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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第3章 白衣の無籍、魔導学院に挑む

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第12話 学院試験と白衣の無籍


 仮宿舎のベッドは、硬かった。


 硬い、というより、遠慮がない。

 木枠の上に薄い藁布団を載せただけの構造で、寝返りを打つたびに背中へ「ここは王都だぞ、甘えるな」と主張してくる。


 王都ルブラ。

 魔導街灯が夜を押し返し、浮遊馬車が頭上を滑り、身分証ひとつで扉の重さが変わる都市。


 その片隅、学院受験者用の仮宿舎で、俺は眠れずに天井を見ていた。


(試験は二日後)

(持ち込み可能:杖一本、媒体一式、筆記具)

(禁止:外部補助者、登録外結晶、危険度中等以上の術式)


 宿舎の受付で渡された紙を、頭の中で何度も読み返す。


 禁止事項が多い。

 だが、禁止事項が多い試験ほど、設計思想が見える。


 この学院は、受験者に「強い魔法」を見せてほしいのではない。

 管理可能な範囲で、既存体系に合う才能を選別したいのだ。


 血統。

 魔力量。

 整相度。

 詠唱適性。

 そして、従順さ。


「……最後のやつ、測定項目に書いてないのが悪質だな」


 呟くと、隣の寝台から声が返ってきた。


「なあ、今の、寝言?」


 振り向くと、ぼさぼさの茶髪の少年が上半身だけ起こしていた。

 年は俺と近い。目元に煤のような汚れが残っている。腰元には工具袋。指先には小さな傷。


 工房系だ。


「起きてたのか」


「お前が天井に向かってずっと試験規則の悪口言ってるからな。怖くて寝られん」


「悪口じゃない。解析だ」


「解析って便利な言葉だな。俺も今度、親方に怒られたら“これは反省じゃなく解析です”って言ってみるわ」


「たぶん殴られる」


「だよな」


 少年は笑って、手を差し出した。


「フィン=クロード。工房区から来た。魔導具職人志望」


「天城ユウマ。……遠くから来た。理論魔法志望」


「理論魔法?」


 フィンは首を傾げた。

 その反応は、村で「回路」と言ったときのタリヤに近い。


「魔法を感覚じゃなく、手順と構造で扱う」


「つまり?」


「魔法陣を回路図として読む」


「……やべぇ。学院って、初日から変人がいるのか」


「まだ入学してない」


「入学前から変人なら、入学後はもっと変人だな」


 否定しきれないのが悔しい。


 フィンは俺の横に置いた仮杖を見つけ、身を乗り出した。


「それ、杖か? ずいぶん素朴だな。石英片に銀線二巻き……黒鉛は入ってないのか?」


「先端にはない。握りの内側に煤混じりの樹脂を薄く塗ってある。簡易の位相緩衝材だ」


「へえ!」


 フィンの目が急に輝いた。

 さっきまで眠そうだったのに、道具の話になった瞬間、空気が変わる。


「見ていいか?」


「折らないなら」


「折ったら俺が泣く」


「俺も泣く」


「じゃあ安全だ」


 フィンは杖を受け取り、石英片の角度を確かめた。

 職人の手つきだった。

 理屈を全部理解しているわけじゃない。でも、どこに負荷がかかり、どこから割れそうかを、指先で読んでいる。


「これ、王都の標準品よりだいぶ荒いけど、握りやすいな。重心が前に逃げすぎてない」


「ガルドが作った」


「ガルド?」


「辺境の鍛冶師。火を飼う人だ」


「火を飼う、か。いいな、それ」


 フィンは小さく笑い、杖を返してきた。


