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20.王子5―ユメちゃんの看病タイム―

「はるちゃんありえないよ! こんな修学旅行の直前に風邪をひくなんて!」

 ユメが文句をいいながら、水気をしぼりきれてないびちょびちょのタオルを俺の顔の上に置いてくれる。

「……!」

 看病してくれようとしてるのはありがたいんだが、息が苦しい。

 窒息させる気か!

 どうにか顔を横に逸らすことで、タオルを退かすことに成功した。


「はるちゃんがいないと、つまらないよ。全然行く気にならない」

 むぅと頬を膨らますユメだけれど、その手にはテーマパークのパンフレットが握られている。

 どこに行くのかすでに何度もチェックされた後があり、よれよれだ。

 相当楽しみにしていたようだ。


「……大丈夫だ。絶対に明日の修学旅行までには治すから」

 俺だって今回の修学旅行は相当楽しみにしていた。

 根性でどうにかしてみせる……と思うのだけれど、やっぱり頭が重くてぼーっとして。

 筋肉という筋肉が熱を持ったみたいに、体に力が入らなくて、身動きがとれなかった。


「それにしても、昨日まで全然元気だったのに変だよね。はるちゃんこういう時に風邪なんてひいたことなかったのに。修学旅行に熱を出すなんて、まるで『ドキドキ★エステリア学院』の魔王様ルートみた……い?」

 うーんと唸りながら口にしていたユメの動きが、はたと止まる。

 ぎぎぎと油を差し忘れたロボットのように、顔をこちらにむけてきた。


「はるちゃん。まさかとは思うけど、魔お……真央兄から栄養剤を貰った?」

「あぁそういえば。何でユメがそれを知ってるんだ?」

 言われて思い出したのは、昨日のこと。


 ユメの面倒を見るだけでも大変なのに、攻略対象がグループに二人もいるといると大変だろう。

 そういってわざわざ真央兄が家に戻って、特製のよく効く栄養剤を持ってきてくれたのだ。

 真央兄の父さんは製薬会社の社長で、幼い頃から会社の手伝いをしている真央兄も薬には詳しかった。


「はるちゃん! 危険な人から貰ったモノを飲んじゃいけませんって習わなかったの!」

 普段なら真央兄を危険だなんて何を言ってるんだと叱るところだけれど、動揺したユメに首根っこをつかまれガクガクと揺さぶられ、それもできなかった。


「今からでも吐こうはるちゃん! まさかの魔王様ルートなんて嫌だよ! 薬盛られて、部屋で二人きりで看病とか絶対襲われちゃう! 原作でもあれは何かあったよねとか言われまくってたのに、はるちゃんが手篭めにされちゃうよ!」

「ちょやめろユメ! 指を喉につっこんでくるなっ!」

 動揺したユメに襲われて、必死に抵抗する。

 ただでさえぐったりしていたところに、体力を全て費やしてしまった。

 

「はっ! さっきよりも顔色悪くなってる。だから魔王様の薬なんて飲んじゃ駄目だって言ったのに!」

「いやこれお前のせいだからな……」

 力を使い果たしてくたっとした俺に、ユメが嘆くような声を上げたので、息も絶え絶えになりながらつっこむ。


「もう飲んでしまったものはしかないか。こうなったらユメが、絶対に今日一日ではるちゃんを回復させて見せるからね!」

 そう宣言してぐっと拳を握り締めたユメに……嫌な予感がひしひしとした。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「汗かいたから着替えましょうね!」

