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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第12章 世界をつなぐ、開いた輪

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第102話 欠けた一拍


 オルフェウスの三重冠が強く光った。


『不完全な者へ、世界を開くことはできません』


 杖が振り下ろされる。


 白い雷が、空を引き裂いた。


「エリシア!」


 叫ぶより早く、彼女が俺の前へ踏み込んだ。


「私の炎を使って!」


 エリシアが左腕を掲げる。


 血統印から、ヴァーミリオン家の登録履歴が展開された。


 白い雷は、王家に連なる高位登録枝を優先して通るよう作られている。


 エリシアは、その古い優先規則を囮にしたのだ。


 雷の先端が銀の式から逸れる。


 エリシアの血統印へ食いつき、腕から肩へ白光が駆け上がった。


 爆音。


 彼女の身体が横へ飛ばされる。


 俺は腰へ腕を回し、銀の道へ倒れ込むように受け止めた。


 焦げた布の匂いが鼻を刺す。


 左肩の衣が裂け、その下の皮膚が赤く焼けている。


「エリシア、大丈夫か!」


「平気よ。腕も動くわ」


 痛みに顔を歪めながら、それでも彼女は立ち上がった。


「私を見ている暇があるなら、続きを書いて!」


 海底が黒く裂けた。


 何十本もの鎖が噴き出す。


 帝国同期層の強制接続だ。


 鎖は俺たちではなく、アークの青い光へ集中した。


『本機への管理接続を検出』


 一本がアークへ巻きつく。


 二本目。


 三本目。


 青い光が激しく明滅した。


「切る!」


『待ってください』


 アークは、自分から黒い鎖へ光を絡ませた。


『本機が接続を受け入れている間、候補仕様への攻撃出力が低下します』


「そのままじゃ、根へ取り込まれる!」


『継続可能時間を七秒に設定します』


 鎖が締まる。


 アークの声へ雑音が走った。


『七秒後、本機自身の意思として切断を要求します。それまでに、送信準備を完了してください』


 アークが、自分で続ける時間と止める条件を決めた。


 いま書いている仕様を、自分自身へ適用している。


「分かった。必ず切る」


 俺は完成した候補仕様を両手で掴んだ。


 銀の式が幾重にも重なり、腕へ重みを返してくる。


 古い血統術。


 治療具。


 生活炉。


 飛行石。


 新しい入口。


 まだ見つかっていない失敗。


 世界中の条件が、その中へ詰まっている。


 これを完成した正解として配ってはいけない。


 だから、送信欄の表題を書き換える。


 これまで組み上げた開環仕様は、第一警告に残された三つの問いに対する、俺たちなりの仮回答だ。


 だが、俺たちが神域で筋道を立てられたからといって、世界中の現場で安全に使えるとは限らない。


 そこで今度は、その仮回答を検証するための三問を世界へ送る。


 一つ目で、離脱手順が新たな事故を生まないかを確かめる。


 二つ目で、俺たちが見落とした安全条件を集める。


 三つ目で、それぞれの地点が候補仕様を受け入れるのか、修正するのか、拒否するのかを確認する。


【開環仕様・緊急候補】


【これは、第一警告の三問に対する仮回答であり、最終仕様ではない】


【各地点の条件に照らし、次の検証項目へ回答してください】


【質問一:この離脱手順によって、あなたの地点で新たに危険となる人や設備はあるか】


【質問二:不足している安全条件は何か】


【質問三:採用・修正採用・拒否のいずれかを選び、その理由を添付すること】


 賛成を求める文章ではない。


 拒否してもいい。


 直して使ってもいい。


 理由を付けて返せば、その答え自体が次の観測になる。


 最初の三問は、仕様を作るための問い。


 今から送る三問は、作った仕様を世界の現場で壊してもらうための問いだ。


 賛成だけを集めるものではない。


 拒否も修正も、俺たちの仮説を直すために必要な答えだった。


「ナタリア、候補仕様を全経路へ送って!」


 返事と同時に、通信の向こうで石が砕けた。


『正規通信は、もうほとんど死んでる!』


 ナタリアの声は切迫していたが、状況を伝える順序は崩れていない。


『王都、帝国東部、グレインベルへの直通線は全部切断! 残ってるのは、七つの鐘楼を結ぶ自動打鐘線と、水路の圧力記録線だけよ!』


「鐘を使う!」


