↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
終章 科学と魔法の狭間で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/116

第115話 受け継がれない椅子


 翌朝、試験台はまだ動かせなかった。


 黒鉛槽は冷えている。問題になった真鍮の切替片も取り外した。けれど、昨日の記録を読み終え、交換部品の経路を確認するまでは、次の試験へ進まないと決めていた。


 フィンが記録室へ三枚の通信紙を持ってきた。


「返事が来た」


 一枚目は、真鍮の切替片を製造した工房からだった。


【旧型水門用。水門を閉じた後、管に残る圧力を細い予備管へ逃がす部品】

【熱を逃がす装置への使用試験は行っていない】


 フィンは机へ実物を置いた。


 掌に収まるほどの真鍮片だ。正面から見れば、管を二本つなぐだけの単純な部品に見える。だが裏側には、細い溝と小さな切替弁がある。


「水門なら、急に圧力を抜くと管が壊れる。だから閉じた後も、残った水をこの溝へ少しずつ逃がす」


 フィンが工具の先で溝をなぞる。


「昨日、俺は長さと接続口の形を測って、試験台の熱を逃がす管にも使えると思った。でも中では、熱が一度この細い溝へ回り込む。そこが温まってから黒鉛槽へ流れた」


 昨日の空試験で聞こえた、かん、という音を思い出す。


 出力は低く抑えてあった。ヨルがすぐに停止要求を出し、全員が管から離れたため、怪我はなかった。それでも、残留熱が予想外の場所に留まったことは変わらない。


「部品が壊れていたわけじゃないんだな」


 俺が言うと、フィンは頷いた。


「水門では、そう動くように作られてる。使い道を確かめず、見た目が合うから入れた俺の見落としだ」


 二枚目は、山を一つ隔てた鉱山町から届いていた。


【同型の切替片を、生活炉の排熱管に使用中】

【取り外す前に、熱を逃がす別の管を確保する必要あり】


 町の生活炉は、共同の炊事場と洗い場へ熱を送っている。炉を燃やした後には管へ熱が残る。切替片を外すためだけに排熱管を塞げば、残った熱が炉の側へ戻るおそれがあった。


「危ない部品なら、すぐ外してもらうべきじゃないの?」


 昨日の講習から居残っていたヨルが訊いた。


「俺たちの試験台では危なかった」


 ジークが答える。


「だが向こうの炉で、今も同じ場所が熱を溜めているとは限らん。別の逃げ道があるかもしれんし、炉の作りも違う。管を外す順番を間違えれば、その場で火傷人が出る」


 フィンが町から送られた略図を開いた。生活炉の背面には、排熱管が二本描かれている。ただし、切替片の前後でどちらが先に開くのかは分からない。


「先にそこを見てもらおう」


 ノエルが測定箇所へ印を付けた。


「炉をいつもどおり停止した後、この二か所の温度がどの順番で下がるか。管を開ける作業は、代わりの排熱経路を用意してからにしましょう」


「現地で手動の排熱弁が使えるかも確認してくれ」


 ジークが付け加える。


 俺たちが危険を見つけたからといって、遠くの炉をここから一斉に止めるわけにはいかない。町には町の設備があり、そこで暮らす人がいる。まず調べる位置を伝え、結果を受け取る必要があった。


