真央学院に入学した。
1.全年齢OK
2.初めて書いた物語です。
全年齢対象。
奇想天外な種族たち、騒がしくも温かい日常、時折起きる小さな事件——
楽しんで読んでいただければ幸いです。
魔都の朝靄が晴れきらぬ早朝。
ダイヴィル真主中央学院——通称「真央学院」の巨大な正門前には、すでに姿形も種族も異なる新入生たちが押し寄せていた。
空気には硫黄、苔、粘液、そして言葉にできぬ数多の気配が混ざり満ち、魔界特有の生命力溢れる喧騒が、この場一帯を包み込んでいる。
骸骨の格賀の空洞な眼窩では、魂火がだるげに揺らめいていた。彼は指骨で、興奮しすぎて自分の肋骨に突き刺さりかけた小悪魔の尻尾の先を、軽く弾き飛ばす。
「ここが、世間で言う『人材雲集の地』か?」
下顎骨が擦れ合う淡い音を立て、格賀が低く呟く。
「どう見ても辺境の雑市場だ。しかも得体の知れぬ奇怪な海産物まで売られている、最悪のタイプだ」
「格賀、そんな冷めたこと言わないでよ!」
隣に立つ豹人のダイクは、押し合う人混みの中で必死に体勢を保っていた。金褐色の毛皮が、厚い雲から漏れる淡い天光を浴びて艶めき、ふさふさとした耳は緊張と期待で微かに震えている。
両腕に大量の羊皮紙書類を抱え、今にも書類の山に埋もれてしまいそうな様子だ。
「見てよ、この雄大な建物!一枚一枚のレンガから歴史の魔力が滲み出てくるみたい!この雰囲気、まさに知識の殿堂だよ!」
「この殿堂には、歩くキノコ、宙を漂う幽霊、触手八本で串焼きを同時に持とうとする深海族まで詰まってるけどな」
格賀は淡々とツッコミを入れ、身軽に人波をかわす。全身から粘液を滴らせたスライムが慌ただしく二人の間をすり抜け、煌めく粘液の跡を地面に残して走り去る。
ダイクはその跡を眺めて一瞬耳を垂らすも、すぐに気を取り直して笑顔を浮かべる。
「これこそ多様性の証拠だよ!百七十年前の大戦を経て訪れた平和は、こうして僕たち種族が肩を並べられるためにあるんだ。……ちょっと滑って危ないけどね」
「契約書には『互いに押し合ってはならない』なんて一文はないからな」
軽く突っ込みつつ、格賀は白骨の腕を伸ばし、突進してくる鉄皮ゴーレムの新入生をさりげなく遮り、ダイクを守る。
「感動スピーチは後にしろ。今は、人波に飲まれるか、食堂の骨スープの具になるか、二択だ」
二人は押し寄せる新入生の波に乗り、無数の防御ルーン・魔力集束ルーン・空間拡張ルーンが刻まれた学院大門を、苦労しながらくぐり抜けた。
門の内側の光景は、外側の想像をはるかに超えて驚異的だった。
空高くそびえる尖塔は、通常の物理法則を無視してねじれ渦を巻き、先端はゆっくり回転する暗紫色の魔渦へと飲み込まれている。城郭のように連なる校舎はそれぞれ様式が異なり、霜に凍てつく棟、蔦と業火に覆われる棟が混在している。巨大な浮遊庭園・闘技場が宙に浮かび、虹色の魔力軌道で互いに繋がれている。遠方、常に夕闇に閉ざされた森からは、奇怪な魔獣の咆哮と囁き風の音が絶えず響いてくる。
見聞の広い格賀でさえ、眼窩の魂火がわずかに強く燃え上がった。
「各種技術と魔素材の使い方、贅沢が過ぎる」
「だからすごいって言ったでしょ!」
ダイクは興奮して尻尾を勢いよく振り回した。
不機嫌そうな口調で喋る浮遊石板の案内に従い、二人は新入生受付センター——巨大な魔獣頭蓋骨を改造した広大なホール——へと辿り着いた。
ホール内はさらなる大混乱だ。
翼を持つ受付スタッフが頭上を飛び回り、羊皮紙の巻物や寮の鍵をひっきりなしに落とす。数体のリッチ教官が半空に浮遊し、無機質な声でクラス分け名簿を読み上げている。質問対応用の魔鏡が列を成して並ぶも、待ち行列は途方もなく長い。隅の方では、馬頭人の教官が幻術で出席を偽装しようとした双尾妖狐の新入生たちに向かって、厳しく怒鳴りつけていた。
「不死族——骸骨族、格賀」
「獣人族——豹人種、ダイク」
順番が回ってき、二人は続けて名乗りを上げる。
カウンターの奥であくびをしていた角族の受付係は、顔も上げずに淡々と告知する。
「了解。骸骨族は『幽寂回廊』三階、三一七号骸骨巣房。豹人は『咆哮原野』東区、B12号獣人巣穴。これが分厚い学院守則、校内地図、身分識別バッジだ。紛失厳禁、再発行は極めて面倒だからな」
