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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第9章 辺境に芽吹く、魔法の自由

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第60話 漏洩する光


 成功は、隠しにくい。


 音が大きいからではない。


 光が遠くまで届くからでもない。


 人の顔が変わるからだ。


 正式起動試験の翌日、ミリィは母親と一緒に鉱山町へ戻った。


 研究所の場所も、アークの構造も話してはいけない。


 その約束は守ったらしい。


 だが、自分で火を灯し、自分で消したことまで隠すのは難しい。


 いつもより明るい顔をしている。


 工房の火を見ても目を逸らさない。


 友人に「何かあったの」と訊かれる。


 最初は一人だけに話す。


 話を聞いた一人も、信頼できる一人に話す。


 その日の夕方には、鉱山町の市場で別の話になっていた。


 低魔力の少女が、火を灯した。


 非連結者が、貴族と同じ魔法を使った。


 王都から逃げてきた異端者が、子どもへ魔法を移した。


 古代装置を使えば、血統を盗める。


 教会の祝福を剥がし、誰にでも付け直せる。


 噂は、物理法則に従わない。


 保存則も怪しい。


 入力した事実より、出力される尾ひれの方が大きい。


「だから言ったでしょう」


 ナタリアは、研究所の机へ聞き取り記録を並べた。


「正確な記録より、分かりやすい嘘の方が速いって」


 フィンが頭を抱える。


「昨日の今日でこれかよ」


「昨日の今日だからよ。人は新しい火を見ると、最初に驚いて、次に誰かへ話して、その後で自分が最初から知っていたような顔をする」


 ミーナが窓際から言った。


「辺境では、その前に売れるかどうか考える人間もいるけどね」


「さらに悪いわ」


「現実的と言って」


 二人は相変わらず、相性が悪そうで良い。


 俺は記録を一枚ずつ確認した。


 完全な嘘もある。


 危険なほど正確な情報もある。


 共通魔法コード。

 停止語。

 石英を使った低出力媒体。

 黒鉛による余剰吸収。

 低魔力者への入力補助。


 アークの種という名前まで、どこかから漏れていた。


 ただし、核心の構造は出ていない。


 倫理仕様も、補助の確認手順も、正式起動の詳細も、今のところ噂には含まれていない。


「公開情報と、非公開情報を分けよう」


 俺は言った。


「何が漏れたかを判断するには、事実の層を分ける必要がある」


 ナタリアが紙を三つに分けた。


 一つ目。


 東坑道の安全講習で公開した情報。


 止める言葉を先に決める。

 三回息をする前に消す。

 一人で行わない。

 水と停止係を用意する。


 二つ目。


 講習参加者が見た情報。


 低魔力者でも、条件を整えれば火花に届く。

 火が出なくても停止できれば記録上の意味がある。


 三つ目。


 研究所内部だけの情報。


 アークの種。

 入力整形。

 倫理仕様。

 個別の補助確認。

 停止権限の優先条件。


「アークの名前が漏れた経路は、講習参加者では説明できない」


 ミーナが言った。


「研究所へ出入りした人間?」


「可能性はある。でも、名前だけならジークの工廠からも漏れる。部品の搬入記録にも仮称が残っていた」


 ジークが顔をしかめた。


「工廠帳簿には『種型補助台座』としか書いていない」


「それでも、推測する人間はいる」


 公開しなければ漏れない、という段階は終わっていた。


 複数の場所に断片がある。


 探針の修理。

 黒鉛炉の使用。

 銀線の注文。

 共通魔法コード。

 低魔力者の発動。


 断片を集めれば、何かが作られていることは分かる。


 問題は、誰が集めているかだ。


     ◇


 昼前、鉱山組合から使いが来た。


 東坑道の休憩所で、共通魔法コードの写しが見つかったという。


「配った分ではないのか?」


 俺が訊くと、使いの男は首を横に振った。


「組合印がない。しかも、内容が違う」


 差し出された紙を見る。


 粗い写しだった。


 火花の図。

 媒体杖の持ち方。

 短い詠唱。

 呼吸の数え方。


 一見すると、俺たちが作った共通魔法コードに似ている。


 だが、下半分がない。


 停止語。

 監督者。

 水桶。

 一人で行わないという注意。

 媒体が熱を持った時の中止条件。


 すべて削られている。


 代わりに、見覚えのない一文が加えられていた。


【火が弱い場合、詠唱を繰り返して出力を上げる】


「誰がこれを使った?」


「工房見習いが二人。夜勤の休憩中に試した」


「怪我は?」


「一人が掌を焼いた。もう一人が、講習で覚えた停止札を使ったから大事にはならなかった」


 リナがすぐに立ち上がる。


「負傷者を診ます」


「案内する」


 使いの男とリナが外へ出る。


 俺は偽の手順書を見つめた。


 発動に必要な部分だけを残し、停止に必要な部分を削っている。


