19.王子4―過去の出会い―
「どうして泣いてるんだ?」
話しかければ女の子は俺を見上げてくる。
俺と同じ小学校二年生くらいだろうか。
柔らかそうな蜂蜜色の髪がとても綺麗だった。
白い肌に、上気した頬。
こんなに可愛い子を見たことがなくて、まるで絵本のお姫様みたいだと思う。
――『公園で泣いてる王子』を探して歩いていたら、お姫様に出会っちゃったな。
そんな事を思ったけれど、攻略対象の男の子じゃないからと言って、放置するなんて考えはなかった。
女の子が座っているブランコの横にしゃがんで、視線を合わせてやる。
「……お家が見つからなくて」
「迷子なのか、お前」
日曜日の夕暮れ時。
公園には家族連れが多くて、その光景がよけいに女の子を心細くさせてしまったんじゃないかと思った。
「お父さんとお母さんとはぐれたのか」
しかたない探してやるか。
そう思って尋ねれば、女の子は首を横に振る。
「ひとりできた。お父さんとお母さん、この街のどこかにいるから」
ぽつりぽつりと女の子は口にする。
話を聞けば、昔女の子はこの街に両親と住んでいたらしい。
けれど引っ越して、その先に両親はいなかった。
それできっとこの街の彼女の家に、両親がまだ住んでいるんじゃないかと探しにきたらしい。
「お家に帰りたい。父さんと母さんに会いたい……」
涙を滲ませる女の子の気持ちが、俺にはよくわかった。
俺も同じだったから。
気づけば『ドキドキ★エステリア学院』とかいうふざけた名前の乙女ゲームの世界に、俺はいて。
『相川透哉』というサポートキャラクターとして、この世界に生を受けていた。
けど元の世界の俺は『春斗』という名前の、別の人間で。
両親も友達も別にいた。
彼らに会いたくて、家に帰りたくて。
でもどうしようもなくて。
毎日が苦しかった。
たぶん、この女の子の両親がいなくなったのも、引っ越したことにも理由はある。
それはわかっていた。
きっと、家が見つかっても彼女が望むように両親はそこにいない可能性が高い。
けど、俺はどうしても、彼女の願いを叶えたかった。
「俺が一緒に探してやるよ!」
女の子が自分と同じに見えた。
この世界で、ひとりっきりで迷子になっている彼女の味方でありたかった。
驚いた顔をして、女の子が泣き止んで。
「……ありがとう」
それから、花が綻ぶように微笑んだ。
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冬は暮れるのが早い。
このあたりはまだ街灯が多く明るいからいいけれど、すでに子供が出歩くには遅い時間になっていた。
一旦この子を帰した方がいいと駅の方まで送っていく。
別れ際、そういえば名乗ってない事を思い出した。
「俺は春斗。お前は?」
本来の名前は透哉だったけれど、それが自分の名前でない気がして。
俺は頑なに元の世界での名前だった『春斗』を使っていた。
名前を尋ねれば、女の子は俯いて黙り込んでしまう。
「名前教えてくれないのか?」
「そうじゃなくて。自分の名前……好きじゃないんだ」
ぽつりといった女の子に、ますます親近感が湧いた。
「俺と同じだな」
「春斗も自分の名前嫌いなの?」
女の子が首を傾げる。
「俺さ『相川透哉』って名前もあるんだけど、その名前が自分のものじゃない感じがするんだ。だから、『春斗』とか『はる』って呼んでもらってる。春生まれだからってことにしてさ」
「そうなんだ。そういうのいいなぁ」
うらやましそうに女の子は口にした。
「お前は何生まれ? 夏? 秋?」
「冬」
「そっか、じゃあ冬……ってなんか呼び辛いな。うーんどうしようか」
その時、雪が降ってきた。
はらはらと落ちて、すぐに手のひらで溶けて消える。
道理で寒くなってきたはずだ。