「それくらい自分でやる」

「駄目! 今日はユメがはるちゃんのお世話するの!」

 ユメは張り切っている。

 多少好きにやらせれば、落ち着いてくれるかと思って、上のパジャマだけ着替えさせてもらった。


 真剣な顔で俺のパジャマのボタンを留めているユメを見てると、ほんのりと胸が温かくなる。

 ボタンを掛け間違ってるけれどまぁ、そこもユメらしい。

 たまには世話をされるのも案外いいかもしれない。

 そんな事を思ったのは、そこまでだった。


「はるちゃん、氷まくらですよ!」

「……」

 ベットの頭部分にビニールをしいて置かれたのは、ブロック氷。

 そこにユメはタオルをかけた。


「よく冷えるように、おっきい氷をそのまま使ってみたよ。一刻も早く治さなくちゃいけないからね!」

 知恵を絞ったんだよというように、ちょっと得意げだ。

 頭が痛くなってきたけど、これは風邪のせいなんだろうか、それともユメのせいなんだろうか。

 おそらく後者の気がした。

 これはないからと氷は砕いて、ちゃんとした氷枕をつくった。

 アイスピックをユメに持たすのが不安だったので、もちろん自分でだ。


 熱上がってきたような気したけれど、おちおち眠ってはいられなかった。

 ユメがお昼を作ると台所へ行ってしまったからだ。

 皿の割れる音がして、やっぱりと思いながら台所へ壁をつたうようにして向かう。


「大丈夫だから! はるちゃんは寝てなきゃ駄目!」

「でも……変な匂いもするし」

「はるちゃん心配しすぎ! 栄養のあるものは苦いし変な匂いなのはあたりまえなの。ほら部屋に戻って眠ってなきゃ!」

 台所に入ろうとしたところでユメに阻止され、部屋へと強制的に戻される。


 謎の生物の鳴き声や、ガリガリと何かを削る音。陶器の破壊音。

 ユメは確かお粥をつくると言っていた。

 俺の知っているお粥は、作るときこんな騒々しい音が響いたりするような料理ではなかったはずだ。

 気になって眠りにもつけなかった。

 

「特製スタミナお粥ですよー」

 しばらくして、ユメがべちゃっとした紫色の物体を運んできた。

「……お粥?」

 マンガとかだと、ゴゴゴゴゴとか、おどろおどろしい描線が背後にあること間違いないこの物体。

 俺の知っているお粥は紫じゃないし、謎の異臭を放ったりしない。

 そこにあるだけで人の不安を駆り立てるような存在感を放つ物体を、食べ物だとユメは言い張るつもりなんだろうか。

 

 ――これを料理だとは絶対に俺は認めない。

 頑なに口を閉ざしてユメの料理を拒めば、むぅっとユメはむくれた。

「悪い。食欲ないんだ」

 食欲なくても、食べる気はしない。

 色をたくさん混ぜれば黒に近づく。

 このおかゆには色が変わるほど得体の知れないものがたくさん入っているように思えた。

 

「駄目だよはるちゃん、好き嫌いしちゃ。体にいいものいっぱいいれたから、これ食べればすぐよくなるの」

 ほらあーんなどと言われても、絶対無理だ。

「がんばってつくったのに……はるちゃん、食べてくれないんだ?」

 しゅんとユメが肩を落とす。

 それを見たら、何だか悪い事をしてる気になってきた。


 あのユメが自分から料理なんて、めったにないことだ。

 普通にお粥を作れば包丁なんて使わないから怪我しないはずなのに、たくさんのばんそうこが手に張られていた。

 俺のために、努力してくれたというのは間違いない。


 なのに俺ときたら、食材への冒涜だとか、台所の後片付けが大変そうだとか。

 そんな事ばかり考えて、ユメが俺のために一生懸命にしてくれた気持ちを無視するところだった。


「少しだけ食べようかな」

 そう言った俺の頭は、間違いなく熱に侵されていたんだと今なら断言できる。

 ぬちゃ、ガリッゴリッとお粥ならありえない音を立てて、謎の物体を食んだ後に飲み込めば、俺の意識はあっさりと遠のいた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 久々に懐かしい人の夢を見た。