「でも学院の実技だと、見た目で舐められるぞ。貴族連中は銀装飾と家紋結晶で殴ってくるから」


「杖で殴る試験なのか?」


「比喩だよ。たぶん」


「たぶん、は怖い言葉だな」


 タリヤと同じことを言ってしまって、少しだけ胸が痛む。

 白衣の内側には、彼女がくれた三枚の木片が入っている。

 丸、波線、四角で囲った点。

 起動、危険、停止。


 王都まで来ても、手順はここにある。


     ◇


 二日後。


 王国魔導学院は、城みたいな建物だった。


 いや、城よりも厄介だ。

 城は敵を外から防ぐために作られる。

 学院は、知識を内側に閉じ込めるために作られている。


 高い白石の壁。

 門柱に刻まれた複合ルーン。

 庭園の中央には、青白く光る巨大な結晶柱。

 その周囲を、紋章入りの制服を着た学生たちが歩いている。


 美しい。

 整っている。

 そして、息苦しい。


(結界が三層)

(外側は侵入検知、内側は術式発動監視)

(中央柱は地脈から給電。いや、給マナか)


 門をくぐった瞬間から、俺の頭は勝手に構造を読み始めていた。

 目に入るもの全部が、装置に見える。


「きょろきょろしすぎ」


 隣でエリシアが言った。

 紅の外套ではなく、今日は学院の正装に近い白と赤の制服。胸元にはヴァーミリオン家の焔紋が小さく光っている。


「見るなと言う方が無理だ。街より密度が高い」


「術式の?」


「権力の」


 エリシアは一瞬だけ黙り、それから小さく息を吐いた。


「……本当に、嫌なところを見るのが上手いわね」


「褒めてるのか?」


「半分だけ」


「残り半分は?」


「黙っていればいいのに、という忠告」


 ありがたい忠告だ。

 たぶん守れない。


 試験会場は、学院東棟の大講堂だった。

 受験者は百人ほど。

 貴族らしい者が半分以上。平民らしい者は端へ寄せられている。無籍に至っては、たぶん俺だけだ。


 視線が白衣に刺さる。


「何だ、あの服」

「使用人か?」

「いや、推薦対象らしい」

「推薦? 誰の?」

「ヴァーミリオン家だって」


 ざわめきが、すぐに別の温度を帯びる。

 エリシアの名前は、ここでは通貨より強いらしい。


 だが、それで俺の評価が上がるわけじゃない。

 むしろ、疑問が増えただけだ。


 なぜ、あのヴァーミリオンが無籍を推薦したのか。

 なぜ、下位判定の白衣が学院試験を受けるのか。

 なぜ、あんな仮杖でここに立っているのか。


 全部、正当な疑問だ。

 正当な疑問は、答えを出せばいい。


 壇上に、黒衣の男が立った。


「これより、王国魔導学院の特別入学試験を開始する」


 声が広がる。

 拡声ルーンが天井に仕込まれている。反響を抑えつつ、中央へ音圧を集める設計だ。上手い。


「私は副学長ザレス・ハルドン。試験は三段階。魔力測定、理論筆記、実技発動。王国の術式体系に適合し、かつ危険性の低い者を選抜する」


 危険性の低い者。

 その言葉が、やけに強調された。


 ザレスの視線が、一瞬だけ俺を撫でる。


(ああ、もう情報が行ってるな)


 村の測定柱を赤くした無籍。

 体系外の火を扱う白衣。

 エリシアが連れてきた異物。


 この試験は、選抜であると同時に、監査だ。


     ◇


 第一試験、魔力測定。


 学院の測定装置は、村の結晶柱とは桁が違った。


 高さは人の背丈ほど。

 中央に透明な水晶柱。

 周囲には銀線と黒鉛板が層状に組まれ、足元の円陣には細かいルーンがびっしり刻まれている。

 測定用の金属輪も、ただの輪ではない。内側に薄い膜が張られ、その膜に干渉縞を出す構造だ。


(干渉測定)

(C-indexを見る気か)

(村の装置より、連結確認が厳しい)