「そうだ、ゆき。ゆきにしよう。真っ白なところが、お前に似合ってる。ゆきが溶けたらはるになるって、誰かが言ってたんだけどさ。この呼び名だと、兄妹みたいでいいと思わねぇ?」
「兄弟……うん。嬉しい」
提案に女の子――ゆきは嬉しそうに笑った。
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日曜日になるとゆきと待ち合わせして、ゆきの家を探す。
けどなかなか見つからない。
ふたりして、お菓子を食べたり、遊んだり、お喋りしながら家を探して歩いた。
そんなことを続けてるうちに、すっかりゆきとは打ち解けた。
口数の少ないゆきだけれど、とても聞き上手で、笑った顔が可愛い。
二人でいると何だか楽しくて。
特に根拠はないのに、何もかもがどうにかなるような気がした。
「ここ見たことある!」
ゆきの記憶にひっかかったのは、お花屋さんだった。
そこからゆきは導かれるように走り出して。
「ちょっと待てよ、ゆき!」
急いで後をついていく。
「ここを曲がったところに、家が……!」
ゆきの説明を聞きながら角を曲がる。
急にゆきが立ち止まったせいで、その背にぶつかった。
「いきなり立ち止まるなよ」
注意したところで、ゆきの様子がおかしいことに気づく。
目を見開いて固まったゆきの視線の先には、真っ黒に煤けた家が建っていた。
もしかしなくても、ここがゆきの家のようだった。
「ゆき、きっとお父さんとお母さんは別のところに……」
ヘタな慰めをしようとして、途中でやめる。
そんなの一時しのぎの嘘にしかならなかった。
「本当は知ってたんだ。お父さんとお母さんがもう、この世界にいないこと。でも、信じたくなかった。忘れたくなかったんだ。大切だったはずなのに、もう顔も思い出せなくて……」
両親はゆきが叔父さんの家に預けられている日に、火事で死んでしまったらしい。
子供には刺激が強すぎるからと、家に連れて行ってもらえなくて。
ゆきの記憶の中で家は元のまま。
きっと家はまだそこにあって、父さんも母さんもそこにいるんじゃないかと、願うように思っていたらしい。
泣いてるゆきは、脆くて放っておけば今にも消えてしまいそうに見えた。
その体を、ぎゅっと抱きしめる。
まるで自分のことのように、悲しかった。
ゆきが両親と会えることを、心から俺は望んでいた。
大切だったはずなのに、忘れていく。
失ったものに対する苦しみが薄れていくことに、罪悪感があって。
ゆきの叫びは、まるで自分のもののようだった。
「もう、ひとりなんだ。誰も家族がいない。嫌だよ、助けて……」
泣きじゃくるゆきの声が、心に痛かった。
ゆきの両親がいないであろうことは予想できたのに、俺はそうでないことを望んで、ゆきに現実を突きつけてしまった。
「俺がいるだろ」
気づけば、そう口にしていた。
「確かにちゃんと、ここにお前の家があったって、俺ちゃんと覚えてる。お前と探したことも忘れないし、お前の両親がここにいたことも忘れない。だからどうしたって感じかもしれないけど。お前さえよければ、俺が家族になってやるから」
精一杯の言葉を紡げば、ゆきは目を見開いた。
「はるが……ゆきの家族?」
「そうだ。俺の本当の両親も、この世界にいないんだ。だから、ゆきだけが俺の家族だ。春斗とゆき。兄妹みたいだろ?」
同じ想いを抱える者同士。
そういう思いをこめて微笑めば、ゆきは俺の胸に顔を寄せてきた。
「うん、嬉しい。春斗はゆきの家族なんだね!」
「そうだ。だから、これからも離れてたってずっと一緒だ。家族なんだからな」
慰めるようにそう言えば、ゆきは嬉しそうに笑う。
「ゆきにこれやる」
ポケットからハンカチを取り出して開けば、ゆきが目を見開いた。
「四葉のクローバー? 前に一緒に探したとき見つからなかったよね?」
