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21.王子6―スーパーヤンデレタイム―

 修学旅行当日。

 俺の熱は大分下がっていたが、他の人に迷惑はかけるのも何なので、修学旅行には行かないことにした。


「はるちゃん、いい? 桜ちゃんには頼んであるけど、万が一魔王様……真央兄がきても、絶対ドアを開けてはいけませんよ?」

「いやなんでだよ」

 そして、何故かユメは、真央兄がきても家に上げるなとかなり強く念を押してくる。


「何でもだよ! 今のはるちゃんは、オオカミの罠にかかった山羊やぎ。ジンギスカンなんだよ! 美味しくいただかれちゃうんだよ! なんのためにユメが体を張ったと思ってるの!? これではるちゃんが食べられちゃったら、お菓子片手に裸で桜ちゃん絵のモデルになった努力が水の泡だよ!」

「いやわけがわからないから。あとジンギスカンは山羊じゃなくて羊の肉じゃなかったか?」

 理由を何度も尋ねたが、ユメの説明は的を得ない。

 けど必死さは伝わってきたので、真央兄がきたら居留守をつかう約束をして、遅刻させる前に学院に送り出した。


 早めのお昼を食べて二度寝していたら、ピンポンとチャイムの音が聞こえてくる。

 ユメに言われた通り居留守を使っていたら、玄関のドアが開いた音がした。

 真央兄やユメ、その妹が俺の不在時にも家で待てるように、庭の隅にある植木鉢の下に、昔から鍵を隠してある。

 

 ……居留守使っても鍵使われたら意味ないな。

 ユメは爪が甘い。どうして真央兄を呼びたくなかったのかはわからないけど、来たなら出迎えなきゃな。

 ベットから起き上がり、身なりを整えていたらドアが開いた。


 そこにいたのは真央兄じゃなくて、思わず固まる。

あまさき?」

 同じクラスのあまさき王子が、何故かそこに立っていた。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 えっ、何で俺の家に王子がきてるんだ?

 今日は修学旅行のはずなのに。

 いやそもそも、何で俺の家を知ってる。どうして鍵の場所が分かったんだ?