 偶然の書き間違いではない。


 意図がある。


 火を出しやすく見せる。


 強くする方法を足す。


 止めるための準備は、面倒な制限として消す。


 俺たちが最も避けようとしていた形だった。


「誰かが、共通魔法コードを売り物に変えている」


 ナタリアの声が低くなる。


「安全講習じゃなく、秘伝の火起こし術として」


「それだけなら、町の詐欺師よ」


 ミーナは紙を光へ透かした。


「でも、この紙は少し変」


「何が?」


「紙そのもの。辺境の夜学や工房で使うものより薄い。繊維が揃いすぎている」


 ナタリアも紙へ触れる。


「王都の写本紙?」


「違う。東側の交易品。帝国の軍用伝票にも似ている」


 ダリオが紙を受け取り、端の切り方を確かめた。


「携行命令書と同じ幅だ」


 研究所の空気が冷えた。


「帝国軍が作ったと決まったわけではない」


 俺は言った。


「そうね」


 ミーナは紙を畳む。


「でも、候補から外す理由もない」


     ◇


 午後、俺たちは東坑道へ向かった。


 偽の手順書が使われた休憩所は、坑道の入口からそれほど遠くない。


 壁には灯り用の結晶。

 濡れた外套。

 煤のついた長椅子。

 中央には、小さな着火炉が置かれている。


 事故が起きたのは、その炉だった。


 工房見習いは、正式な媒体杖を持っていなかった。


 補修用の石英片を木の棒へ縛り、細い銀線を巻いただけの即席品。


 黒鉛緩衝層はない。


 熱の逃げ道もない。


 偽の手順に従い、火が出なかったため詠唱を繰り返した。


 結果、石英内部へ熱が蓄積した。


 表面に火が出ないまま、持ち手側へ熱が戻った。


「見た目では失敗に見える」


 俺は焼けた媒体を調べながら言った。


「だから、さらに入力した」


 フィンが銀線を持ち上げる。


「細すぎる。しかも二か所、同じ向きに巻いてある。これじゃ熱を逃がすどころか、持ち手へ集める」


 ジークが休憩所の炉を見る。


「道具を知らない奴の組み方だ」


「でも、発動部分の順序は合っている」


 ノエルが偽の手順書と焼け跡を比べる。


「短詠唱、呼吸、媒体接触。共通魔法コードの上半分は正確です」


「正確に盗んで、不都合な部分だけ消したのね」


 ナタリアが言った。


 事故を止めたのは、別の見習いだった。


 彼は前日の安全講習に参加していた。


 偽の手順書には書かれていなかったが、停止札と水桶を先に用意することを覚えていた。


 石英の色が白く変わった時、本人の同意を待たずに停止札を切った。


 昨日、俺たちが議論した状況と同じだ。


 使用者は続けようとした。


 安全担当者は危険基準を見て止めた。


 今回は、掌の軽い火傷だけで済んだ。


 倫理仕様は、まだアークの種の中にしかない。


 だが、その考え方の一部は、共通魔法コードを通じて人間の側にも残っていた。


「停止手順を先に教えていなければ、もっと大きな怪我になっていた」


 現場監督が言った。


「組合として、正式な紙を配る。偽物を持っている者は申し出させる」


「罰するのか?」


「使っただけなら罰しない。売った者は探す」


「それがいい」


 使った人間まで罰すれば、紙は隠される。


 隠されれば、どこまで広がったか分からなくなる。


 危険な手順を回収するには、持っていることを言える状態が必要だ。


 記録を消さない。


 失敗を隠さない。


 研究所だけでなく、社会へ広げるべき原則だった。


     ◇


 研究所へ戻ると、ミーナが三枚の帳簿写しを机へ置いた。


「別の問題が出たわ」


 高純度ではない石英核。


 細い銀線。


 黒鉛板。


 小型のマナ結晶。


 ここ数日、別々の商人が少量ずつ買い集めている。


 一件ずつなら、工房や鉱山で普通に使う素材だ。


 だが、組み合わせると違う。


「低出力補助核を作る部品だ」


 フィンが帳簿を見る。


「でも、黒鉛が少なすぎる」


 ジークも頷いた。


「ダミー負荷を作る量ではない。緩衝層一枚で終わる」


「銀線は多い」


「入力を見るためではなく、出力を重ねるつもりだ」


 俺は購入量を紙へ並べた。


 石英核の大きさ。


 銀線の長さ。


 黒鉛板の面積。


 結晶片の数。


 俺たちのアークの種と完全には一致しない。


 だが、安全系を削り、発動補助だけを残した構造なら説明できる。


「誰かが、止める部分を除いた補助核を作ろうとしている」


 ノエルの顔から血の気が引く。


「偽の手順書と同じですね」


「ああ」


 共通魔法コードから停止条件を削る。


 アークの構造からダミー負荷と停止検出を削る。


 目的は同じだ。


 発動だけを速くする。


「購入先は追える?」


 俺が訊くと、ミーナが一枚の紙を出した。


「表向きは、ゼフィル連合の仲介商会。でも、代金の流れが不自然。三つの商会を通した後、東へ抜けている」


 ダリオが帳簿の端にある小さな印を見つめた。


「この刻みは帝国軍の調達符号だ」


「確実か?」


「前線で見た。物資の中身ではなく、優先順位を示す印だ」


 ミーナが暗号表を広げる。