先週ゆきの家を探す途中、土手にいっぱいシロツメクサが咲いてる場所を見つけて、一緒に四葉のクローバを探したけれど結局見つからなかった。
その後一人で探して、ようやく一本だけ見つけたのだ。
「押し花にしたんだ。すこしへにゃってなってるけど、ゆきに幸せがありますように」
「……春斗。ありがとう」
「もう泣くなって。本当ゆきは泣き虫だな」
受け取ってまた泣き出すゆきの頭を、お兄さんぶって撫でる。
柔らかな蜂蜜色の髪が、春の日差しの中できらきらと輝いていた。
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久々に懐かしい人の夢を見た。
王子の持っていた栞でゆきの事を思い出して、手紙を探して読み返していたからだろう。
一番最初の手紙で貰った四葉のクローバーの栞を手に取る。
押し花にされている四葉のクローバーは、俺があげたものじゃなくて、ゆきがその後ひとりで探して見つけたものらしい。
おそろいの栞だと手紙には書いてあって、栞の裏には『春斗にも幸せがありますように』という文字があった。
今日は土曜日だったので学校はない。
それをなんとなくポケットに入れて、家の掃除をして修学旅行の荷造りを進める。
ユメの分まで荷造りしなくちゃいけないから一苦労だ。
何故ユメの分を俺が荷造りしてるかというと、ユメに任せたらいらないものをこれでもかと詰め込んだ挙句、必要なものを忘れるからだ。
「あれ、真央兄。どうしたんだ?」
夕方になって買い物に行こうとしたら、ポストのところに真央兄が立っていた。
「少しはるに確認したい事があってきたんだけど。その前にこれ、ポストに入ってたんだ」
手渡されたのは桃色の封筒。
後ろをみれば差出人が『ゆき』になっていた。
思わず目を見開く。
「知り合いなの?」
「あぁ、文通友達なんだ! 三年くらい手紙送っても返ってきてさ。何も言わずに引っ越したのかなって思ってたんだけど、ちゃんと俺のこと覚えててくれたんだ!」
懐かしいなと思っていた矢先に、ゆきから手紙がくるなんて、こんなことがあるんだろうか。
柄じゃないけど、運命のようなものを感じてしまう。
嬉しくてしかたなくて顔が緩むのを押さえられなかった。
さっそく開けてみれば、そこには相変わらずの丸っこくて可愛い文字。
そこには驚きの内容が書かれていた。
実はゆきも、俺と同じエステリア学院に通っていたらしい。
俺に気づきながらも、忘れられていたらと思うと怖くて。
なかなか声がかけられなかったという旨が、手紙には書かれていた。
「何かいい事が書いてあったんだ?」
「ゆきのやつ、実はエステリア学院にいたみたいなんだ! 俺に気づいてたけど、忘れられてたら怖くてずっと黙ってたみたいでさ。許してくれるなら、修学旅行の時に会って話がしたいって!」
尋ねてきた真央兄に、興奮しながら口にする。
『もしも許してくれるなら、修学旅行の時会いたいです。自由行動の時、四葉のクローバーの栞を持って待っています』
同封されていたお手製の栞には、ミモザの花の絵。
調べたら花言葉は『友情』らしい。
ゆきらしいなぁと思いながら修学旅行が楽しみだと、心から思った。
まさか同じ学校に通っていたなんて。
全然気づかなかった。
言い出し辛かったと手紙には書かれていたけれど、もしかしてすでに知り合いだったりするんだろうか。
けどゆきは可愛らしい見た目をしていたから、そんな目立つ女子がいたらすぐに気づくはずだ。
――まぁ会えばわかるよな。
修学旅行が今から待ち遠しくてしかたない。
そんな事を考えていた、修学旅行の二日前の夜。
俺はまさかの風邪をひいた。
真面目回多くてすいません。次回ユメちゃんターンなので、ギャグ多めです。