 三枚目は雪原の集落からだった。


 危険情報を各地へ送った際、真鍮片の点検に加え、新しい排熱部品への更新案も添えていた。その返答だ。


【当集落の暖房環に該当の切替片はない】

【新型部品への更新は保留。旧式暖房環の冬季試験を続ける】


「この部品を使っていないのに、更新まで答えてくれたんだ」


 ヨルが言った。


「こちらが更新案も送ったからね」


 ノエルは紙を裏返した。


「雪原では、冬の間ずっと炉を使います。暖かい季節の短い試験だけで新型へ替えると、寒さが厳しくなってから初めて出る不具合を見落とすかもしれません」


「保留を、遅れとして数えない」


 俺はアークへ言った。


『了解しました。更新案の採用状況ではなく、現地の判断理由と試験期間を記録します』


 三枚の紙には、それぞれ違うことが書かれている。


 部品を作った工房からは、元の用途。


 同じ部品を使う町からは、取り外す前に必要な準備。


 使っていない集落からは、更新しない理由。


 一つの数字にまとめれば、「採用なし」になる。だが、それでは次に何をすればいいか分からない。


 俺は鉱山町への返事を書いた。


【当研究所は補修時、接続口の寸法を確認したが、内部の切替方向を確認しなかった】


【取り外しを急がず、炉を停止した後の二か所の温度変化と、手動排熱弁の有無を確認してほしい】


【熱が異常に残る場合は現地の停止手順を優先し、結果を知らせてほしい】


 フィンが読んで、最後の一行を指す。


「異常が出てから連絡する余裕がないかもしれない。確認する前に、現地の退避路と当番を決めてもらおう」


「そうだな」


 書き足して送り直す。


 こちらの失敗を隠して危険だけ伝えれば、受け取った職人は同じ見落としをするかもしれない。だから、自分たちが確かめなかった場所まで書いた。


     ◇


 昼過ぎ、俺は窓際の机に置いた書状を開いた。


 暫定七席から届いた、大域仕様の常任設計責任者への就任案だった。ガレオン村でエリシアから聞いた時、権限と撤回条件を読んで正式に返事をすると決めていた。


 職務は三つに分けて書かれている。


【各地から届く仕様変更案の最終照合】


【重大事故時の暫定的な修正指示】


【地域間で意見が割れた場合の最終調停】


 その下に、任命を取り消す条件がある。健康上の理由。重大な職務違反。暫定七席の合意。


 任期の終わりは書かれていなかった。


「要するに、最後はお前に決めてほしいってことか」


 フィンが俺の肩越しに読む。


「事故があれば、責任者の名前を言える。そういう利点はある」


 俺は書状を机へ戻した。


 昨日の真鍮片を思い出す。もし町の生活炉で同じ問題が見つかった時、俺が最終責任者なら、こちらから交換を命じられるかもしれない。


 でも、炉の前で熱を測るのは町の職人だ。洗い場がいつまで使えるかを知っているのも、そこで暮らす人たちだ。


「遠くから全部の状況を見られるわけじゃない」


「それでも、誰も確認しなかったと言われる事故はあるでしょう」


 ノエルが言った。


「『現地で判断してください』だけだと、研究所が知っていた危険まで現地へ押しつけることになります」


「その通りだ」


 俺は書状の余白へ、今回の作業を順に書いた。


 フィンが交換部品を選んだ。研究所の図面に裏側の経路がなかった。ヨルが入力し、サナが温度上昇の速さを見つけた。ヨルが停止を要求し、タリヤが図面の欠けを指摘した。


「一人だけ名前を残しても、何を直せばいいか分からない」


 俺が言うと、ジークが頷いた。


「炉の前では、現地の人間が止める。後で、部品を選んだ奴と、図を描いた奴の仕事を調べる。二つを混ぜるな」


「じゃあ、更新案の確認は誰がする?」


 ノエルが訊く。


「試験に参加した人と、影響を受ける地点の人。誰が何を確かめたかを残す。危険が広がるなら、すぐ警報を送る。でも採用や停止の手順を、一人の署名だけで決めない」


 言葉にしてから、書状へ返事を書いた。


 常任職には就かない。


 その代わり、各地からの変更案を比較できる公開研究網に参加する。更新案には、試験した条件、使った部品の版、既知の危険、確認した人、現地で採用または保留した理由を添える。