 王子はこの『ドキドキ★エステリア学院』のメインになる攻略対象。

 主人公と過去に出会っていて、ずっとそれから主人公が好きで。

 でも主人公が覚えていないから言い出せずに、それを隠したまま再び惹かれあっていくそういうストーリの持ち主だ。

 けど、そもそもユメと王子の幼い頃のイベントが発生しなくて、攻略は当の昔に諦めていた。


 三年間同じクラスでわりと仲はいい。

 けど家に呼ぶような仲ではなかった。

 なのに何故、俺の家を訪ねてきたんだろう。


「修学旅行……行かないって、聞いた。風邪?」

「えっ、あぁ」

 王子はすっと何の予告もなく俺と距離をつめてきて、手を額に当ててきた。


「ちょっと、おい!」

「少し熱がある。眠るべきだ」

 そう言ったかと思うと、王子は俺の肩に手を置いて、強引にベットへ座らせる。

「いやお前、修学旅行は? なんでここにいるんだ?」

「そんなの春斗がいないと行く意味がない」

 戸惑う俺に、王子はきっぱりと告げた。


「俺がいないと行く意味がないって……」

 何言ってるんだと問いただそうとして、王子が俺を『春斗』と呼んだことに気づく。

「何でお前がその名前知ってるんだ?」

 尋ねれば、眉を寄せて王子は俺を睨んできた。


「……」

 無言の圧力。

 聞くな、自分で考えろとでも言わんばかりだ。

 美形の睨みというのは、なんというか凄みがある。

 熱と混乱で頭が回らない俺に、はぁっと大きく王子は溜息をついてポケットから何かを取り出した。


 四葉のクローバーの栞。

 それを俺に見せ付けるように、目の前に翳す。

「春斗は、これでもまだ気づいてくれない?」

 ちょっと怒ったような声で王子はそう告げた。


 まさか、と思う。

 小学校二年の時に出会った女の子。

 文通のたびにお花の絵の栞や、押し花の栞を送ってくれた俺の友達――ゆき。

 王子と同じ蜂蜜色の綺麗な髪をしていて。

 憂うような影を帯びた表情は、よく見れば王子ととてもよく似ていた。


「……お前、ゆきなのか?」

「よかった。前にわざと落として見せたのに無反応だったから、ここまでして気づいてくれなかったらどうしようかなって思ってたんだ」

 俺の言葉に、王子が表情を和らげて微笑む。


「春になって土手にいっぱいシロツメクサが咲いて。二人で四葉を探したよね。でも結局見つからなかった。けど春斗は俺のために一人で四葉を探してくれてた。それが嬉しくて、栞を作るようになったんだ」

 ちゅっと気障な動作で、宝物だよと王子は栞にキスをする。


「えっ? いやちょっと待ってくれよ。ゆきは女の子で」

 えっ、どういうこと?

 文通友達のゆきが、攻略対象の天ヶ崎王子?

 しかも女じゃなくて、男だった?

 戸惑いながらも、記憶の中のゆきを思い出す。

 どう見たってあれは女の子にしか見えなかった。


「なんとなく、春斗がそう思ってることは気づいてた。よく女の子に間違われてたし。春斗を追ってエステリア学院に入学して、本当のことを言うつもりだったんだけど。女じゃないと知って嫌われたらって考えたら……怖くなったんだ」

 戸惑う俺に、王子がぽつりぽつりと告げる。


「いやでも、王子はゆきと字が違うよな?」

 ノートを貸してあと、ワンポイントの絵がかかれたお洒落なカードと一緒にお土産を貰う事がよくあった。

 男にしては繊細すぎる綺麗な文字は、ゆきの丸っこい文字とはまるで違う。

 何かの冗談だと思いたかった。


「春斗が女だと思ってたみたいだから、それっぽい文字にしてたんだ。今でも書けるし、手紙も送ったろ? 相川元生徒会長とばったり出くわしたから、もしかして俺がゆきだって気づいちゃったかなって思ったけど、あの人言わなかったんだ?」

 そんなの聞いてない。

 頭が回らなくて固まっていたら、王子が俺のベットの上のほうにおいてあった手紙の束に気づいた。


「春斗、俺の手紙ちゃんと取ってくれてたんだ。嬉しい……」

 口元に手を当てて、少し目頭を潤ませながら幸せそうに王子が呟く。

 その表情はまるで恋をしているかのようで、唐突に気づいてしまった。


 ――王子との出会いイベント、本来の主人公であるユメじゃなくて、俺が起こしちゃってる!?

 これまずくないか?

 ユメが王子を攻略できないって状況は変わらないけど、それ以上に何か嫌な予感がする。

 こっちを見つめてくる王子の瞳に妙な熱があって、ぞわぞわと肌が泡立つ。


「俺は一目会って、春斗にすぐに気づいたよ。でも、春斗はいつまで立っても気づいてくれなくて。それもあって言い出せなかったんだ。同じクラスになって、チャンスだって思って、毎日話しかけようとしてた。結局勇気がなくてできなかったけど」


 少しなじるような口調は、気づいてくれなかった俺を責めていて。

 それでもこうやって会えたことが嬉しいと伝えてくるように、俺の手の甲を取って口づけてきた。

 キザな仕草が様になっているのはさすが王子といったところだ。

 けど、男相手にそれはどうなんだろう。


 外国の血が入ってるからスキンシップ過剰なだけだと思いたい。

 けど、俺を捉える視線は焦がれるかのように情熱的で、そこから導き出される答えを力の限り拒否したかった。


 これ、俺のポジション、完全にユメがいるべき場所じゃねーか!