 受験者が順に前へ出る。

 貴族の子女が手を置くたび、水晶柱が青や緑に輝き、数値が浮かぶ。


「魔力量、四十二MU相当。整相度指数C-index、七十一」

「魔力量、三十六MU相当。整相度指数C-index、六十八」

「火属性適性、高。登録可」


 周囲から感嘆が漏れる。

 数値が高い者は、それだけで背筋が伸びる。

 低い者は、目を伏せる。


(MUはMana Unit。平均的な成人が一日に自然回復する魔力量を一MUとした便宜単位)

(C-indexは整相度指数。マナ場に対して、どれだけ乱れず位相を合わせられるかをゼロから百で示す値)


 つまり、学院は単に魔力量だけを見ているわけではない。

 どれだけ多く流せるかをMUで測り、どれだけ綺麗に流せるかをC-indexで測っている。


 数字は嘘をつかない。

 だが、数字の扱い方で人は嘘をつく。


 やがて、俺の番が来た。


「天城ユウマ」


 ザレスが名を呼んだ。

 呼び方が少しだけ硬い。名前の形を測りかねている。


 俺は前へ出る。

 金属輪が冷たい。手首に触れた瞬間、皮膚の下を小さな針で撫でられるような感覚が走った。


「魔力を流しなさい」


「流れれば、ですね」


「口答えは不要です」


「失礼。条件確認です」


 周囲で小さな笑いが起きる。

 エリシアが額に手を当てたのが見えた。


 俺は水晶柱に手を置く。


(流すな)

(閉じない回路に無理やり電圧をかけても、発熱するだけだ)

(まず観測)


 息を整える。

 場の圧を見る。

 装置の輪は、俺の内側から何かを引き出そうとしている。血紋スキル層に接続し、反応を返せ、と要求している。


 だが、俺にはそのポートがない。


 水晶柱が、一度だけ青く揺れた。

 次の瞬間、赤い文字が浮かぶ。


《連結不全》

《血紋応答:なし》

《C-index:測定不能》

《危険分類:未定義》


 講堂がざわめいた。


「測定不能?」

「魔力がないのか?」

「いや、危険分類未定義って……」

「異端じゃないのか」


 ザレスの目が細くなる。


「規定により、測定不能者は下位扱いとします。次へ――」


「待ってください」


 声が出た。

 思ったより、落ち着いていた。


 ザレスが眉を上げる。


「何か?」


「測定装置の結果は、“魔力がない”ではありません。“血紋応答がない”です。判定対象が違います」


「君は、学院の測定規定に異議を唱えるのですか?」


「はい。測定対象と結論が一致していないので」


 講堂の空気が、すっと冷えた。


 フィンが後ろで「うわ、言った」と呟く。

 エリシアはもう額を押さえていない。真剣な目でこちらを見ている。


 ザレスの声が低くなった。


「では君は、自分が下位ではないと証明できるのですか?」


「下位かどうかは、定義によります」


「言葉遊びは結構」


「では、実験で」


 俺は手首の輪を外し、仮杖を握った。


「この装置は自動発動層への連結を見る。俺はそこに接続できない。だから、外部媒体と手順で場へ干渉する。測るべきは血紋ではなく、再現性と安全性です」


 ザレスの口元が、わずかに歪む。


「危険です。許可できません」


「最低出力です。停止条件を先に宣言します」


「停止条件?」


 その言葉に、壇上の端にいた女性が顔を上げた。


 淡い灰色の髪を後ろでまとめ、透写羽ペンを持った講師風の女性。

 穏やかな目。

 だが、その奥に、測定器みたいな鋭さがある。


「副学長。聞くだけ聞いてもよろしいのでは?」


「クラリス先生」


「危険なら止めればいい。危険かどうかを、手順で説明できるというのは珍しいことです」


 クラリス。

 その名前を、エリシアが小さく呟いた。

 どうやら味方、少なくとも観測者としては信用できる人物らしい。


 ザレスは不快そうに息を吐いた。


「……三十秒だけ許可します。結界班、待機」


 講堂の左右で学生たちが杖を構える。

 俺は頷き、白衣の内側から三枚の木片を取り出した。


 丸。

 波線。

 四角で囲った点。


 起動。

 危険。

 停止。


 タリヤの木片だ。


 それを床へ並べる。

 講堂の空気が少し揺れた。笑う者はいない。意味が分からないものほど、人は一瞬だけ黙る。


(目的:最低出力で場干渉を示す)

