で何かが動くのを見た。
「ぼおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
まただ。音……これは、声か?その高鳴りにともなって、湖の水は沸騰したように泡をたちのぼらせた。湖の底にある太い管のようなものが、グネグネと動いている。その動きが、シュルシュルと速くなった。次の瞬間、湖の内部で大爆発が起きた。気づけば、俺は水しぶきと共に空へと打ち上げられていた。
「……!」
俺と同様に吹き飛ばされた魚が、宙を舞っている俺の横で、こいのぼりみたくヒラヒラしている。何が起きたのかも理解できぬ間に、俺は木の葉や枝の中へと突っ込んだ。そのまま枝葉のスキマを抜けて、ゴロンと地面へ落っこちた。
いてて……などと意識的に思ってしまったが、痛覚はないから痛みなどは特にない。湖から50メートルくらいは飛ばされただろうか。湖のあるであろう方角を見ても、森の木々しかうかがえない。
「……」
もう一度、湖へ戻ってみようか。そうも考えたが……水の中にいた化け物のことを考えると、やや気が引けてしまった。あれは、湖の底にあるものを守っているかのような、どこかそのような印象であった。再び行ったとしても、きっとまた邪険にされる気がする。そう。ああいう不思議なものは、そっとしておいてあげるのが一番なのだ。
「……」
そうして1人で考え事をしている俺の周りでは、魚たちがピチピチとはねている。このまま干からびると可哀そうだな……なんて思いながら見ていたら、急に魚の1匹が尾びれを使って、人間のようにスッと立ち上がった。
「……!」
その1匹にならって、他の魚たちも器用に立ち上がり始める。やや心配していた俺の気も知らず、魚たちは自立してスタスタと湖へ戻っていった。
「……」
世の中って俺が色々と気にしないといけないほど、不合理にはできてないんだなと実感した……これからは、おおらかに生きよう。それがいいぞ。
第21話へ続く