 緊急時には現地の停止要求を先に受け取る。広い地域へ影響する修正は、影響を受ける場所へ内容と試験結果を送り、それぞれの条件で確かめてもらう。


 俺も自分の試験に署名する。ただし、全地域の最終承認者にはならない。


 書き終えると、アークが訊いた。


『返信を送信しますか』


「まだ。フィンとノエルに読んでもらう」


「俺たちだけでいいのか」


 フィンが紙を取る。


「書状を受け取る側にも意味が通るか、ナタリアにも頼む。聖都からの返事は夕方になると思う」


「三人も読むの?」


 ノエルが少し驚く。


「俺が『一人で決めない』と書いた返事を、一人で完成させたらおかしいだろ」


 フィンはすぐに一文へ赤い線を引いた。


【現地の停止権限を保障する】


「お前が保障するのか?」


「……保障、は違うな」


「現地の停止要求を、研究所からの更新で塞がない。そこまでなら、俺たちが作る仕組みについて言える」


 ノエルは別の行を指した。


「『各地が検証する』だけでは、試験器具を持たない村は参加できません。測定器を貸す費用と、文字以外の手順を用意する担当も必要です」


 昨日、試験台の停止札が荷車で隠れた。図が読めても、実物に手が届かなければ止められない。


 俺は担当と費用の欄を足した。


 常任職を断る返事でさえ、一度書いただけでは足りなかった。


     ◇


 夕刻、王都からの荷車が研究所の坂を上ってきた。


 板に挟んだ記録紙の束を抱えた女性が先に降り、その後ろからエリシアが姿を見せる。


「その束、私より先に迎えるの?」


 エリシアが言った。


「中身を見たかった」


「正直ね」


「君にも会いたかった」


 彼女の手が、荷車の縁で止まった。


 隣の御者が、聞こえるように咳払いする。


「受領印をお願いします」


「……はい」


 俺が紙へ署名する間、エリシアは笑いを堪えるような顔をしていた。


 王都へ戻ってから、彼女はヴァーミリオン家に残る火術の記録を調べていた。何を外へ出せるか家と話し合い、今回は、自分で行った低出力の試験三回分について公開の了承を得ている。


 研究室で板を開くと、三回とも条件が少しずつ違った。


 一回目は、血統印による補助を使い、いつもどおり火核を保った。


 二回目は、血統印の自動補助から一時的に離れ、石英と銀線で火の外側を支えた。


 三回目は、二回目と同じ媒体を使い、横から弱い風を当てた。


 いずれも火は指先ほど。試験台には黒鉛負荷と手動停止を付け、三回ともエリシア自身が停止した。


「血統印を使わなくても、二回目は火が消えなかったのか」


「ええ。低い出力なら、外部媒体でも外側の形をしばらく保てた」


 エリシアは二本の波形を指す。


「でも三回目、風を当てると揺れ方が変わる。血統印で支えた時は、風が来ても火の外側がすぐ戻るの。媒体で支えた方は、戻るまで一拍遅い」


「媒体の量を増やせば、同じになる?」


「まだ分からない。ほかに何が変わるか、先に測らないと」


 紙の端に、数値のない欄があった。


「ここは?」


「家の古い試験記録。存在は確認できたけれど、外部へ数値を出してよいか、まだ話し合っている」


 欄には、記録の管理者と次に協議する日が書かれていた。


 俺は空欄のまま頁をめくる。都合のよい値を想像して、予測へ混ぜることはできない。


「持ち出せた三回分だけで、次の試験を考えましょう」


 エリシアが言った。


「古い記録を黙って写せば、家の人たちは今後の相談もやめるわ。それに、誰が何を確かめた数値か分からないまま使うのは、研究としても危ない」


「同感だ」


「家では、まだ反対する人もいる。でも、一回目と二回目の違いを見て、次の試験に立ち会いたいと言った人もいるの」


 彼女は家との話を終わらせてここへ来たわけではない。話を続けるための結果を持って来たのだ。


     ◇


 翌朝、エリシアは講習で使った図を広げた。


「切替片は、この裏にあったのね」


「正面の図には黒鉛槽までの管を一本の線で描いていた。タリヤに指摘されるまで、途中の部品を確かめる場所が分からなかった」


 俺が答えると、エリシアはタリヤの描いた裏側の図を、正面の紙へ重ねた。同じ位置に開けられた小さな穴から、隠れていた予備管が見える。


「私の火の記録にも、同じことがあるわ」


「裏に管が?」


「文字どおりの管じゃないわ」


 エリシアは自分の波形を横に置いた。


「私には火の外側が崩れそうになる感覚がある。血統印がすぐ形を戻していたから、普段はその働きを一つずつ意識しなかった。火だけ見て『安定している』と書けば、支えていたものが図から抜ける」