(制約:燃焼なし。講堂内。外部燃料なし)

(媒体:仮杖、石英片、銀線、握り部の黒鉛樹脂)

(出力:熱ではなく、光の位相干渉)

(安全:発振兆候で即停止)


 火は使わない。

 ここで火を出せば、ザレスの望む「危険」の証拠になる。

 だから、熱ではなく光。

 場の揺らぎを、干渉縞として見せる。


 俺は仮杖の先端を、測定装置の補助膜へ向けた。


「……bind。δ、最低。Δφ、ゼロ寄せ」


 声は小さく。

 だが、音程は一定に。


 石英片が淡く光る。

 水晶柱ではなく、周囲の薄膜に細い縞が浮かんだ。


 ざわめきが起きる。


(まだ弱い)

(だが、閉じている)


 次。


「……phase。sweep、低域。FB、常時接続」


 縞が、ゆっくり動く。

 右から左へ。

 乱れず、途切れず、一定の間隔で。


 クラリスの透写羽ペンが、勝手に走り始めた。

 エリシアの目が細くなる。

 ザレスの顔から、余裕が一枚剥がれた。


「……装置が、反応している?」


「違います」


 俺は杖先を固定したまま言う。


「装置を動かしているんじゃない。装置の膜を、観測器として使っているだけです。場の位相差が見えている」


「その術式は、学院登録にありません」


「今作ったので」


 また講堂が揺れた。

 フィンが後ろで変な音を出した。


「今、作った?」


「既存の術式じゃない。条件を置いただけです。詠唱は命令ではなく、境界条件。媒体は電源ではなく、結合子。血紋がなくても、外部媒体で回路を閉じれば現象は立つ」


 言いながら、俺は木片の三枚目へ視線を落とした。


(停止)