『鐘も上位拍に固定されてる! こっちから好きな音列は送れないわ!』


「自由に鳴らせなくても、鳴るはずの鐘を止めることはできる」


 一瞬の沈黙。


 すぐに、ミーナの声が割り込んだ。


『欠拍ね』


「ああ。音を増やすんじゃない。鳴るはずの位置に空白を作る」


 十二回鳴る鐘を一つの音列として扱い、その中の一回だけを止める。


 欠けた位置が、一つの数字や符号になる。


 一つ目の音列では四回目を止める。


 次の十二回では、七回目を止める。


 このように、一つの音列につき一つだけ欠拍を作り、複数の音列を続けることで文章にする。


 最初の欠拍列では、【通常通信ではない】ことを伝える。


 次の列で、候補仕様を分割した銀の輪を受信するための入口を示す。


 長い仕様すべてを鐘の音だけで読む必要はない。


 欠拍は、閉じた受信器へ別の経路を開かせる合図だ。


 入口が開けば、候補仕様を小さな記録片へ分け、鐘楼の振動、灯りの明滅、水路の圧力差、各地に残るアークの種を通じて送れる。


『分かったわ』


 ミーナが即答する。


『七つの鐘楼へ欠拍符号を送る。ナタリア、候補仕様を分割。各断片に照合印と順番を付けて』


『分かった。候補仕様を分割する。全部の断片に順番と照合印を付けるわ。欠けたまま採用できないようにもしておく!』


「一部だけを都合よく使わせないため?」


『ええ。全文が揃っていないなら、何が欠けているのか必ず表示させる。欠落を隠したまま、完全な仕様として扱わせないわ』


 物理世界で、鐘を打つ巨大な槌が持ち上がった。


 だが、その前には白い人形が群がっている。


『リオネル!』


 ミーナの声。


『四番鐘を止めて!』


『見えている!』


 風の爆発音が通信を揺らした。


 リオネルが床を蹴り、白い人形二体の頭上を飛び越える。


 自動打鐘器から鐘へ伸びる槌の軌道へ、風を巻きつけた。


 重い槌が前へ出る。


 風が逆向きに膨らむ。


 金属が軋み、槌の先端が鐘の表面から指一本分手前で止まった。


 一つ目の欠拍。


 次の白い人形が、リオネルの背後から剣を突き出す。


「右後方!」


 レーネが叫ぶ。


 リオネルは振り返らない。


 身体を沈める。


 白刃が髪を数本切り、空を貫いた。


 低い姿勢のまま片手を床へつき、風を逆噴射する。


 白い人形の脚が浮いた。


 そこへダリオの長刀が横から入る。


 刃ではなく峰が、二体の胴をまとめて打ち抜いた。


 白い人形が鐘楼の柱へ叩きつけられる。


『次は七番!』


 ナタリアの指示が飛ぶ。


 自動打鐘器の歯車が回る。


 今度は、リオネルの風が間に合わない。


「セリナ!」


「見えなくすればいいのでしょう?」


 セリナが指を鳴らす。


 紫の幻惑が槌の前へ広がった。


 鐘の位置が、実際より半歩だけ遠く表示される。


 自動打鐘器は、幻の鐘へ届くまで槌を進めようとする。


 しかし実際の制限歯車が先に止まり、打撃が空振りした。


 二つ目の欠拍。


 聖都上空で、最初の十二音が鳴り始める。


 一。


 二。


 三。


 四つ目だけが鳴らない。


 そのあと、五つ目から十二個目までの鐘が、上位拍の命じるとおりに続いた。


 短い間を置き、二つ目の十二音が始まる。


 一つ目から六つ目までは鳴る。


 七つ目だけが欠ける。


 八つ目から十二個目までが続き、二つ目の音列が終わった。


 一つの音列で止めた鐘は、一回だけ。


 最初の音列が示した数字は四。


 次の音列が示した数字は七。


 二つの欠けた位置を順番に読むことで、白い支配の中へ別の符号が刻まれる。


 鳴らした音ではなく、鳴るはずだった場所に残された静寂が通信になる。


『第一鐘楼、欠拍符号を受信! 二番と三番も同じ欠拍を返し始めた。代替受信口が開いてる!』


 俺の手の中で、開環仕様が小さな銀の輪へ分かれていく。


 一つの大きな文書ではない。


 順番と照合印を持つ、数百の断片だ。


 一つ目が王都へ向かう。


 二つ目はグレインベル。


 三つ目は帝国東部。


 聖教国北辺。


 砂漠の井戸。


 島の灯台。


 雪原の治療院。


 俺たちが名も知らない枝へ、銀の輪が別々の経路を走り出す。


『させません』


 オルフェウスの両手が、白い海を覆った。


 巨大な指が銀の輪を一つ掴む。


 握り潰された輪が、光の粉へ変わる。


 二つ目。


 三つ目。


 白い指が、次々に通信を断つ。


「エリシア、左から来る!」