 乙女ゲームのヒロインに向けるべきメインヒーロの想いが、サポートキャラである俺に全力で向いてしまっている。


 王子はこの乙女ゲームにおいて、最初から好感度がマックスのキャラ。

 高校生になったゲーム開始時点で、王子には『主人公が一目ぼれで初恋の相手』という設定が存在している。


 まさかとはおもうけど、その『一目ぼれ初恋』設定まで男の俺に生きてないよな?

 ゆきのことは嫌いじゃないけど、それは正直勘弁してほしい。

 俺にそっちの趣味は全くないというのに。


「それなのに、春斗は他のやつとばかり仲良くして。一年の時は、従兄弟の生徒会長がべったりしてて近づけないし。二年になったら、後輩の子たちが春斗にまとわりついてくるし。三年になったら、今度は御堂なんかと……」

 口にしてイライラしたように、王子は顔をゆがめる。


 まるで嫉妬とかしてるみたいに見えるんだけど。

 友達を取られて悔しいみたいな、そういう感情……だと思っていいかな?

 というか、そう思いたい。


 ぎしっとベットが軋む音がして、王子が顔を近づけてきた。

 さっきから思うけど、王子は結構距離が近い。

 男のくせに無駄にいい香りがする。

 その香りをどこか懐かしいと思ってしまう自分がいて、王子がゆきなんだと今更納得させられる。


「この三年間、ずっと春斗だけを見てた。ねぇ、今度は春斗が俺を見て?」

 艶っぽく語りかけて、王子が指を絡めてくる。

 妙な引力があって、目が逸らせない。

 その瞳は、まるで愛しい人に向けるかのような熱をはらんでいた。


「天ヶ崎。一旦落ち着こうか」

「……ゆきだよ。そうやって他人行儀に呼ばないでよ。家族だって言ったくせに」

 言った。確かに言った。

 でもあれはその場のノリというか、この世界で一人っきりになった同じ仲間に対する言葉というか。


「ねぇ、俺の名前を呼んでよ。春斗」

 こんな風に恋人の蜜事のように、ささやかれると落ち着かない。

 いや、何この雰囲気。

 顔近いって。

 胸を押し返したけど、王子は細身に見えて意外と筋肉がついている。

 細マッチョというやつか。そういえば王子の半裸な写真集を、学院の女子がきゃあきゃあ言いながら見てたきがする。


「わかったから、ゆき。こんなことをしてる場合じゃないだろ。今からなら修学旅行にまだ間に合う。タクシー呼ぶから、行こう。な?」

 なだめるように言いながら立ち上がれば、ぐっと手首を捕まれて王子の方を向かされた。


「……春斗、俺を拒むんだ?」

 抑揚のない声。

 すっと細められた王子の瞳が、虚ろなものにかわる。

 ゾクリとしたものが、背筋を走った。


「春斗、俺を家族だって言っただろ! 俺はずっと春斗のことを忘れたことはなかったのに、全然気づいてくれないし。話しかけられなくてもずっと側にいたんだよ? バスケ部の合宿でカレーを作ってるときも、学院の女王に睨まれたときだって俺だけはいつも背後から離れなかった。皆でボーリングに行った時も、参加はしなかったけどいたよ。春斗に喜んでもらいたくて出来る限り朝食だって作りにきてたし、俺の方が他のやつらよりずっと春斗を愛してる。なのに修学旅行で御堂と一緒に寝るなんて皆の前で言っちゃうし。春斗は俺のものでしょ? 何でそうやって色んな人に笑いかけたりするの? ねぇ……俺だけを見てよ!」


 まるで狂ったように、王子は一気に吐き出した。

 手首を掴む爪先が食い込んで、痛くて思わず顔をしかめる。

「っ!」


 ……これって、ストーカーってやつか?

