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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第7章 封印書庫に眠る、もう一つの答え

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第36話 古代の声


 水晶板の上に立った光の像は、男の姿をしていた。


 灰銀の髪を首の後ろで束ねた、痩せた男。

 簡素な研究衣。

 年齢の分からない顔。

 輪郭は淡く揺れているのに、瞳だけが異様に明瞭だった。


 若くも老いても見える。

 肉体の記録ではなく、研究者としての印象だけを結晶に焼き付けたような像だった。


 その像は、俺たちを一人ずつ見た。


《入力署名、確認》

《角片R-ID、損傷大》

《内在層、非応答》

《閲覧権限、限定》

《応答記録体、起動》


 声は、耳で聞こえる音ではなかった。

 頭の中に意味が置かれる。

 それでいて、確かに声として認識できる。


 クラリス先生が姿勢を正した。


「あなたは?」


《記録名、シグルド。旧外部演算研究機構、第三層主任。人格保存体ではない。思考応答記録である》


 フィンが小声で言った。


「本人じゃないけど、本人っぽく答えるやつだ」


《概ね正しい。工具を持つ者》


「うわ、こっち見た」


《工具の金属音が大きい》


「音で判別されてるのかよ」


 緊張が少しだけ緩んだ。

 だが、油断できる空気ではない。


 光の像――シグルドは、俺を見た。


《非連結者》


 その呼び方に、胸の奥が小さく鳴った。


 非連結者。

 この世界で、ずっとエラーのように扱われてきた言葉。

 だが、シグルドの声には侮蔑がない。

 分類名として呼んでいる。


 異常でも、欠陥でもなく。

 そういう入力形式として、認識している。


「質問していいか」


《限定質問を許可する》


 俺は閲覧台の中央に置かれた角片を見た。


「この角片は何だ」


 シグルドは、角片へ視線を移した。


《同期獣の失敗残骸》


 静寂。


 リナが小さく息を呑む。


「同期獣……?」


《複数個体の感覚、衝動、移動相を外部基準で同期させる実験体。低位魔獣群を一つの生体回路として運用する軍用研究。倫理封印対象》


 リオネルの目が鋭くなる。


「森の魔獣は、自然発生ではなかったということか」


《完全な自然発生ではない。古代式同期技術の粗悪な再起動痕跡がある》


「誰がやった」


《不明。角片R-ID損傷。現行王国式ではない。教会式でもない。帝国式との一致も未確認。ただし、模倣精度は低い》


 カイが顔をしかめた。


「誰かが、分かってない技術を無理やり使ったってことか」


《概ね正しい》


「最悪だな」


《最悪には段階がある。これは初期段階の失敗である》


「もっと上があるのかよ」


《ある》


 誰も笑わなかった。


     ◇


 俺は質問を続けた。


「古代理論書にあった内在演算層とは、現代の血紋スキルのことか」


《後世語では近似可能。ただし、血統は一要素にすぎない。本質は、個体がマナ場へ介入する際の自動補正機能である》


 リオネルの拳がわずかに握られた。


「血統は、一要素……」


《整相度、神経応答、感情波、媒体適性、訓練履歴も影響する》


「訓練履歴?」


 エリシアが反応した。


《自動補正は固定値ではない。反復により最適化される》


「つまり、才能だけではないということね」


《正しい。才能は初期条件であり、終端条件ではない》


 その言葉に、エリシアの目が少しだけ変わった。

 彼女の誇りを否定する言葉ではない。

 むしろ、努力の意味を補強する言葉だった。


「非連結者はどうする」


 俺が訊く。


《外部演算核を用いる》


「何を補う」


《入力整形、位相整合、境界束縛、反力処理、失敗検出、停止補助》


「それは、発動者の代わりに全部やる装置なのか?」


 俺は言い換えた。


「たとえば、使用者が細かい詠唱も判断もせず、装置が勝手に条件を整えて魔法を発動する。そういう完全な自動発動なのか」


《否。完全自動は危険である》


 即答だった。


《発動者の判断を残せ。判断を奪った術式は、使用者ではなく管理者に従う》


 リナが小さく言った。


「それは、治癒でも同じですか」


《同じ。治癒から判断を奪えば、治療ではなく加工になる》


 リナの顔が青くなる。

 だが、目を逸らさない。


 フィンが尋ねる。


「外部演算核って、今の素材で作れるのか?」


《完全再現は不可。暫定核なら可能。石英、銀、黒鉛、安定結晶、低出力制限を推奨》


「よし、低出力ならいける」


「今ので作る気になったのか」


 リオネルが呆れたように言う。