「分かっているわ!」


 エリシアが杖を両手で構える。


 炎の壁を作るのではない。


 十数個の小さな火球を、白い指の関節へ別々の速さで打ち込む。


 一つ目が触れる。


 オルフェウスの補正が働き、すべての指が同じ角度へ戻ろうとする。


 二つ目は、わずかに遅い。


 三つ目は速い。


 異なる時刻に届く炎へ、同じ補正では対応できない。


 巨大な指同士が互いを引っ張り、動きが一瞬止まった。


「今!」


 俺は銀の輪を指の隙間へ投げる。


 五つ。


 十。


 二十。


 小さな輪が、白い手の向こうへ抜けていく。


『候補仕様の全断片を受信できた独立地点、六十一パーセント!』


 ナタリアが報告する。


 ここでいう六十一パーセントは、候補仕様の文章を六十一パーセントまで送ったという意味ではない。


 予定していた独立受信地点のうち、順番と照合印を含むすべての断片を受け取れた地点が、六十一パーセントに達したという意味だ。


 受信済みの地点には、候補仕様の全文が揃っている。


 残りの地点には、まだ一文字も届いていないか、採用判断を始められない不完全な断片しか届いていない。


『六十八パーセント!』


 白い海が大きく持ち上がった。


 オルフェウスの腕が、今度は波そのものとなって銀の輪へ襲いかかる。


 俺は位相膜を斜めに展開した。


 激突。


 腕が肩から外れそうな衝撃が走る。


 足元の銀の道が陥没した。


 真正面からは支えきれない。


「エリシア、俺の右へ熱を!」


「温度、五百。方向、右方三十度。持続、一呼吸!」


 炎が位相膜の右端を押す。


 膜の角度が変わった。


 白い波が俺たちの横を滑り、背後の何もない海へ流れていく。


 完全には逸らせなかった。


 余波が背中を打つ。


 息が詰まり、身体が前へ投げ出された。


 それでも候補欄は離さない。


『七十四パーセント!』


 ナタリアの声が届く。


『開いた受信地点への全断片送出は完了! でも、残る二十六パーセントは入口が閉じたままよ。いまの経路では、これ以上届けられない!』


 七十四パーセントの地点には、候補仕様の全文と三つの検証質問が届いた。


 残る二十六パーセントへの送信は、まだ完了していない。


 だが、受信側の入口が開かない限り、こちらから出力を増やしてもオルフェウスの白い壁へ吸収されるだけだった。


 その時、アークへ絡みついた黒い鎖が大きく軋んだ。


『設定時間まで、一秒』


 青い光が、黒へ侵食されている。


『七秒経過』


 アークの声が明確に告げた。


『本機は、接続の切断を要求します』


 俺は即座に右手を上げた。


「承認する!」


 銀の刃を、黒い鎖とアークの青い光の間へ振り下ろす。


 硬い。


 最初の一撃では切れない。


 反力が手首へ返り、指が痺れる。


 鎖の表面から黒い棘が伸び、俺の腕へ突き刺さろうとした。


 エリシアの炎が棘を横から打つ。


「もう一度!」


「ああ!」


 二撃目。


 銀の刃が鎖へ食い込む。


 亀裂が走る。


 三撃目。


 黒い鎖が弾け飛んだ。


 切れた反動で、アークの青い光がΛフレームへ引き戻される。


『切断要求の受理を確認』


 声が遠ざかる。


『本機は、外部待機へ移行します』


 切断直前までに、確立済みの経路へ送り出されていた最後の銀の輪が、白い海を飛んでいく。


 白い手が追う。


 いくつかは潰される。


 いくつかは進路を変える。


 いくつかは暗い地平線を越え、既に入口を開いた受信地点へ消えていった。


 アークを切り離したことで、神域から新しい送信経路を開く作業は終わった。


 候補仕様の全文を届けられたのは、予定していた独立地点の七十四パーセント。


 残る二十六パーセントには届いていない。


 すべての地点への送信を完了したわけではなかったが、Ωが要求しているのは世界中の全員からの賛成ではない。


 互いに上書きできない複数の地点から、異なる条件に基づく答えが返ることだ。


 だが、届いたはずの七十四パーセントからも、戻ってくる銀の輪はまだ一つもなかった。


【大域位相固定率:九十四・八パーセント】


【第三警告まで:推定九分】


 候補仕様を受け取った誰かが、三つの検証質問を読んでいるのか。


 欠拍の意味を理解し、自分の意思で返答を作ろうとしているのか。


 こちらから確かめる方法はない。


 残り九分。


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