「……stop。FB、強。dummy、接続」


 縞がすっと細くなり、消えた。

 石英片の光も落ちる。

 残留熱なし。

 手元への反射もなし。


 成功。


 俺は息を吐いた。

 手が少し震えている。

 怖くなかったわけじゃない。怖いから、止める手順を先に置いた。


 クラリスが、静かに言った。


「副学長。今の現象は、少なくとも“無反応”ではありません」


 ザレスは黙っていた。

 黙ることで、場を支配しようとしている。

 だが、もう遅い。


 講堂の受験者たちは見た。

 下位判定の無籍が、学院の測定膜に干渉縞を出し、そして暴走させずに止めたのを。


 数字よりも先に、現象が立った。


 クラリスは俺を見る。


「天城ユウマさん。今の手順、再現できますか?」


「できます」


「他者に説明できますか?」


「説明のために木札を増やせば」


「増やすのですね」


「手順は増えるものなので」


 クラリスが初めて、少しだけ笑った。

 エリシアも、遠くで小さく口元を緩めている。


 ザレスは杖の石突で床を打った。


「第一試験は継続します。天城ユウマは、測定不能。ただし、実技試験で追加判定とします」


 下位ではない。

 合格でもない。

 保留。


 だが、十分だ。


 保留とは、まだ閉じていない回路だ。

 閉じていないなら、こちらで経路を作ればいい。


     ◇


 昼過ぎ。

 理論筆記が終わった。


 問題は、思ったよりも簡単だった。

 いや、簡単というより、前提が狭かった。


 火属性術式の標準詠唱順序。

 水属性結界の祈念句。

 王国式ルーン分類。

 血紋スキルの等級表。


 暗記が多い。

 理論という名前をつけた、由緒の確認だ。


 ただ、一問だけ面白い問題があった。


【問十二:火球術式における暴走原因を三つ挙げ、対策を述べよ】


 俺は少し迷ってから、答案欄いっぱいに書いた。


 一、増幅素子の過剰帰還。対策、ダミー負荷。

 二、外皮形成前の燃焼走行。対策、起動順序の固定。

 三、反力処理不足による境界崩壊。対策、地脈アンカーまたは場への運動量ダンプ。

 補足、火球は燃焼塊ではなく、熱流と境界層を持つ非線形系として扱うべきである。


 書き終えた瞬間、隣の受験者が俺の答案を見て顔を引きつらせた。


「……それ、問十二だけで論文じゃないか?」


「字数制限がないのが悪い」


「いや、たぶん常識がないのが悪い」


 フィンだった。

 席が近かったらしい。


「お前、筆記はどうだった?」


「半分は分かった。半分は“親方がそんなもん現場で使わねぇって言ってたやつ”だった」


「それは実用的な分類だな」


「だろ?」


 俺たちは小さく笑った。

 笑ったところで、試験官に睨まれたので黙った。


     ◇


 そして、最後の実技試験。


 会場は学院の屋外演習場だった。

 石畳の円形フィールド。周囲に観覧席。上部には結界膜が張られている。

 貴族の保護者らしき人影、学生代表、講師陣。

 単なる試験にしては、見物人が多い。


「公開処刑に近いわね」


 隣に来たエリシアが、淡々と言った。


「物騒な励ましだな」


「励ましているのよ。失敗しても死にはしないという意味で」


「死なない失敗はデータになる」


「あなた、そういうところが本当に……」


「理屈屋?」


「ええ」


 三回目。

 もう悪口ではない。たぶん。


 演習場の中央には、三つの標的が置かれていた。

 第一標的、粘土板。

 第二標的、動く木人。

 第三標的、結界膜を張った石柱。


 実技内容は、火・風・水いずれかの属性で標的を破壊または制圧すること。

 採点項目は、出力、命中、詠唱速度、安定性。


 俺に不利だ。

 特に詠唱速度。

 血紋スキルによる自動最適化がない俺は、立ち上げに手順が要る。


 だが、手順があるからこそ勝てる項目もある。


 安定性。

 停止性。

 再現性。


 問題は、それを採点者が見るかどうか。


「天城ユウマ」


 名前を呼ばれた。


 俺は仮杖を握り、演習場の中央へ進む。

 観覧席から、囁きが降ってくる。


「測定不能の」

「エリシア様の推薦」

「体系外術式」

「危険では?」


 全部、聞こえる。

 聞こえるが、処理しない。

 ノイズはノイズだ。必要な信号だけ拾えばいい。


 俺は標的を見た。


(第一標的:粘土板。破壊容易)

(第二標的:可動。追尾必要)

(第三標的:結界膜。貫通より、膜の弱点を読む方が良い)


 火力で押すなら第一だけで終わる。

 だが、それでは意味がない。

 俺が証明すべきは、強い火ではなく、扱える火だ。


 俺は白衣の内側から木片を取り出し、足元に並べた。

 丸。

 横線三本。

 波線。

 四角で囲った点。


 起動。

 調整。

 危険。

 停止。


 観覧席がまたざわめく。


 ザレスの声が飛ぶ。


「受験者。何をしているのです」


「手順を外部化しています」


「実技試験中です。余計な道具は――」


「これは道具ではなく、安全確認です。禁止事項に該当しません」


 沈黙。

 規則の隙間を突くのは、少しだけ気分がいい。


 クラリスが審査席で羽ペンを構えた。

 エリシアが腕を組む。

 フィンが観覧席で身を乗り出す。


 俺は杖を構え、息を吸った。


(火球ではない)

(熱流ジェット)

(低温・高密度、運動量優先)

(反力は地面へ。杖の握りで吸わない)