 死んだはずの元の世界でのおじいちゃんが、川の向こうでおいでと手を振っていた。

 皆笑顔で、綺麗な花畑がそこに広がっていて。

「俺も今行くから……」

 腕を伸ばしたところで、ぎゅっと手を握られた。


「先輩、目が覚めた?」

竜馬たつま?」

 どうやら手を握ってくれたのは竜馬だったらしい。

 俺が気がついた瞬間ぱっと手を離し、何で自分がここにいるのかを説明しはじめる。

 どうやら俺はユメのお粥を食べた後、すぐに気絶してしまったらしい。

 ユメが助けを求めてきて、竜馬はヨシキと一緒に家に来たらしかった。


「ユメはどこに?」

「お見舞いにきてた元生徒会長を無理やり連れて、桜子とどこかに行ったよ。よくわからないけど、ユメちゃんは桜子と何か取引してたみたい。まぁ大丈夫じゃないかな」

 尋ねればあまり興味なさそうに、淡々と呟く。


「ヨシキがお粥つくってる。そろそろできると思うから」

 竜馬は妙に態度がよそよそしくて、視線も合わせてくれない。

 なんでだろうと思ったところで、前に拒絶するような事を言ったことを思い出す。


 しばらくして、ヨシキがまともなお粥を食べさせてくれた。

 誰かに面倒を見てもらうのは、むず痒くて落ち着かない。

 手を煩わせるのも悪いので、自分で食べると言ったのだけれど。


「オレが困ってるとき、はる先輩はいつだって手を差し伸べてくれましたよね。弁当だっていつも作ってくれて。たまには、こうやってオレから何かさせて下さい」

 心を許してくれてないのかというように、ヨシキが少し傷ついたような顔でそう訴えてきて。

 それならと後輩の言葉に甘えることにした。


「はる先輩、何かやってほしいことありますか?」

 ベットの側でヨシキが俺を見つめながら、そんな事を尋ねてくる。

「そういえば、ユメの修学旅行の準備がまだ途中だった。お願いできるか?」

「いやそれ、月島先輩にやらせるべきものなんじゃ?」

 小学校や中学校の修学旅行の際、ユメは要らないゲームやお菓子を鞄に詰め込んだあげく、服や必要な物を全ておいていった前科があった。

 元の世界の時に学んだかなと思っていたら、こっちの世界でも同じ事を繰り返していたので、やっぱり心配だ。


「いや、まぁいいです。何をすればいいですか?」

 ユメだからしかたないかというようなヨシキは、俺と過ごしたこの期間でもう慣れが生じているのかもしれなかった。

「そこにある迷子札に、英語で学院の連絡先を書いてやってほしい。あとそっちのカゴにあるのがユメの服だからたたんでそっちの鞄に入れてくれ」

 指示すれば、ユメに対して呆れたような顔を浮かべたまま、ヨシキは鞄に荷物をつめてくれる。


「それとそこの棚にキャラクターものじゃないパンツがあるから、それも……いややっぱこれは俺がやる」

 さすがにキャラものは同室の女子に引かれてしまうだろうと、通販で新しく購入しておいたユメのパンツの事を思い出す。

 これを二人に準備させるのは酷だと気づき、起き上がろうとすれば、側に控えていた竜馬が大丈夫だからと首を横に振った。


「いいよ先輩は寝てて。ユメちゃんのパンツになんて一切欲情しないから平気」

 きっぱりと言い放ち、竜馬がユメのパンツをたたむ。

 乙女ゲームの主人公なのに、攻略対象にパンツをたたまれた上、興味ないと一刀両断されてしまっているユメ。

 ヨシキにおいても似たようなもので、この後輩二人のユメに対する恋愛感情はゼロを振り切ってマイナスになってるんじゃないかとすら思えてくる。


 もうゲームの攻略期間はのこり少なく、あと十ヶ月もない。

 乙女ゲームにおいて、修学旅行は大切な恋愛イベントだ。

 主人公であるユメを攻略対象とくっつけて、ゲームをクリアすれば、きっと元の世界に帰れる。

 唯一の希望は、好感度が好き以上あると思われる怜司だけだった。


 なんだかんだでユメとの接点を増やして、好感度アップを狙うつもりでいたのだけれど。