格賀は配布物を受け取ると、識別バッジが自動的に彼の白い鎖骨に吸着した。
ダイクはといえば、大量の書類と道具を手持ちの小荷物に詰め込もうと、慌ただしく手を動かしていた。
「次!そこのスライム、分裂して列に割り込むな!」
喧騒の受付ホールを離れ、二人は常にルートが微かに変化する蠕虫模様の校内地図を頼り、それぞれの寮区を目指した。
途中、中央広場を抜ける必要があった。
ここは校内一の賑わいと異常さを併せ持つ場所だ。サークル勧誘の露店が無数に立ち並び、それぞれ独特の雰囲気を放っている。
「深淵詩歌同好会」の露店からは、物悲しいブルースの調べと墨の薫りが漂う。「暴力錬金研究会」の方では先ほど小規模な爆発が起き、緑色の魔煙がゆっくり立ち昇っている。屈強な獣人やリザードマンたちが「肉体鍛錬研究会」の前で、筋肉と鱗の力を誇示している。さらに「平和契約精神修養サークル」では、握手型の手作りクッキー(原材料は一切不明)が配布されていた。
ダイクは次々と広がる光景に目を奪われ、感嘆の声を止めない。
一方の格賀は目的を明確に持ち、最短ルートで人混みを抜けようと進んでいた。
その時、甲高い悪戯笑いと慌ただしい羽音が耳に届いた。
見れば、数匹の上級生小悪魔が輪を作り、逃げ場を失った小さな蝙蝠新入生に、弱い闇魔法を連続で撃ち込んでからかっている。
恐怖に震えた蝙蝠新入生があちこちにぶつかり、もう少しで格賀に激突する寸前だった。
「やめろ!」
ダイクは瞬く間に尻尾を立て、全身の毛を逆立て、勢いよく大声を上げた。新しい環境への遠慮など吹き飛び、正義感が全面に出る。
悪戯をしていた小悪魔たちは振り返り、大人しそうな豹人の新入生、そして奇妙なことに骸骨の新入生を眺める。
リーダーらしき小悪魔がニヤニヤと笑い、挑発的に語る。
「へえ、新入りのくせにヒーロー気取りか? このコウモリ、俺たちの『影核糖』を盗んだんだ。俺たちはただ自分のものを取り返して、礼儀を教えてやってるだけだ」
「盗んでない! あれは自分で拾った……」
影蝙蝠が細く震える声で弁解する。
格賀の眼窩で魂火が静かに揺らめいた。
彼はダイクを一瞥し、暇つぶしで後輩をからかう小悪魔たちを見渡し、淡々と口を開く。
「『影核糖』は休憩室・食堂の無料配布品だ。第五七版『学院守則』第三一二条に、一人一日三個までの取得制限が明記されている。条文全文を暗唱しようか? それとも、風紀委員室で『礼儀』の定義を議論する?」
小悪魔たちは一瞬言葉を失い、たじろぐ。
まさかただの骸骨の新入生が、臆することなく規則を持ち出し、理詰めで返してくるとは思いもしなかったのだ。
風紀委員の厳しさは上級生である彼らが一番よく知っている。
「チッ、つまんねえ頭でっかちな骸骨野郎」
リーダーは不機嫌に舌打ちし、掌の魔力弾を消し去る。
「さっさと行こうぜ」
小悪魔たちは一斉に宙へ飛び去り、解放された影蝙蝠は礼を述べて慌ただしく立ち去った。
ダイクは安堵の息を吐き、憧れの眼差しで格賀を見上げる。
「格賀、すごい! 守則の条文まで覚えてるなんて!」
「登校途中にざっと目を通しただけだ」
格賀は存在しない埃を払うような仕草をし、淡く続ける。
「大抵のトラブルは、力より規則の方が通用する。もちろん、相手に少しでも道理が通じる場合に限るが」
二人は再び歩を進め、やがて分岐路に辿り着いた。
一方の「咆哮原野」方面からは、獣人たちの遠吠えが微かに響き、一方の「幽寂回廊」方面からは、静かな陰気な気配が漂ってくる。
「じゃ、後で会おう」
ダイクは頭を掻き、わくわくした様子で呟く。
「食堂のご飯、どんな感じなんだろう……」
「今日広場で見た変な連中と遭遇しなければいいが」
格賀は振り返らず、幽寂回廊の暗がりへと真っ直ぐ歩み去る。
ダイクは彼の真っ白な骨の背中が影に溶けていく様子を見届け、続いて自分の寮区へと続く広大な原野の道を眺めた。
魔界特有の植物の薫りと自由な空気を深く吸い込み、ダイクの顔には期待に満ちた明るい笑みが広がった。
真央学院の平穏な学生生活は、こうして幕を開けた。
格賀とダイクにとって、この日は数多の予期せぬ出来事に満ちた一日となり、そしてこれから続く、数え切れない非日常の日々の、ほんの始まりに過ぎなかった。
遠く、学院最高塔の時鐘が、重く長く、魔界の空に響き渡った。