 石英片が、淡く光る。


「……bind。δ固定。Δφ、ゼロ寄せ」


 場が薄く波打つ。


「……core。T低、密度上げ。shell、薄層」


 杖先に、小さな白い点が生まれる。

 炎ではない。

 熱で空気が歪んでいるだけの、透明な核。


 俺は足を半歩ずらし、杖の石突を地面につけた。


「……anchor。反力、地面へ」


 銀線が足元の石畳へ淡く光を伸ばす。

 反力経路が閉じる。


 第一標的へ向けて、短く言う。


「pulse、一」


 シュッ。


 音は小さい。

 だが、粘土板の中央に丸い穴が開いた。

 爆発ではない。焼き切ったのでもない。

 熱膨張による局所衝撃で、脆い部分だけを抜いた。


 観覧席が静まり返る。


 次。

 第二標的の木人が動く。

 左右へ揺れながら、こちらへ近づいてくる。


(追尾はしない)

(標的の未来位置に置く)


 俺は木人の足元を見た。

 可動脚の周期。

 左右の振幅。

 重心の遅れ。


「……sweep。三拍先」


 杖先の核を射出するのではなく、進路上の空気へ薄い熱の壁を置く。

 木人がそこへ踏み込んだ瞬間、脚部の樹脂が熱で軟化し、動きが止まった。


 倒れない。

 燃えない。

 ただ、止まる。


「制圧、確認」


 試験官の声が少し遅れて響く。


 最後、第三標的。

 結界膜を張った石柱。


 ここで力押しをすれば失敗する。

 俺の出力では貫けない。

 なら、膜を読む。


 俺は杖先を結界へ向け、最低出力で場を撫でる。


「……phase。低域掃引」


 結界膜に細い干渉縞が浮かんだ。

 縞の間隔が、右下だけわずかに広い。


(膜厚が薄い)

(支持点がずれている)

(ここに力を入れれば、割れる)


 だが、割らない。


 俺は標的の右下へ、小さく熱流を当てた。

 結界膜が、ぱきり、と音を立てる。

 破壊ではなく、局所的な剥離。

 膜が石柱から浮き、数秒だけ機能を失う。


「……stop。FB、強。dummy、接続」


 杖先の光が消える。

 足元の銀線の光も消える。

 残留火なし。

 標的以外の損傷なし。


 演習場に、沈黙が落ちた。


 派手ではない。

 大爆発もない。

 巨大な火球もない。

 だが、三つの標的はすべて、条件どおりに無力化されていた。


 俺は杖を下ろす。


「以上です」


 その瞬間、観覧席のどこかで誰かが呟いた。


「……あれは、火属性なのか?」


 別の誰かが答える。


「いや、火じゃない。手術だ」


 少しだけ笑いそうになった。

 悪くない比喩だ。


 ザレスの顔は硬い。

 クラリスの羽ペンは止まらない。

 エリシアは、なぜか少し誇らしげな顔をしている。


 そして俺は、手の中の仮杖を見た。


 ガルドの杖は折れていない。

 タリヤの木片も、役目を果たした。

 村で作った手順は、王都の真ん中でも通った。


(理屈は裏切らない)

(ただし、証明し続ける必要がある)


 審査席で、クラリスが静かに立ち上がった。


「副学長。私は、追加試問を提案します」


 ザレスが低く返す。


「何のために」


「彼が危険かどうかを判断するためです」


 クラリスは俺を見た。

 その目は穏やかなのに、逃がしてくれそうにない。


「そして同時に、彼が本当に学院に必要な人材かを確かめるために」


 必要な人材。


 その言葉が、演習場に落ちた。

 褒め言葉ではない。

 許可でもない。

 新しい試験の開始音だった。


 俺は杖を握り直す。


 王都の灯りは高い場所から降っていた。

 でも、理論は違う。


 観測できるなら、誰の手にも届く形にできる。

 その証明は、まだ始まったばかりだった。


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