 この体の調子だと、明日修学旅行へ行くのは少し無理があるような気がした。

 ユメのフォローどころか、自分の事すらままならない。


 というか、俺がいないのにユメを修学旅行に行かせて大丈夫だろうか。

 迷子になったり、人攫いにあったり、事件に巻き込まれたあげく、事を大きくしたりしないだろうか。

 恋愛云々とか言ってる場合じゃない気がしてきた。


 ……ここは、怜司にユメの面倒を見てくれるよう頼み込むしかないな。

 同じグループだし、しっかりしてる怜司の事だ。

 きっと俺が頼めば、責任持ってユメの世話をしてくれることだろう。

 本末転倒というか大いに間違っている気がしないでもないし、怜司がユメに振り回されて苦労する未来が簡単に想像できたが、背に腹は変えられない。


『は、はるから電話をしてくるなんて珍しいな。どうかしたのか?』

 電話をかければ、少しうわづった声で怜司が出た。

「実は風邪引いて、明日の修学旅行に行けそうにないんだ。折角同じ部屋になろうって誘ってくれたのにゴメンな」

『……風邪ならしかたないな。無理はよくないし』

 修学旅行に行けそうにないことを伝えると、声のトーンが思いっきり下がる。俺と行くのを心底楽しみにしてくれていたらしい。

 悪いことをしたなと思うのと同時に、そんな風に俺と過ごすのを心待ちにしてくれてたんだと思うと、少し嬉しくなる。


「それでユメのことを頼みたいんだ。あいつ少し抜けてるところあるから、誰かが側にいないと、何やらかすかわからなくてさ。怜司しか頼れる人がいないんだ」

『……僕にしか、頼めない?』

 お願いできるかと頼めば、少しの間があって。

『わかった。親友であるはるの頼みだからな。ちゃんと面倒を見ると約束する。だから安心して、風邪を治してほしい』

「ありがとう。助かる」

 力強く怜司が請け負ってくれて、ほっと一息つく。

 これでとりあえずは一安心だ。


 竜馬もヨシキも帰ってしまったから、部屋にはひとりきり。

 誰もいない部屋は、静寂が耳に痛い。

 学院に入学してあいつらに出会ってから、俺の周りはにぎやかで。

 騒がしいと思っていたけれど、こんなふうにひとりになると心細くて寂しいと思う。


 弟が家で待ってるヨシキはしかたないとして、普段の竜馬なら泊まっていきそうなのになと、そんな事を思う。

 どう考えても原因はこの前のアレだ。

 母親への子供っぽい執着や、誰が作ってくれているかわからない朝ご飯に、どうして俺はあそこまでこだわってしまったんだろうと後悔する。

 そんな事よりも、竜馬がここにいてくれた方がよかったのにと現金なことを思った。


 誰も俺がここで死んだって気づかないんじゃないか。

 本当は俺のことなんて皆どうでもいいんじゃないか。

 そんなわけはないと思うし、風邪だから気が弱っているだけだ。わかってはいても、怖くて怖くてたまらなくなる。


 ――寂しい。怖い。誰か助けて。

 ぎゅっと目を閉じて、自分を守るように毛布を被る。

 寝てしまえば自分が独りだと少しの間忘れていられるのに、熱のせいで眠れなくて。


「はるちゃん、大丈夫だよ。ユメがいる」

 どれくらいそうしていただろう。

 慣れ親しんだ声に毛布から顔を出せば、ユメがそこにいた。

 毛布に隠れていた俺の手をぎゅっと握ってくる。


「絶対にユメははるちゃんを一人にしないから。はるちゃんがどこにいたって、離れてたって見つけて駆けつけるから。だから安心していいよ」

 柔らかな声。

 安心も何も、ユメがいるから俺はいつだってはらはらさせられている気がする。

 けど、ユメが側にいないと落ち着けないのも事実で。


 さっきまでの不安や恐怖が嘘だったように、心の中ですっと溶けて消える。

 目を閉じれば優しい夢に、俺は落ちて行った。

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