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第13話『潜入』

 「逃げられなかった……エメリアのやつめ」


 リンちゃんの家の玄関横には蛇口みたいなものがあって、そこのレバーをガシュガシュと押し下げると水が流れ出す。早朝の事、寝起きっぽい雰囲気のリディアさんが顔を洗っている。寝る前よりも疲れているように見えるけど、夜にエメリアさんと何があったのか。


 「あっ。リディアさん。おはよう」

 「おはよう。リン、眠れたか?」

 「うん。私は眠れた」


 俺は眠れなかったけど、リンちゃんはぐっすりと眠ったらしい。ただ、エメリアさんのあえぐような声自体は聞こえていたようで、2人が何をしていたのか尋ねている。


 「リディアさんとエメリアさん、夜に何をしてたの?」

 「……エメリアは、お酒を飲むと悪魔になるんだ。抑え込むのが大変で」

 「悪魔?魔人とは違うの?」

 「う~ん……悪さはしないんだけどね」


 悪魔というか、ただ酔った勢いで襲われたのではないかと思うけど、どうなんだろう。夜分に来て、リディアさんはぁはぁしていた忍者といい、リディアさんは人気者のようである。美人でカッコいいし、解らなくはない。噂をすればなんとやらで、短パンと薄いシャツ姿のエメリアさんが家から出てきた。こちらはなぜか、すごくツヤツヤしている。


 「うふふ……リディアさん。昨夜はお楽しみでしたね~」

 「お楽しみだったのは、お前なんだよなぁ」


 ローブ姿でもムチムチなのに、薄着だとエメリアさんの肉厚感が凄い。別にいやらしい服装という訳でもないのに、お子様の目にさらしていいのか迷うくらい体のラインがくっきりである。なお、エメリアさんと比較して清楚に見えるだけで、リディアさんも体形は豊満のそれである。


 「……」


 2人を美人だと認識してやっと、俺は自分の持つ違和感の正体に気がついた。そうか。俺……女の人に対して、いやらしい気持ちが1つもわいて来ないのだ。単純に空や海がキレイくらいの気持ちで、リディアさんたちを観察している。


 人間じゃなくなったせいで、性への興味もなくなってしまったみたいだな。だからといって、自分と同じ岩に恋心を抱いたりするわけでもない。食欲も性欲もないし、睡眠もとらなければとらなくてもいい。無の境地に達したお坊さんって、こんな感じなのだろうか。嫌ではなくて、さっぱりした気持ちすらある。でも、好奇心だけはなくなっておらず、その点に気づけて1つ安心した。


 「リディア。起きたか」

 

 エメリアさんに絡まれているリディアさんの元へ、お兄さん……ルクロームさんという名前だっただろうか。その人がやってきた。リディアさん達とは違い、朝からカッチリとヨロイを着こんでいて、お兄さんの後ろには2人の団員さんが控えている。また調査に行くのかな?


 「我々は、これより魔人の死骸を回収、および人質の救助へ向かう。お前は余計なことはせず、村で待機するように」

 「救助……兄様。魔人の巣へ向かうのですか?」

 「帝国騎士団の誇りと名誉にかけてだ。ほら」


 ジャラジャラと音のする袋を1つ、お兄さんがリディアさんに見せる。中身は……お金みたいだな。今日は仕事をせず、村にいるようにという警告にも見える。目の前に差し出されたそれをリディアさんが受け取らずにいると、お兄さんは黙って俺の上に袋を置いた。平たく丸い金属の触り心地が、革袋越しに感じられる。俺、この世界のお金って、まだ見た事がない。気になる。


 「行くぞ」


 村の出入り口付近には、すでに騎士団の人たちが列をなして待機している。剣士やアーマー

騎士、魔法使い……40人以上はいる。そちらへ向き直ったお兄さんに対して、リンちゃんは聞きたい事があるとばかりに声をかけた。


 「連れて行かれたフローラさん、戻ってくるの?」

 「……無事でいればな」

 「……」

 「最善は尽くす」


 お兄さんはリンちゃんの頭をなでて、改めて出発へ向けて歩き出した。人質として連れて行かれた村の人……助かるのかな。でも、魔人のリーダーがいなくなっただけで、本拠地には残党がいるかもしれない。大丈夫なんだろうか……。