「動くかどうか見たいだろ」


「危険だと思わないのか」


「思う。だから低出力で、止める仕組みを先に作る」


 フィンが真顔で答えた。


 シグルドがフィンを見る。


《良い判断。出力より停止を優先せよ》


「古代人に褒められた」


「評価されただけだ」


 俺が言うと、フィンはにやっと笑った。


「評価でも十分」


     ◇


「Ωについて聞きたい」


 俺がそう言った瞬間、シグルドの像が揺れた。


《封印項目》


「大域同期素子だろ」


《限定応答。Ωは増幅器ではない。同期基準である》


「複数のマナ場を同じ位相へ揃える?」


《正確には、局所位相群を参照位相へ収束させる。対象は個体、媒体、地脈、術式》


「参照位相はどこに置く」


《危険質問》


「答えられない?」


《答えれば再現可能性が上がる》


「そこまで分かれば十分だ」


 シグルドは俺をじっと見た。


《非連結者。質問速度が速い》


「まだ聞きたいことの半分も聞いてない」


《記録体にも処理限界がある》


 フィンが吹き出した。


「古代人にも怒られてるぞ、ユウマ」


「質問を整理する」


「最初からそうしろよ」


 俺は一度、息を整えた。


「なぜ封印された」


 その質問に、シグルドはすぐには答えなかった。


 光の像の表情が、人間に近くなる。

 記録体なのに。

 人格ではないはずなのに。

 そこには、後悔のようなものが見えた。


《我々は、誰もが魔法を使える世界を夢見た》


 声が、低くなる。


《低魔力者。非連結者。感覚不一致者。詠唱困難者。彼らを魔法の外へ置かないために、外部演算を作った》


「それは、間違っていない」


《間違っていなかった。最初は》


 封印書庫が、静まり返る。


《Ωの発見で、個人補助は大域同期へ拡張された。一人を助ける装置は、百人を揃える装置になった。百人を揃える装置は、都市を従わせる装置になった》


 エリシアが唇を引き結ぶ。


《科学は神話に包まれた。理解できる者を減らすために。やがて、同期の声を神の声と呼ぶ者が現れた》


「神を作ったのか」


《神ではない。命令者だ》


 その答えは、ひどく冷たかった。


 リオネルが低く言う。


「軍で使えば、兵士の恐怖も消せるのか」


《可能》


「最悪だな」


《それは第二段階の最悪である》


「まだ上があるのか」


《命令者が、自分を神と誤認する》


 今度こそ、誰も言葉を発しなかった。


 俺は胸の奥が重くなるのを感じた。


 知識は力だ。

 俺はそれを信じている。

 低魔力でも、非連結でも、理論と手順があれば届く場所がある。

 それを証明したくて、ここまで来た。


 だが、同じ理論は、人を自由にするだけではない。

 同じ命令で動かすこともできる。


「あなたたちは、失敗したんだな」


 俺が言うと、シグルドは即答した。


《そうだ》


 言い訳はなかった。


《だから記録を残した》


「封印したのに?」


《封印は消去ではない。未来への遅延である》


 遅延。

 その言葉が、妙に重く響いた。


《安全に扱える者が現れるまで、問いを遅らせた》


 シグルドの像が薄くなる。


《非連結者。あなたの手動演算は、我々の初期外部補助理論と同系である》


 俺は、息を止めた。


《あなたは異端ではない》


 その言葉は、思っていたより深く刺さった。


《古い問いの、遅れて来た回答である》


 何も返せなかった。


 異端ではない。

 エラーではない。

 門の外にいるのではなく、別の入口に立っている。


 そんなふうに言われたのは、この世界に来て初めてだった。


 シグルドの像がさらに薄れる。


《応答限界が近い。次回起動には、外部演算核の暫定模型が必要》


「設計図はあるか」


《完全図は封印、破損、焼却済み。断片は存在する》


 閲覧台の水晶板に、新しい図が浮かび上がった。


 円形の核。

 入力端子。

 位相補正。

 負帰還。

 反力ダンプ。

 停止系。

 そして、外周に赤く塗られたΩ接続ポート。


 図の上に、文字が浮かぶ。


《ARC-SYSTEM》

《外部演算補助核》

《使用者判断保持型》

《大域同期接続、制限推奨》


 フィンが息を呑む。


「アーク……」


 シグルドの声が、最後に響いた。


《アークは人を自由にする》


 次の瞬間、赤い警告文が浮かぶ。


《だが、神を作ることもできる》


 光の像が消えた。


 封印書庫には、また静寂が戻る。


 だが、もう同じ静寂ではなかった。


 俺たちは、墓場で声を聞いてしまった。

 死んだ理論ではない。

 遅延された問いだ。


 そしてその問いは、今、俺たちの手元に戻ってきた。


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