 ふいにユメが王子について語っていたことを思い出す。

 選択肢を間違えると、王子はヤンデレになる……と。

 幼い頃出会った男の子だと気づかずに長い間放置しつづけると、こじらせて大変なことになるとも言っていた。


「あの朝食って、お前……ゆきがつくってたのか?」

 できるだけ刺激したくなくて名前で呼べば、そうだよと王子が頷く。

「春斗、朝起きたら朝食が用意されてる奴らがうらやましいって、前に手紙に書いてたでしょ? だから作って持ってきてたんだ! ちゃんと幼馴染のユメちゃんと妹さんの分も作ったんだよ?」

 作られたような笑顔を浮かべる王子の瞳の奥には、闇が揺らめいているように見えた。明るい声が場違いのように、部屋に響く。

 ふつうにさらりと王子は言っているけれど。

 不法侵入もいいところだ。


「ねぇ春斗。俺には春斗だけだよ。俺の全部を春斗にあげる。だから、春斗を俺に頂戴?」

 王子は俺との距離をつめてきた。

「あげるとかあげないとかそういう問題じゃないだろ! 一旦落ち着けって、なっ?」

 思わず後づされば、ベットのふちにぶつかって背中から倒れこんだ。

 その上に覆いかぶさるように、王子が俺の動きを封じてきて。

 これはやばいと頭の中で警鐘が鳴り響く。



「寂しいんだ……誰も『王子』の俺しか必要としてくれない。春斗しか本当の俺を見てくれる人がいないんだ。なのに春斗まで、俺を要らないっていうなら……どうしたらいい?」

 助けを求めるように俺の首に手を伸ばす王子は、迷子の子供のように心細い顔をしていて。

 目じりに涙を溜めて震えていた。


 そこではっと気づく。

 目の前にいるのは『ドキドキ★エステリア学院』の攻略対象で、ヤンデレの王子なんかではなく。

 俺の知っている友人で、泣き虫の『ゆき』なんだと。


 攻略対象の『王子』として俺はゆきを見ていたけれど。

 そこにいるのは紛れもなく、幼い頃震えて泣いていたあの子だった。

 縋るものが無くて、たったひとりでずっと戦ってきたんだろう。

 俺を――『相川透哉』ではなく、『春斗』だけを心の支えにして。


 寂しいと震えるゆきを見て、俺はひとりじゃなかったんだと気づく。

 俺にはユメがいたし、真央兄だっていた。二年生になってヨシキとも仲良くなって、竜馬も側にいてくれた。怜司という親友もできた。


 ゆきの中には『春斗』しか支えがなかったかもしれないし、昔の俺だって似たようなものだった。

 けど今は違うと思う。


 俺が風邪をひいたら、心配してくれる奴らがいる。

 頼ってもいいんだよと言ってくれる奴らがいる。

 一緒にいると騒がしいけれど、落ち着ける人たちがいた。

 思ってくれている人が確かにいる。

 なのにひとりだと思うなんて、皆に対して失礼だ。


 ――寂しいなら、一緒にいてほしいと口に出せばよかっただけの話だったんだ。

 そうすれば皆側にいてくれると、試さなくてもそう思えた。

 それくらいには絆を結んでいると、信じることのできる自分に驚く。

 目の前をずっと覆っていた霧が晴れたように、すっきりとした気分だった。


 簡単なことだったのに、どうして甘えられなったんだろうと思う。

 目の前のゆきは、まるで自分を見てるみたいだ。

 誰も自分を必要としてくれないと思い込んで、ひとりで戦ってる。

 すぐ側に目を向ければ、きっと求めてるものはそこにあるのに。


「俺にはゆきが必要だ。友達で家族なんだから当たり前だろ。だから泣くな」

 ゆきが俺と同じ事に気づけるように、はっきり言葉にして優しく頭を撫でてやれば、体のこわばりが解けていくのがわかった。

「春斗」

 戸惑うようにこちらを見つめる目から、涙が零れる。


「本当ゆきは泣き虫だな。こんなのファンの子が見たら幻滅するぞ?」

 溜息をついて軽口を叩けば、顔がくしゃりと崩れて。

「うぅ……春斗ぉ!」

「苦しいって」

 俺の胸にしがみついて本格的にゆきは泣き出してしまう。

 よしよしとあやすように頭を撫でながら、これでよかったんだと思った。

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