 数字。

 線。

 黒い点。


 一つずつ照合していく。


 やがて、彼女の指が止まった。


「送り先は、イグナイト帝国東部軍工廠。受取部署は、魔導兵器統合部隊」


 その下に、責任者を示す略号がある。


 E・B。


 ダリオの表情が硬くなった。


「エドガー=ブラッドフォード」


「知っているのか?」


「帝国軍の魔導兵器部隊長。使える技術なら、敵のものでも味方のものでも組み込む男だ」


 フィンが低く言う。


「何のために?」


 答えは考えるまでもなかった。


 低魔力者でも使える入力補助。


 恐怖や疲労で乱れた入力の補正。


 複数人へ同じ手順を教えられる共通魔法コード。


 量産しやすい部品構成。


 軍が欲しがらない理由がない。


 しかも、倫理仕様を外せば、兵士本人の判断を残す必要もなくなる。


 停止権限を上官だけに集める。


 恐怖を発動の邪魔として抑える。


 退避の判断を命令違反として無効にする。


 それは魔法を使える兵士ではない。


 魔法を撃つための人間部品だ。


「倫理仕様を作ったのは正しかった」


 俺は言った。


 ミーナが静かに返す。


「向こうが採用すると思う?」


 答えられなかった。


 安全装置は、製造費を上げる。


 停止条件は、稼働率を下げる。


 使用者の判断は、命令の統一を妨げる。


 兵器としての効率だけを見れば、倫理仕様はすべて邪魔になる。


 ナタリアが偽の手順書を机へ置いた。


「技術は、作った人の思想ごと広がるわけじゃない」


 分かっていた。


 分かっていたつもりだった。


 だが、停止条件を切り取られた紙と、帝国へ流れる部品の帳簿を並べると、胃の奥が冷えた。


 フィンが机を叩いた。


「じゃあ、どうするんだよ。出さなきゃ嘘が広がる。出せば盗まれる。隠せば教会と同じ。出せば兵器にされる」


 すぐに答えは出なかった。


 正解が一つなら、ここまで難しくはならない。


 隠すことにも危険がある。


 公開することにも危険がある。


 だが、一つだけ分かる。


 発動の方法は、もう漏れ始めている。


 なら、安全を研究所の中へ残しておく方が危険だ。


「停止規格を先に広げる」


 俺は言った。


「共通魔法コードの発動部分ではなく、外部から止めるための条件と部品を標準化する」


 ジークが目を細める。


「他人が作った補助核も止められる構造か」


「ああ。黒鉛負荷の接続位置、緊急遮断の信号、媒体過熱時の切離し規格。安全装置を省いた模倣品が出ても、後から接続できる停止箱を作る」


「作った側が、接続を拒否したら?」


「現場の使用者に渡す。工房、鉱山、運搬組合。装置を作る者ではなく、近くで使わされる者が止められるようにする」


 ダリオが頷く。


「上官ではなく、現場にも停止権限を残す」


「そうだ」


 リナが強く言った。


「賛成です。発動方法より先に配りましょう」


 フィンが、少しだけ笑った。


「火を配る前に、水桶を量産するわけか」


「今度は、水桶だけでは足りない」


「なら、止める箱だな」


「そうなる」


 エリシアは、停止状態のアークの種を見つめていた。


「それでも、奪う者は出るわ」


「ああ」


「あなたは、自分が作ったからだと責めるでしょうね」


「たぶん」


 彼女は俺へ向き直った。


「奪う者の罪まで、作った人が一人で背負う必要はないわ。でも、奪われる可能性を見なかったことにするのは、作った側の責任になる」


「分かっている」


「なら、進みましょう」


 彼女の声は静かだった。


「強くするためではなく、止めるために」


 俺は頷いた。


     ◇


 その夜、研究所の規則に新しい作業が加わった。


【停止箱・第一型】

【目的:製造元を問わず、低出力補助核を外部から停止する】

【条件:使用者本人または周囲の安全担当者が操作できること】

【禁止:停止権限を一人の管理者へ集中させない】

【記録:停止理由と停止時の入力を残す】


 フィンとジークが構造を考える。


 ノエルが共通信号を定義する。


 リナが人体側の停止基準を整理する。


 ダリオが、混乱した現場でも使える操作数へ削る。


 ナタリアが説明文を書く。


 ミーナが、どの経路なら帝国より先に各地へ届けられるかを調べる。


 俺とエリシアは、アークの種に登録した倫理仕様を、装置の外でも成立する規格へ変えていく。


 漏れた光を、元へ戻すことはできない。


 噂を消すこともできない。


 偽の手順書をすべて回収することも、おそらく不可能だ。


 なら、光が届く先へ、影の扱い方も届ける。


 火を作る知識だけが走るなら、止める知識をもっと速く走らせる。


 机の上には、帝国へ向かう購入記録が置かれていた。


 その最終行。


【安全系統:不要】

【出力効率を優先】


 誰かが、意図して倫理を削っている。


 漏れたのは、小さな火の光だけではなかった。


 光を作るための理論が、止め方を切り落とされたまま、東へ運ばれ始めていた。


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