 「……リディア。今日、どうする?」

 「……」

 「じゃ~、お休みにしよっか。なにかしたくなったら、言ってくださいね~。私、朝ご飯~」


 騎士団の出発を見送っているリディアさんへ、エメリアさんは気楽な口調で告げた。これから朝ご飯らしく、リンちゃんと一緒に家に戻っていった。


 「リディアー。はい。朝ご飯」

 「……ああ。ありがとう」


 魔法使いのローブ姿になって戻ってきたエメリアさんが、立ち尽くしているリディアさんにパンみたいな食べ物を手渡しにやってきた。そうして、そのまま自分はどこかへ行ってしまう。すっかり騎士団の面々もいなくなって、村に残っているのは学者風の人たちと、武器を持った人が数名いる程度である。


 エメリアさんのくれたパンを持って、リディアさんもリンちゃんの家へと入っていく。やっぱり、お兄さんが心配なのかな。


 「……」


 そういえば、俺の上には金貨の入った袋が置かれたままだ。リディアさんも受け取らないだろう。だからって、エメリアさんが勝手に持ってもいかない。下に落としてしまうのも悪いし、俺は一生……お金置き場になるかもしれない。


 「……?」


 あれ……エメリアさんが、何食わぬ顔で帝国騎士団のテントに入っていく。なにしてるんだろう。


 「……」


 若い警備兵に追い出されている……そりゃあ、そうだ。でも、エメリアさん、めげない。テントの横側の杭打ちされていない場所から、こっそり忍び込んでいく。ネコみたいだな……。


 「……」


 おや……今度は出てこない。警備兵さん、メッチャ頑張ってキョロキョロしてるんだけど、もう入られてる。手遅れなんだ。だからって、テントの中にいる人が追い出すでもない。なにやら……事件の香りがする。


 『分裂 レベル3 (スキルポイント2)』


 そろそろ10分くらい経過した。エメリアさんは、全く出てこない。なにしてるんだろう……気になる。気になって気になって、俺……無自覚にスキル習得画面を開いていた。分裂スキルのレベルを上げたから、これで更に1つ多く分裂できるようになった。手のひらサイズの分身を作ってコロンと地面に落とし、そちらに意識を移動させた。


 「……」


 村の人たちに気づかれないよう、こっそりと転がりながら移動していく。小さな石の姿で動くと、虫かネズミにでもなった気分だ。


 「……!」


 なっ……クワを持ったおじさんが、俺を見ている。俺、何か悪い事でもしたか?厳しい目を俺に向けている。


 「むう……」


 こっちに来る!しゃがみ込んだ!そのまま俺を持ち上げる。うわあ!


 「……なんだぁ。石か」


 見たままの感想を述べて、おじさん俺を地面に戻した。何と見間違えたんだろう……畑に向き直ってみたところ、石ころみたいなものが土の上に掘り返してあるのを見つけた。野菜かな?どことなく、俺に似ている気もする。親近感。なにはともあれ、一安心……。


 「おばさまぁ~!フローラさんがぁ~!」


 女の子の声が聞こえると共に、俺の視界がズシッと暗くなった。なんだろう……俺、埋まった?上から押しつけられたような感触はあったけど……。


 「あぁ~!ごめんなさい!」


 誰かが俺をつまみ上げ、地面の上に戻してくれる。この子は……ジェムさんだったな。リンちゃんより少し年上の女の子だ。俺の方へと両手をあわせて見せ、申し訳なさそうに謝罪して走り去っていった。


 「……」


 俺……石だよな?踏んづけられたみたいだけど、すぐに謝られた。普通、石に謝るかな?


 「……」

 

 あの子、すごいいい子だな。あと、生まれて初めて、女の子に踏みつけられた結果……俺はマゾヒストじゃないと知った。再確認した。正常ゆえ、安堵であった。


 「……」


 気を取り直して、俺は移動を再開する。エメリアさんが入っていったところと同じ場所から、こっそりとテントの中へ転がり込む。中には照明があって、うっすらぼんやりと明るい。でも、うっすらと白い霧みたいなものがかかっている。


 「あらぁ。どうしたんですか~?」


 エメリアさんの声が小さく聞こえる。テントの中の学者さんや、アイテムの管理をしているらしい人たちは、みんなうなだれている。フトンもかけていない。寝息は聞こえるから、眠っているだけみたいだけど……夜通し作業でもしていたのだろうか。


 「……はあ……はあ」


 激しい呼吸の音がする。それはテントの奥の方、布で仕切られている後ろから聞こえる。血なまぐさいことになっていないことを祈りつつ、俺は布の下をもぐって進んだ。


 「……どうしましたぁ~?もう動けませんかぁ?」

 「ああ……あああ……」


 エメリアさんが細身の女の人を押し倒し、その人の耳に吸い付いて甘噛みしている。ちゅぱちゅぱという生々しい音が聞こえる。俺は思わず仕切り布の外へと転がり戻ってしまった。


 「……」


 な……な……なに?


第14話へ続く

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