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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第3章 白衣の無籍、魔導学院に挑む

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第11話 王都へ


 村を出る朝は、どの朝より静かだった。


 静か、というより――皆が音を飲み込んでいた。

 折れた柵は仮に繋がれ、広場の土には昨夜の焦げ跡がまだ薄く残っている。魔獣の夜を越えた村は、助かったことを大声で喜ぶより先に、壊れたものを黙って直すらしい。


 ガルドの工房の前で、俺は荷を確認した。

 白衣。木札。石英板の二号機。煤で黒くなった簡易カロリーメータ。あと、ガルドが夜明け前に無言で渡してきた細い杖。


 長さは肘から指先くらい。

 芯材は硬い木。先端に小さな石英片がはまり、その根元を銀線が二重に巻いてある。飾り気はない。工房の道具みたいな顔をした杖だった。


「仮組みだ。王都の坊ちゃん嬢ちゃんが持つような上等品じゃねぇ」


 ガルドはそう言って、俺の手元を見た。


「だが、お前の火は板より棒のほうが振り回しやすい。媒体を持ち替えるなら、早い方がいい」


 俺は杖を握り、重さを確かめる。

 軽い。けれど軽すぎない。石英の先端が、手首の延長みたいに前へ出る。


「……ありがとう。かなり助かるよ」


「礼はいい。折るな」


「条件が厳しいな」


「折れる使い方をするなって意味だ」


 正論だった。


 タリヤが工房の柱から半分だけ顔を出す。

 今日は目の下の影も少し薄い。けれど、別れの朝だと分かっている顔だった。


「お兄さん、ほんとに行くの?」


「行く。王都で試験を受ける」


「試験って、いっぱい難しい顔するやつ?」


「だいたい合ってる」


「じゃあ、お兄さん向きだね」


 ひどい評価なのに否定しにくい。

 俺が苦笑すると、タリヤは小さな袋を差し出してきた。中には乾いた木皮と、細く裂いた薪、それに昨日俺が札に書いた記号を真似した木片が三枚。


 丸、波線、四角で囲った点。


「これ、練習したの。起動と、危険と、停止。だいじなんでしょ?」


「……あぁ。大事だ」


「だから、王都に行っても忘れないで」


 その言い方はずるい。

 理屈より先に胸に入ってくる。


 俺は木片を受け取って、白衣の内側へ仕舞った。


「忘れない。というか、たぶん増える」


「また増えるの!?」


「手順は増えるものだからな」


 タリヤが呆れた顔をして、それから少しだけ笑った。

 笑顔を見て、ようやく出発の実感が湧いた。


     ◇


 王都行きの荷馬車は、村外れの街道で待っていた。


 荷台には布袋と木箱、鉄材、乾燥肉。そこに人間が隙間を見つけて座る。快適とは言い難いが、前世の深夜バスよりは揺れの理由が分かるぶん、少しだけマシかもしれない。


 御者台の近くには、紅の外套があった。


 エリシア=ヴァーミリオン。