 彼女は火核の図へ、外部媒体をつないだ位置を書き加えた。


 その横に、まだ測れていない細い経路を点線で描く。


「この線は何?」


 タリヤが覗き込んだ。


「分かっていないところよ。風を当てた時の戻り方が違う理由を、ここで確かめたい」


「じゃあ、分からない印も付けないと」


 タリヤが赤い筆を差し出す。


 エリシアは点線の横へ【要観測】と書いた。


 ガルドが図を受け取り、目を細める。


「火がどっちへ伸びるかは読める。だが、石英が割れた時、熱をどこへ逃がす?」


「その経路は裏の図にあるわ」


「裏を見なきゃ分からん図で試験台を動かすな。二枚を並べて置け」


 エリシアは少し考え、正面の図の端にも、裏側を参照する赤い印を付けた。


「これなら?」


「さっきよりはいい」


「厳しいのね」


「火傷した後に褒めても遅いからな」


 タリヤが楽しそうに笑った。


「エリシアお姉ちゃんも、ガルドじいに直されてる」


「ええ。あなたと同じね」


 窓際でアークが青く光る。


『王都の三回の試験と、グレインベルの昨日の試験に、比較できる測定項目が二件あります。照合しますか』


「先に、同じでない条件を出して」


 エリシアが答えた。


『石英の産地、銀線の長さ、風を当てた方向、入力者、黒鉛槽までの距離が異なります』


「そんなに?」


 タリヤが言う。


「だから、数字が似ているだけで『同じ火を作れた』とは言えないの」


 エリシアは波形の似た部分へ印を付け、その下に条件の違いを並べた。


「次は、銀線の長さだけ揃えて、ほかは変えずに試したい。風を当てる試験は、その結果を見てから」


「低出力で、停止確認を先に」


 俺が言うと、彼女はこちらを見た。


「もちろん。あなたも図を読んでね。見落としたら言って」


「言う。俺の方も、気づいたことがあれば聞く」


 学院で初めて彼女の火を観測した頃、俺は「火が重い」という感覚を急いで数字へ置き換えようとしていた。


 今は、その言葉を消さずに、どんな時に重く感じたかを試験条件と並べられる。数字で分かることも、まだ分からないことも、同じ紙に置いて次へ進む。


     ◇


 夕方、ナタリアから暫定七席への返書に赤い修正が届いた。


【誰でも更新案を提出できる】という文に、彼女は線を引いていた。


【文字を読めない人、測定器を借りられない人が、結果をどう提出するか書いて】


「ノエルにも同じところを指摘された」


 俺は紙を見せた。


「二人から言われたなら、書き方が足りないのね」


 エリシアが言う。


 返書に、図記号による報告、地域の工房や治療所で使える測定器の貸出、測定できない状態そのものを相談できる窓口を加えた。誰が費用を負担するかは暫定七席へ提案し、決まるまでの担当も書く。


 フィンが最後に読み、頷いた。


「今度は、保障するなんて書いてないな」


「研究所ができることを書いた」


「なら、送れ」


『返書を送信しますか』


 アークが尋ねる。


「送ってくれ」


 青い光が一度瞬いた。


 常任職を断ったからといって、昨日の試験台への責任がなくなるわけではない。鉱山町からの測定結果が届けば読み、こちらの説明が間違っていれば訂正する。


 一方で、鉱山町の炉を俺の署名だけで止めることもしない。


 机には、返事を待つ紙と、次の低出力試験の図が残っていた。


「明日、まず銀線を測り直すわ」


 エリシアが図を巻く。


「その前に、裏側の熱の逃がし先を、ガルドにも見てもらう」


「私は停止札を見る!」


 タリヤが手を挙げた。


「俺は銀線を用意する」


 フィンが言う。


 誰がどの場所を見るか、声が重なっていく。


 研究所に最終判断者の椅子は増えなかった。


 代わりに、明日の試験台を囲む席が一つずつ埋まっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。