 朝の光の中でも、その赤は妙に温度が低い。火属性の色なのに、見た目はむしろ刃物みたいだ。


「遅いわね」


「見送りがあったからな」


「いい村なのね」


「あぁ、手順を覚えるのが早い」


「感想が理屈屋すぎるわ」


 そう言って、エリシアはほんの少しだけ口元を緩めた。

 昨夜の戦闘の熱が抜けた分、彼女の声はまた上品で端的な温度に戻っている。


 俺が荷台へ乗ると、護衛の一人が露骨に嫌そうな顔をした。

 もう一人は無表情を装っているが、装いきれていない。


 無籍。

 下位判定。

 体系の外。


 そういうラベルは、人の眉間によく出る。


 エリシアは気にした様子もなく、俺の手の杖へ目を落とした。


「新しい媒体?」


「ガルド製の仮杖。核外皮の簡略版を通しやすいようにしてある」


「……見せて」


 俺が渡すと、彼女は先端の石英と銀線を指先で確かめた。

 ほんの数秒で重心、損失、癖を見ている手つきだ。


「粗いけれど、思想は悪くないわね」


「褒めてる?」


「半分だけ。残り半分は、王都で作り直しなさいという意味」


 返ってきた杖を握り直しながら、俺は頷いた。

 たぶん、その評価は正しい。


 荷馬車が動き出す。

 軋む木、揺れる荷、土の匂い。

 村が後ろへ下がっていく。


 ガルドは手を上げるだけだった。

 タリヤは両手で大きく振っていた。

 工房の煙が、朝の空に細く伸びる。


 あの場所に、木札は残った。

 俺がいなくても、最低限の火は回る。

 それだけで、行く理由になる。


     ◇


 街道は、村を離れるほど綺麗になった。


 踏み固められた土に石が混じり、やがて主要道へ合流すると、轍の深さまで揃ってくる。物流は文明の毛細血管だ。血の通りがいい道ほど、権力の中心へ近い。


 昼前、最初の中継地で俺はそれを別の形でも見た。


 広場の端に、二種類の乗り物が並んでいた。

 一つは俺たちと同じ荷馬車。泥を被り、車輪を軋ませ、人間と荷物を同じ重さで運ぶ地面の乗り物。

 もう一つは――浮いていた。


 細い車体の下にルーン枠があり、青白い結晶灯が四隅で揺れている。車輪はない。地面から掌二つ分ほど浮き、荷台ではなく座席だけが綺麗に囲われていた。


 浮遊馬車。


 音は驚くほど少ない。

 低い唸りがあるだけで、轍も作らない。

 浮くための反力をどこへ逃がしているのか、俺は反射的に車体の下を見た。銀線の編み込みと、中央にある黒鉛っぽい板。位相緩衝と地脈押し付けの複合だろうか。


「気になる?」


 隣からエリシアの声がした。


「すごく。反力処理をどうしてるのか知りたい」


「まず“綺麗だ”とか“便利そう”が先に来ないのね」


「便利かどうかは構造が分かってから判断したい」


「理屈屋」


 二回目だ。

 たぶんもう悪口ではない。


 だが、同じ広場で別の光景も目に入る。

 浮遊馬車に乗るのは、紋章入りの外套を着た商人と、貴族らしい家族だけだった。荷運びの男たちは汗を流しながら木箱を積み替え、自分たちは地面の馬車へ戻る。幼い子どもを連れた女が、浮遊馬車の受付で何か言い募っていたが、係の男は首を横に振るだけだった。


「媒体使用料と身分証明の不足、ってところか」


 俺が呟くと、エリシアは肯定も否定もしなかった。

 その沈黙が答えだった。


「浮遊馬車は高い。結晶の消耗も、整備も、免許もいるわ。誰でも使えるものではない」


「誰でも使える形にしてない、とも言える」


 俺が言うと、彼女は視線だけでこちらを見る。


「ええ。そうね」


 短い肯定。

 でも軽くはなかった。


 そのとき、受付でもめていた女の子が咳き込んだ。

 母親が慌てて背をさする。浮遊馬車の係は困った顔をして、しかし道を開けない。


 俺は胸の奥が少しだけざらつくのを感じた。

 技術がある。

 運べる。

 でも、条件を満たす人間だけが浮ける。


 前世でも似た景色はあった。高価な機材、限られた研究室、使える人間と使えない人間を分ける予算の線。

 違うのは、ここではその線がもっと露骨に命と生活へ触れていることだ。


「……王都へ行けば、もっとはっきり見えるわ」


 エリシアが言った。


「何が?」


「魔法格差。血統、教育、媒体、資格。全部が重なって、使える人と使えない人を分けている形」


「あなたは、その上側にいる」


「ええ」


 迷いなく認めた。

 そこは誠実だと思う。


「私はヴァーミリオン。王都では名前だけで通る扉が多い。学院でも、街でも、店でも。……でも、だからこそ見えるものもある」


「見えて、変えたいと思ってる?」


「全部は無理よ」


 エリシアは浮遊馬車ではなく、その下で泥を払っている荷運びの少年を見た。


「でも、見たのに無かったことにはしたくない」


 それは綺麗事にも聞こえる。

 けれど昨夜、彼女は泥に膝をついて木札を書き写した。

 綺麗事だけでそれはやらない。


 俺は荷馬車の縁を指で叩いた。


「なら、少なくとも証明はする。低魔力でも、非連結でも、手順で届くところがあるって」


「学院で?」


「学院で。たぶん、いちばん嫌がられる場所だから」


 そこで初めて、エリシアが小さく笑った。


「面倒な男ね」


「知ってる」


     ◇


 王都ルブラが見えたのは、日が傾き始めた頃だった。


 最初に見えたのは城壁じゃない。

 空だった。


 地平線の上に、細い光が何本も立っている。

 夕闇が濃くなるのに合わせて、順番に灯る青白い灯。

 魔導街灯だ。


 道の両脇に立つ柱の上で、結晶灯が静かに明滅し、まだ夜になり切らない空を先回りして押し返していく。

 綺麗だった。

 正直にそう思った。


 でも、その綺麗さは地上から少し浮いている。


 街灯の下を歩く人間は泥を踏む。

 荷を背負った労働者は汗を流す。

 門前には身分確認の列ができ、紋章のある者は別の通路を速く進む。

 そして頭上では、さっきの浮遊馬車よりもっと上等な車体が、音も少なく門を越えていく。


 光は平等に降りているように見えて、通る高さは平等じゃない。


「……ひどいコントラストだな」


「でしょう?」


 エリシアの声は淡い。

 慣れている声だった。

 慣れていて、それでも見えている声。


 門番が俺の前で手を上げた。


「身分証を」


「ない。仮入都の扱いで通す予定だと聞いてる」


 門番の目が白衣と杖と顔を順番に見て、露骨に訝しくなる。

 その横で、エリシアが紋章札を出した。


「彼は私の推薦対象です。学院試験の仮登録も申請済み。記録を照会しなさい」


 門番の態度が一段変わる。

 俺にではなく、彼女に対して。


 木札でも杖でもなく、家名が手続きを加速させる。

 そういう世界だ。


 照会の間、俺は門の上に刻まれたルーン列を見ていた。

 識別、通行量分散、結界監視、たぶん簡易の敵性判定まで入っている。よくできたインフラだ。よくできているからこそ、運用する側の思想がそのまま街の形になる。


「……通ってよし」


 門番が言った。

 俺は足を進め、それから一度だけ振り返る。


 後ろの列では、紋章のない荷運びたちがまだ止められていた。

 荷の検査、税の確認、通行証の照合。

 たぶん必要な手続きだ。必要だから厄介なんじゃない。必要なものが、一部の人間にだけ軽く、一部の人間にだけ重いのが厄介なんだ。


 城壁の内側へ入ると、光が増えた。

 石畳。店の硝子。高い建物。街灯の列。頭上を滑る浮遊馬車。

 王都は、村とは違う意味で整っている。


 エリシアが立ち止まる。


「ここから先、私は学院側の入口へ行く。あなたは仮宿舎へ。試験は二日後」


「早いな」


「遅くしたら、あなた、勝手に街中の術式を覗き始めるでしょう」


「否定できない」


「でしょうね」


 彼女はそれから少しだけ真面目な顔になった。


「ユウマ。学院は、村みたいに素直じゃないわ。手順を見れば分かる人ばかりじゃない。むしろ、分かると困る人の方が多い」


「想定内」


「それでも行くの?」


 その問いは確認だった。

 招待じゃなく、最終確認。


 俺は王都の灯りを見た。

 青白い街灯。浮く馬車。分かれた通路。早く開く扉と、待たされる列。


 技術はもうある。

 足りないのは、誰のものにするかという設計だ。


「行くよ」


「理由は?」


 エリシアの目が、まっすぐこちらを見る。

 観測の目だ。

 でも前より少しだけ、温度が近い。


 俺は杖を握り直して、答えた。


「理論を証明しに行く」


 夕闇の中、王都の灯りが一段強くなった。

 まるで街全体が、試験の開始を先に告げているみたいだった。


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